巨体の人外に助けられて世話される話
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「いってらっしゃい。ルドガー」
「行ってくる。名無し」
小屋の扉前で、あなたはルドガーの胸下に頭をうずめ、抱きしめられる。
番になった二人は、笑顔で見つめ合いながらキスをした。
するとあなたを離しがたいルドガーが、悔やむように眉を寄せる。
「すまない、名無し。お前をまだこの小屋に住まわせていて。ゼイラン様に認められたら、すぐにでも大きな屋敷に引っ越すぞ」
「⋯⋯そうなの? 私は大丈夫だけど⋯⋯ゼイラン様になかなか会えないみたいだよね?」
首を傾げて健気に尋ねる様子は、ルドガーの胸を締めつけたようだった。
「きっともうすぐだ。あの方は忙しいからな。だが俺は一番頼りになる闘獣として仕えている。お前との婚姻も、必ず許しが出るはずだ」
確固たる自信を見せるものの、あなたにはルドガーの金の瞳が、どこか焦っているようにも思えた。
だから背伸びをして、彼の太い胴に手を回し、力の限り抱擁する。
「絶対大丈夫。時間がかかっても私は待ってるから。無事に認めてもらえたら、あなたと街を散歩するの。手を繋いでね」
なんだか、せつなさと楽しみが交差した気持ちで告げる。
するとルドガーはこれまでになく強く抱きしめ、頭を撫でてくれた。
彼が出かけてからは、いつもと同じ時間が始まる。
窓から見えるのは深緑の暗い森だけだが、彼と虎獣人の隊長セヴァの計らいで、警備の軍人がいてくれることは安心した。
「でも、やっぱり外の空気は吸いたいよねぇ」
台所で洗い物をしながら呟くものの、今はまだ夢だと息を吐いた。
そのときだった。
外から、声が聞こえてきた。ぼんやりと遠くで響くような女の声だ。
『――名無し。気をつけるのだ』
「⋯⋯えっ? なに?」
あなたは辺りを見渡し、急いで小屋の扉に向かう。鎖はついてないが、頑丈に鍵がつけられた木扉に、耳をぴたりと添えた。
すると今度は、頭の中に直接響いてきた。
『用心せよ。来訪客の男の言うことを、聞いてはならぬ――』
「ひぃ!」
また意味不明なことを言われて、あなたはぐるりと部屋を見回した。
だがいつもと同じ木彫りのリビングと台所、大きなベッド、温かな暖炉があるだけだ。
「なに今の⋯⋯とうとう私、幻聴が聞こえるようになったのかな?」
ひとりで小屋で過ごす時間が長く、おかしくなったのかもしれない。
声は止まり、あなたは腕を心細そうに組んで考え込んだ。
部屋を行ったり来たりして、さっきの言葉を紙に書いてみることにした。
「来訪客の男⋯⋯の言うことを聞くな、みたいな内容だったよね」
ここにいる間、本を読んだりルドガーに教えてもらったりして、簡単な読み書きは出来るようになっていた。
ここは魔界で、人間のあなたにはなぜか自然と喋ることは出来ても、すべてを理解するのは難しい。
でもなんとか声に出して読めるメモを眺めながら、頭をひねっていた。
この事をルドガーに言うのは、少し躊躇われた。
あれは彼の仕事仲間だったが、以前ここに男達の客がたくさん来たときに、あなたは安全のために檻に入り、大きな心配をかけてしまったのだ。
今は彼も気が張ってるだろうし、なにより自分がおかしくなったと思われたら悲しい。
「ねえルドガー、ここにお客さんって来ないよね?」
「ああ、今は来ないぞ。⋯⋯どうした? 寂しいか?」
大きなベッドで彼は裸で横たわり、その隣であなたはうつぶせになって横目で見つめている。
ルドガーはあなたの小柄な体をそっと引き寄せ、腕の中に抱えた。
彼のたくましい太い腕に包まれ、気持ちよく枕代わりにする。
「寂しくないよ。ただ気になっただけで」
「そうか⋯⋯」
彼はそれ以上何も言わなかったが、体の熱はじんわりと上昇し、あなたを深く包みこんでくれていた。
それから数日間、あなたは時々、声の主に語りかけてみることにした。
昼から夜まで、一人でいるときに部屋の中を歩き回る。
「――もう一度出てきて、お願い! 声の人!」
「訪問客って、誰なの? 教えて!」
そう何度も喋っていたら、外から扉をコンコンと叩かれた。
もしやと思い、急いで向かって鍵を外そうとする。
なんとか成功すると、そこには困惑した顔つきの魔族の軍人が立っていた。
「大丈夫ですか。何かありましたか」
「あっ、いいえ。なんでもないです。すみません」
あなたはめったに喋ることのない者に納得されたが、不審がられている。
また部屋に戻り、深い息を吐いた。
すると突然、頭の中で声が鳴り響いた。
『――私に話しかけるんじゃない。怪しまれるだろう』
絞り出すような苦渋の声質は、まるでどこかで自分を見ているようだった。
「誰!? ねえ、あなたは私を知ってるの? どうして名前知ってたの?」
『ふふ⋯⋯私はお前の守護者だ。案ずるな⋯⋯とにかく、声を抑えろ。わかったな』
「わかった。静かにするから、教えてよっ」
小声でベッドの布団にもぐりこみ、あなたは会話をしようと試みた。
しかし、一方的にこう言われる。
『ルドガーにはこの事を話すな。言いつけを守るのだぞ』
守護者と名乗った大人の声の女は、それだけ告げると消えてしまった。
「えっ? どうして? ちょっと!! ⋯⋯はあ、なんでよ⋯⋯」
なぜ彼のことを知っているのか。
やはり彼女は、どこからか自分たちのことを見ているのでは?
そのぐらい、強大な存在なんだろうか。
「守護者ってことは、守ってくれてるってことだよね?」
もしそうなら、姿を見せてくれてもいいのに。
残念がるあなたのもとに、突然扉が大きな音で開かれる。
驚いて飛び起きると、そこには仕事帰りのルドガーが立っていた。
あなたを見つめ、怪訝な表情をしている。
「何をしている? 名無し」
「あ⋯⋯! おかえり、なんでもないよ!」
布団から這い出て、彼に駆け寄った。
抱きつく体をひょいと持ち上げられて、片手で抱えられた。
ルドガーの凛々しい黒い眉が、きゅっと寄せられて、あなたをもどかしげに見つめている。
「警護の者から聞いた。お前が最近ひとりで喋っていると。⋯⋯それに、部屋でおかしなメモも見つけた。いったい何が起こっている?」
彼はあなたに優しく尋ねる。
一方でこちらの鼓動は跳ね上がり、言葉に詰まった。
「すまん⋯⋯お前を問い詰めたいわけじゃない。監視しているわけでもない。ただ⋯⋯心配なんだ」
彼はそっとあなたのことを下ろし、爪をしまった大きな手で髪を梳いた。
あなたも彼を見上げたままだが、なんとも言えない。
申し訳なさもあるが、自分にもまだよく分からないのだ。
「ただ独り言喋っちゃっただけなの。心配しないで。私は元気だよ」
「⋯⋯それならいいが。ゲアト先生を呼ぼうか?」
「えっ!? ううん、全然大丈夫だから! 病気じゃないって!」
紳士的な粘流体種族の医師ゲアトには定期的にお世話になり、信頼もしている。
塗り薬のおかげで体も問題なく動けているし、最近は調子がいい。
けれどそれとは別に、今起きていることは秘密にしなければ。
ルドガーのあなたを疑うような瞳が辛かったが、やり過ごすしかなかった。
それからしばらくして、小声でまた守護者と喋ろうと試みるも、応答はなかった。
「なんなのよ、もう⋯⋯」
ルドガーといるだけで満足なはずなのに、自分を知っていそうな存在との接触が、心を揺らす。
記憶のないあなたのことを、きっと知る手がかりになるからだ。
「守護者⋯⋯もしかして、天使? 私は前は聖女とか⋯⋯? 特別な人間だったらどうしよう。⋯⋯いやいや、ここは魔界だから、もし聖なる存在だったら捕まるかもしれない⋯⋯」
ぶつぶつと考察していると、森の外から、なんだかぞっとする気配を感じた。
丸い窓の外を背伸びして見やると、今は夕方で、紫の空が濃くなり始めている。
だが突然、天候が急転するように、不気味な黒い渦が現れた。
あなたの肩をすくませ、足元におどろおどろしく近づいてくる感覚だ。
「な、なに⋯⋯?」
あなたは強烈な寒気を感じながらも、外の世界に引かれていった。
もしかして――。
会いに来てくれたのだろうか。
そう思い、肌に感じる脅威とは裏腹に、あなたは急かされるように小屋の扉をこじ開けた。
すると、暗くそびえ立つ木々の間から、短い銀髪の男がゆっくり歩いてくる。
目を凝らすまでもなく、異様な黒いオーラを放つ若い美男子だ。
彼は薄笑いを浮かべ、凍りつくような銀色の瞳であなたを捕らえたまま。
眼の前までやって来た。
「行ってくる。名無し」
小屋の扉前で、あなたはルドガーの胸下に頭をうずめ、抱きしめられる。
番になった二人は、笑顔で見つめ合いながらキスをした。
するとあなたを離しがたいルドガーが、悔やむように眉を寄せる。
「すまない、名無し。お前をまだこの小屋に住まわせていて。ゼイラン様に認められたら、すぐにでも大きな屋敷に引っ越すぞ」
「⋯⋯そうなの? 私は大丈夫だけど⋯⋯ゼイラン様になかなか会えないみたいだよね?」
首を傾げて健気に尋ねる様子は、ルドガーの胸を締めつけたようだった。
「きっともうすぐだ。あの方は忙しいからな。だが俺は一番頼りになる闘獣として仕えている。お前との婚姻も、必ず許しが出るはずだ」
確固たる自信を見せるものの、あなたにはルドガーの金の瞳が、どこか焦っているようにも思えた。
だから背伸びをして、彼の太い胴に手を回し、力の限り抱擁する。
「絶対大丈夫。時間がかかっても私は待ってるから。無事に認めてもらえたら、あなたと街を散歩するの。手を繋いでね」
なんだか、せつなさと楽しみが交差した気持ちで告げる。
するとルドガーはこれまでになく強く抱きしめ、頭を撫でてくれた。
彼が出かけてからは、いつもと同じ時間が始まる。
窓から見えるのは深緑の暗い森だけだが、彼と虎獣人の隊長セヴァの計らいで、警備の軍人がいてくれることは安心した。
「でも、やっぱり外の空気は吸いたいよねぇ」
台所で洗い物をしながら呟くものの、今はまだ夢だと息を吐いた。
そのときだった。
外から、声が聞こえてきた。ぼんやりと遠くで響くような女の声だ。
『――名無し。気をつけるのだ』
「⋯⋯えっ? なに?」
あなたは辺りを見渡し、急いで小屋の扉に向かう。鎖はついてないが、頑丈に鍵がつけられた木扉に、耳をぴたりと添えた。
すると今度は、頭の中に直接響いてきた。
『用心せよ。来訪客の男の言うことを、聞いてはならぬ――』
「ひぃ!」
また意味不明なことを言われて、あなたはぐるりと部屋を見回した。
だがいつもと同じ木彫りのリビングと台所、大きなベッド、温かな暖炉があるだけだ。
「なに今の⋯⋯とうとう私、幻聴が聞こえるようになったのかな?」
ひとりで小屋で過ごす時間が長く、おかしくなったのかもしれない。
声は止まり、あなたは腕を心細そうに組んで考え込んだ。
部屋を行ったり来たりして、さっきの言葉を紙に書いてみることにした。
「来訪客の男⋯⋯の言うことを聞くな、みたいな内容だったよね」
ここにいる間、本を読んだりルドガーに教えてもらったりして、簡単な読み書きは出来るようになっていた。
ここは魔界で、人間のあなたにはなぜか自然と喋ることは出来ても、すべてを理解するのは難しい。
でもなんとか声に出して読めるメモを眺めながら、頭をひねっていた。
この事をルドガーに言うのは、少し躊躇われた。
あれは彼の仕事仲間だったが、以前ここに男達の客がたくさん来たときに、あなたは安全のために檻に入り、大きな心配をかけてしまったのだ。
今は彼も気が張ってるだろうし、なにより自分がおかしくなったと思われたら悲しい。
「ねえルドガー、ここにお客さんって来ないよね?」
「ああ、今は来ないぞ。⋯⋯どうした? 寂しいか?」
大きなベッドで彼は裸で横たわり、その隣であなたはうつぶせになって横目で見つめている。
ルドガーはあなたの小柄な体をそっと引き寄せ、腕の中に抱えた。
彼のたくましい太い腕に包まれ、気持ちよく枕代わりにする。
「寂しくないよ。ただ気になっただけで」
「そうか⋯⋯」
彼はそれ以上何も言わなかったが、体の熱はじんわりと上昇し、あなたを深く包みこんでくれていた。
それから数日間、あなたは時々、声の主に語りかけてみることにした。
昼から夜まで、一人でいるときに部屋の中を歩き回る。
「――もう一度出てきて、お願い! 声の人!」
「訪問客って、誰なの? 教えて!」
そう何度も喋っていたら、外から扉をコンコンと叩かれた。
もしやと思い、急いで向かって鍵を外そうとする。
なんとか成功すると、そこには困惑した顔つきの魔族の軍人が立っていた。
「大丈夫ですか。何かありましたか」
「あっ、いいえ。なんでもないです。すみません」
あなたはめったに喋ることのない者に納得されたが、不審がられている。
また部屋に戻り、深い息を吐いた。
すると突然、頭の中で声が鳴り響いた。
『――私に話しかけるんじゃない。怪しまれるだろう』
絞り出すような苦渋の声質は、まるでどこかで自分を見ているようだった。
「誰!? ねえ、あなたは私を知ってるの? どうして名前知ってたの?」
『ふふ⋯⋯私はお前の守護者だ。案ずるな⋯⋯とにかく、声を抑えろ。わかったな』
「わかった。静かにするから、教えてよっ」
小声でベッドの布団にもぐりこみ、あなたは会話をしようと試みた。
しかし、一方的にこう言われる。
『ルドガーにはこの事を話すな。言いつけを守るのだぞ』
守護者と名乗った大人の声の女は、それだけ告げると消えてしまった。
「えっ? どうして? ちょっと!! ⋯⋯はあ、なんでよ⋯⋯」
なぜ彼のことを知っているのか。
やはり彼女は、どこからか自分たちのことを見ているのでは?
そのぐらい、強大な存在なんだろうか。
「守護者ってことは、守ってくれてるってことだよね?」
もしそうなら、姿を見せてくれてもいいのに。
残念がるあなたのもとに、突然扉が大きな音で開かれる。
驚いて飛び起きると、そこには仕事帰りのルドガーが立っていた。
あなたを見つめ、怪訝な表情をしている。
「何をしている? 名無し」
「あ⋯⋯! おかえり、なんでもないよ!」
布団から這い出て、彼に駆け寄った。
抱きつく体をひょいと持ち上げられて、片手で抱えられた。
ルドガーの凛々しい黒い眉が、きゅっと寄せられて、あなたをもどかしげに見つめている。
「警護の者から聞いた。お前が最近ひとりで喋っていると。⋯⋯それに、部屋でおかしなメモも見つけた。いったい何が起こっている?」
彼はあなたに優しく尋ねる。
一方でこちらの鼓動は跳ね上がり、言葉に詰まった。
「すまん⋯⋯お前を問い詰めたいわけじゃない。監視しているわけでもない。ただ⋯⋯心配なんだ」
彼はそっとあなたのことを下ろし、爪をしまった大きな手で髪を梳いた。
あなたも彼を見上げたままだが、なんとも言えない。
申し訳なさもあるが、自分にもまだよく分からないのだ。
「ただ独り言喋っちゃっただけなの。心配しないで。私は元気だよ」
「⋯⋯それならいいが。ゲアト先生を呼ぼうか?」
「えっ!? ううん、全然大丈夫だから! 病気じゃないって!」
紳士的な粘流体種族の医師ゲアトには定期的にお世話になり、信頼もしている。
塗り薬のおかげで体も問題なく動けているし、最近は調子がいい。
けれどそれとは別に、今起きていることは秘密にしなければ。
ルドガーのあなたを疑うような瞳が辛かったが、やり過ごすしかなかった。
それからしばらくして、小声でまた守護者と喋ろうと試みるも、応答はなかった。
「なんなのよ、もう⋯⋯」
ルドガーといるだけで満足なはずなのに、自分を知っていそうな存在との接触が、心を揺らす。
記憶のないあなたのことを、きっと知る手がかりになるからだ。
「守護者⋯⋯もしかして、天使? 私は前は聖女とか⋯⋯? 特別な人間だったらどうしよう。⋯⋯いやいや、ここは魔界だから、もし聖なる存在だったら捕まるかもしれない⋯⋯」
ぶつぶつと考察していると、森の外から、なんだかぞっとする気配を感じた。
丸い窓の外を背伸びして見やると、今は夕方で、紫の空が濃くなり始めている。
だが突然、天候が急転するように、不気味な黒い渦が現れた。
あなたの肩をすくませ、足元におどろおどろしく近づいてくる感覚だ。
「な、なに⋯⋯?」
あなたは強烈な寒気を感じながらも、外の世界に引かれていった。
もしかして――。
会いに来てくれたのだろうか。
そう思い、肌に感じる脅威とは裏腹に、あなたは急かされるように小屋の扉をこじ開けた。
すると、暗くそびえ立つ木々の間から、短い銀髪の男がゆっくり歩いてくる。
目を凝らすまでもなく、異様な黒いオーラを放つ若い美男子だ。
彼は薄笑いを浮かべ、凍りつくような銀色の瞳であなたを捕らえたまま。
眼の前までやって来た。
