巨体の人外に助けられて世話される話
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待ちに待った日曜日がやって来た。今日はルドガーも休みで、朝から一緒に過ごせる日だ。
「――それでね、この前小さい火が出せたんだよ、すごくないっ? ほら見てみて」
「おお、すごいな。フッ」
「ちょっと! なんで消すのよ!」
居間の床に座っていると、隣であぐらをかくルドガーが、息を吹きかけてしまった。
あなたが怒っていると、彼の楽しそうな笑い声が鳴り響く。
「すまん、魔術の火を見ると消したくなる習性でな」
「本当なのそれ。…でも魔術か〜、へへ。私も魔術師になっちゃったのかな?」
まだ誕生日ケーキに灯すほどの小さな炎だが、心もぽかぽかと温かくなる。
今のところ危険もなく、自分のペースで練習するあなたの様子は、ルドガーの心も穏やかに落ち着かせていた。
ミザロは重要な任務には欠かせない役職らしいが、普段は研究などして時間はあるようだ。
騎士達の訓練所とは別にあるホールで、彼は時折あなたの練習に付き合ってくれていた。
「よし、今日はお前が魔法使いになった祝いだな。食堂でよかったら、なにか甘いものでも食おう」
「本当っ? やったー!」
思わぬ誘いにはしゃぐ。食堂は騎士達のたまり場で、あなたはまだ勇気が出ず行ったことはなかった。
まさか騎士嫌いなはずのルドガーが一緒に行ってくれるとは。
まだ外出する際の加護とやらを得ておらず、領内からは中々出かけられないのだ。
彼の優しさと気持ちが嬉しくて、今日はお洒落をしようと張り切っていた。
そんな午後に、突然部屋のベルが鳴る。
「あれ? お客さんだ。誰だろう」
あなたが玄関に駆けていくと、扉の外には見知らぬ男が立っていた。
ひょろっとした30代後半ぐらいの大人だ。革ジャケットを着込み、長い茶髪に似合う無精ひげを手で擦っている。
「よお嬢ちゃん。ここがあんたらの部屋か? 例の獣はいるか」
「は、はい。いますけど」
彼は革靴のまま中に入ってきて、居間の真ん中まで進む。
立ち上がったルドガーを無視し、部屋の中をぐるりと見渡していた。
「お前が結界師か? 以前会ったか」
「一度だけな。俺は普段ここにはいねえから。仕事掛け持ちしてんだ」
壁に手を当て、何かを調べるような仕草と目つきをしたあと、ポケットからあるものを取り出した。
いきなりタバコを吸い始めて、あなたは煙を顔に浴びる。
「あ、あのー、領内は禁煙のはずですが」
「気にすんなよ、匂いはつかないように結界張ってあるから。そうだろ? 獣の兄ちゃんよ」
スパスパやりながら、あなたににこっと気のいい笑みを見せてきた。
なんだか腑に落ちないけれど、頼んで来てくれた結界師の人は、名をゲインと言った。
ここの魔術師団に籍を置いている一員で、敷地内の防護結界などを張り替える仕事をしてるらしく、まるで修理屋である。
「んで、なんで防音なんだ?」
にやにやしながら、とくにあなたに好色な目線を向けてくる。
ここまで人間くさい中年の魔族をあまり見たことがなかったあなたは、赤くなり口ごもった。
「おい、名無しを辱めるな」
「いや別に辱めてはねえだろう。何考えたんだあんた」
ツッコミながらも、興味津々な瞳は当事者であるルドガーに定められた。
「とにかく防音魔法を張ってくれ。二人の新婚生活のためだ」
「わーかったよ。若いお二人さんの言うことを聞いてやるか。魔術師長がレアものの酒くれるっつってたしな」
そんなことまでしてくれたのか、とミザロにまた有り難く感じた。
結界師はその後部屋すべてを見回り、なにやら天井に手を掲げて呪文を唱えていた。
袖をまくった彼の右腕には、絡み合った入れ墨模様が描かれており、それを使って魔術を行っているのかもしれない。
だが前に医師ゲアトに治療を受けた時とは違い、光の粒すら見えなかった。
「あの……本当に今ので魔法かかったんでしょうか?」
「おう。物音ひとつ逃さない傑作だぜ。おい兄ちゃん、獣化してみろよ。中で雄叫びを上げてチェックするんだ」
親しくない者に促されて、獣として誇りのあるルドガーは渋い顔をした。
しかし確かめる方法としては理に適っている。
「名無し。廊下に出ていてくれ」
「えっ、どうして? まず私もここに――」
「お前を怖がらせるかもしれない。本気で吠えるからな」
強そうな台詞とは裏腹に、やや覇気のない表情で告げる。
あなたは彼の腕に手を伸ばして握った。
「そんなこと気にしなくていいのに。……でもわかったよ、外にいるね」
彼の気持ちを汲んで、廊下に一人出て待ってみる。
そういえば、ここに来てからまだ獣化したルドガーを見ていない。
騎士団の決まりで、獣の姿で歩くことは禁じられているそうだ。
でも、ここも小屋と同じぐらいの広さと高さだし、獣化しても問題ないはず。
そう納得しているうちに、玄関扉が開き、結界師のゲインが顔を出した。
「終わったぞ。聞こえなかったか?」
「はい! 本当に? すごいですね!」
興奮気味に部屋に戻ると、ルドガーはすでに人化しており、白シャツのボタンをとめようとしているところだった。
「ええっ、もう戻っちゃったの! ひさびさに見たかったのに〜、あの格好可愛い姿!」
「……恥ずかしいことを言うな。人前だぞ」
なぜかルドガーは頬をほんのり染め、珍しく羞恥を感じているようだ。
そんな二人のやり取りを、ゲインは近くに突っ立って不思議な様子で見ている。
「あんた、怖くないのか? さっきの雄叫び割とやばかったぞ。この俺でもゾクッときたね。口がこっち向いてたら立ってられなかったわ」
「そうなんですか? そんなに強そうなのかな。すごいねルドガー」
あなたは彼に寄り添い、上を向いて微笑んだ。
そういう姿を知らない自分だから、こんなふうに呑気に言えるのかもしれない。
でもその純粋な心は、ルドガーにとって居心地がよくなるものだった。
あなたは自分を怖がらない。段々と確証が生まれてくるみたいに。
「……名無し。お前を今すぐ抱きたい」
「えっ、ちょっ、どういうことっ?」
他人の前では破廉恥な話はしない約束だが、感極まった半裸のルドガーにハグされると、言葉がしまわれた。
ルドガーは鋭い目つきで結界師を見やる。
また強い口調で何か言うのかと思ったら、そうではなかった。
「ありがとうな、結界師。お前に頼んでよかった」
「ええッ? おお……。あんた、普通に礼とか言えるんだな。そんなにやばい男じゃないのか」
一人でぶつぶつと喋るゲインに、あなたは苦笑いをする。
ルドガーは本当は素直で、優しい男性だ。
獣の強さと、まっすぐな心を持っている。
そんな姿がもっと皆にも伝わればいいなと思った。
「何か困ったことがあれば俺に言え。力になろう」
「私も! なんでも言ってください」
「ありがとよ。じゃあ今度会ったとき、珍しい酒くれ。酒盛りしようぜ」
別れの挨拶時には、妙な親近感が湧いていた。
魔術師とは思えないほど気さくで、親しみやすい人なのかもしれない。
「無事に済んでよかったね。ありがとう、ルドガー。あとミザロさんにもお礼言わなきゃね」
「……まあ、そうだな。少しは」
二人きりになったあと、ルドガーはあなたの肩を抱きながら答える。
部屋を見て佇む彼は、柔らかく満ち足りたような雰囲気をまとっていた。
「――それでね、この前小さい火が出せたんだよ、すごくないっ? ほら見てみて」
「おお、すごいな。フッ」
「ちょっと! なんで消すのよ!」
居間の床に座っていると、隣であぐらをかくルドガーが、息を吹きかけてしまった。
あなたが怒っていると、彼の楽しそうな笑い声が鳴り響く。
「すまん、魔術の火を見ると消したくなる習性でな」
「本当なのそれ。…でも魔術か〜、へへ。私も魔術師になっちゃったのかな?」
まだ誕生日ケーキに灯すほどの小さな炎だが、心もぽかぽかと温かくなる。
今のところ危険もなく、自分のペースで練習するあなたの様子は、ルドガーの心も穏やかに落ち着かせていた。
ミザロは重要な任務には欠かせない役職らしいが、普段は研究などして時間はあるようだ。
騎士達の訓練所とは別にあるホールで、彼は時折あなたの練習に付き合ってくれていた。
「よし、今日はお前が魔法使いになった祝いだな。食堂でよかったら、なにか甘いものでも食おう」
「本当っ? やったー!」
思わぬ誘いにはしゃぐ。食堂は騎士達のたまり場で、あなたはまだ勇気が出ず行ったことはなかった。
まさか騎士嫌いなはずのルドガーが一緒に行ってくれるとは。
まだ外出する際の加護とやらを得ておらず、領内からは中々出かけられないのだ。
彼の優しさと気持ちが嬉しくて、今日はお洒落をしようと張り切っていた。
そんな午後に、突然部屋のベルが鳴る。
「あれ? お客さんだ。誰だろう」
あなたが玄関に駆けていくと、扉の外には見知らぬ男が立っていた。
ひょろっとした30代後半ぐらいの大人だ。革ジャケットを着込み、長い茶髪に似合う無精ひげを手で擦っている。
「よお嬢ちゃん。ここがあんたらの部屋か? 例の獣はいるか」
「は、はい。いますけど」
彼は革靴のまま中に入ってきて、居間の真ん中まで進む。
立ち上がったルドガーを無視し、部屋の中をぐるりと見渡していた。
「お前が結界師か? 以前会ったか」
「一度だけな。俺は普段ここにはいねえから。仕事掛け持ちしてんだ」
壁に手を当て、何かを調べるような仕草と目つきをしたあと、ポケットからあるものを取り出した。
いきなりタバコを吸い始めて、あなたは煙を顔に浴びる。
「あ、あのー、領内は禁煙のはずですが」
「気にすんなよ、匂いはつかないように結界張ってあるから。そうだろ? 獣の兄ちゃんよ」
スパスパやりながら、あなたににこっと気のいい笑みを見せてきた。
なんだか腑に落ちないけれど、頼んで来てくれた結界師の人は、名をゲインと言った。
ここの魔術師団に籍を置いている一員で、敷地内の防護結界などを張り替える仕事をしてるらしく、まるで修理屋である。
「んで、なんで防音なんだ?」
にやにやしながら、とくにあなたに好色な目線を向けてくる。
ここまで人間くさい中年の魔族をあまり見たことがなかったあなたは、赤くなり口ごもった。
「おい、名無しを辱めるな」
「いや別に辱めてはねえだろう。何考えたんだあんた」
ツッコミながらも、興味津々な瞳は当事者であるルドガーに定められた。
「とにかく防音魔法を張ってくれ。二人の新婚生活のためだ」
「わーかったよ。若いお二人さんの言うことを聞いてやるか。魔術師長がレアものの酒くれるっつってたしな」
そんなことまでしてくれたのか、とミザロにまた有り難く感じた。
結界師はその後部屋すべてを見回り、なにやら天井に手を掲げて呪文を唱えていた。
袖をまくった彼の右腕には、絡み合った入れ墨模様が描かれており、それを使って魔術を行っているのかもしれない。
だが前に医師ゲアトに治療を受けた時とは違い、光の粒すら見えなかった。
「あの……本当に今ので魔法かかったんでしょうか?」
「おう。物音ひとつ逃さない傑作だぜ。おい兄ちゃん、獣化してみろよ。中で雄叫びを上げてチェックするんだ」
親しくない者に促されて、獣として誇りのあるルドガーは渋い顔をした。
しかし確かめる方法としては理に適っている。
「名無し。廊下に出ていてくれ」
「えっ、どうして? まず私もここに――」
「お前を怖がらせるかもしれない。本気で吠えるからな」
強そうな台詞とは裏腹に、やや覇気のない表情で告げる。
あなたは彼の腕に手を伸ばして握った。
「そんなこと気にしなくていいのに。……でもわかったよ、外にいるね」
彼の気持ちを汲んで、廊下に一人出て待ってみる。
そういえば、ここに来てからまだ獣化したルドガーを見ていない。
騎士団の決まりで、獣の姿で歩くことは禁じられているそうだ。
でも、ここも小屋と同じぐらいの広さと高さだし、獣化しても問題ないはず。
そう納得しているうちに、玄関扉が開き、結界師のゲインが顔を出した。
「終わったぞ。聞こえなかったか?」
「はい! 本当に? すごいですね!」
興奮気味に部屋に戻ると、ルドガーはすでに人化しており、白シャツのボタンをとめようとしているところだった。
「ええっ、もう戻っちゃったの! ひさびさに見たかったのに〜、あの格好可愛い姿!」
「……恥ずかしいことを言うな。人前だぞ」
なぜかルドガーは頬をほんのり染め、珍しく羞恥を感じているようだ。
そんな二人のやり取りを、ゲインは近くに突っ立って不思議な様子で見ている。
「あんた、怖くないのか? さっきの雄叫び割とやばかったぞ。この俺でもゾクッときたね。口がこっち向いてたら立ってられなかったわ」
「そうなんですか? そんなに強そうなのかな。すごいねルドガー」
あなたは彼に寄り添い、上を向いて微笑んだ。
そういう姿を知らない自分だから、こんなふうに呑気に言えるのかもしれない。
でもその純粋な心は、ルドガーにとって居心地がよくなるものだった。
あなたは自分を怖がらない。段々と確証が生まれてくるみたいに。
「……名無し。お前を今すぐ抱きたい」
「えっ、ちょっ、どういうことっ?」
他人の前では破廉恥な話はしない約束だが、感極まった半裸のルドガーにハグされると、言葉がしまわれた。
ルドガーは鋭い目つきで結界師を見やる。
また強い口調で何か言うのかと思ったら、そうではなかった。
「ありがとうな、結界師。お前に頼んでよかった」
「ええッ? おお……。あんた、普通に礼とか言えるんだな。そんなにやばい男じゃないのか」
一人でぶつぶつと喋るゲインに、あなたは苦笑いをする。
ルドガーは本当は素直で、優しい男性だ。
獣の強さと、まっすぐな心を持っている。
そんな姿がもっと皆にも伝わればいいなと思った。
「何か困ったことがあれば俺に言え。力になろう」
「私も! なんでも言ってください」
「ありがとよ。じゃあ今度会ったとき、珍しい酒くれ。酒盛りしようぜ」
別れの挨拶時には、妙な親近感が湧いていた。
魔術師とは思えないほど気さくで、親しみやすい人なのかもしれない。
「無事に済んでよかったね。ありがとう、ルドガー。あとミザロさんにもお礼言わなきゃね」
「……まあ、そうだな。少しは」
二人きりになったあと、ルドガーはあなたの肩を抱きながら答える。
部屋を見て佇む彼は、柔らかく満ち足りたような雰囲気をまとっていた。
