巨体の人外に助けられて世話される話
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突如小屋の外に現れた銀髪の男は、ルドガーと同じぐらい背が高かった。
白肌につやがかった薄唇で、すらりとした細身のとんでもない美形だ。
「……ゼイラン様、なぜこのような場所に……! お一人で来られたのですか」
「ああ。ペットに会いに来るのに従者はいらないだろ?」
彼は白いズボンに白シャツ、コートを着ていて、すっきりと洗練された印象だ。
耳に銀のピアスが光り、両手をポケットに突っ込んでいる。
――ゼイラン。
警護の者に、そう呼ばれていた。
あなたは真っ青になりながら、白服と相反する彼の禍々しいオーラに動けないでいた。
「おい、女。中に入れ。俺は客だぞ」
「……はっ! ハイ!」
声が裏返ってしまったが、偉そうな美形に言われるがまま室内に戻った。
彼は一人掛けのソファにゆったりと座り、長い脚を組み、肘掛けに腕を置いた。
顎をさすりながら、あなたの全身を舐めるように見ている。
「あの……さきほどペットと申されましたが、ルドガーのことでしょうか?」
「そうだが」
「彼は今仕事に行っていまして」
「知っている。俺の命令だからな。帰りは遅いぞ、女」
にやりと形よい瞳を細められ、怖気が走った。
まるでその間、二人きりだなと居座られるように。
守護者の声が教えてくれた「来訪者」とは、まさかこのゼイランなのだろうか?
確かに彼は、触れば指先から凍りつきそうな、危険すぎるムードを放っている。
「俺が怖いか」
「ひっ……いえ!」
「フフフ……正直に言え。ルドガーは俺をなんと説明した」
「え、あの……強く、恐ろしく、いや美しく…? 強大な方だと。……それとルドガーはあなたにとって、一番頼りになる闘獣だと言っていました」
勇気を出して強調すると、彼は「ハッハッハッ」と上機嫌に笑った。
素性を何も知らなければ、笑顔も美しい男性である。
「その通りだが。あいつが俺の唯一無二の獣なのも正しい。だからこそな……番は慎重に選ばなければならないんだ。……人間のお前にも、それぐらい分かるだろう?」
あなたは本題を問われ、言葉に詰まる。
やっぱり、反対しに来たのだと。
「そう悲しげな顔をするな。お前、本気でルドガーが好きなのか」
「……はい! 本気です!」
「解せんな。隊長セヴァの報告にも耳障りのよい言葉しか書かれてなかったが、要は森で拾われ、獣のあいつに無理やり番にされたんだろう? そんな男をなぜ好きになる」
ぎくっと肩がこわばる。
なぜと言われても、これまでの心の通い合いが、あなたの気持ちをそうさせたからである。
「……彼は優しい人だから。最初は横暴だったけど、でも手つきはいつも優しかった……愛情が伝わってきたんです。それに私を守ってくれるって約束したし。……私の記憶がなくても、構わないって言ってくれたんです!」
思いがあふれるたびに、ゼイランの眉間が深く寄っていく。
「あいつは獣だから純粋なんだよ。童貞だしな。お前のように一見清純で可憐な女には、コロっと騙される。ああ嘆かわしい……戦場では恐れるもののない百戦錬磨の闘獣が、人間の女スパイなんかに掌で転がされるとは」
「なっ!! スパイじゃないです!」
突っ込みたいところがたくさんある台詞だったが、思わず強く反論した。
どうすれば分かってくれるのか。
ルドガーもいないし、無力な自分には太刀打ちできないのが明らかだ。
「守護者さま……どうすれば……」
「あぁ? 今なんて言った」
「いやっなんでもないです!」
「やっぱりスパイだろう。白状しろ」
「違いますって!」
「はあ、なんだか腹が減ったな。おいお前、メシ作れ。あいつが帰るまでまだ時間がある」
突然色気のあるため息で命令され、あなたは反感を持ちそうになったが、へそを曲げて帰られてしまったら、本当に終わりな気がした。
だからルドガーが戻るまでは、なにをしてでも引き止めなければと考えた。
「はい、どうぞ。ルドガーの好物です」
「よく知ってるな。あいつの好きな頬肉の煮込みだ。……へえ、料理の腕はあるみたいだな」
なぜ彼の主人にこんな事をしてるのか分からないが、温かみのある素朴な木の小屋で、あなたは一生懸命尽くしていた。
魔族の食欲も破格らしく、彼はすごい早さでシチューの大鍋を空にした。
すっかりコートも脱ぎシャツもはだけた状態でくつろぎ出したゼイランは、大きなあくびをする。
「俺は少し眠る。久々の休みだ。女、起こすなよ」
「は、はあ…」
そう言ってまっすぐソファで寝そべり、腹で手を組んで行儀よく瞳を閉じてしまった。
あなたは恐る恐るブランケットをかけ、少し離れた暖炉前の椅子に座る。
「何しに来たんだろう、この人……すやすや寝てるし」
彼はただ無防備なわけではなく、こちらが何かしようとしても何の脅威にもならないのだろうと思った。
ゼイランは想像とまったく違う人だ。
忙しい主人だと聞いたが、ルドガーをペットと称するものの、こうして一日を費やすのは大事に思っている証拠なのかもしれない。
あなたがルドガーの帰りを待ってうたた寝していると、夜遅くに彼が帰宅した。
小屋の重い鍵が開き、任務用の制服姿で現れる。
だが彼は室内の様子に、瞳を見開き愕然としていた。
「なっ……ゼイラン様、ここで何をしているんだ!?」
素っ頓狂な声を出し、すぐにルドガーは寝ぼけ眼のあなたのそばに来た。
ゆっくり目を開けると、彼の覆うような背中が目の前にある。
「起きろ、ゼイラン様!」
「……あぁ? 俺は寝起きが悪いんだよ……」
不快そうに起き上がった主人の前で、ルドガーは床に跪く。
一応礼儀は忘れてないらしい。
「任務は無事に終えた。あなたに報告しようと思ったら、もう帰ったと言われて……ここに居たのか」
「そうだ。お前の女にメシを作ってもらったぞ。ふふふ、中々美味かった」
にやりと思わせぶりに銀色の瞳に捕らえられる。
あなたは褒められて愛想よく会釈したが、振り返ったルドガーの瞳は最大限に揺れていた。
「名無しのメシ……? 何を作ったんだ?」
「ルドガーの好物のシチューだよ。でもゼイラン様が全部食べちゃって。ごめんね、すぐに何か作るから」
「いや、いい……。お前は休め。……全部食べたのか、ゼイラン様……」
恨めしそうに見下されても、主人はソファに偉そうに足を開いて座ったまま、にやにやしている。
「なんだその顔は。悔しいか? お前、戦場での顔つきとまるで違うじゃないか。すっかり所帯じみたようだ。その女と夫婦気取りか」
嘲るような台詞も、主人にとってはただのからかいだ。
しかし落ち着かないルドガーは、あなたを自身の背に隠したまま、胸を張って顔を上げた。
「気取りじゃない。もう夫婦なんだ」
「ほう? 俺の許しなしにそんなことが可能だと? おい名無し、眠気覚ましの茶を入れろ。甘ったるい空気にまた眠くなってしまったよ」
「……あっはい、ただいま」
あなたはつい先程までの癖で動こうとした。何気に初めて名前で呼ばれたことも、認識されているのだと思い前進を感じた。
しかし、細い手首をぱしっと取られる。
ルドガーの力強い大きな手に。
「どうして言うことを聞くんだ? お前は使用人じゃない」
「えっ……でも、ルドガーの上司で主人でしょう? おもてなししないとと思って」
するとルドガーは、あなたに向き直り、優しく頭を触った。
「なら俺がやる。お前は十分やってくれた」
「ルドガー……。優しい……」
あなたが思わずうるっとした瞳で見上げると、彼の表情からトゲが抜けたように優しくなる。
そういえばハグもまだだったと思い、彼を間近にして緊張が緩むと、あなたはその背に手を回した。
「名無し……そういえばまだキスもしてなかったな。ただいま」
「おかえり、ルドガー」
二人の世界で見つめ合い、大きな背を屈められてちゅっとキスをされた。
照れ合う二人の後ろで、白けた男の視線が注がれている。
「お前らいい度胸だな。主人の言いつけも守らず二人の世界にまっしぐらとは」
「あっすまない、ゼイラン様。すぐに茶を用意しよう。名無しもそこに座れ」
そそくさと動き出したルドガーに礼を言い、改めて目で追った。彼は主人を恐れている様子はなく、なんだか自然体に見えた。
敬ってはいるが、まるで家族のような雰囲気にあなたも微笑みがもれる。
けれどテーブルに茶が3つ置かれ、ゼイランの前にルドガーと並ぶと、緊張感は戻ってきた。
「――それで、お前の言いたいことはもう分かったよ、ルドガー。その女に本気なんだろう?」
「……ああ! そうなんだ、ゼイラン様。あなたの危惧することは分かる。だが俺は人間と番っても弱くはならないし、これまで通り、いや、それ以上に軍に貢献するつもりだ。名無しのおかげで、俺は自分の生に大きな意味を見つけた。名無しを心から愛しているんだ!」
前のめりになって伝える彼の姿を、あなたは感激する瞳で見つめていた。
愛の言葉に心が動かされただけじゃない。
最初の頃のルドガーからは想像もつかないほど、生き生きとした感情にあふれた姿だったからだ。
「ほう……その熱意は頼もしいぞ、ルドガー。だがなぁ……俺はさきほど耳にした言葉が気になってな。名無し、"守護者"とはなんだ?」
「エッ」
あなたは感動の涙が引くほど、背筋が凍りつき固まった。
ルドガーの動揺した瞳がすぐさま向けられる。
「それはあれです、私の心の支えである守護的な精霊のことです。ここに住んでる間に作り出した想像のフレンドのようなものですよ」
「真顔で嘘をつくな。お前の目を見れば分かる。他の何かを信じている瞳だ。ルドガー、知っているか?」
彼は声音を一転させて冷たくし、臣下に尋ねた。
だがルドガーは静かに首を振る。
「いいや。名無しの言う通りだ。俺が長くここに閉じ込めてるせいで、心細くさせてしまった。だから早く普通の場所に住まわせてやりたい。頼む、ゼイラン様。俺達が平和に暮らすのを許してくれ。そうすれば名無しももっと元気がでるはずだ」
ルドガーは半分本心で、半分自分をかばってくれていると感じた。
あなたが彼を見つめていると、振り向いて頷かれ、手をギュッと離さないように握られる。
「はあ……お前は……まったく無知な獣が。騙されても知らんぞ」
「俺は名無しを信じている。この愛は揺るがないんだ」
そうはっきりと返すルドガーに対し、あなたは複雑な思いを抱えていた。
あの声がするまでは、自分も心の底から純粋に喜んでいた。
今も気持ちは変わらないけれど、記憶に秘密があるとしたら――彼のことを悲しませてしまうのだろうか。
「まあいい。今日のところはお開きにしよう。俺は結局甘い主だからな。お前達をいびるのはこれくらいにしといてやるよ。場所もこんなところに隠れてないで、騎士団内に住め」
「えっ、騎士団?」
「そうだ。こいつは寮住まいなんだぞ、知らなかったか?」
呆れるように問われ困惑する。
ルドガーは頭をかいて気まずそうにしていたが、自分もまだ知らないことが多いようだと悟る。
その後、ゼイランは本当にあっさりその場を去った。
二人残されて、今のところはカミナリを落とされなかったものの、これからどうなるのだろうか?
「でもルドガー、ひとまずは大丈夫そうだよね? よかったね、すごい怒られずにすんで」
「……名無し。風呂に入るぞ」
「え? あ、そっか。仕事終わりでまだ制服のままだもんね。じゃあその間にご飯を――」
「お前も一緒に入るんだ」
彼に問答無用に抱きかかえられ、あなたは慌てて両肩に掴まる。
「ちょっ、どうしたのっ?」
「匂いがする。ゼイラン様の香りは強すぎる。お前から今すぐに取りたいんだ」
彼はもうそれしか考えられないように、本能的にあなたをがっちりと横抱きにし、風呂場へと突き進んでいった。
白肌につやがかった薄唇で、すらりとした細身のとんでもない美形だ。
「……ゼイラン様、なぜこのような場所に……! お一人で来られたのですか」
「ああ。ペットに会いに来るのに従者はいらないだろ?」
彼は白いズボンに白シャツ、コートを着ていて、すっきりと洗練された印象だ。
耳に銀のピアスが光り、両手をポケットに突っ込んでいる。
――ゼイラン。
警護の者に、そう呼ばれていた。
あなたは真っ青になりながら、白服と相反する彼の禍々しいオーラに動けないでいた。
「おい、女。中に入れ。俺は客だぞ」
「……はっ! ハイ!」
声が裏返ってしまったが、偉そうな美形に言われるがまま室内に戻った。
彼は一人掛けのソファにゆったりと座り、長い脚を組み、肘掛けに腕を置いた。
顎をさすりながら、あなたの全身を舐めるように見ている。
「あの……さきほどペットと申されましたが、ルドガーのことでしょうか?」
「そうだが」
「彼は今仕事に行っていまして」
「知っている。俺の命令だからな。帰りは遅いぞ、女」
にやりと形よい瞳を細められ、怖気が走った。
まるでその間、二人きりだなと居座られるように。
守護者の声が教えてくれた「来訪者」とは、まさかこのゼイランなのだろうか?
確かに彼は、触れば指先から凍りつきそうな、危険すぎるムードを放っている。
「俺が怖いか」
「ひっ……いえ!」
「フフフ……正直に言え。ルドガーは俺をなんと説明した」
「え、あの……強く、恐ろしく、いや美しく…? 強大な方だと。……それとルドガーはあなたにとって、一番頼りになる闘獣だと言っていました」
勇気を出して強調すると、彼は「ハッハッハッ」と上機嫌に笑った。
素性を何も知らなければ、笑顔も美しい男性である。
「その通りだが。あいつが俺の唯一無二の獣なのも正しい。だからこそな……番は慎重に選ばなければならないんだ。……人間のお前にも、それぐらい分かるだろう?」
あなたは本題を問われ、言葉に詰まる。
やっぱり、反対しに来たのだと。
「そう悲しげな顔をするな。お前、本気でルドガーが好きなのか」
「……はい! 本気です!」
「解せんな。隊長セヴァの報告にも耳障りのよい言葉しか書かれてなかったが、要は森で拾われ、獣のあいつに無理やり番にされたんだろう? そんな男をなぜ好きになる」
ぎくっと肩がこわばる。
なぜと言われても、これまでの心の通い合いが、あなたの気持ちをそうさせたからである。
「……彼は優しい人だから。最初は横暴だったけど、でも手つきはいつも優しかった……愛情が伝わってきたんです。それに私を守ってくれるって約束したし。……私の記憶がなくても、構わないって言ってくれたんです!」
思いがあふれるたびに、ゼイランの眉間が深く寄っていく。
「あいつは獣だから純粋なんだよ。童貞だしな。お前のように一見清純で可憐な女には、コロっと騙される。ああ嘆かわしい……戦場では恐れるもののない百戦錬磨の闘獣が、人間の女スパイなんかに掌で転がされるとは」
「なっ!! スパイじゃないです!」
突っ込みたいところがたくさんある台詞だったが、思わず強く反論した。
どうすれば分かってくれるのか。
ルドガーもいないし、無力な自分には太刀打ちできないのが明らかだ。
「守護者さま……どうすれば……」
「あぁ? 今なんて言った」
「いやっなんでもないです!」
「やっぱりスパイだろう。白状しろ」
「違いますって!」
「はあ、なんだか腹が減ったな。おいお前、メシ作れ。あいつが帰るまでまだ時間がある」
突然色気のあるため息で命令され、あなたは反感を持ちそうになったが、へそを曲げて帰られてしまったら、本当に終わりな気がした。
だからルドガーが戻るまでは、なにをしてでも引き止めなければと考えた。
「はい、どうぞ。ルドガーの好物です」
「よく知ってるな。あいつの好きな頬肉の煮込みだ。……へえ、料理の腕はあるみたいだな」
なぜ彼の主人にこんな事をしてるのか分からないが、温かみのある素朴な木の小屋で、あなたは一生懸命尽くしていた。
魔族の食欲も破格らしく、彼はすごい早さでシチューの大鍋を空にした。
すっかりコートも脱ぎシャツもはだけた状態でくつろぎ出したゼイランは、大きなあくびをする。
「俺は少し眠る。久々の休みだ。女、起こすなよ」
「は、はあ…」
そう言ってまっすぐソファで寝そべり、腹で手を組んで行儀よく瞳を閉じてしまった。
あなたは恐る恐るブランケットをかけ、少し離れた暖炉前の椅子に座る。
「何しに来たんだろう、この人……すやすや寝てるし」
彼はただ無防備なわけではなく、こちらが何かしようとしても何の脅威にもならないのだろうと思った。
ゼイランは想像とまったく違う人だ。
忙しい主人だと聞いたが、ルドガーをペットと称するものの、こうして一日を費やすのは大事に思っている証拠なのかもしれない。
あなたがルドガーの帰りを待ってうたた寝していると、夜遅くに彼が帰宅した。
小屋の重い鍵が開き、任務用の制服姿で現れる。
だが彼は室内の様子に、瞳を見開き愕然としていた。
「なっ……ゼイラン様、ここで何をしているんだ!?」
素っ頓狂な声を出し、すぐにルドガーは寝ぼけ眼のあなたのそばに来た。
ゆっくり目を開けると、彼の覆うような背中が目の前にある。
「起きろ、ゼイラン様!」
「……あぁ? 俺は寝起きが悪いんだよ……」
不快そうに起き上がった主人の前で、ルドガーは床に跪く。
一応礼儀は忘れてないらしい。
「任務は無事に終えた。あなたに報告しようと思ったら、もう帰ったと言われて……ここに居たのか」
「そうだ。お前の女にメシを作ってもらったぞ。ふふふ、中々美味かった」
にやりと思わせぶりに銀色の瞳に捕らえられる。
あなたは褒められて愛想よく会釈したが、振り返ったルドガーの瞳は最大限に揺れていた。
「名無しのメシ……? 何を作ったんだ?」
「ルドガーの好物のシチューだよ。でもゼイラン様が全部食べちゃって。ごめんね、すぐに何か作るから」
「いや、いい……。お前は休め。……全部食べたのか、ゼイラン様……」
恨めしそうに見下されても、主人はソファに偉そうに足を開いて座ったまま、にやにやしている。
「なんだその顔は。悔しいか? お前、戦場での顔つきとまるで違うじゃないか。すっかり所帯じみたようだ。その女と夫婦気取りか」
嘲るような台詞も、主人にとってはただのからかいだ。
しかし落ち着かないルドガーは、あなたを自身の背に隠したまま、胸を張って顔を上げた。
「気取りじゃない。もう夫婦なんだ」
「ほう? 俺の許しなしにそんなことが可能だと? おい名無し、眠気覚ましの茶を入れろ。甘ったるい空気にまた眠くなってしまったよ」
「……あっはい、ただいま」
あなたはつい先程までの癖で動こうとした。何気に初めて名前で呼ばれたことも、認識されているのだと思い前進を感じた。
しかし、細い手首をぱしっと取られる。
ルドガーの力強い大きな手に。
「どうして言うことを聞くんだ? お前は使用人じゃない」
「えっ……でも、ルドガーの上司で主人でしょう? おもてなししないとと思って」
するとルドガーは、あなたに向き直り、優しく頭を触った。
「なら俺がやる。お前は十分やってくれた」
「ルドガー……。優しい……」
あなたが思わずうるっとした瞳で見上げると、彼の表情からトゲが抜けたように優しくなる。
そういえばハグもまだだったと思い、彼を間近にして緊張が緩むと、あなたはその背に手を回した。
「名無し……そういえばまだキスもしてなかったな。ただいま」
「おかえり、ルドガー」
二人の世界で見つめ合い、大きな背を屈められてちゅっとキスをされた。
照れ合う二人の後ろで、白けた男の視線が注がれている。
「お前らいい度胸だな。主人の言いつけも守らず二人の世界にまっしぐらとは」
「あっすまない、ゼイラン様。すぐに茶を用意しよう。名無しもそこに座れ」
そそくさと動き出したルドガーに礼を言い、改めて目で追った。彼は主人を恐れている様子はなく、なんだか自然体に見えた。
敬ってはいるが、まるで家族のような雰囲気にあなたも微笑みがもれる。
けれどテーブルに茶が3つ置かれ、ゼイランの前にルドガーと並ぶと、緊張感は戻ってきた。
「――それで、お前の言いたいことはもう分かったよ、ルドガー。その女に本気なんだろう?」
「……ああ! そうなんだ、ゼイラン様。あなたの危惧することは分かる。だが俺は人間と番っても弱くはならないし、これまで通り、いや、それ以上に軍に貢献するつもりだ。名無しのおかげで、俺は自分の生に大きな意味を見つけた。名無しを心から愛しているんだ!」
前のめりになって伝える彼の姿を、あなたは感激する瞳で見つめていた。
愛の言葉に心が動かされただけじゃない。
最初の頃のルドガーからは想像もつかないほど、生き生きとした感情にあふれた姿だったからだ。
「ほう……その熱意は頼もしいぞ、ルドガー。だがなぁ……俺はさきほど耳にした言葉が気になってな。名無し、"守護者"とはなんだ?」
「エッ」
あなたは感動の涙が引くほど、背筋が凍りつき固まった。
ルドガーの動揺した瞳がすぐさま向けられる。
「それはあれです、私の心の支えである守護的な精霊のことです。ここに住んでる間に作り出した想像のフレンドのようなものですよ」
「真顔で嘘をつくな。お前の目を見れば分かる。他の何かを信じている瞳だ。ルドガー、知っているか?」
彼は声音を一転させて冷たくし、臣下に尋ねた。
だがルドガーは静かに首を振る。
「いいや。名無しの言う通りだ。俺が長くここに閉じ込めてるせいで、心細くさせてしまった。だから早く普通の場所に住まわせてやりたい。頼む、ゼイラン様。俺達が平和に暮らすのを許してくれ。そうすれば名無しももっと元気がでるはずだ」
ルドガーは半分本心で、半分自分をかばってくれていると感じた。
あなたが彼を見つめていると、振り向いて頷かれ、手をギュッと離さないように握られる。
「はあ……お前は……まったく無知な獣が。騙されても知らんぞ」
「俺は名無しを信じている。この愛は揺るがないんだ」
そうはっきりと返すルドガーに対し、あなたは複雑な思いを抱えていた。
あの声がするまでは、自分も心の底から純粋に喜んでいた。
今も気持ちは変わらないけれど、記憶に秘密があるとしたら――彼のことを悲しませてしまうのだろうか。
「まあいい。今日のところはお開きにしよう。俺は結局甘い主だからな。お前達をいびるのはこれくらいにしといてやるよ。場所もこんなところに隠れてないで、騎士団内に住め」
「えっ、騎士団?」
「そうだ。こいつは寮住まいなんだぞ、知らなかったか?」
呆れるように問われ困惑する。
ルドガーは頭をかいて気まずそうにしていたが、自分もまだ知らないことが多いようだと悟る。
その後、ゼイランは本当にあっさりその場を去った。
二人残されて、今のところはカミナリを落とされなかったものの、これからどうなるのだろうか?
「でもルドガー、ひとまずは大丈夫そうだよね? よかったね、すごい怒られずにすんで」
「……名無し。風呂に入るぞ」
「え? あ、そっか。仕事終わりでまだ制服のままだもんね。じゃあその間にご飯を――」
「お前も一緒に入るんだ」
彼に問答無用に抱きかかえられ、あなたは慌てて両肩に掴まる。
「ちょっ、どうしたのっ?」
「匂いがする。ゼイラン様の香りは強すぎる。お前から今すぐに取りたいんだ」
彼はもうそれしか考えられないように、本能的にあなたをがっちりと横抱きにし、風呂場へと突き進んでいった。
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