巨体の人外に助けられて世話される話
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その日、魔術師ミザロとの訓練を終えたあなたは、ホール内の長椅子で弁当を広げていた。
「私のまで用意していただいて、すみませんね。名無しさん。とても美味しいです」
「よかったです~これだけお世話になっている師匠なんだから、当然ですよ」
黒ローブの白髪男性と、小柄な運動服姿の自分。
奇妙な組み合わせだが、不思議と打ち解けていた。
「その師匠っていうの、何なんでしょうか。私は弟子は取らない主義なんですが」
「だめですか? じゃあマスターにしようかな。ミザロさんは魔術師長でものすごい地位の方なので、グランドマスターのほうがいいですかね?」
「……師匠でいいです」
話を聞いていないあなたが提案すると、彼は諦めて遠い瞳をした。
くすっと微笑みながら彼を見やる。
「そういえば師匠、髪の色が戻ってきましたね。瞳も!」
「ええ。毛先だけ黒いでしょう? 目はまだ片目だけ青ですが、直に完全体になりますよ」
今は少しちぐはぐだが、魔力は体内の中央から末端に向かって宿ると言われ、感心した。
髪の長さによって増える魔力量も馬鹿に出来ないため、彼は肩まで伸ばしているようだ。
「ですがこの前、姪っ子に会ったらこの姿に泣かれてしまいましてね。一瞬染めようかと思いましたよ」
珍しくため息まじりに明かされて、あなたは仰天した。
「えっミザロさん、家族いるんですか?」
「いますよ。天涯孤独に見えましたか? 独身ですが実家はあります」
領内とはいえ、あんな古城の住処をもち、独特な世界観で暮らすミザロの庶民的な一面に、親しみがわいていく。
「いいなぁ、家族かぁ……羨ましいですね。私は何も覚えてないから」
しんみりと言うと、ミザロは横目で見つめた。
「ルドガーがいるでしょう」
「はい! 彼がいるのは一番嬉しいことです」
それだけは胸を張って言えた。
たとえ過去がなくとも、現在と未来はあるのだから。
思いがけぬ会話から幸運を再確認していると、突然、心臓がとまるかと思う出来事が襲った。
『――名無し。聞こえるか?』
頭の中に鳴り響いたのは、守護者の女の声だ。
あなたは混乱し、目を泳がせる。
その体が微動だにしなくなったことに、ミザロが気がついた。
「どうしたんです、急に肩がこわばっていますよ」
「い、いや、あのすみません、師匠!」
あなたは荷物を素早くまとめ、彼に向かって勢いよくお辞儀した。
「ちょっとトイレに行きたくなっちゃって、今日はこのへんで失礼しますね。お疲れさまでした!」
「わかりました。場所は知っていますか?」
「任せてください!」
変な答えになりながら、あなたは足をもつれさせて走り去った。
騎士団領内を急いで移動し、本部の中層階にある唯一の女子トイレへと駆け込んだ。
ひんやりした清潔な空間だ。騎士団は本来女人禁制で、ここはゲスト用なため誰かが来る心配もない。
「はあっ、はあっ、守護者さま!? 今まで何してたんですか! あやうく存在を忘れるところでしたよ!」
『仕方がないだろう。そこは少々面倒な結界が多いのだ。今、誰と喋っていた?』
冷静に問われて、洗面台の近くで小声になった。
「魔術の師匠ですよ。優しい方で、時々教えてくれてるんです」
『師匠だと? 騎士団なんぞに染まりおって。体に異常はないか』
「別にないですけど……」
どうしていちいち敵対的なのか分からない。
気を取り直し、あなたは早々に核心へ持っていこうとした。
「でも自分だって魔族ですよね? そろそろ本当のこと言ってくださいよ。なぜ私に接触するんですか?」
『お前……なんだか声に自信が出てきたな。あの男に、加護を授けるなどと言われたか?』
会話が噛み合ってないのだが、彼女の指摘に鼓動が跳ね上がる。
自分のことは見えていないようだし、ここでの動向は本当に知らないようだ。
この人は、信用できるのだろうか?
ここでルドガーと一緒にうまくやっているあなたには、徐々に不信感が生まれていた。
「な、なんで知ってるんですか。ゼイラン様はいい人ですよ。ルドガーの主人だし、私達をほぼ認めてくれてるんです」
『それは良いことだがな、お前に加護を授けるのを、許すことはできん』
そのよく分からない立場の台詞に、唖然とする。
「いや許す許さないとかじゃなくて、彼はすごい立場の人なんですよ? 加護を拒否するとか出来るわけないでしょう。あなた何なんですか? 私の守護天使?」
彼女はまた答えなかった。不明瞭だが断定的なやり取りに、段々とイライラしてくる。
『とにかく、お前に加護を与えるのはこの私だ』
「なぜ!? そんなの無理ですよ!」
『慌てるな。またこちらから接触する。この会話を漏らすなよ、名無し』
また一方的に切られ、あなたは絶望的な面持ちで立ち尽くした。
これでは振り回されてるだけではないか?
こんなわがままな守護者がいるのだろうか。
自分は、騙されてるのでは。
「それか、力のある魔族にからかわれてるのかな…?」
うつむいていた顔を上げると、洗面台の鏡には、白髪で半分白眼の男が音もなく映り込んでいた。
あなたは唇を震わせて叫ぶ。
「きゃあああぁっ!! し、師匠! 何してるんですか! ここ女子トイレなんですけど!」
「失礼。さきほどあなたが尋常でなく急いでいる様子だったので、心配になりまして。……今、誰かと喋っていませんでしたか?」
黒ローブを前で閉めきったミザロは、淀んだ表情と口調で言った。
その場に冷気がなだれ込むような、肌を刺す存在感だ。
さっきまで和やかに話していた魔術師の姿は、もうなかった。
「いえ……そんなことはないです。……つい小屋に住んでたときの癖で、一人で考えをまとめることがありまして……気づかない内に、疲れがたまってるのかも。ははは」
言い訳のたびに心臓がキリキリと痛む。
誰よりもこの人にだけは、嘘をつくと良くないことが起きる気がした。
だが、ミザロはわざとらしいほど同情的な表情を浮かべた。
「そうだったんですか。かわいそうに。……顔が真っ青ですよ。さあ行きましょう名無しさん」
「は、はい師匠」
ぎこちなく従うと、隣に付き添う彼はこんなことを言った。
「心配ですね。そうだ、医術師を紹介しましょうか。ぜひ診てもらってください。領内にいるんです」
「え! いやそんな、悪いですから。結界師の方にも会わせて頂いたばかりなのに」
それに、もし医者に診てもらったら、きっとすごい能力の人だろうし、守護者との関わりがバレるかもしれない。
ミザロは遠慮するあなたに対し、人形のように首を振り、うっすらと笑む。
「遠慮しないでくださいよ。私はあなたの師なんですから。そうでしょう? 名無しさん」
「はあ……」
あなたは彼に親しみを持って接していたことを、今このときだけは、少しだけ後悔していた。
「私のまで用意していただいて、すみませんね。名無しさん。とても美味しいです」
「よかったです~これだけお世話になっている師匠なんだから、当然ですよ」
黒ローブの白髪男性と、小柄な運動服姿の自分。
奇妙な組み合わせだが、不思議と打ち解けていた。
「その師匠っていうの、何なんでしょうか。私は弟子は取らない主義なんですが」
「だめですか? じゃあマスターにしようかな。ミザロさんは魔術師長でものすごい地位の方なので、グランドマスターのほうがいいですかね?」
「……師匠でいいです」
話を聞いていないあなたが提案すると、彼は諦めて遠い瞳をした。
くすっと微笑みながら彼を見やる。
「そういえば師匠、髪の色が戻ってきましたね。瞳も!」
「ええ。毛先だけ黒いでしょう? 目はまだ片目だけ青ですが、直に完全体になりますよ」
今は少しちぐはぐだが、魔力は体内の中央から末端に向かって宿ると言われ、感心した。
髪の長さによって増える魔力量も馬鹿に出来ないため、彼は肩まで伸ばしているようだ。
「ですがこの前、姪っ子に会ったらこの姿に泣かれてしまいましてね。一瞬染めようかと思いましたよ」
珍しくため息まじりに明かされて、あなたは仰天した。
「えっミザロさん、家族いるんですか?」
「いますよ。天涯孤独に見えましたか? 独身ですが実家はあります」
領内とはいえ、あんな古城の住処をもち、独特な世界観で暮らすミザロの庶民的な一面に、親しみがわいていく。
「いいなぁ、家族かぁ……羨ましいですね。私は何も覚えてないから」
しんみりと言うと、ミザロは横目で見つめた。
「ルドガーがいるでしょう」
「はい! 彼がいるのは一番嬉しいことです」
それだけは胸を張って言えた。
たとえ過去がなくとも、現在と未来はあるのだから。
思いがけぬ会話から幸運を再確認していると、突然、心臓がとまるかと思う出来事が襲った。
『――名無し。聞こえるか?』
頭の中に鳴り響いたのは、守護者の女の声だ。
あなたは混乱し、目を泳がせる。
その体が微動だにしなくなったことに、ミザロが気がついた。
「どうしたんです、急に肩がこわばっていますよ」
「い、いや、あのすみません、師匠!」
あなたは荷物を素早くまとめ、彼に向かって勢いよくお辞儀した。
「ちょっとトイレに行きたくなっちゃって、今日はこのへんで失礼しますね。お疲れさまでした!」
「わかりました。場所は知っていますか?」
「任せてください!」
変な答えになりながら、あなたは足をもつれさせて走り去った。
騎士団領内を急いで移動し、本部の中層階にある唯一の女子トイレへと駆け込んだ。
ひんやりした清潔な空間だ。騎士団は本来女人禁制で、ここはゲスト用なため誰かが来る心配もない。
「はあっ、はあっ、守護者さま!? 今まで何してたんですか! あやうく存在を忘れるところでしたよ!」
『仕方がないだろう。そこは少々面倒な結界が多いのだ。今、誰と喋っていた?』
冷静に問われて、洗面台の近くで小声になった。
「魔術の師匠ですよ。優しい方で、時々教えてくれてるんです」
『師匠だと? 騎士団なんぞに染まりおって。体に異常はないか』
「別にないですけど……」
どうしていちいち敵対的なのか分からない。
気を取り直し、あなたは早々に核心へ持っていこうとした。
「でも自分だって魔族ですよね? そろそろ本当のこと言ってくださいよ。なぜ私に接触するんですか?」
『お前……なんだか声に自信が出てきたな。あの男に、加護を授けるなどと言われたか?』
会話が噛み合ってないのだが、彼女の指摘に鼓動が跳ね上がる。
自分のことは見えていないようだし、ここでの動向は本当に知らないようだ。
この人は、信用できるのだろうか?
ここでルドガーと一緒にうまくやっているあなたには、徐々に不信感が生まれていた。
「な、なんで知ってるんですか。ゼイラン様はいい人ですよ。ルドガーの主人だし、私達をほぼ認めてくれてるんです」
『それは良いことだがな、お前に加護を授けるのを、許すことはできん』
そのよく分からない立場の台詞に、唖然とする。
「いや許す許さないとかじゃなくて、彼はすごい立場の人なんですよ? 加護を拒否するとか出来るわけないでしょう。あなた何なんですか? 私の守護天使?」
彼女はまた答えなかった。不明瞭だが断定的なやり取りに、段々とイライラしてくる。
『とにかく、お前に加護を与えるのはこの私だ』
「なぜ!? そんなの無理ですよ!」
『慌てるな。またこちらから接触する。この会話を漏らすなよ、名無し』
また一方的に切られ、あなたは絶望的な面持ちで立ち尽くした。
これでは振り回されてるだけではないか?
こんなわがままな守護者がいるのだろうか。
自分は、騙されてるのでは。
「それか、力のある魔族にからかわれてるのかな…?」
うつむいていた顔を上げると、洗面台の鏡には、白髪で半分白眼の男が音もなく映り込んでいた。
あなたは唇を震わせて叫ぶ。
「きゃあああぁっ!! し、師匠! 何してるんですか! ここ女子トイレなんですけど!」
「失礼。さきほどあなたが尋常でなく急いでいる様子だったので、心配になりまして。……今、誰かと喋っていませんでしたか?」
黒ローブを前で閉めきったミザロは、淀んだ表情と口調で言った。
その場に冷気がなだれ込むような、肌を刺す存在感だ。
さっきまで和やかに話していた魔術師の姿は、もうなかった。
「いえ……そんなことはないです。……つい小屋に住んでたときの癖で、一人で考えをまとめることがありまして……気づかない内に、疲れがたまってるのかも。ははは」
言い訳のたびに心臓がキリキリと痛む。
誰よりもこの人にだけは、嘘をつくと良くないことが起きる気がした。
だが、ミザロはわざとらしいほど同情的な表情を浮かべた。
「そうだったんですか。かわいそうに。……顔が真っ青ですよ。さあ行きましょう名無しさん」
「は、はい師匠」
ぎこちなく従うと、隣に付き添う彼はこんなことを言った。
「心配ですね。そうだ、医術師を紹介しましょうか。ぜひ診てもらってください。領内にいるんです」
「え! いやそんな、悪いですから。結界師の方にも会わせて頂いたばかりなのに」
それに、もし医者に診てもらったら、きっとすごい能力の人だろうし、守護者との関わりがバレるかもしれない。
ミザロは遠慮するあなたに対し、人形のように首を振り、うっすらと笑む。
「遠慮しないでくださいよ。私はあなたの師なんですから。そうでしょう? 名無しさん」
「はあ……」
あなたは彼に親しみを持って接していたことを、今このときだけは、少しだけ後悔していた。
