巨体の人外に助けられて世話される話
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その日の夜、あなたは帰宅したルドガーと一緒に魔術師塔を訪れていた。
細長い古城のような建物は、近代的ですっきりとした騎士団本部とは異なり、淀んだ空気をまとっている。
塔の螺旋階段を上っていくと、ルドガーは自分の頭をがしっと抱え、唸り始めた。
「ここの空気は頭が痛くなる。だから近づきたくないんだ」
「えっ大丈夫? 無理しないでよ、帰ってもいいよ」
「いや、あいつに会わなければ。俺達の生活のためだ」
そうまでして部屋の防音効果をあなたのために求める様子が、おのずと心を打った。
くすんだ石壁には蝋燭台が並び、蝙蝠でも飛んできそうな冷やりとした屋内だ。
廊下を進むと、深紅の扉にたどり着いた。
ルドガーはノックもせずに開け、中の住人を呼ぶ。
奥の窓際の書斎机には、肩までのさらさらした白髪の男が座っていた。
彼が振り向き、白い瞳と目が合うと、あなたはあっと驚く。
「ミザロさん!」
「おや。名無しさん。それにルドガーまで。どうしたんです、ここに来るなんて初めてのことじゃないですか」
黒いケープをまとう彼が立ち上がり、静かに近づいてくる。
四方には赤と青の炎が点在し、黒の家具とシャンデリアが、いかにも魔術師の部屋という感じだ。
そこに浮かびあがる白髪と白目のミザロは、夜に見ると余計に怖かった。
「お前に聞きたいことがあるんだ」
「いいですよ。ソファに座ってください。お茶にしましょうか。ケーキもあるんです」
「いいんですか?」
「もちろん。もうお友達ですからね」
にこりと言われてあなたは素直に喜んだ。
彼が突然の訪問をそこまで歓迎してくれるとは。
あなたは甘い菓子をいただきながら、向かい合わせの革張りソファで二人の様子を見守っていた。
「ミザロ。名無しの魔力がお前には見えるのか?」
「ええ、視えますよ」
「そうか。俺には魔力が備わっているとは思えないんだが」
「微力ですからね。あなたの視野はおおざっぱですから、魔力の細かな流動には気づかないんです」
紅茶に口をつけ、口元を上げて言う。
ルドガーはこめかみにぴくりと筋を立てていたが、落ち着き払っていた。
「そうかもしれないな。でも今はどうだ? 少し増えたか?」
「どういう意味ですか。昨日の今日で魔力量が変わるわけないでしょう」
白い瞳がちらっとあなたを見据え、なにやら対象を観察する眼差しをされた。
それに捕まると、喉がきゅっと締まるような感覚がする。這う蛇が絡みつくように。
「詳しくは言えないが、俺達は昨日ある試みをしたんでな」
あなたはドキっとする。
二人のプライバシーを明かさない約束は守っているが、少し不自然だ。
「よく分かりませんが、変わってませんよ。私が視る限り」
「そうか、わかった。……もう一つお前に聞きたいことがあるんだが。結界師はどこだ? お前、魔術師長だろう、俺達に会わせろ」
ルドガーがソファの背もたれにどさりと体を預け、高圧的に告げた。
さすがにあなたも彼の腕を引く。
「ちょっと、そんな偉そうな言い方しないでよ。すみませんほんとに」
「ふふふ。もう慣れてますから。あなたも大変ですね、名無しさん。こんなに不躾な夫をもって」
「えっ、夫? へへ。それほどでも」
たしなめられてるのだが、その新鮮な響きについ口元が緩んでしまった。
あなたは彼に変わって事情を説明する。
本当の理由は濁し、物音が近所迷惑になるか心配で、結界師の方に魔法をお願いできないかと相談してみたのだ。
ミザロの仕事以外の私生活はまったく謎だが、年齢不詳の大人な彼には、本当は見透かされていたかもしれない。
またあの不気味な笑みで、あなたとルドガーはしばらく眺められた。
「わかりました。彼女の清廉さに免じて、呼んであげましょうか。ですがルドガー、条件があります。この私に、名無しさんの魔術指導をお任せ頂けませんか?」
ルドガーは片眉を上げ、強く反応した。
「なんだと?」
「彼女もここで一人あなたの帰りを待っている生活では、つまらないでしょう。暇つぶしになると思いますよ」
あなたのことを出されると、彼は一転して怯む。
緊張の面持ちで行儀よく座るあなたを、揺れる瞳で見つめだした。
「お前も教わりたいのか?」
あなたは迷ったが、気持ちは前向きだった。
夢のまた夢ではあるけれど、秘密の願いもあるのだ。
「お願いルドガー、なんか面白そうだなと思って。少しの時間でいいから」
まさか今日こんな話をするとは思わなかったけれど、ミザロも応援するように頷いている。
もっと驚いたのは、予想より落ち着いているルドガーの反応だ。
「……わかった。俺はお前の自由を奪いたくないし、好きなことをしてほしい。でも……危険な目に合わせたらお前を殺るぞ、ミザロ」
およそ頼み事をする側じゃない、ぎろっと殺気に満ちた視線を送る。
対して魔術師は何も恐れていない。
「ふふふ。少しあなたを見直しました。大丈夫ですよ、名無しさんのことはお任せください」
二人のやり取りに、ぱあぁっとあなたの顔が輝いていく。
「ありがとうございます、ミザロさん! ルドガーも!」
隣に抱きつくと、ルドガーは若干胸が詰まったような顔つきだったが、愛する者の喜びを受け止め、抱擁してくれる。
こうしてあなたは、時折魔術師に世話になり、鍛錬の時間を得ることになった。
それに結界師への紹介もしてくれるらしい。
その人は普段ここにはあまり姿を見せず、ふらふらしていて捕まりにくい人物のようだが。
自分たちの要求を結果的に全部飲んでくれたミザロには、感謝の気持ちが絶えなかった。
しかし、変わらず見つめる薄い笑みには、少しだけ胸の奥がぞわりとした。
細長い古城のような建物は、近代的ですっきりとした騎士団本部とは異なり、淀んだ空気をまとっている。
塔の螺旋階段を上っていくと、ルドガーは自分の頭をがしっと抱え、唸り始めた。
「ここの空気は頭が痛くなる。だから近づきたくないんだ」
「えっ大丈夫? 無理しないでよ、帰ってもいいよ」
「いや、あいつに会わなければ。俺達の生活のためだ」
そうまでして部屋の防音効果をあなたのために求める様子が、おのずと心を打った。
くすんだ石壁には蝋燭台が並び、蝙蝠でも飛んできそうな冷やりとした屋内だ。
廊下を進むと、深紅の扉にたどり着いた。
ルドガーはノックもせずに開け、中の住人を呼ぶ。
奥の窓際の書斎机には、肩までのさらさらした白髪の男が座っていた。
彼が振り向き、白い瞳と目が合うと、あなたはあっと驚く。
「ミザロさん!」
「おや。名無しさん。それにルドガーまで。どうしたんです、ここに来るなんて初めてのことじゃないですか」
黒いケープをまとう彼が立ち上がり、静かに近づいてくる。
四方には赤と青の炎が点在し、黒の家具とシャンデリアが、いかにも魔術師の部屋という感じだ。
そこに浮かびあがる白髪と白目のミザロは、夜に見ると余計に怖かった。
「お前に聞きたいことがあるんだ」
「いいですよ。ソファに座ってください。お茶にしましょうか。ケーキもあるんです」
「いいんですか?」
「もちろん。もうお友達ですからね」
にこりと言われてあなたは素直に喜んだ。
彼が突然の訪問をそこまで歓迎してくれるとは。
あなたは甘い菓子をいただきながら、向かい合わせの革張りソファで二人の様子を見守っていた。
「ミザロ。名無しの魔力がお前には見えるのか?」
「ええ、視えますよ」
「そうか。俺には魔力が備わっているとは思えないんだが」
「微力ですからね。あなたの視野はおおざっぱですから、魔力の細かな流動には気づかないんです」
紅茶に口をつけ、口元を上げて言う。
ルドガーはこめかみにぴくりと筋を立てていたが、落ち着き払っていた。
「そうかもしれないな。でも今はどうだ? 少し増えたか?」
「どういう意味ですか。昨日の今日で魔力量が変わるわけないでしょう」
白い瞳がちらっとあなたを見据え、なにやら対象を観察する眼差しをされた。
それに捕まると、喉がきゅっと締まるような感覚がする。這う蛇が絡みつくように。
「詳しくは言えないが、俺達は昨日ある試みをしたんでな」
あなたはドキっとする。
二人のプライバシーを明かさない約束は守っているが、少し不自然だ。
「よく分かりませんが、変わってませんよ。私が視る限り」
「そうか、わかった。……もう一つお前に聞きたいことがあるんだが。結界師はどこだ? お前、魔術師長だろう、俺達に会わせろ」
ルドガーがソファの背もたれにどさりと体を預け、高圧的に告げた。
さすがにあなたも彼の腕を引く。
「ちょっと、そんな偉そうな言い方しないでよ。すみませんほんとに」
「ふふふ。もう慣れてますから。あなたも大変ですね、名無しさん。こんなに不躾な夫をもって」
「えっ、夫? へへ。それほどでも」
たしなめられてるのだが、その新鮮な響きについ口元が緩んでしまった。
あなたは彼に変わって事情を説明する。
本当の理由は濁し、物音が近所迷惑になるか心配で、結界師の方に魔法をお願いできないかと相談してみたのだ。
ミザロの仕事以外の私生活はまったく謎だが、年齢不詳の大人な彼には、本当は見透かされていたかもしれない。
またあの不気味な笑みで、あなたとルドガーはしばらく眺められた。
「わかりました。彼女の清廉さに免じて、呼んであげましょうか。ですがルドガー、条件があります。この私に、名無しさんの魔術指導をお任せ頂けませんか?」
ルドガーは片眉を上げ、強く反応した。
「なんだと?」
「彼女もここで一人あなたの帰りを待っている生活では、つまらないでしょう。暇つぶしになると思いますよ」
あなたのことを出されると、彼は一転して怯む。
緊張の面持ちで行儀よく座るあなたを、揺れる瞳で見つめだした。
「お前も教わりたいのか?」
あなたは迷ったが、気持ちは前向きだった。
夢のまた夢ではあるけれど、秘密の願いもあるのだ。
「お願いルドガー、なんか面白そうだなと思って。少しの時間でいいから」
まさか今日こんな話をするとは思わなかったけれど、ミザロも応援するように頷いている。
もっと驚いたのは、予想より落ち着いているルドガーの反応だ。
「……わかった。俺はお前の自由を奪いたくないし、好きなことをしてほしい。でも……危険な目に合わせたらお前を殺るぞ、ミザロ」
およそ頼み事をする側じゃない、ぎろっと殺気に満ちた視線を送る。
対して魔術師は何も恐れていない。
「ふふふ。少しあなたを見直しました。大丈夫ですよ、名無しさんのことはお任せください」
二人のやり取りに、ぱあぁっとあなたの顔が輝いていく。
「ありがとうございます、ミザロさん! ルドガーも!」
隣に抱きつくと、ルドガーは若干胸が詰まったような顔つきだったが、愛する者の喜びを受け止め、抱擁してくれる。
こうしてあなたは、時折魔術師に世話になり、鍛錬の時間を得ることになった。
それに結界師への紹介もしてくれるらしい。
その人は普段ここにはあまり姿を見せず、ふらふらしていて捕まりにくい人物のようだが。
自分たちの要求を結果的に全部飲んでくれたミザロには、感謝の気持ちが絶えなかった。
しかし、変わらず見つめる薄い笑みには、少しだけ胸の奥がぞわりとした。
