巨体の人外に助けられて世話される話
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手続きが済んだらしく、二人はなんと数日後に騎士団領内へと移り住むことに決まった。
あなたは小屋の片づけをしながら、ギリギリまで飾っておくつもりの花に水をやっていた。
「ふふっ、楽しみ~。今日はお買い物に行けるんだよね、ルドガーと一緒に」
ドキドキの気分を移すように、ピンク色に輝く花びらをうっとり見つめる。
「名無し、準備は出来たか。そろそろ行くぞ」
「うん!」
ベッド脇から立ち上がり振り返ると、ルドガーは物々しい装備服に紺色のマントを羽織っていた。
腰には銀細工が施された長剣がついている。
「……えっ? どうしたのその恰好。騎士さんみたいだよ」
「俺を騎士と一緒にするな。今日は念のためだ」
二人きりの初外出なのに、彼はなんだか警戒している様子だ。
あなたがまじまじと見上げていると、彼は黒いローブをはためかせてあなたの体をすっぽり覆うように隠した。
「なにっ? せっかくお洒落したのに!」
「お前もこれに包むんだ。今日だけだから我慢しろ。今はまだ加護を受けていないから、用心する必要がある」
家では優しく甘いムードを出してくるルドガーが、今日はぴりっと仕事モードで閉口する。
加護って何? 自分はそんなにか弱い存在なのだろうか。
なんだか想像と違う初デートに、あなたは胸がざわめいていた。
小屋の外では、耳のとがった魔族が迎えに来ていた。
同じく黒ローブを着た、美しいが青白い不気味な人だ。彼が転移魔法で街へと送ってくれるらしい。
「ねえねえ、ルドガーは転移魔法使えないの?」
「ああ、俺は獣だからな。獣化すれば攻撃魔法は使えるが、転移はできない。魔術師たちとは違うんだ」
こっそり話しかけると、ルドガーは騎士の話をした時と同様、魔術師のこともあまり好きではないような態度だった。
今までは分からなかったことを、これから外の世界の彼に触れることによって、少しずつ知っていく気がした。
魔界にある街に降り立ち、フードを被ったあなたは口を開けたまま周囲をぐるりと見渡す。
綺麗に敷き詰められた石畳に、巨大な灰色の建造物。広場も噴水も大きく、魔神っぽい彫像が遠くに建っている。
「す、すごい……全部がでかい……ルドガーサイズみたい!」
「……くくっ。なんだそれは。ここは都会なだけだ。それに俺は奴らより大きいほうだ。ほら、こっそり見てみろ」
彼が示す人々を注意深く見ると、小屋の警護の軍人よりも細い普通サイズだ。
確かにルドガーはひときわ体格がいいのだと知る。
この街は騎士団がある街で、ルラ・パルセというらしい。
魔王が住む王都に隣接する、軍事的にも重要な都市のようだ。
「ゼイラン様がこの街を見守る公爵って、本当なの? あんな一見ただの偉そうなお兄さんが?」
「そうだが……お前は怖いもの知らずだな、名無し。お前以外にそんなことを言う者はいないだろう」
街を歩くルドガーの横顔が、あなたが何か話すたびに柔らかくなる。緊張感のある中でも、それが嬉しかった。
手ぐらい、繋いでいいかな?
そう思ったけれど、あなたは我慢して黒ローブを前できゅっと閉めて気をつけていた。
買い物の目的は、衣類や化粧品、下着などだ。
彼に言うのは少し恥ずかしかったが、騎士団には大勢男性がいるため、人の目を気にするのは当然のことでもあった。
なにより、ルドガーがもっとお洒落をした自分を見たら、どんな反応をするのか楽しみだった。
実は今日の前に、あなたが小屋でひとり、秘密にやっていたこともある。
「守護者さま、守護者さま。今は一人ですよ。どうか出てきてください。相談したいことがあるんです」
『なんだ。名無し』
「早い! ひどいじゃないですか、この前ゼイラン様が来たときは全然現れてくれなかったのに!」
そう突っ込むと彼女には無視された。
「でも偉いでしょう? 半分ぐらいは認めてもらえたんですよ。今度騎士団に住むんです」
『それはよかったな。だが騎士団か……』
あっさり受け取られ、やはり味方なんだと一瞬湧きたったが、彼女は場所に難色を示していた。
一方あなたは少し罪悪感がわく。ルドガーと彼の主人に対してだ。
スパイじゃないと言ったのに、こうしていつの間にか心を開き、声の主に喋ってしまってることに。
「あの、私たちに何もひどいことしませんよね……?」
『するはずがない。案ずるなと言っただろう』
「ですよね、はは」
ごまかしていると、のんびりしたあなたに『要件を早く言え』と急かしてきた。
そこで手短に相談をする。あなたは下着類が欲しかったが、前に姉の衣類をくれたセアに相談するには、遠くに住んでいてあまり会えないし、彼女は年若い子なのだ。
「それでサイズがちょっと合ってなくて……守護者様なら同じ女だしお店とか教えてくれるかなって」
ルドガーは男で獣であるため、知識も関心もなさそうだった。
だからこうして助けを求めたのだ。
『わかった、少し待っていろ。――ああ、この店に行くといい。街の広場から数分のところだ』
いつ調べたのか、彼女があっさり教えてくれて、あなたは驚愕する。
なぜ魔界の街のことを知っているのだろう。
まさか、魔族なのだろうか……?
「ありがとうございました。感謝します守護者さま」
『ふっ、やけにしおらしいな。まあいい。こちらからまた連絡する。目立つことはするでないぞ』
高貴な物言いで、初めての長い会話から彼女は消えた。
あなたは高揚感のほかに、うっすら不穏な空気も感じていた。
「――名無し、それで全部か? 好きなものは何でも買え、遠慮するなよ」
「ありがとう。あとは下着店で最後なんだ」
ルドガーはそう言ってくれたが、店に立ち寄るたびに近くで見守り、警戒心を解いていない。
かなり疲れるんじゃないかと思った。
これまではすべて順調だ。こじんまりとした個人商店であなたは選ぶだけで、彼が購入してくれ、隣に目立たぬようについているだけでいい。
だが問題は次の下着店で起こった。
「あ、ここ、ここ。うわあ、すっごい派手なお店じゃない。なにこのセクシー下着!」
大きなガラス窓に立つマネキンには、きらびやかなレースつきの下着がずらりと並んでいる。
ガーターベルトまであって、魔族と体型も違う自分に似合うのだろうかと及び腰になった。
しかし中から綺麗なお姉さんが呼び込みをしており、あなたはおずおずと近づいていった。
「あらぁお嬢ちゃん、どうしたの。入りたいの」
「は、はい。いいですか?」
「もちろんいいわよぉ。……ってちょっと、そこの大男さん、あなたは外で待っててちょうだい」
背の高い魔族の女性がルドガーに目を光らせた。
確かにこのピンク色の店内に、仏頂面をした軍人が入ってきたら、ほかの女性客は怯えるかもしれない。
「ルドガー、悪いんだけどちょっと外で待っててくれる? すぐ終わるから」
「なぜだ? どうして俺は入れない。怪しいな……中に何か隠しているのか?」
「はあ? 何かってここにはブラジャーしかないわよ。獣人のお兄さん、地位のある人なのかもしれないけどねえ、ここは女の園なの。この子は大丈夫よ、私が見繕ってあげるから」
彼女は彼を落ち着かせるようにウインクし、あなたもなだめる。
するとルドガーは鋭い眼差しながらも、店から数メートル離れたところで仁王立ちになり、じっと様子を見ていた。
彼が気になったが、店内に入ったあなたは華美な装飾と夢のような空間に心酔した。
店員の女性に採寸から試着まで世話になり、気に入った数点の下着を購入することが出来た。
「ありがとうございます、全部可愛かったぁ。迷っちゃいますね」
「そうでしょう。またいつでもいらっしゃい。それにしても、あなたの主人は怖そうだけど、大事にしてくれそうね」
「……はっ?」
「奴隷なんでしょう? 人間だものね。大変なこともあるかもしれないけど、私は応援してるわよ。ずっと昔、うちにも人間の奴隷がいたの。家族みたいに仲よかったんだから」
「……あ、そうですか……素敵なお話ですね……」
あなたは最後にすーっと肝が冷やされたが、なんとかお店を微笑みで後にした。
「名無し、ちゃんと買い物出来たか? あの女に何かされなかったか」
「すごく優しかったよ、可愛い下着買えちゃった。全部ありがとうね、ルドガー」
あなたは道端で待つ彼に、思いのままに黒ローブごと抱きついた。
引きはがされるかと思ったが、彼は広い腕でがっちりと受け止めてくれた。
こうされると、本当に安心が戻ってくる。
「よかったな。俺も嬉しいぞ」
喜ぶあなたを見て、彼はこの日初めてふっと優しい微笑みを見せてくれた。
「やっと笑ってくれたね」
「……え? すまない。今日は気が張り詰めていた。仕事の護衛の時よりな」
「仕事のとき、あんなにしかめっ面なの?」
あなたが尋ねると、彼は答えにくい様子だ。
仕事場での彼の様子が、どんどん気になってくる。
「無事に買い物が済んで少しはリラックスした?」
「ああ、したぞ。それもだが、お前の喜ぶ姿に和んだ」
胸の下にある頭を撫で、彼の口元が上がっている。
「何か食うか? 腹が減っただろう」
「いいのっ?」
「買い食いでよければ」
妙に人間らしい誘うような笑みで、あなたはドキっとする。
それから二人で通りに立ち並ぶ飲食店へ向かった。いい匂いがする店先に並び、食べ物を購入する。
そのあとは噴水のベンチに座って、甘辛いクレープを食べた。
「ああ、楽しい……美味しいよお……」
「ははっ、よかった」
彼の笑い声に安心する。
魔界の空は薄紫色だけど、隣にルドガーがいてくれるだけで心強く、温かい。
「ねえ、さっきね。奴隷に間違えられちゃったよ。人間って、そうなの?」
あなたはどう考えても暗い話題を、軽く聞こえるように尋ねて振り向く。
だが彼は、とくに表情を変えずに「お前は奴隷じゃない」とはっきり告げた。
彼も二十年生きてきて、戦闘種族としてゼイランに拾われたときから、この世界の理は身をもって知っているのだろう。
「でも、求婚のときに身分は気にしないって言ってくれたけど、本当に大丈夫かな? 私はあなたの足かせにならない?」
気になって問いかけると、彼の答えはとうに決まっているようだった。
「足かせ? お前は俺を自由にしてくれたんだ、心も、この肉体も。獣は獣で、人間は人間だ。お前は誇り高い女だと、俺は知っている。名無し」
シンプルな彼らしい言葉に、胸をぐさっと打たれた。
どんな慰めや励ましよりも、ルドガーの気持ちがまっすぐ伝わる。
「ありがとう……。そうだよね、あなたはあなただし、私は私でしかないよね」
「ああ。変わる必要もなければ、考える必要もない。何かを言ってくる奴など、無視すればいい。お前は俺が守る。それだけだ」
あなたは瞳がうるっと来て、こそこそと隣に距離を詰めた。
最近、心が動かされることが多い。
環境が変わっていき、気持ちも忙しくなるかもしれないけれど。
「私達なら平気だよね、絶対」
「そうだぞ。何も心配することはない。いつも一緒だ」
彼の手のひらが、あなたのローブに隠された手の場所をずっと分かっているみたいに、力強く握ってくる。
二人は微笑み合い、つかの間の温もりに心まで預けていた。
あなたは小屋の片づけをしながら、ギリギリまで飾っておくつもりの花に水をやっていた。
「ふふっ、楽しみ~。今日はお買い物に行けるんだよね、ルドガーと一緒に」
ドキドキの気分を移すように、ピンク色に輝く花びらをうっとり見つめる。
「名無し、準備は出来たか。そろそろ行くぞ」
「うん!」
ベッド脇から立ち上がり振り返ると、ルドガーは物々しい装備服に紺色のマントを羽織っていた。
腰には銀細工が施された長剣がついている。
「……えっ? どうしたのその恰好。騎士さんみたいだよ」
「俺を騎士と一緒にするな。今日は念のためだ」
二人きりの初外出なのに、彼はなんだか警戒している様子だ。
あなたがまじまじと見上げていると、彼は黒いローブをはためかせてあなたの体をすっぽり覆うように隠した。
「なにっ? せっかくお洒落したのに!」
「お前もこれに包むんだ。今日だけだから我慢しろ。今はまだ加護を受けていないから、用心する必要がある」
家では優しく甘いムードを出してくるルドガーが、今日はぴりっと仕事モードで閉口する。
加護って何? 自分はそんなにか弱い存在なのだろうか。
なんだか想像と違う初デートに、あなたは胸がざわめいていた。
小屋の外では、耳のとがった魔族が迎えに来ていた。
同じく黒ローブを着た、美しいが青白い不気味な人だ。彼が転移魔法で街へと送ってくれるらしい。
「ねえねえ、ルドガーは転移魔法使えないの?」
「ああ、俺は獣だからな。獣化すれば攻撃魔法は使えるが、転移はできない。魔術師たちとは違うんだ」
こっそり話しかけると、ルドガーは騎士の話をした時と同様、魔術師のこともあまり好きではないような態度だった。
今までは分からなかったことを、これから外の世界の彼に触れることによって、少しずつ知っていく気がした。
魔界にある街に降り立ち、フードを被ったあなたは口を開けたまま周囲をぐるりと見渡す。
綺麗に敷き詰められた石畳に、巨大な灰色の建造物。広場も噴水も大きく、魔神っぽい彫像が遠くに建っている。
「す、すごい……全部がでかい……ルドガーサイズみたい!」
「……くくっ。なんだそれは。ここは都会なだけだ。それに俺は奴らより大きいほうだ。ほら、こっそり見てみろ」
彼が示す人々を注意深く見ると、小屋の警護の軍人よりも細い普通サイズだ。
確かにルドガーはひときわ体格がいいのだと知る。
この街は騎士団がある街で、ルラ・パルセというらしい。
魔王が住む王都に隣接する、軍事的にも重要な都市のようだ。
「ゼイラン様がこの街を見守る公爵って、本当なの? あんな一見ただの偉そうなお兄さんが?」
「そうだが……お前は怖いもの知らずだな、名無し。お前以外にそんなことを言う者はいないだろう」
街を歩くルドガーの横顔が、あなたが何か話すたびに柔らかくなる。緊張感のある中でも、それが嬉しかった。
手ぐらい、繋いでいいかな?
そう思ったけれど、あなたは我慢して黒ローブを前できゅっと閉めて気をつけていた。
買い物の目的は、衣類や化粧品、下着などだ。
彼に言うのは少し恥ずかしかったが、騎士団には大勢男性がいるため、人の目を気にするのは当然のことでもあった。
なにより、ルドガーがもっとお洒落をした自分を見たら、どんな反応をするのか楽しみだった。
実は今日の前に、あなたが小屋でひとり、秘密にやっていたこともある。
「守護者さま、守護者さま。今は一人ですよ。どうか出てきてください。相談したいことがあるんです」
『なんだ。名無し』
「早い! ひどいじゃないですか、この前ゼイラン様が来たときは全然現れてくれなかったのに!」
そう突っ込むと彼女には無視された。
「でも偉いでしょう? 半分ぐらいは認めてもらえたんですよ。今度騎士団に住むんです」
『それはよかったな。だが騎士団か……』
あっさり受け取られ、やはり味方なんだと一瞬湧きたったが、彼女は場所に難色を示していた。
一方あなたは少し罪悪感がわく。ルドガーと彼の主人に対してだ。
スパイじゃないと言ったのに、こうしていつの間にか心を開き、声の主に喋ってしまってることに。
「あの、私たちに何もひどいことしませんよね……?」
『するはずがない。案ずるなと言っただろう』
「ですよね、はは」
ごまかしていると、のんびりしたあなたに『要件を早く言え』と急かしてきた。
そこで手短に相談をする。あなたは下着類が欲しかったが、前に姉の衣類をくれたセアに相談するには、遠くに住んでいてあまり会えないし、彼女は年若い子なのだ。
「それでサイズがちょっと合ってなくて……守護者様なら同じ女だしお店とか教えてくれるかなって」
ルドガーは男で獣であるため、知識も関心もなさそうだった。
だからこうして助けを求めたのだ。
『わかった、少し待っていろ。――ああ、この店に行くといい。街の広場から数分のところだ』
いつ調べたのか、彼女があっさり教えてくれて、あなたは驚愕する。
なぜ魔界の街のことを知っているのだろう。
まさか、魔族なのだろうか……?
「ありがとうございました。感謝します守護者さま」
『ふっ、やけにしおらしいな。まあいい。こちらからまた連絡する。目立つことはするでないぞ』
高貴な物言いで、初めての長い会話から彼女は消えた。
あなたは高揚感のほかに、うっすら不穏な空気も感じていた。
「――名無し、それで全部か? 好きなものは何でも買え、遠慮するなよ」
「ありがとう。あとは下着店で最後なんだ」
ルドガーはそう言ってくれたが、店に立ち寄るたびに近くで見守り、警戒心を解いていない。
かなり疲れるんじゃないかと思った。
これまではすべて順調だ。こじんまりとした個人商店であなたは選ぶだけで、彼が購入してくれ、隣に目立たぬようについているだけでいい。
だが問題は次の下着店で起こった。
「あ、ここ、ここ。うわあ、すっごい派手なお店じゃない。なにこのセクシー下着!」
大きなガラス窓に立つマネキンには、きらびやかなレースつきの下着がずらりと並んでいる。
ガーターベルトまであって、魔族と体型も違う自分に似合うのだろうかと及び腰になった。
しかし中から綺麗なお姉さんが呼び込みをしており、あなたはおずおずと近づいていった。
「あらぁお嬢ちゃん、どうしたの。入りたいの」
「は、はい。いいですか?」
「もちろんいいわよぉ。……ってちょっと、そこの大男さん、あなたは外で待っててちょうだい」
背の高い魔族の女性がルドガーに目を光らせた。
確かにこのピンク色の店内に、仏頂面をした軍人が入ってきたら、ほかの女性客は怯えるかもしれない。
「ルドガー、悪いんだけどちょっと外で待っててくれる? すぐ終わるから」
「なぜだ? どうして俺は入れない。怪しいな……中に何か隠しているのか?」
「はあ? 何かってここにはブラジャーしかないわよ。獣人のお兄さん、地位のある人なのかもしれないけどねえ、ここは女の園なの。この子は大丈夫よ、私が見繕ってあげるから」
彼女は彼を落ち着かせるようにウインクし、あなたもなだめる。
するとルドガーは鋭い眼差しながらも、店から数メートル離れたところで仁王立ちになり、じっと様子を見ていた。
彼が気になったが、店内に入ったあなたは華美な装飾と夢のような空間に心酔した。
店員の女性に採寸から試着まで世話になり、気に入った数点の下着を購入することが出来た。
「ありがとうございます、全部可愛かったぁ。迷っちゃいますね」
「そうでしょう。またいつでもいらっしゃい。それにしても、あなたの主人は怖そうだけど、大事にしてくれそうね」
「……はっ?」
「奴隷なんでしょう? 人間だものね。大変なこともあるかもしれないけど、私は応援してるわよ。ずっと昔、うちにも人間の奴隷がいたの。家族みたいに仲よかったんだから」
「……あ、そうですか……素敵なお話ですね……」
あなたは最後にすーっと肝が冷やされたが、なんとかお店を微笑みで後にした。
「名無し、ちゃんと買い物出来たか? あの女に何かされなかったか」
「すごく優しかったよ、可愛い下着買えちゃった。全部ありがとうね、ルドガー」
あなたは道端で待つ彼に、思いのままに黒ローブごと抱きついた。
引きはがされるかと思ったが、彼は広い腕でがっちりと受け止めてくれた。
こうされると、本当に安心が戻ってくる。
「よかったな。俺も嬉しいぞ」
喜ぶあなたを見て、彼はこの日初めてふっと優しい微笑みを見せてくれた。
「やっと笑ってくれたね」
「……え? すまない。今日は気が張り詰めていた。仕事の護衛の時よりな」
「仕事のとき、あんなにしかめっ面なの?」
あなたが尋ねると、彼は答えにくい様子だ。
仕事場での彼の様子が、どんどん気になってくる。
「無事に買い物が済んで少しはリラックスした?」
「ああ、したぞ。それもだが、お前の喜ぶ姿に和んだ」
胸の下にある頭を撫で、彼の口元が上がっている。
「何か食うか? 腹が減っただろう」
「いいのっ?」
「買い食いでよければ」
妙に人間らしい誘うような笑みで、あなたはドキっとする。
それから二人で通りに立ち並ぶ飲食店へ向かった。いい匂いがする店先に並び、食べ物を購入する。
そのあとは噴水のベンチに座って、甘辛いクレープを食べた。
「ああ、楽しい……美味しいよお……」
「ははっ、よかった」
彼の笑い声に安心する。
魔界の空は薄紫色だけど、隣にルドガーがいてくれるだけで心強く、温かい。
「ねえ、さっきね。奴隷に間違えられちゃったよ。人間って、そうなの?」
あなたはどう考えても暗い話題を、軽く聞こえるように尋ねて振り向く。
だが彼は、とくに表情を変えずに「お前は奴隷じゃない」とはっきり告げた。
彼も二十年生きてきて、戦闘種族としてゼイランに拾われたときから、この世界の理は身をもって知っているのだろう。
「でも、求婚のときに身分は気にしないって言ってくれたけど、本当に大丈夫かな? 私はあなたの足かせにならない?」
気になって問いかけると、彼の答えはとうに決まっているようだった。
「足かせ? お前は俺を自由にしてくれたんだ、心も、この肉体も。獣は獣で、人間は人間だ。お前は誇り高い女だと、俺は知っている。名無し」
シンプルな彼らしい言葉に、胸をぐさっと打たれた。
どんな慰めや励ましよりも、ルドガーの気持ちがまっすぐ伝わる。
「ありがとう……。そうだよね、あなたはあなただし、私は私でしかないよね」
「ああ。変わる必要もなければ、考える必要もない。何かを言ってくる奴など、無視すればいい。お前は俺が守る。それだけだ」
あなたは瞳がうるっと来て、こそこそと隣に距離を詰めた。
最近、心が動かされることが多い。
環境が変わっていき、気持ちも忙しくなるかもしれないけれど。
「私達なら平気だよね、絶対」
「そうだぞ。何も心配することはない。いつも一緒だ」
彼の手のひらが、あなたのローブに隠された手の場所をずっと分かっているみたいに、力強く握ってくる。
二人は微笑み合い、つかの間の温もりに心まで預けていた。
