美オヤジを誘って囲われて救われる話
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週末を迎え、二人は品揃えのよい大型スーパーで買い物をした。
前もってチラシをチェックし、会計時にはベルトコンベアをたくさんの食料品と日用品が流れていった。
満足したヴィクトルが晴天の下、駐車場でカートを引いていると、隣のあなたが楽しそうな様子でついてくる。
「すっごい人多かったね。でもいっぱい買えたね」
「ほんとだね。名無しちゃんもちゃんと欲しい物入れた?」
「いれたよ。コーヒーとシリアルと、お肉類と――」
個人的にという意味だったのだが、二人に必要なものを挙げるあなたがヴィクトルは愛しく感じた。
車に到着し、トランクに入ったカゴに二人で品を移していく。
こういう共同作業にさえ、一緒に住んでいるという感覚が増して嬉しくなる。
すると彼女は、「わあ」と驚きの声を上げた。
「ヴィクトル、スプレーとプロテインずいぶん大量に買ったね」
「うん、安い時は買い溜めしておくんだ」
「いいね。…でも、これいつもどこにあるの? 家で見たことないよ」
彼はぎくりとする。
確かに制汗スプレーはまだしも、プロテインの箱はキッチンの奥にある倉庫に隠してあった。
あなたが見ていないときに、彼はそれを飲むことが多いのだ。
そう明かすと仰天された。
「だってさ。なんか恥ずかしくてね。いい年した男が必死にこんなもの飲んで鍛えてるのかって思われたら…」
「ええ? そんなこと思わないよ。飲むの普通なんじゃないの? このぐらい立派に鍛えてる人は」
あなたがからかうような笑顔で、外なのにTシャツからのぞく腕をぷにぷにと指でつまんできた。
彼は腰の力が抜けそうになる。
「あっ、ちょ⋯⋯! そ、そう……? じゃあいいか。少しぐらい、君に格好悪いところ見られても」
「そうだよ。もうすぐ結婚するんだもんね。って全然格好悪くないけど」
ふふ、と笑う彼女に異様にドキドキさせられながら、彼はひそかに胸をなでおろした。
ヴィクトルにとってあなたは、まったく単純な存在ではない。
彼を翻弄するかのように、いつも様々な表情を見せてくれることが、大きな喜びであり、驚きでもあるのだ。
家に着いて協力しながら購入品をしまい、お菓子とお茶タイムの準備をしていたときだ。
時々あなたの顔つきが考え込んだように曇り、彼は気になった。
すると彼女のほうから、キッチンで話しかけてきた。
「ヴィクトル⋯⋯あの。ちょっと話が⋯⋯またいい?」
「いいよ。いつでも言って」
気にしてはいても、何を考えているかまでは気づきにくい自分に、こうして伝えてくれることを彼は感謝していた。
きっと真剣に考えた末のことだと想像できるからだ。
「いつもヴィクトルが支払いのとき出してくれて、すごくありがたいし嬉しいんだけど、私もなにか二人の生活の助けになりたいなって。だから、食費を担当するのはどうかな?」
おずおずと上目遣いで見つめられ、ヴィクトルは一瞬驚いて動きを止める。
だが、彼も落ち着いてゆっくりと考えた。
「ありがとう、そんなふうに言ってくれて。でもね、十分名無しちゃんは助けてくれてるよ。だから大丈夫だよ、生活費は俺が担当するからね」
にこりと告げたのだが、あなたの顔色は晴れることはなく、「うん⋯」と答えながらも悩んだ様子だった。
――言い方を間違えたかもしれない。
いや、そもそも俺は正しくないことを言っているのかも。
頭の中をヴィクトルはフル回転させたが、このことは彼にとっても難題だった。
一方あなたは、意を決した様子で顔を上向かせる。
「ヴィクトル、ありがとう。私本当にその気持ち、嬉しいんだ。嫌とかじゃ全然なくて⋯⋯でもね、こんなこと、聞きたくないかもしれないんだけど⋯⋯」
そう揺れる瞳で話を続ける姿から、ヴィクトルは目をそらせなかった。
「前に暮らしていたとき、相手は大学生だから食費を担当してくれて、私は働いてるから家賃とかその他を出してたんだ。家事とかも私がやっててね。それは好きでやってたから問題ないんだけど、⋯⋯相手がやって当たり前みたいな態度になってきて、段々なんで私が全部やるのみたいな、嫌な気持ちになっちゃって⋯⋯」
彼女は恥ずかしそうに明かし、どこか申し訳なさそうに口をつぐむ。
ヴィクトルの心は揺さぶられ、とっさに手を伸ばそうとしたが、真っ直ぐな瞳が彼を捉えた。
「だから、ヴィクトルをそんな気持ちにさせたくなくて。全部、任せたら大変だから。だから私も何か役に立ちたいって――」
「ならないよ!」
彼はあなたの両肩をもって、視線をがっちりと合わせる。
「相手が君なんだよ? 俺は絶対にそんな風に思ったりしない、君はそいつとは違う、相手のことをいつもこうやってまっすぐ真剣に思いやってくれる優しい人なんだ! だから俺も、俺のほうこそ君の役に立ちたいんだよ、名無しちゃん!」
あなたは彼の勢いにびっくりして見上げている。
「君は自分じゃあまり気づいてないぐらい、俺を支えてくれてるよ。料理だけじゃない、すぐに変化に気づいてくれて、声かけてくれて、愛情をいつもくれるでしょう? どれだけ俺が嬉しい気持ちかわかる?」
彼は今、一番一生懸命だった。
言わずにはいられなかった。目をうるませて自分を映してくれる大切なあなたに。
「ヴィクトル⋯⋯そんなの当たり前だよ。だって好きなんだもん⋯⋯」
「知ってるよ。俺も君が大好きだよ。⋯⋯だから俺も二人の生活を、自分ができるやり方で支えたいんだ。君さえよければ、だけど」
言い切った彼は、まだ鼓動がどくどくと鳴っていたが、次第に表情から力が抜けていく。
せつなさが残る愛情のこもった眼差しで、あなたの髪をそっと優しく梳いた。
頬に触れそうになって、あなたはその温もりを感じたまま、迷わず彼の胸の中に飛び込んだ。
ヴィクトルもきつく抱きしめて、頭ごと抱える。
「うう⋯⋯ありがとう、ヴィクトル。そう言ってくれて⋯⋯」
「ううん、俺もありがとう、話してくれて」
二人の気持ちは再び繋ぎ合わさっていく。
胸には安心が宿るけれど、彼にはまだ足りなかった。
まだ、やり残したことがあるのだ。
「いいかい、ちょっと待ってて。すぐに戻るから、ね」
そう言ってあなたをリビングのソファに座らせ、彼は書斎室に駆け込んだ。
机の引き出しから封筒を取り出し、手に抱えて戻ってくる。
何事かと見やるあなたの隣に、腰を下ろして向かい合った。
「あのね、驚かないでね」
「えっなに?」
「これ、君に渡したいんだ」
彼は手紙から1枚の黒いカードを取り出す。それを見た瞬間、あなたはすぐに重大さに気づいたようだった。
のけぞるように恐れおののき、首を小刻みに振っている。
「そ、それは、まずいよヴィクトル、それもしかしてカード⋯っ?」
「うん。そうなんだ。俺ね、君にも持っていてほしいなって、ずっと考えててさ」
真剣なトーンに彼女も落ち着きを持とうとしてくれたが、瞳は動揺を隠せないでいる。
「でも、危ないよ⋯!」
「危なくないよ、いいかい、君の手の中が一番安全なんだ、俺にとって」
それは、彼が一番心をこめて言いたかった台詞だった。
聞いた瞬間、あなたも彼の瞳をゆらゆらと捉える。
「本当だよ、名無しちゃん。ねえ、俺達のこの指輪、婚約の証として交換したでしょう? このカードも俺にとっては、単なるお金のためのものじゃないんだ。俺は自分が持ってるもの、君と共有したいなって思ってる。二人の生活を一緒にしていくっていう意味をこめて、これを君に持っていてほしいなって」
だからこれは、自分にとって信頼の証なのだと、ヴィクトルは誠実に伝えた。
彼にとっても、勇気がいることだった。
どう伝わるか、かなり恐れていた。
しかし、それは乗り越えなければならない道のりでもあった。
あなたのことを、どんな時も支えられる男でありたいからだ。
「ヴィクトル⋯⋯ありがとう⋯⋯このカード、私の名前が入ってる⋯⋯」
あなたは手の中に渡されたカードを見下ろし、涙がぽろっと落ちた。
あなたにとっても、これはただの物ではない。彼からの最大の気持ちがこめられた証なのだと、胸に迫ってくる。
名前を指でなぞり、彼の思いをきちんと受け取っているようだ。
「本当に、いいの⋯⋯? 私、めったに使わないと思うけど、ヴィクトルの気持ち、すごく嬉しい。大切に持っておくね」
泣き顔で笑みを見せてくれながら、ようやくそう言ってくれた。
ヴィクトルは感極まったまま、頷いて見つめ合う。
しばらくそうしていたが、あなたはふと笑いをこぼした。
「⋯⋯あ、まだヴィクトルの名字じゃないね」
にこにこしながら、そうもらされてヴィクトルは愕然とする。
「⋯⋯えっ? 俺の名字になるの? 名無しちゃん」
「うん。そうしたいなって思ってたけど⋯⋯いい?」
当然のことのようにきょとんとされて、時が止まってしまった彼だが、すぐに首を縦に振る。
「いいに決まってるけど、自由に選択していいんだよ。ほ、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫だよ。私、ヴィクトルと一緒になりたいんだ」
もう安心しきったように、照れてはにかむあなたに、今度は彼が瞳を潤ませてくぎ付けになる。
どうやら自分は、とんでもないものを受け取ったようだ。
それからヴィクトルはあなたを衝動的に抱きしめた。
たくましい腕の中で、気持ちを目一杯伝えていく。
「名無しちゃん⋯⋯! 嬉しいよ、君と一緒になれて⋯⋯!」
「私もだよ、ヴィクトル⋯⋯よかったぁ。すっごい嬉しい。待ちきれないぐらい」
二人はじんわりと見つめ合い、キスをする。
触れ合う温かな感触が思い出させた。
受け入れられる喜びは、どちらか一方だけのものではないのだと。
ヴィクトルは思いがけぬ贈り物を返された気分だった。
前もってチラシをチェックし、会計時にはベルトコンベアをたくさんの食料品と日用品が流れていった。
満足したヴィクトルが晴天の下、駐車場でカートを引いていると、隣のあなたが楽しそうな様子でついてくる。
「すっごい人多かったね。でもいっぱい買えたね」
「ほんとだね。名無しちゃんもちゃんと欲しい物入れた?」
「いれたよ。コーヒーとシリアルと、お肉類と――」
個人的にという意味だったのだが、二人に必要なものを挙げるあなたがヴィクトルは愛しく感じた。
車に到着し、トランクに入ったカゴに二人で品を移していく。
こういう共同作業にさえ、一緒に住んでいるという感覚が増して嬉しくなる。
すると彼女は、「わあ」と驚きの声を上げた。
「ヴィクトル、スプレーとプロテインずいぶん大量に買ったね」
「うん、安い時は買い溜めしておくんだ」
「いいね。…でも、これいつもどこにあるの? 家で見たことないよ」
彼はぎくりとする。
確かに制汗スプレーはまだしも、プロテインの箱はキッチンの奥にある倉庫に隠してあった。
あなたが見ていないときに、彼はそれを飲むことが多いのだ。
そう明かすと仰天された。
「だってさ。なんか恥ずかしくてね。いい年した男が必死にこんなもの飲んで鍛えてるのかって思われたら…」
「ええ? そんなこと思わないよ。飲むの普通なんじゃないの? このぐらい立派に鍛えてる人は」
あなたがからかうような笑顔で、外なのにTシャツからのぞく腕をぷにぷにと指でつまんできた。
彼は腰の力が抜けそうになる。
「あっ、ちょ⋯⋯! そ、そう……? じゃあいいか。少しぐらい、君に格好悪いところ見られても」
「そうだよ。もうすぐ結婚するんだもんね。って全然格好悪くないけど」
ふふ、と笑う彼女に異様にドキドキさせられながら、彼はひそかに胸をなでおろした。
ヴィクトルにとってあなたは、まったく単純な存在ではない。
彼を翻弄するかのように、いつも様々な表情を見せてくれることが、大きな喜びであり、驚きでもあるのだ。
家に着いて協力しながら購入品をしまい、お菓子とお茶タイムの準備をしていたときだ。
時々あなたの顔つきが考え込んだように曇り、彼は気になった。
すると彼女のほうから、キッチンで話しかけてきた。
「ヴィクトル⋯⋯あの。ちょっと話が⋯⋯またいい?」
「いいよ。いつでも言って」
気にしてはいても、何を考えているかまでは気づきにくい自分に、こうして伝えてくれることを彼は感謝していた。
きっと真剣に考えた末のことだと想像できるからだ。
「いつもヴィクトルが支払いのとき出してくれて、すごくありがたいし嬉しいんだけど、私もなにか二人の生活の助けになりたいなって。だから、食費を担当するのはどうかな?」
おずおずと上目遣いで見つめられ、ヴィクトルは一瞬驚いて動きを止める。
だが、彼も落ち着いてゆっくりと考えた。
「ありがとう、そんなふうに言ってくれて。でもね、十分名無しちゃんは助けてくれてるよ。だから大丈夫だよ、生活費は俺が担当するからね」
にこりと告げたのだが、あなたの顔色は晴れることはなく、「うん⋯」と答えながらも悩んだ様子だった。
――言い方を間違えたかもしれない。
いや、そもそも俺は正しくないことを言っているのかも。
頭の中をヴィクトルはフル回転させたが、このことは彼にとっても難題だった。
一方あなたは、意を決した様子で顔を上向かせる。
「ヴィクトル、ありがとう。私本当にその気持ち、嬉しいんだ。嫌とかじゃ全然なくて⋯⋯でもね、こんなこと、聞きたくないかもしれないんだけど⋯⋯」
そう揺れる瞳で話を続ける姿から、ヴィクトルは目をそらせなかった。
「前に暮らしていたとき、相手は大学生だから食費を担当してくれて、私は働いてるから家賃とかその他を出してたんだ。家事とかも私がやっててね。それは好きでやってたから問題ないんだけど、⋯⋯相手がやって当たり前みたいな態度になってきて、段々なんで私が全部やるのみたいな、嫌な気持ちになっちゃって⋯⋯」
彼女は恥ずかしそうに明かし、どこか申し訳なさそうに口をつぐむ。
ヴィクトルの心は揺さぶられ、とっさに手を伸ばそうとしたが、真っ直ぐな瞳が彼を捉えた。
「だから、ヴィクトルをそんな気持ちにさせたくなくて。全部、任せたら大変だから。だから私も何か役に立ちたいって――」
「ならないよ!」
彼はあなたの両肩をもって、視線をがっちりと合わせる。
「相手が君なんだよ? 俺は絶対にそんな風に思ったりしない、君はそいつとは違う、相手のことをいつもこうやってまっすぐ真剣に思いやってくれる優しい人なんだ! だから俺も、俺のほうこそ君の役に立ちたいんだよ、名無しちゃん!」
あなたは彼の勢いにびっくりして見上げている。
「君は自分じゃあまり気づいてないぐらい、俺を支えてくれてるよ。料理だけじゃない、すぐに変化に気づいてくれて、声かけてくれて、愛情をいつもくれるでしょう? どれだけ俺が嬉しい気持ちかわかる?」
彼は今、一番一生懸命だった。
言わずにはいられなかった。目をうるませて自分を映してくれる大切なあなたに。
「ヴィクトル⋯⋯そんなの当たり前だよ。だって好きなんだもん⋯⋯」
「知ってるよ。俺も君が大好きだよ。⋯⋯だから俺も二人の生活を、自分ができるやり方で支えたいんだ。君さえよければ、だけど」
言い切った彼は、まだ鼓動がどくどくと鳴っていたが、次第に表情から力が抜けていく。
せつなさが残る愛情のこもった眼差しで、あなたの髪をそっと優しく梳いた。
頬に触れそうになって、あなたはその温もりを感じたまま、迷わず彼の胸の中に飛び込んだ。
ヴィクトルもきつく抱きしめて、頭ごと抱える。
「うう⋯⋯ありがとう、ヴィクトル。そう言ってくれて⋯⋯」
「ううん、俺もありがとう、話してくれて」
二人の気持ちは再び繋ぎ合わさっていく。
胸には安心が宿るけれど、彼にはまだ足りなかった。
まだ、やり残したことがあるのだ。
「いいかい、ちょっと待ってて。すぐに戻るから、ね」
そう言ってあなたをリビングのソファに座らせ、彼は書斎室に駆け込んだ。
机の引き出しから封筒を取り出し、手に抱えて戻ってくる。
何事かと見やるあなたの隣に、腰を下ろして向かい合った。
「あのね、驚かないでね」
「えっなに?」
「これ、君に渡したいんだ」
彼は手紙から1枚の黒いカードを取り出す。それを見た瞬間、あなたはすぐに重大さに気づいたようだった。
のけぞるように恐れおののき、首を小刻みに振っている。
「そ、それは、まずいよヴィクトル、それもしかしてカード⋯っ?」
「うん。そうなんだ。俺ね、君にも持っていてほしいなって、ずっと考えててさ」
真剣なトーンに彼女も落ち着きを持とうとしてくれたが、瞳は動揺を隠せないでいる。
「でも、危ないよ⋯!」
「危なくないよ、いいかい、君の手の中が一番安全なんだ、俺にとって」
それは、彼が一番心をこめて言いたかった台詞だった。
聞いた瞬間、あなたも彼の瞳をゆらゆらと捉える。
「本当だよ、名無しちゃん。ねえ、俺達のこの指輪、婚約の証として交換したでしょう? このカードも俺にとっては、単なるお金のためのものじゃないんだ。俺は自分が持ってるもの、君と共有したいなって思ってる。二人の生活を一緒にしていくっていう意味をこめて、これを君に持っていてほしいなって」
だからこれは、自分にとって信頼の証なのだと、ヴィクトルは誠実に伝えた。
彼にとっても、勇気がいることだった。
どう伝わるか、かなり恐れていた。
しかし、それは乗り越えなければならない道のりでもあった。
あなたのことを、どんな時も支えられる男でありたいからだ。
「ヴィクトル⋯⋯ありがとう⋯⋯このカード、私の名前が入ってる⋯⋯」
あなたは手の中に渡されたカードを見下ろし、涙がぽろっと落ちた。
あなたにとっても、これはただの物ではない。彼からの最大の気持ちがこめられた証なのだと、胸に迫ってくる。
名前を指でなぞり、彼の思いをきちんと受け取っているようだ。
「本当に、いいの⋯⋯? 私、めったに使わないと思うけど、ヴィクトルの気持ち、すごく嬉しい。大切に持っておくね」
泣き顔で笑みを見せてくれながら、ようやくそう言ってくれた。
ヴィクトルは感極まったまま、頷いて見つめ合う。
しばらくそうしていたが、あなたはふと笑いをこぼした。
「⋯⋯あ、まだヴィクトルの名字じゃないね」
にこにこしながら、そうもらされてヴィクトルは愕然とする。
「⋯⋯えっ? 俺の名字になるの? 名無しちゃん」
「うん。そうしたいなって思ってたけど⋯⋯いい?」
当然のことのようにきょとんとされて、時が止まってしまった彼だが、すぐに首を縦に振る。
「いいに決まってるけど、自由に選択していいんだよ。ほ、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫だよ。私、ヴィクトルと一緒になりたいんだ」
もう安心しきったように、照れてはにかむあなたに、今度は彼が瞳を潤ませてくぎ付けになる。
どうやら自分は、とんでもないものを受け取ったようだ。
それからヴィクトルはあなたを衝動的に抱きしめた。
たくましい腕の中で、気持ちを目一杯伝えていく。
「名無しちゃん⋯⋯! 嬉しいよ、君と一緒になれて⋯⋯!」
「私もだよ、ヴィクトル⋯⋯よかったぁ。すっごい嬉しい。待ちきれないぐらい」
二人はじんわりと見つめ合い、キスをする。
触れ合う温かな感触が思い出させた。
受け入れられる喜びは、どちらか一方だけのものではないのだと。
ヴィクトルは思いがけぬ贈り物を返された気分だった。
