美オヤジを誘って囲われて救われる話
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こうしてまた別の週末に、あなたはヴィクトルを郊外にある実家へ連れてきた。
家族三人には十分なガレージつきの二階建てだが、彼がどう思うのか緊張していた。
「やあ、よく来てくれたな。どうぞ上がってくれ」
「お邪魔します、とても素晴らしいお家ですね。あの、これお二人がお好きだと伺ったので。もしよかったら」
「美味そうなワインとチーズじゃないか。わざわざすまないな、ありがとう。あとで頂こう」
ヴィクトルはこの間より、さらに自然体だ。
父も微笑みを浮かべ迎え入れていて、導入は完璧である。
リビングではエプロン姿の母が待ち構えていて、ヴィクトルに気恥ずかし気に手を振る。
「ハローヴィクトル~。この間はごめんね、相当飲んだよね私達」
「いや主にお母さんたちね」
「はは、全然平気でしたよ。かなり楽しかったですよね、また皆で行きましょう」
彼が爽やかながらしっかり頷くと、母は嬉しそうにハイタッチをし、二人は分かりあえていた様子だった。
よし、ここまでは順調だ。
あなたは部屋がきちんと整えられているか、密かに視線でチェックする。
実は先週の週末にやって来て、自分の部屋と家の掃除を終わらせていたのだった。
それから早めに夕食を食べ始める。
ダイニングルームでは、前回とは違い皆気取らないくつろいだ服装で、和やかな時間が流れた。
「この前の動画、散々見せられてな。名無し、十年ぶりとかじゃないか? 人前で歌ったの」
「そうだよ。勇気出したんだ。せっかくのチャンスだったからね」
一皮むけた自分を誇っていると、父は笑っていた。その穏やかな表情はヴィクトルへ向けられる。
「それに君もすごく歌が上手いんだな、ヴィクトル。フランク・シナトラのようだったよ」
「「古っ」」
あなたと母が同時に突っ込むと、「はははっ」と屈託なく笑ったのはヴィクトルだ。
「嬉しいです、恐れ多いですけどね。ステファンさんもカラオケはするんですか?」
「するよ。俺は結構好きなんだよ。とくに酒が入るとな、マイクを離さないから不評を買うんだ」
「だってお父さん得体の知れない歌歌い始めるんだもん~怖いんだよね」
「え、何それ? 名無しちゃん」
「軍歌だ」
彼に尋ねられ、父が実直な顔つきで答えた。
あなたは目をそらしたくなる素振りで閉口していた。
「俺達の頃はな、当たり前のように兵役があった。あっそうだヴィクトル、君の年代でもあったよな?」
「ええ、続いてましたね。俺たちの十年後からかな、廃止されたのは」
「そうだよな。てことは君も行ったのか」
「はい。一年半ですね、大学に入る前に」
さらっと答えられて、あなたは驚いて見やる。
この国では、確かに以前は成人男子が軍隊へ入り、訓練する義務が法律で定められていた。
だが皆が皆兵役するわけではなく、福祉サービスへの従事との選択が可能だった。
「そうか……ヴィクトルも行ったんだね、すごいね。大変だったでしょう?」
「うん。そうだね、想像していたよりは大丈夫だったけど」
彼が苦笑するように話したので、あなたはそれ以上聞いてはいけない空気を感じた。
しかし父は胸の前で両腕を組み、頷いている。
「そりゃ大変さ。別にどっちを選んだっていい、福祉だって軍だってな。両方とも重要な仕事だ。だが軍で準備する者達を、俺は尊敬しているぞ。国の男にはそういう責任がある。いざという時に大事な人を守れないとダメだと思うんだ」
父が真面目な話をすると、あなたは少し顔が曇った。
その通りなのだが、そういう話題のことはまだ若い自分は考えたくなかった。
「はい。……正直に言うと、自分は体が鍛えられるだろうっていう軽い気持ちで入ったんです。でも、一年半しごかれるうちに、意識が変わってきましたね。当時の二十前後の自分もそう思えたぐらいなんですが、この年になって、もっと考えは深まった気がします。……今は婚約して、名無しさんという大切な存在がいるから余計にですね。無駄じゃなかったなって」
彼はやや照れたように、隣のあなたを見つめた。
なんだか悟ったような、彼が遠くにいるような感覚がしてきて、あなたは自然と目が潤んでいく。
「でもやだ、行っちゃやだよヴィクトル。やめようそんな話」
「ああごめん、どこにも行かないよ、名無しちゃん」
二人で思わず気持ちがこみあげていると、母はじろっと夫を見やった。
「あなたねえ、もう軍隊の話やめてっていったでしょう。ほら見てよ、名無しは純粋なんだから、悲しがっちゃってるわよ」
「えっ、すまんすまん。いやそういう方向にいくとは……ええと、大丈夫だぞ名無し、ヴィクトルはどこにも行かないぞ? なあヴィクトル!」
「はい、絶対行きません。ほんとに大丈夫だからね」
大人三人に慌てて慰められ、あなたは情けなさと羞恥にさらされていたが、そこだけは譲れなかった。
一瞬変な空気になりかけたものの、父とヴィクトルは男同士の何かが芽生えたのか、前より打ち解けている。
あなたと父ステファンは40歳以上離れているけれど、彼らはちょうど親子の年の差で、大人同士コミュニケーションがスムーズなようだ。
リビングで酒を酌み交わす二人を、安心と微笑ましさで見やりながら、あなたは近くのキッチンへ向かった。
グラスに水を注ごうと、蛇口のレバーを上げたときだ。
水が、盛大に上下に吹き出した。
「きゃああぁっっ」
甲高い声が響き、男二人は何事かとあたりを見渡し、すぐに立ち上がる。
「名無しちゃん、大丈夫かい!」
「水が止まらないよ~! どうすんのこれっ」
母も含めパニックに陥っていると、ヴィクトルが「元栓どこ!?」と叫んだ。
父も急いでやって来て、まず水道の下の棚を開ける。そして栓を閉めたのだが、完全には止まらない。
あなたは上半身が濡れて呆然とする。
「びしょびしょになっちゃった……」
「ああ、本当だ、大丈夫大丈夫」
ヴィクトルが母から投げられたタオルをキャッチし、優しく拭いてくれている。
――なぜこんなことに。
「あーこれ、ここが原因じゃないな。ちょっと他の場所見てくる」
冷静な父が調べたところ、バスルームの洗面台下のパイプが原因だと突き止めたようだった。
戻ってくると、「配管の劣化で破損していた」と教えられる。
それを取り替えるまでは、浴室も使用できないらしい。
どうしてこの大事な時にと絶望しつつ、外見は綺麗だが築30年の家なら珍しくないと、皆は結論づけた。
「でもせっかく泊まりに来てもらってるときに、なんで……ごめんねヴィクトル……」
「俺は大丈夫だよ、一日ぐらい入らなくても。こういうことはね、あり得ることだから」
そう気を遣ってくれるが、あなたは申し訳なさでいっぱいになる。
「ええ~でも私、今日お風呂入ろうと思ってたのに~ステファン、直してよ~」
「……私もシャワー浴びたいよお父さん~っ」
母と一緒になって父の腕を揺らす。
彼と泊まりで浴びないなんてことは、考えられない年頃だった。
すがられた父は、若干疲れたふうの真顔でヴィクトルを見やる。
「いいかヴィクトル。これが女性二人と住むということだ」
父がぼやくと、彼は思わず「はははっ」と吹き出していた。
直してくれなんて簡単に言ってみたものの、今日は土曜だしもう夕方だ。
修理を頼むのは現実的ではなく、父はホームセンターへ行くと言った。
こういうとき、リフォーム会社で長年現場マネージャーをしている父は頼もしい。
「仕方ない。じゃあ行ってくるか。あーあ、せっかく楽しく飲んでたのにな」
「俺も行きましょうか、ステファンさん」
「えっ……いいのか?」
自然な申し出に、父の表情は一瞬緩んだ。
あなたも本当にいいのかと聞いてみたが、ヴィクトルも笑顔で乗り気だった。
もちろん二人とも今は運転が出来ない。
だが少し飲んでいたとしても、酒が強い両者ならば外出も心配いらないように感じた。
あなたは変なことになったなと思いながら、母と一緒に二人を玄関で見送った。
「なんかホームセンターにタクシーでいくって、すごいよね。あっ、ヴィクトル、気を付けてね!」
「うん、行ってくるね。ちゃんと買って戻って来るからね」
父と出発した彼は、あなたに微笑み手を振って、出かけていった。
家族三人には十分なガレージつきの二階建てだが、彼がどう思うのか緊張していた。
「やあ、よく来てくれたな。どうぞ上がってくれ」
「お邪魔します、とても素晴らしいお家ですね。あの、これお二人がお好きだと伺ったので。もしよかったら」
「美味そうなワインとチーズじゃないか。わざわざすまないな、ありがとう。あとで頂こう」
ヴィクトルはこの間より、さらに自然体だ。
父も微笑みを浮かべ迎え入れていて、導入は完璧である。
リビングではエプロン姿の母が待ち構えていて、ヴィクトルに気恥ずかし気に手を振る。
「ハローヴィクトル~。この間はごめんね、相当飲んだよね私達」
「いや主にお母さんたちね」
「はは、全然平気でしたよ。かなり楽しかったですよね、また皆で行きましょう」
彼が爽やかながらしっかり頷くと、母は嬉しそうにハイタッチをし、二人は分かりあえていた様子だった。
よし、ここまでは順調だ。
あなたは部屋がきちんと整えられているか、密かに視線でチェックする。
実は先週の週末にやって来て、自分の部屋と家の掃除を終わらせていたのだった。
それから早めに夕食を食べ始める。
ダイニングルームでは、前回とは違い皆気取らないくつろいだ服装で、和やかな時間が流れた。
「この前の動画、散々見せられてな。名無し、十年ぶりとかじゃないか? 人前で歌ったの」
「そうだよ。勇気出したんだ。せっかくのチャンスだったからね」
一皮むけた自分を誇っていると、父は笑っていた。その穏やかな表情はヴィクトルへ向けられる。
「それに君もすごく歌が上手いんだな、ヴィクトル。フランク・シナトラのようだったよ」
「「古っ」」
あなたと母が同時に突っ込むと、「はははっ」と屈託なく笑ったのはヴィクトルだ。
「嬉しいです、恐れ多いですけどね。ステファンさんもカラオケはするんですか?」
「するよ。俺は結構好きなんだよ。とくに酒が入るとな、マイクを離さないから不評を買うんだ」
「だってお父さん得体の知れない歌歌い始めるんだもん~怖いんだよね」
「え、何それ? 名無しちゃん」
「軍歌だ」
彼に尋ねられ、父が実直な顔つきで答えた。
あなたは目をそらしたくなる素振りで閉口していた。
「俺達の頃はな、当たり前のように兵役があった。あっそうだヴィクトル、君の年代でもあったよな?」
「ええ、続いてましたね。俺たちの十年後からかな、廃止されたのは」
「そうだよな。てことは君も行ったのか」
「はい。一年半ですね、大学に入る前に」
さらっと答えられて、あなたは驚いて見やる。
この国では、確かに以前は成人男子が軍隊へ入り、訓練する義務が法律で定められていた。
だが皆が皆兵役するわけではなく、福祉サービスへの従事との選択が可能だった。
「そうか……ヴィクトルも行ったんだね、すごいね。大変だったでしょう?」
「うん。そうだね、想像していたよりは大丈夫だったけど」
彼が苦笑するように話したので、あなたはそれ以上聞いてはいけない空気を感じた。
しかし父は胸の前で両腕を組み、頷いている。
「そりゃ大変さ。別にどっちを選んだっていい、福祉だって軍だってな。両方とも重要な仕事だ。だが軍で準備する者達を、俺は尊敬しているぞ。国の男にはそういう責任がある。いざという時に大事な人を守れないとダメだと思うんだ」
父が真面目な話をすると、あなたは少し顔が曇った。
その通りなのだが、そういう話題のことはまだ若い自分は考えたくなかった。
「はい。……正直に言うと、自分は体が鍛えられるだろうっていう軽い気持ちで入ったんです。でも、一年半しごかれるうちに、意識が変わってきましたね。当時の二十前後の自分もそう思えたぐらいなんですが、この年になって、もっと考えは深まった気がします。……今は婚約して、名無しさんという大切な存在がいるから余計にですね。無駄じゃなかったなって」
彼はやや照れたように、隣のあなたを見つめた。
なんだか悟ったような、彼が遠くにいるような感覚がしてきて、あなたは自然と目が潤んでいく。
「でもやだ、行っちゃやだよヴィクトル。やめようそんな話」
「ああごめん、どこにも行かないよ、名無しちゃん」
二人で思わず気持ちがこみあげていると、母はじろっと夫を見やった。
「あなたねえ、もう軍隊の話やめてっていったでしょう。ほら見てよ、名無しは純粋なんだから、悲しがっちゃってるわよ」
「えっ、すまんすまん。いやそういう方向にいくとは……ええと、大丈夫だぞ名無し、ヴィクトルはどこにも行かないぞ? なあヴィクトル!」
「はい、絶対行きません。ほんとに大丈夫だからね」
大人三人に慌てて慰められ、あなたは情けなさと羞恥にさらされていたが、そこだけは譲れなかった。
一瞬変な空気になりかけたものの、父とヴィクトルは男同士の何かが芽生えたのか、前より打ち解けている。
あなたと父ステファンは40歳以上離れているけれど、彼らはちょうど親子の年の差で、大人同士コミュニケーションがスムーズなようだ。
リビングで酒を酌み交わす二人を、安心と微笑ましさで見やりながら、あなたは近くのキッチンへ向かった。
グラスに水を注ごうと、蛇口のレバーを上げたときだ。
水が、盛大に上下に吹き出した。
「きゃああぁっっ」
甲高い声が響き、男二人は何事かとあたりを見渡し、すぐに立ち上がる。
「名無しちゃん、大丈夫かい!」
「水が止まらないよ~! どうすんのこれっ」
母も含めパニックに陥っていると、ヴィクトルが「元栓どこ!?」と叫んだ。
父も急いでやって来て、まず水道の下の棚を開ける。そして栓を閉めたのだが、完全には止まらない。
あなたは上半身が濡れて呆然とする。
「びしょびしょになっちゃった……」
「ああ、本当だ、大丈夫大丈夫」
ヴィクトルが母から投げられたタオルをキャッチし、優しく拭いてくれている。
――なぜこんなことに。
「あーこれ、ここが原因じゃないな。ちょっと他の場所見てくる」
冷静な父が調べたところ、バスルームの洗面台下のパイプが原因だと突き止めたようだった。
戻ってくると、「配管の劣化で破損していた」と教えられる。
それを取り替えるまでは、浴室も使用できないらしい。
どうしてこの大事な時にと絶望しつつ、外見は綺麗だが築30年の家なら珍しくないと、皆は結論づけた。
「でもせっかく泊まりに来てもらってるときに、なんで……ごめんねヴィクトル……」
「俺は大丈夫だよ、一日ぐらい入らなくても。こういうことはね、あり得ることだから」
そう気を遣ってくれるが、あなたは申し訳なさでいっぱいになる。
「ええ~でも私、今日お風呂入ろうと思ってたのに~ステファン、直してよ~」
「……私もシャワー浴びたいよお父さん~っ」
母と一緒になって父の腕を揺らす。
彼と泊まりで浴びないなんてことは、考えられない年頃だった。
すがられた父は、若干疲れたふうの真顔でヴィクトルを見やる。
「いいかヴィクトル。これが女性二人と住むということだ」
父がぼやくと、彼は思わず「はははっ」と吹き出していた。
直してくれなんて簡単に言ってみたものの、今日は土曜だしもう夕方だ。
修理を頼むのは現実的ではなく、父はホームセンターへ行くと言った。
こういうとき、リフォーム会社で長年現場マネージャーをしている父は頼もしい。
「仕方ない。じゃあ行ってくるか。あーあ、せっかく楽しく飲んでたのにな」
「俺も行きましょうか、ステファンさん」
「えっ……いいのか?」
自然な申し出に、父の表情は一瞬緩んだ。
あなたも本当にいいのかと聞いてみたが、ヴィクトルも笑顔で乗り気だった。
もちろん二人とも今は運転が出来ない。
だが少し飲んでいたとしても、酒が強い両者ならば外出も心配いらないように感じた。
あなたは変なことになったなと思いながら、母と一緒に二人を玄関で見送った。
「なんかホームセンターにタクシーでいくって、すごいよね。あっ、ヴィクトル、気を付けてね!」
「うん、行ってくるね。ちゃんと買って戻って来るからね」
父と出発した彼は、あなたに微笑み手を振って、出かけていった。
