美オヤジを誘って囲われて救われる話
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四月に入り、気候も温かくなってきた頃。
あなたは自宅アパートメントのソファで、彼とテレビを見ていた。
海が綺麗な外国ホテルを特集しており、さっきから目が奪われている。
「うわぁ〜っ、見てみて、この白亜のホテル素敵だね~目の前に海があるのにプールまでついてるよ」
興奮して喋っていると、隣のヴィクトルも興味深そうに「ほんとだねえ」と頷いていた。
その後もうっとりと想像の世界にいたら、彼の視線をいつの間にか感じた。
「どうしたのヴィクトル。あ、違うの見たい?」
「ううん。ねえねえ名無しちゃん、今度、物件見に行く?」
軽やかな口調ながら真摯に聞かれて、あなたはかなり驚いた。
「ぶ、物件? 二人で見に行くの?」
「うん。なにか見ておいたら、今後の参考になるかなと思ってさ」
「……そ、そうだよね! それいいと思う。見るだけなら!」
「ふふ、そうそう。見るだけね」
思いがけない話に焦ってしまったけれど、彼は穏やかに微笑んでいる。
あなたはもう、テレビで流れている遠い国のホテル特集が頭に入らなくなってしまった。
後日、ヴィクトルと一緒に、本当に都市中心部にある高級低層レジデンスを内見することになった。
あなたはなるべく上質な服を選び、この場にふさわしい格好を心がけてきた。
一方ヴィクトルはカジュアルなジャケット姿が違和感なく溶け込み、その余裕ある佇まいがさすがだと思う。
緊張して吹き抜けのロビーへ入ると、大理石が広がる静かな空間で、担当の不動産エージェントが待っていた。
「お久しぶりです、ヴィクトルさん。本日はお越しいただきありがとうございます」
「こちらこそ、マルコ。五年前に君に担当をしてもらって、満足する物件に出会えたからね。こちらは俺の婚約者なんだ。今日は彼女と一緒に内見をさせてもらいたい」
「もちろんです。初めまして、マルコと申します。何かご質問があれば、いつでもお声がけください」
「ありがとうございます、名無しです。よろしくお願いします」
あなたも笑顔で握手を交わした。
エレベーターで上階へ向かう際も、彼らの会話はビジネス上とはいえ、フレンドリーな様子である。
30代半ばのエージェントはスーツにネクタイを締め、金髪を上品に整えている。腕時計も高級感があり、隙のない身なりだ。
物件探しといえば、カタログやネットで候補を見つけ、予約して見学するのが普通である。
けれど彼らの世界では、紹介やこれまでの繋がりが大きいらしい。
なるべくおしとやかに中を見て回ろうと思っていたのに、こうした世界が初めてのあなたは、見るもの全てに圧倒されていく。
「え、すごい、大きなベッドルームが三個もある、全部に豪華な浴室ついてるよ!」
マンションは6LDKもあり、カップルには広すぎる間取りに思えた。
だが室内はどれも洗練されていて、壁や照明の一つ一つが計算し尽くされている。
それでいて大仰さはなく、見事な調和だった。
そしてヴィクトルもあなたも高層階にはあまり惹かれず、静かで落ち着ける住環境を好んでいたので、そんな二人の共通点は嬉しかった。
「名無しちゃん、テラスもあるよ。夜は結構綺麗みたい」
「本当だ~もうここ夢だよ、空が広く見渡せて綺麗だねえ」
広々としたテラスからは、赤茶や橙色の屋根が美しいグラデーションのように重なり、神聖な教会も一望できた。
ここに住むのはどんな人々なのだろうと、まだ部外者のような感覚のまま、あなたは景色を見つめていた。
遠くの鳥のさえずりを聞きながら、夕日が落ちるのを想像し、熱いため息が出る。
売主が生活感のある状態を見せてくれたので、ここまで豪華じゃなくとも彼との暮らしをリアルに想像し、来てよかったと思った。
それにあなたは、もうひとつ大事なことにも気づいていた。
「ねえ名無しちゃん、キッチンも素敵じゃない?」
「ほんとだよ、エレガントな石造りだね~ワインセラーもおっきい!」
「こういうの欲しいよね。オーブンも立派だなぁ。俺こんな本格的なやつでグリル料理やりたいよ」
「私も! 大きな煮込みも出来そうだよね」
二人で盛り上がるのだが、今日はあなた以上にヴィクトルが感情豊かに目を輝かせている。
もしかして新しい住居が気に入っているのだろうか。
けれどそれは単に家が欲しいというよりも、あなたとの新生活を二人で作り上げていくことを、彼も嬉しく思っているようだ。
そう感じると勝手に顔が緩んでくる。
「こちらにあるものは大変使い勝手がよろしいかと思います。お二人の動線にもぴったりですし、奥様のご希望に合わせて、内装のカスタマイズも可能ですよ」
マルコの言葉に、あなたは目を丸くして止まる。すぐに彼は気づき、「失礼しました、ご婚約者様の――」と言い直すが、あなたはもう夢見心地である。
――奥様。今そう言われた。
ふふっ。私、ヴィクトルの奥様になるんだなぁ。
心の中で感動していると、ヴィクトルも照れたような面持ちで、あなたの肩をそっと抱いている。
ちょうど部屋で二人きりになったとき、彼と向き合ってお喋りをした。
「ふぅー、すごかったねぇ。もう別世界だよ。⋯あっ、ヴィクトルの家と同じぐらい凄いとこだけど。あっちはやっと最近慣れてきたとこだからなぁ」
「そうかい? ここに住んでも、結構すぐ慣れるんじゃないかな?」
思わせぶりな目線で微笑まれるが、本気にしてしまうあなたは「ないない!」と焦るばかりだった。
最初は緊張していたけれど、こうして初めての内見が終了した。
だが考えてみると、ここまで価格の話が出ていない。
あなたにも質問の機会はあったが、当たり障りなく話しただけで終わった。
だがヴィクトルは最初から知っていたように、エージェントとの終盤の会話でさらっとこう話す。
「では賃貸だと月3万ユーロほどか。購入すると600万前後になるんだね。意外とリーズナブルだな」
「ええ、そうなんですよ。でも私どもの見立てでは、今後も上がっていく可能性が高いと考えています。立地も申し分なく、建物としても資産価値が落ちにくい条件が揃ってますので」
平常心を保とうとしながらも、会話を聞いて卒倒しそうになる。
――家賃ですでに自分の年収なんですけど。
二人は専門的な会話をしていたが、ヴィクトルも一応ここは見ておくだけという気らしいし、何も聞かなかったことにした。
それからエージェントのマルコが、あなたに微笑みを向けてくる。
「いかがでしたでしょうか、今回の物件は」
「いやもう、素晴らしくて見入ってしまいました。こんなところに住めたら夢ですねえ」
「ありがとうございます。私どもも非常におすすめできる物件です。ご婚約者様のご希望などございましたら、次回はさらに条件に合ったご提案ができるかと思います」
丁寧に、だが積極的にそう伝えてくれた営業マンのマルコに対し、あなたは目が泳いでしまう。
適当なことを言ったら申し訳ないと思いつつも、好奇心もわずかにあった。
それに、たぶん「そんな物件ありません」と返されると思ったのだ。
「そうですね……テラスから水辺が見えたらさらに素敵だなあ……なんて。運河とか。まあほんとただの夢ですけど」
はは、と笑いながら世間話として終わるだろうと思っていた。
だがあなたはまだこの業界をよく知らなかった。
「運河…? それいいな。湾とか、そういうの見えたらもっと素敵だね。すごいよ名無しちゃん、最高のアイディアだ!」
「えっ、ちょっ」
「⋯⋯ふむ、素晴らしいですね! 南寄りになりますが、都市部でばっちりの物件がいくつかございます。運河ビュー、沿岸エリア、ハーバー付きなどは人気の条件ですね」
「海か、いいなあ」
「ヴィクトルさん、ちなみにヨットなどのご利用予定はございますか?」
「いや船舶は持ってないんだ」
「それでも今後ご購入された際に、このような物件を所有していると大変有用かと思われます」
「確かにそうだよね」
「……いや、あのっ、待っ……!!」
あなたは自分の一言がとんでもない方向に行きそうで、真っ青になっていた。
だがヴィクトルのポジティブなエネルギーが眩しく彼を照らし、あなたにまで降り注いでくる。
そんな彼を見るのは幸福そのものであり、嬉しいことだ。
一方でこれからどうなっていくのかと、あなたは急速に身震いがした。
あなたは自宅アパートメントのソファで、彼とテレビを見ていた。
海が綺麗な外国ホテルを特集しており、さっきから目が奪われている。
「うわぁ〜っ、見てみて、この白亜のホテル素敵だね~目の前に海があるのにプールまでついてるよ」
興奮して喋っていると、隣のヴィクトルも興味深そうに「ほんとだねえ」と頷いていた。
その後もうっとりと想像の世界にいたら、彼の視線をいつの間にか感じた。
「どうしたのヴィクトル。あ、違うの見たい?」
「ううん。ねえねえ名無しちゃん、今度、物件見に行く?」
軽やかな口調ながら真摯に聞かれて、あなたはかなり驚いた。
「ぶ、物件? 二人で見に行くの?」
「うん。なにか見ておいたら、今後の参考になるかなと思ってさ」
「……そ、そうだよね! それいいと思う。見るだけなら!」
「ふふ、そうそう。見るだけね」
思いがけない話に焦ってしまったけれど、彼は穏やかに微笑んでいる。
あなたはもう、テレビで流れている遠い国のホテル特集が頭に入らなくなってしまった。
後日、ヴィクトルと一緒に、本当に都市中心部にある高級低層レジデンスを内見することになった。
あなたはなるべく上質な服を選び、この場にふさわしい格好を心がけてきた。
一方ヴィクトルはカジュアルなジャケット姿が違和感なく溶け込み、その余裕ある佇まいがさすがだと思う。
緊張して吹き抜けのロビーへ入ると、大理石が広がる静かな空間で、担当の不動産エージェントが待っていた。
「お久しぶりです、ヴィクトルさん。本日はお越しいただきありがとうございます」
「こちらこそ、マルコ。五年前に君に担当をしてもらって、満足する物件に出会えたからね。こちらは俺の婚約者なんだ。今日は彼女と一緒に内見をさせてもらいたい」
「もちろんです。初めまして、マルコと申します。何かご質問があれば、いつでもお声がけください」
「ありがとうございます、名無しです。よろしくお願いします」
あなたも笑顔で握手を交わした。
エレベーターで上階へ向かう際も、彼らの会話はビジネス上とはいえ、フレンドリーな様子である。
30代半ばのエージェントはスーツにネクタイを締め、金髪を上品に整えている。腕時計も高級感があり、隙のない身なりだ。
物件探しといえば、カタログやネットで候補を見つけ、予約して見学するのが普通である。
けれど彼らの世界では、紹介やこれまでの繋がりが大きいらしい。
なるべくおしとやかに中を見て回ろうと思っていたのに、こうした世界が初めてのあなたは、見るもの全てに圧倒されていく。
「え、すごい、大きなベッドルームが三個もある、全部に豪華な浴室ついてるよ!」
マンションは6LDKもあり、カップルには広すぎる間取りに思えた。
だが室内はどれも洗練されていて、壁や照明の一つ一つが計算し尽くされている。
それでいて大仰さはなく、見事な調和だった。
そしてヴィクトルもあなたも高層階にはあまり惹かれず、静かで落ち着ける住環境を好んでいたので、そんな二人の共通点は嬉しかった。
「名無しちゃん、テラスもあるよ。夜は結構綺麗みたい」
「本当だ~もうここ夢だよ、空が広く見渡せて綺麗だねえ」
広々としたテラスからは、赤茶や橙色の屋根が美しいグラデーションのように重なり、神聖な教会も一望できた。
ここに住むのはどんな人々なのだろうと、まだ部外者のような感覚のまま、あなたは景色を見つめていた。
遠くの鳥のさえずりを聞きながら、夕日が落ちるのを想像し、熱いため息が出る。
売主が生活感のある状態を見せてくれたので、ここまで豪華じゃなくとも彼との暮らしをリアルに想像し、来てよかったと思った。
それにあなたは、もうひとつ大事なことにも気づいていた。
「ねえ名無しちゃん、キッチンも素敵じゃない?」
「ほんとだよ、エレガントな石造りだね~ワインセラーもおっきい!」
「こういうの欲しいよね。オーブンも立派だなぁ。俺こんな本格的なやつでグリル料理やりたいよ」
「私も! 大きな煮込みも出来そうだよね」
二人で盛り上がるのだが、今日はあなた以上にヴィクトルが感情豊かに目を輝かせている。
もしかして新しい住居が気に入っているのだろうか。
けれどそれは単に家が欲しいというよりも、あなたとの新生活を二人で作り上げていくことを、彼も嬉しく思っているようだ。
そう感じると勝手に顔が緩んでくる。
「こちらにあるものは大変使い勝手がよろしいかと思います。お二人の動線にもぴったりですし、奥様のご希望に合わせて、内装のカスタマイズも可能ですよ」
マルコの言葉に、あなたは目を丸くして止まる。すぐに彼は気づき、「失礼しました、ご婚約者様の――」と言い直すが、あなたはもう夢見心地である。
――奥様。今そう言われた。
ふふっ。私、ヴィクトルの奥様になるんだなぁ。
心の中で感動していると、ヴィクトルも照れたような面持ちで、あなたの肩をそっと抱いている。
ちょうど部屋で二人きりになったとき、彼と向き合ってお喋りをした。
「ふぅー、すごかったねぇ。もう別世界だよ。⋯あっ、ヴィクトルの家と同じぐらい凄いとこだけど。あっちはやっと最近慣れてきたとこだからなぁ」
「そうかい? ここに住んでも、結構すぐ慣れるんじゃないかな?」
思わせぶりな目線で微笑まれるが、本気にしてしまうあなたは「ないない!」と焦るばかりだった。
最初は緊張していたけれど、こうして初めての内見が終了した。
だが考えてみると、ここまで価格の話が出ていない。
あなたにも質問の機会はあったが、当たり障りなく話しただけで終わった。
だがヴィクトルは最初から知っていたように、エージェントとの終盤の会話でさらっとこう話す。
「では賃貸だと月3万ユーロほどか。購入すると600万前後になるんだね。意外とリーズナブルだな」
「ええ、そうなんですよ。でも私どもの見立てでは、今後も上がっていく可能性が高いと考えています。立地も申し分なく、建物としても資産価値が落ちにくい条件が揃ってますので」
平常心を保とうとしながらも、会話を聞いて卒倒しそうになる。
――家賃ですでに自分の年収なんですけど。
二人は専門的な会話をしていたが、ヴィクトルも一応ここは見ておくだけという気らしいし、何も聞かなかったことにした。
それからエージェントのマルコが、あなたに微笑みを向けてくる。
「いかがでしたでしょうか、今回の物件は」
「いやもう、素晴らしくて見入ってしまいました。こんなところに住めたら夢ですねえ」
「ありがとうございます。私どもも非常におすすめできる物件です。ご婚約者様のご希望などございましたら、次回はさらに条件に合ったご提案ができるかと思います」
丁寧に、だが積極的にそう伝えてくれた営業マンのマルコに対し、あなたは目が泳いでしまう。
適当なことを言ったら申し訳ないと思いつつも、好奇心もわずかにあった。
それに、たぶん「そんな物件ありません」と返されると思ったのだ。
「そうですね……テラスから水辺が見えたらさらに素敵だなあ……なんて。運河とか。まあほんとただの夢ですけど」
はは、と笑いながら世間話として終わるだろうと思っていた。
だがあなたはまだこの業界をよく知らなかった。
「運河…? それいいな。湾とか、そういうの見えたらもっと素敵だね。すごいよ名無しちゃん、最高のアイディアだ!」
「えっ、ちょっ」
「⋯⋯ふむ、素晴らしいですね! 南寄りになりますが、都市部でばっちりの物件がいくつかございます。運河ビュー、沿岸エリア、ハーバー付きなどは人気の条件ですね」
「海か、いいなあ」
「ヴィクトルさん、ちなみにヨットなどのご利用予定はございますか?」
「いや船舶は持ってないんだ」
「それでも今後ご購入された際に、このような物件を所有していると大変有用かと思われます」
「確かにそうだよね」
「……いや、あのっ、待っ……!!」
あなたは自分の一言がとんでもない方向に行きそうで、真っ青になっていた。
だがヴィクトルのポジティブなエネルギーが眩しく彼を照らし、あなたにまで降り注いでくる。
そんな彼を見るのは幸福そのものであり、嬉しいことだ。
一方でこれからどうなっていくのかと、あなたは急速に身震いがした。
