巨体の人外に助けられて世話される話
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「じゃあ行ってくる、名無し」
「うん、いってらっしゃい。気をつけてね」
いつもの朝、玄関先で名残惜しそうにするルドガーが中々背中を向けない。
「通話魔石があれば、お前と連絡が出来るのにな」
「なにそれ? ああ、ゲアト先生が使ってたやつ?」
「そうだ。でも俺達にはあれを使うだけの魔力がないから、意味はないんだがな……でも、魔術師を介すれば――」
ルドガーが浮かない表情で、あまり現実的でないことに頭を悩ませている。
診察を受けてから数日。
あれ以来すっぱり塗り薬を使ってないのだが、驚くべきことに、何も症状が出ていない。
けれどルドガーはあなたに対してだけは、いつも心配症なのだ。
「大丈夫大丈夫、ほら見て、ジャンプもできるよ!」
「おいやめろ名無し、そんなことされたら仕事に行けなくなるだろ」
彼に本気で止められてあなたは反省した。
彼の勤務状況を心配し、なんとか背中を押して送り出す。
そうして熱気が消えた寮の部屋に、ひとりになった。
腕を広げて呼吸をするが、本当にまだ元気なままだ。
「ふふふ……ルドガーは心配してくれてたけど、このままものすごい強い魔族になっちゃったりして!」
現金につぶやき、皆がこれから自分のことを褒めてくれるかも、と前向きな想像をしながら、今日も一日過ごすことにした。
だが、夕飯を作っているときに、気になることが起きる。
手にしていた野菜を、ぽろっと床に落としてしまった。
まるで力が一瞬抜けたように。
「……まさかね。やめてよ」
気を取り直して料理を完成させるが、あなたは念のため先に風呂に入り、居間で休んだ。
疲れもだるさもないが、ため息を吐く。
急に心細くなり、ルドガーの帰りを心待ちにしていた。
師であるミザロにもこのことは話し、訓練はしばらくの間おあずけだ。
魔法を覚えることは、日々のやりがいにもなっていたため、すごく残念だった。
ミザロはあなたのことを心配してくれて、様子を見てまた再開すればいいと言ってくれていた。
皆のためにも、早くこの試みを乗り越えたい。
そう思ったけれど、現実は残酷である。
ルドガーがいつもより早く帰宅した頃、あなたは全身がだるくなっていた。
何か兆候があれば、すぐに医術師のフォロのもとに行くようにと言われていたが、まさかこんなに急速に変化するとは。
「ただいま。……おい、どうした!?」
「あっおかえり~。全然大丈夫、なんか疲れただけ」
制服のまま飛んできたルドガーは、すぐにあなたの額に大きな手を当てて、首の脈も測った。
彼は意外にもパニックにならず、あなたを抱きかかえて医療室に向かう。
「熱はないし、大丈夫だぞ、すぐに先生に診てもらおう」
「うん……」
そう言って部屋から廊下へ移動した時、なんと向こうから白衣姿のフォロ医師が歩いてきた。
聴診器を首から掛け、手提げかばんを持っている。
「先生! 今行こうと思ってたんだ、名無しの体に力が入りにくくなったみたいだ!」
「本当か? あまり動かすな。部屋のベッドに寝かせなさい」
あなたはルドガーの胸に頭を寄りかからせながら、男性二人が真剣に対応してくれる様を見ていた。
ベッドの上では医師が体を診てくれて、ルドガーがそばで瞳をそらさずに見守っている。
「うん、大丈夫だ。脱力はあるが、骨や筋肉、内臓に問題はない。ただ気力が奪われているだけだね」
「だけって、大問題だろう! ……先生、また薬を早く塗ろう、この試みは失敗だ!」
彼は大きく反応をし、医術師に詰め寄った。きっと小屋での場面を思い出しているのかもしれない。
でもあなたは首をゆっくり振る。
「ルドガー、私は大丈夫だよ。まだ始まったばかりなんだからさ。それに先生、魔力のほうはどうですか?」
「そんなことどうだっていいだろう!」
「魔力はね、実はほんの少し増えているんだよ、名無しさん」
そう医術師が答えたときに、あなたの顔色は明らかに輝き、それに反してルドガーはさらに拳を握りしめた。
「どういうことだ、先生」
「落ち着いてくれ。これはある意味予測していたことだ。症状は確かに出る、出なければ逆に不自然だよ。今は瘴気を、塗り薬という保護膜なしに体に浴びているんだからね。でも魔力が増えているということは、前向きな兆候なんだ。このまま増えていけば、肉体がもっと強くなってこの世界に適応し、症状は治まってくるだろう」
それは至極冷静な彼の判断だった。
つまり今はつらいけれど、だんだんと治っていく可能性があるということなのだ。
「本当ですかっ? やったあ!」
「……お前は、どうしてそういう……本当に分かってるのか!? また体が大変な状況が続くんだぞ!」
「あ……ごめん。ルドガーにまた迷惑かけちゃうね」
「そんなことは問題じゃない! 迷惑なわけがあるか、俺はお前の番なんだッ!」
本気で怒り、彼はあなたの体にがばりと覆いかぶさって来た。
力は優しいがぎゅっと抱きしめたい気持ちが伝わってきて、自分の軽率な言動を後悔する。
「ごめん、ルドガー……ついポジティブに考えちゃって…」
「それはいい……良いことだ。でも……俺は……っ」
二人の感情高ぶるやり取りを、医術師フォロは温かい眼差しで見つめている。
「ルドガー、心配なのはわかるが、少し落ち着くんだ。彼女のほうがしっかりしてるぞ」
「……分かっている。でも信じていいのか、先生……もし状況が悪化したら、俺はいくらあなたでも……」
信頼する相手に対し、ルドガーはぎろりと獣の目で睨みつける。
あなたはハラハラしたが、医術師は動じずに頷いた。
「ああ、君の気持ちは最もだ。だが信じていい。彼女は健康体なんだよ。もちろん症状はこれからも注意深く見守るが。対処療法の薬を持ってきたから、これを使ってくれ」
彼は鞄からいくつかの錠剤と軟膏を取り出し、あなたに渡した。
その細かな準備の様子から、本当に今の状況は、考えられる範囲だったのだと知る。
「ありがとうございます、フォロ先生。これで少しは楽になるかな」
「しばらく筋力を戻すのは難しいかもしれないが、だるさは減るはずだよ」
二人の落ち着いた会話を見ていて、ルドガーの興奮していた瞳がだんだんと消沈していった。
「……すまない……俺は取り乱した。懸命に取り組んでいるのはお前なのにな……」
「ううん。心配してくれて嬉しいよ、ありがとうルドガー。それにごめんね」
最後の一言には、いろんな思いが詰まっている。
さっきは大丈夫だと言ってくれたが、小屋で最初に生活していた時のように、家ではお世話になりっぱなしになるからだ。
「では、どうしようか。うちの看護師を一人名無しさんにつけようか。でもここは騎士団だから、男性しかいなくてね」
「それはダメだ。許容できん」
ルドガーははっきりきっぱりと述べた。
そこだけは譲れないらしい。
「でもルドガーは仕事があるでしょう。たぶん私もすぐ治っていくよ。だから……」
「言っただろう? 俺がお前の世話をする。なんとかなるから大丈夫だ」
軍医として働いていた経験のあるフォロは、彼に理解は示したものの首をひねる。
ルドガーはゼイラン直属の使役獣であり、そう簡単に代わりが務まる任務ではないためだ。
「うーん。困ったな。普通の騎士ならば、家庭の事情を理由に私が一筆したためれば許可されるのだが、君はなあ……」
「……それは俺も分かっているが、でも何よりも重要なんだ」
ルドガーは決意をこめて顔を上げた。
「そうだよな。とにかく、ゼイラン様にお伺いを立ててみよう。休暇として扱ってもらえばいけるかもしれない」
「ほ、本当ですか? でも私のせいで、申し訳ないんですけど」
「名無し、俺は獣だが、ちゃんと一年に二回まとまった休暇を得ている。ここはそういうところは意外としっかりした職場だ。だから気にすることはないぞ。直近でハードな任務もないしな」
彼はさっきまでの怒号が嘘のように、良い案だとばかりに、あなたに奮起した明るい表情を見せた。
それに医術師も優しげに頷いている。
段々と、甘えていいのか…という気になってくる。
「そっか……? じゃあ一応、掛け合ってみてはもらえるのかな」
「ああ! そうしよう、名無し! 先生!」
三人の意思がひとつにまとまる。
こうしてあなたは、ことの成り行きを緊張感をもって見守ることになった。
「うん、いってらっしゃい。気をつけてね」
いつもの朝、玄関先で名残惜しそうにするルドガーが中々背中を向けない。
「通話魔石があれば、お前と連絡が出来るのにな」
「なにそれ? ああ、ゲアト先生が使ってたやつ?」
「そうだ。でも俺達にはあれを使うだけの魔力がないから、意味はないんだがな……でも、魔術師を介すれば――」
ルドガーが浮かない表情で、あまり現実的でないことに頭を悩ませている。
診察を受けてから数日。
あれ以来すっぱり塗り薬を使ってないのだが、驚くべきことに、何も症状が出ていない。
けれどルドガーはあなたに対してだけは、いつも心配症なのだ。
「大丈夫大丈夫、ほら見て、ジャンプもできるよ!」
「おいやめろ名無し、そんなことされたら仕事に行けなくなるだろ」
彼に本気で止められてあなたは反省した。
彼の勤務状況を心配し、なんとか背中を押して送り出す。
そうして熱気が消えた寮の部屋に、ひとりになった。
腕を広げて呼吸をするが、本当にまだ元気なままだ。
「ふふふ……ルドガーは心配してくれてたけど、このままものすごい強い魔族になっちゃったりして!」
現金につぶやき、皆がこれから自分のことを褒めてくれるかも、と前向きな想像をしながら、今日も一日過ごすことにした。
だが、夕飯を作っているときに、気になることが起きる。
手にしていた野菜を、ぽろっと床に落としてしまった。
まるで力が一瞬抜けたように。
「……まさかね。やめてよ」
気を取り直して料理を完成させるが、あなたは念のため先に風呂に入り、居間で休んだ。
疲れもだるさもないが、ため息を吐く。
急に心細くなり、ルドガーの帰りを心待ちにしていた。
師であるミザロにもこのことは話し、訓練はしばらくの間おあずけだ。
魔法を覚えることは、日々のやりがいにもなっていたため、すごく残念だった。
ミザロはあなたのことを心配してくれて、様子を見てまた再開すればいいと言ってくれていた。
皆のためにも、早くこの試みを乗り越えたい。
そう思ったけれど、現実は残酷である。
ルドガーがいつもより早く帰宅した頃、あなたは全身がだるくなっていた。
何か兆候があれば、すぐに医術師のフォロのもとに行くようにと言われていたが、まさかこんなに急速に変化するとは。
「ただいま。……おい、どうした!?」
「あっおかえり~。全然大丈夫、なんか疲れただけ」
制服のまま飛んできたルドガーは、すぐにあなたの額に大きな手を当てて、首の脈も測った。
彼は意外にもパニックにならず、あなたを抱きかかえて医療室に向かう。
「熱はないし、大丈夫だぞ、すぐに先生に診てもらおう」
「うん……」
そう言って部屋から廊下へ移動した時、なんと向こうから白衣姿のフォロ医師が歩いてきた。
聴診器を首から掛け、手提げかばんを持っている。
「先生! 今行こうと思ってたんだ、名無しの体に力が入りにくくなったみたいだ!」
「本当か? あまり動かすな。部屋のベッドに寝かせなさい」
あなたはルドガーの胸に頭を寄りかからせながら、男性二人が真剣に対応してくれる様を見ていた。
ベッドの上では医師が体を診てくれて、ルドガーがそばで瞳をそらさずに見守っている。
「うん、大丈夫だ。脱力はあるが、骨や筋肉、内臓に問題はない。ただ気力が奪われているだけだね」
「だけって、大問題だろう! ……先生、また薬を早く塗ろう、この試みは失敗だ!」
彼は大きく反応をし、医術師に詰め寄った。きっと小屋での場面を思い出しているのかもしれない。
でもあなたは首をゆっくり振る。
「ルドガー、私は大丈夫だよ。まだ始まったばかりなんだからさ。それに先生、魔力のほうはどうですか?」
「そんなことどうだっていいだろう!」
「魔力はね、実はほんの少し増えているんだよ、名無しさん」
そう医術師が答えたときに、あなたの顔色は明らかに輝き、それに反してルドガーはさらに拳を握りしめた。
「どういうことだ、先生」
「落ち着いてくれ。これはある意味予測していたことだ。症状は確かに出る、出なければ逆に不自然だよ。今は瘴気を、塗り薬という保護膜なしに体に浴びているんだからね。でも魔力が増えているということは、前向きな兆候なんだ。このまま増えていけば、肉体がもっと強くなってこの世界に適応し、症状は治まってくるだろう」
それは至極冷静な彼の判断だった。
つまり今はつらいけれど、だんだんと治っていく可能性があるということなのだ。
「本当ですかっ? やったあ!」
「……お前は、どうしてそういう……本当に分かってるのか!? また体が大変な状況が続くんだぞ!」
「あ……ごめん。ルドガーにまた迷惑かけちゃうね」
「そんなことは問題じゃない! 迷惑なわけがあるか、俺はお前の番なんだッ!」
本気で怒り、彼はあなたの体にがばりと覆いかぶさって来た。
力は優しいがぎゅっと抱きしめたい気持ちが伝わってきて、自分の軽率な言動を後悔する。
「ごめん、ルドガー……ついポジティブに考えちゃって…」
「それはいい……良いことだ。でも……俺は……っ」
二人の感情高ぶるやり取りを、医術師フォロは温かい眼差しで見つめている。
「ルドガー、心配なのはわかるが、少し落ち着くんだ。彼女のほうがしっかりしてるぞ」
「……分かっている。でも信じていいのか、先生……もし状況が悪化したら、俺はいくらあなたでも……」
信頼する相手に対し、ルドガーはぎろりと獣の目で睨みつける。
あなたはハラハラしたが、医術師は動じずに頷いた。
「ああ、君の気持ちは最もだ。だが信じていい。彼女は健康体なんだよ。もちろん症状はこれからも注意深く見守るが。対処療法の薬を持ってきたから、これを使ってくれ」
彼は鞄からいくつかの錠剤と軟膏を取り出し、あなたに渡した。
その細かな準備の様子から、本当に今の状況は、考えられる範囲だったのだと知る。
「ありがとうございます、フォロ先生。これで少しは楽になるかな」
「しばらく筋力を戻すのは難しいかもしれないが、だるさは減るはずだよ」
二人の落ち着いた会話を見ていて、ルドガーの興奮していた瞳がだんだんと消沈していった。
「……すまない……俺は取り乱した。懸命に取り組んでいるのはお前なのにな……」
「ううん。心配してくれて嬉しいよ、ありがとうルドガー。それにごめんね」
最後の一言には、いろんな思いが詰まっている。
さっきは大丈夫だと言ってくれたが、小屋で最初に生活していた時のように、家ではお世話になりっぱなしになるからだ。
「では、どうしようか。うちの看護師を一人名無しさんにつけようか。でもここは騎士団だから、男性しかいなくてね」
「それはダメだ。許容できん」
ルドガーははっきりきっぱりと述べた。
そこだけは譲れないらしい。
「でもルドガーは仕事があるでしょう。たぶん私もすぐ治っていくよ。だから……」
「言っただろう? 俺がお前の世話をする。なんとかなるから大丈夫だ」
軍医として働いていた経験のあるフォロは、彼に理解は示したものの首をひねる。
ルドガーはゼイラン直属の使役獣であり、そう簡単に代わりが務まる任務ではないためだ。
「うーん。困ったな。普通の騎士ならば、家庭の事情を理由に私が一筆したためれば許可されるのだが、君はなあ……」
「……それは俺も分かっているが、でも何よりも重要なんだ」
ルドガーは決意をこめて顔を上げた。
「そうだよな。とにかく、ゼイラン様にお伺いを立ててみよう。休暇として扱ってもらえばいけるかもしれない」
「ほ、本当ですか? でも私のせいで、申し訳ないんですけど」
「名無し、俺は獣だが、ちゃんと一年に二回まとまった休暇を得ている。ここはそういうところは意外としっかりした職場だ。だから気にすることはないぞ。直近でハードな任務もないしな」
彼はさっきまでの怒号が嘘のように、良い案だとばかりに、あなたに奮起した明るい表情を見せた。
それに医術師も優しげに頷いている。
段々と、甘えていいのか…という気になってくる。
「そっか……? じゃあ一応、掛け合ってみてはもらえるのかな」
「ああ! そうしよう、名無し! 先生!」
三人の意思がひとつにまとまる。
こうしてあなたは、ことの成り行きを緊張感をもって見守ることになった。
