美オヤジを誘って囲われて救われる話
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「よし、ここに大事にしまっておこう。なくしたら危ないし、お守りだね」
あなたはヴィクトルから渡された品を、マンションの一室の机の中に入れていた。
互いの緊急時に使うことはあるかもしれないが、ここに居てくれるだけで、彼の気持ちがずっと寄り添ってくれているようで、ふんわり温かな気分になる。
そして今日は、いったん自宅アパートに帰る日だった。
六月の半ばだが、雨が続き気温が下がったのだ。
「気をつけてね、名無しちゃん」
「うん、ありがとうねヴィクトル。お世話になりました」
「…………」
「冗談だよ! ごめんごめん。私、すぐ帰るから」
にこっと告げると、玄関先で彼は表情を最大に喜ばせ、あなたを上から抱きしめる。
「今帰るって言ったね? てことはもうここは君の家ってことでいいのかな」
「うん……そう感じる。ヴィクトルがいるところなら、もうどこでもいいや」
そう話したあなたの表情は、晴れやかだ。
目の前の彼の、感動して幸せそうな姿を見れば、心の底から正しい気持ちだとも思った。
これまで悩んでいた色々なことが、実際に彼と過ごした数週間で薄まっていった。
今ではもう、どうして違うところに一度戻るのだろうと考えてしまうほどである。
その日あなたは彼とぎゅっとハグをして口づけも交わし、笑顔で彼のマンションを後にした。
アパートメントは秋まで契約をしているが、あと数か月の間は、荷物の整理や引っ越しの準備などをしながら過ごすだろう。
ここは人気の物件で、空きが出ればすぐに埋まるという話だったので、あらかじめ大家と話を進めており、問題はなかった。
「家具も備えつけだし、私一人だもんね……ああ、ほんとにもうすぐ二人の生活、始まるんだなぁ……」
がらんとした1LDKに帰ってきて、なんだかぽつんとした気分で部屋を見渡す。
不思議なものだ。
一か月前は、ここで必死に暑さに耐えて、彼の温もりを欲してマンションへ駆け込んだ。
でも今は、なんだかここがもう自分の家じゃなく、仮住まいみたいな感覚がする。
「ふふ」
あなたはソファにだらりと座って、一人で思い出し笑いをした。
しばらくして勤務先のブティックで、いつも通り働いていたとき。
めずらしくオーナーのイリスが二店舗目のこの場所に顔を出していた。
「名無しちゃん、順調そうね」
「はい、オーナー。夏服もばっちり売れ行きいいですよ。お客様、このレースのブラウスとサマーブーツ、とくに気に入ってくださってて」
接客の合間に伝えると、彼女も満足げに頷いた。
「それも嬉しいんだけどさ。あなたの私生活もよ」
「…あっ! もちろんですよ、はは。役所に行く日も決まりましたし」
「そうよね、おめでとう。結婚式は来年?」
「はい。今年は引っ越しとか入籍があるので、来年以降にしようって」
ふむふむ、とイリスは真面目な顔で耳を傾けている。
「楽しみよね、素晴らしいわ。私も行っていいのかしら」
「えっ当然だよ! イリスさんは身内席にいてもらうんだからね」
ついあなたが砕けた調子で言うと、彼女は喜びながら笑っている。
「ありがとう、楽しみにしておきましょうか。じゃあさっそく仕事の話もあるんだけど。秋だから大丈夫そうね。実はうちと契約してるジュエリーデザイナーの新作パーティー、二店舗で催すことになったのよ。本店はベテランの彼女が担当するんだけど、ここも彼女のサポート受けながら、名無しちゃんに任せようかなと思って」
妖艶なウインクとともに、予期せぬことを伝えられ、あなたは何度も瞬きをした。
「えええ! 私でいいんですかっ?」
「もちろんよ。勤務態度もしっかりした、顧客の信頼も勝ち取っている三年目の強力なスタッフよ。ぜひやってもらいたいの」
そうはっきりと告げられて、緊張感が漂いながらも、あなたは即座に頷いた。
「任せてください、精一杯努めます!」
「よかった。じゃあよろしくね。お披露目パーティーだし、新しい契約が絡んでるとかじゃないから、そこまで緊張しなくても大丈夫よ。ジュエリーに合うパーティーのデザインとか企画を考えてみてね」
彼女は軽やかに言ってあなたの肩を優しくぽんと叩き、また仕事に戻っていった。
三年目にして、仕事のペースが順調に分かり、楽しさに満たされているとき。
こんな重要な役目を任されるとは。
サポートをしてくれる女性スタッフと密に話し合いながら、あなたはイベントを成功させようと心に誓ったのだった。
ヴィクトルにこの話をしたら、彼も自分のことのように喜んでくれた。
隣で車を運転する彼が、「すごい!」とサングラスの奥の瞳を輝かせている。
「素晴らしいね、名無しちゃん。そんな大事な役目を任されるなんて。イベントの企画か、君のセンスがばっちり光るところだね」
「うん! かなりドキドキするけど、楽しみなんだぁ。10月だから、まだまだ先の話だけど。……あっそうだ、もし時間あったら、ヴィクトルも来る?」
助手席でテンションが上がりきったあなたが尋ねると、彼はサングラスをずらし、驚きにまつ毛を揺らした。
「俺行っていいの? ほんと?」
「もちろんっ。お客さんもたくさん出入りするし、夜はパーティーになるけど、来てくれたら嬉しいな」
例年行われる催しに人を呼び込むことも大事だが、なにより彼が来てくれたらあなたも元気百倍だ。
「ああ……働いてる君が見れるなんて。しかもそんな特別な日にね。もちろん行かせてもらうよ、お洒落していこう」
「ふふっ、すごい目立っちゃいそう」
彼はまだ仕事場を訪問出来てないことを残念がってたし、楽しみにしてくれて胸が高鳴る。
自分にとっても、よりいっそう気合いが入る出来事となった。
さて、この日は車でただお出かけをしているわけではない。
不動産エージェントから連絡があり、沿岸エリアでの一軒家の内見があったのだ。
二人はこの間と同じようにスーツ姿のマルコと会い、部屋ひとつひとつを隈なく案内された。
どれもが上質な家具と生地、内装に彩られていたが、遠くの白浜とマッチする爽やかでモダンな雰囲気である。
あなたはその空間そのものに憧憬をもつほど、じっと見入っていた。
「綺麗だねえ……ヴィクトル」
「そうだね……海が大きいなあ」
真っ白な広いテラスで休んでいると、彼の素直な感想にくすっと笑う。
しかしあなたの気持ちは、前回と違い落ち着いていた。
柔らかい潮風が吹き抜け、夏の光に照らされる波が、そっと凪いているように。
「私ね。まだ家はいらないと思う」
そうぽつりと呟くと、隣のヴィクトルも大きなリアクションはしなかった。
まっすぐ前を向いて、自然に頷いているようだ。
「俺もそう思うよ、名無しちゃん。……君と二人で過ごし始めてからかな。感じるようになったんだ。俺達は、別に新しい家が必要なわけじゃないってさ」
こちらに振り向き、彼はあるがままを受け入れているような、優しい笑みを浮かべた。
「うん……同じだよ。私もそう思ったんだ。ヴィクトルがいれば、そこが私の居場所なんだ。だからヴィクトルにとっても、私がそうだったらいいな」
伝えると、彼があなたの背中に回って、肩ごと抱きしめてきた。
あなたは安心して、腕をきゅっと握って、穏やかに同じ海を見つめる。
「名無しちゃんがいる所が、俺がずっと居たいところだよ。だから場所は関係ない。二人で落ち着く暮らしを作っていきたいって思ってる」
それは彼の本心だった。
ヴィクトルは、以前は自分のできる限りのことを、あなたに与えたくなっていた。
それが愛する男としての使命であり、望みだったのだ。
しかし今は、彼はそのままの状態でもあなたに愛されているのだと知った。
ヴィクトルはもう、飾ることはしなくていいのだ。
その安心が、静かに胸の中に刻まれていた。
「私も⋯⋯。一緒に作っていこうね、ヴィクトル」
あなたは後ろのヴィクトルを見上げる。
すると視線が合わさり、小さなキスをされた。
二人はしばらく照れ合うように見つめ合っていた。
あなたはヴィクトルから渡された品を、マンションの一室の机の中に入れていた。
互いの緊急時に使うことはあるかもしれないが、ここに居てくれるだけで、彼の気持ちがずっと寄り添ってくれているようで、ふんわり温かな気分になる。
そして今日は、いったん自宅アパートに帰る日だった。
六月の半ばだが、雨が続き気温が下がったのだ。
「気をつけてね、名無しちゃん」
「うん、ありがとうねヴィクトル。お世話になりました」
「…………」
「冗談だよ! ごめんごめん。私、すぐ帰るから」
にこっと告げると、玄関先で彼は表情を最大に喜ばせ、あなたを上から抱きしめる。
「今帰るって言ったね? てことはもうここは君の家ってことでいいのかな」
「うん……そう感じる。ヴィクトルがいるところなら、もうどこでもいいや」
そう話したあなたの表情は、晴れやかだ。
目の前の彼の、感動して幸せそうな姿を見れば、心の底から正しい気持ちだとも思った。
これまで悩んでいた色々なことが、実際に彼と過ごした数週間で薄まっていった。
今ではもう、どうして違うところに一度戻るのだろうと考えてしまうほどである。
その日あなたは彼とぎゅっとハグをして口づけも交わし、笑顔で彼のマンションを後にした。
アパートメントは秋まで契約をしているが、あと数か月の間は、荷物の整理や引っ越しの準備などをしながら過ごすだろう。
ここは人気の物件で、空きが出ればすぐに埋まるという話だったので、あらかじめ大家と話を進めており、問題はなかった。
「家具も備えつけだし、私一人だもんね……ああ、ほんとにもうすぐ二人の生活、始まるんだなぁ……」
がらんとした1LDKに帰ってきて、なんだかぽつんとした気分で部屋を見渡す。
不思議なものだ。
一か月前は、ここで必死に暑さに耐えて、彼の温もりを欲してマンションへ駆け込んだ。
でも今は、なんだかここがもう自分の家じゃなく、仮住まいみたいな感覚がする。
「ふふ」
あなたはソファにだらりと座って、一人で思い出し笑いをした。
しばらくして勤務先のブティックで、いつも通り働いていたとき。
めずらしくオーナーのイリスが二店舗目のこの場所に顔を出していた。
「名無しちゃん、順調そうね」
「はい、オーナー。夏服もばっちり売れ行きいいですよ。お客様、このレースのブラウスとサマーブーツ、とくに気に入ってくださってて」
接客の合間に伝えると、彼女も満足げに頷いた。
「それも嬉しいんだけどさ。あなたの私生活もよ」
「…あっ! もちろんですよ、はは。役所に行く日も決まりましたし」
「そうよね、おめでとう。結婚式は来年?」
「はい。今年は引っ越しとか入籍があるので、来年以降にしようって」
ふむふむ、とイリスは真面目な顔で耳を傾けている。
「楽しみよね、素晴らしいわ。私も行っていいのかしら」
「えっ当然だよ! イリスさんは身内席にいてもらうんだからね」
ついあなたが砕けた調子で言うと、彼女は喜びながら笑っている。
「ありがとう、楽しみにしておきましょうか。じゃあさっそく仕事の話もあるんだけど。秋だから大丈夫そうね。実はうちと契約してるジュエリーデザイナーの新作パーティー、二店舗で催すことになったのよ。本店はベテランの彼女が担当するんだけど、ここも彼女のサポート受けながら、名無しちゃんに任せようかなと思って」
妖艶なウインクとともに、予期せぬことを伝えられ、あなたは何度も瞬きをした。
「えええ! 私でいいんですかっ?」
「もちろんよ。勤務態度もしっかりした、顧客の信頼も勝ち取っている三年目の強力なスタッフよ。ぜひやってもらいたいの」
そうはっきりと告げられて、緊張感が漂いながらも、あなたは即座に頷いた。
「任せてください、精一杯努めます!」
「よかった。じゃあよろしくね。お披露目パーティーだし、新しい契約が絡んでるとかじゃないから、そこまで緊張しなくても大丈夫よ。ジュエリーに合うパーティーのデザインとか企画を考えてみてね」
彼女は軽やかに言ってあなたの肩を優しくぽんと叩き、また仕事に戻っていった。
三年目にして、仕事のペースが順調に分かり、楽しさに満たされているとき。
こんな重要な役目を任されるとは。
サポートをしてくれる女性スタッフと密に話し合いながら、あなたはイベントを成功させようと心に誓ったのだった。
ヴィクトルにこの話をしたら、彼も自分のことのように喜んでくれた。
隣で車を運転する彼が、「すごい!」とサングラスの奥の瞳を輝かせている。
「素晴らしいね、名無しちゃん。そんな大事な役目を任されるなんて。イベントの企画か、君のセンスがばっちり光るところだね」
「うん! かなりドキドキするけど、楽しみなんだぁ。10月だから、まだまだ先の話だけど。……あっそうだ、もし時間あったら、ヴィクトルも来る?」
助手席でテンションが上がりきったあなたが尋ねると、彼はサングラスをずらし、驚きにまつ毛を揺らした。
「俺行っていいの? ほんと?」
「もちろんっ。お客さんもたくさん出入りするし、夜はパーティーになるけど、来てくれたら嬉しいな」
例年行われる催しに人を呼び込むことも大事だが、なにより彼が来てくれたらあなたも元気百倍だ。
「ああ……働いてる君が見れるなんて。しかもそんな特別な日にね。もちろん行かせてもらうよ、お洒落していこう」
「ふふっ、すごい目立っちゃいそう」
彼はまだ仕事場を訪問出来てないことを残念がってたし、楽しみにしてくれて胸が高鳴る。
自分にとっても、よりいっそう気合いが入る出来事となった。
さて、この日は車でただお出かけをしているわけではない。
不動産エージェントから連絡があり、沿岸エリアでの一軒家の内見があったのだ。
二人はこの間と同じようにスーツ姿のマルコと会い、部屋ひとつひとつを隈なく案内された。
どれもが上質な家具と生地、内装に彩られていたが、遠くの白浜とマッチする爽やかでモダンな雰囲気である。
あなたはその空間そのものに憧憬をもつほど、じっと見入っていた。
「綺麗だねえ……ヴィクトル」
「そうだね……海が大きいなあ」
真っ白な広いテラスで休んでいると、彼の素直な感想にくすっと笑う。
しかしあなたの気持ちは、前回と違い落ち着いていた。
柔らかい潮風が吹き抜け、夏の光に照らされる波が、そっと凪いているように。
「私ね。まだ家はいらないと思う」
そうぽつりと呟くと、隣のヴィクトルも大きなリアクションはしなかった。
まっすぐ前を向いて、自然に頷いているようだ。
「俺もそう思うよ、名無しちゃん。……君と二人で過ごし始めてからかな。感じるようになったんだ。俺達は、別に新しい家が必要なわけじゃないってさ」
こちらに振り向き、彼はあるがままを受け入れているような、優しい笑みを浮かべた。
「うん……同じだよ。私もそう思ったんだ。ヴィクトルがいれば、そこが私の居場所なんだ。だからヴィクトルにとっても、私がそうだったらいいな」
伝えると、彼があなたの背中に回って、肩ごと抱きしめてきた。
あなたは安心して、腕をきゅっと握って、穏やかに同じ海を見つめる。
「名無しちゃんがいる所が、俺がずっと居たいところだよ。だから場所は関係ない。二人で落ち着く暮らしを作っていきたいって思ってる」
それは彼の本心だった。
ヴィクトルは、以前は自分のできる限りのことを、あなたに与えたくなっていた。
それが愛する男としての使命であり、望みだったのだ。
しかし今は、彼はそのままの状態でもあなたに愛されているのだと知った。
ヴィクトルはもう、飾ることはしなくていいのだ。
その安心が、静かに胸の中に刻まれていた。
「私も⋯⋯。一緒に作っていこうね、ヴィクトル」
あなたは後ろのヴィクトルを見上げる。
すると視線が合わさり、小さなキスをされた。
二人はしばらく照れ合うように見つめ合っていた。
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