美オヤジを誘って囲われて救われる話
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夜の繁華街に建つカラオケバーは、昔ながらのパブを思わせる佇まいだ。
だが、広い店内には巨大なスクリーンが置かれ、音響も本格的なものだった。
バーテーブルの周りには客がちらほらいて、端のステージでは中年の夫婦が仲睦まじく歌っている。
あなたはそんな温かい雰囲気のバーにすっかり安心し、皆と楽しくグラスを合わせた。
「はーよかった、ノリのいい若者たちがあふれかえる店じゃなくて。ここ落ち着くねえお母さん」
「一番の若者が何言ってるのよ。でもさ、こういうクラシックなとこが一番いいのよね。曲入れるのはタブレットだけど。そこだけモダンなのね」
「本当だ、昔は紙に書いて店員に渡してたけど、便利になったなぁ」
「詳しいねヴィクトル。もしかして……歌ったことあるの?」
緊張気味に問いかけると、テーブル席にゆったり座った彼は、微笑みながら頷いた。
「うん。結構好きなんだ歌うの」
「えーっすごい! 確かにバーステーソングすごい上手かった!」
「なあにその可愛いエピソード。じゃあヴィクトル、歌ってみたら? イリスと一緒に」
母に目配せされて、ヴィクトルの目が丸くなる。
隣でタブレットを離さず曲名を入れているイリスが、ぱっと顔を上げた。
「それいいじゃない、デュエットしましょうよ」
「えっ、俺ですか? ……そうですね、挑戦してみるか」
一瞬思案したヴィクトルが乗り気になったため、あなたは愕然とする。
彼の腕をこっそり引っ張り「ほんとに大丈夫なのっ? 断っていいんだよ!」と皆に聞こえる小声で伝えた。
しかし彼は、あなたに向かってウインクする。
「大丈夫だよ。見てて名無しちゃん。君のために歌おう」
「いや相手私なんですけど」
すかさずイリスの突っ込みが入るが、あまりに真正面から彼が凛々しい顔つきで言うので、あなたはまんまと真っ赤になった。
そして大人二人は何のためらいもなく、店員に名前を呼ばれるとステージに向かった。
「ちょっ……度胸がすごすぎる……あっ、動画動画――」
あなたは衝撃を切り替えて、母とともにドキドキしながらスマホを回した。
曲は九十年代の有名な男女のバラードで、二人とも完璧にテンポを合わせながら、しっとり情熱的に歌い上げていた。
イリスもカラオケが好きらしく、歌唱力は抜群だ。
だがあなたがもっと驚いたのは、ヴィクトルの優しくとけこむような美声だった。
時折あなたのことを見つめ、愛情のこもった瞳で笑まれると、冗談ではなく倒れそうになった。
「や、やだすごい……うますぎ……格好良すぎ……」
動画を撮るのも忘れて一心に聞き入る。
やがて曲が終わり、ヴィクトルが戻ってくると、あなたは拍手をしながら立ち上がり、彼を迎えた。
「ヴィクトル、最っ高だったよ! もう私、目がハートになっちゃった!」
「ほんとう? どれ、見せて――」
彼はまだ酔っていないはずなのに、甘く囁きながら顔を近づけてくる。まるでステージのスターに射抜かれたような気分だった。
いや、彼はそれ以上に素敵な男だ。
皆に褒めちぎられたヴィクトルは、その後、なんと母ともデュエットすることになる。
大人達はこうしたカラオケバーが懐かしいらしく、お酒も手伝いテンションが上がってるようだ。
「うまい! 素晴らしい二人とも!」
「あらどうも〜。さっ、次は名無しの番ね」
「⋯⋯はいっ? 何言ってるのお母さん?」
「いいわそれ、行ってきなさいよ名無しちゃん、せっかくなんだから。ほら今なら誰も見てないわよ」
二人にそそのかされ、あなたは店内を見渡す。確かに客層は落ち着いてるし、皆最後に温かく拍手はしてくれるが、全員が全員プロみたいに上手いわけでもない。
「どうしようかなぁ⋯⋯」
「えっ、歌うの名無しちゃん、ほんとに? 君と一緒なら、俺も本気で歌うよ?」
ヴィクトルが途端に目をきらきらさせて口説いてきたので、あなたは迷う。
女性陣からは「ちょっと私達に手抜いてたの」と突っ込まれ「あっすみませんそういう意味では」とタジタジになっていたが。
そんな和んだ空気の中で、あなたは余計に肩の力が抜けて微笑みを見せる。
なによりヴィクトルがこんなに誘ってくるなら、いいかなと思ってしまった。
「じゃあやってみようかな。下手でも笑わないでね」
「笑わないよ。絶対かわいいよ」
そう喜んでくれた彼と一緒に歌を決めて、そのまま腕に手を回してエスコートされた。
照明が落とされた隅のステージからは、まばらな客たちが見渡せる。
「うわ、やっぱ緊張してきた。なんで私こんなことしてるんだろう」
「うーん。それは俺といるからじゃない?」
隣から自信に満ちた声がして、見上げたあなたは笑ってしまった。
そうこうするうちにアップテンポの曲が流れ、二人はマイクを握る。
彼の歌声にリードされながら、あなたも楽しく歌うことが出来た。
「ねえ、すっごく可愛いよ。声」
「⋯えっ、マイク入ってるよ!」
「ごめん」
間奏の二人のやり取りが客の笑いを誘ってしまった。
最大の照れの中なんとか歌い上げ、あなたは彼に手を引かれて席に戻ってきた。
母親達は総立ちで両手を振って盛り上がっていた。
「最高よ二人とも〜! もう美男美女のオンステージ! やるじゃないヴィクトル、名無しちゃん!」
「ほんとほんと! 映画のワンシーンのよう! あっ動画撮ったからね、ばっちりよ!」
「その動画俺にもくださいエレーネさん」
「もちろんよ、あとで送ってあげる!」
真面目に伺うヴィクトルが可笑しく、この日のあなた達二人の姿は後にも語られるほど、皆にとって興奮した出来事となっていた。
しかし、この日はまだ少し続きがある。
母達は久々に楽しく外で飲んだせいか、結構な酔いがまわっていた。
「あれっ、こんなに頼んだっけ? ちょっと二人とも、大丈夫?」
「へーきよへーき、私達の底力こんなもんじゃないわよ。ねえエレーネ、今日うち泊まってくでしょ?」
「うん泊まるー。ニコラス君迎えに来てくれるんだっけえ?」
「いやキャンプ行ってるって言ったでしょ! はははは」
まるで若い頃に戻ったかのように、母とイリスは笑い声が止まらず盛り上がっていた。
あなたは介抱しながらも、ヴィクトルと目を合わせる。
「これ、帰れるのかな、この二人。なんかやばくない?」
「うん⋯⋯そうだな。ちょっと心配だな。イリスさん、そろそろタクシー呼びましょうか?」
夜も更けてきたため、あなたとヴィクトルは彼女達の状態を見てお開きにしようとする。
だが二人はまだ飲み足りないらしく、「まだ大丈夫よ!」と言い張り、完全に陽気なままで、しかし時折ふらついてたりもした。
「ヴィクトル、ごめんね。この二人まさか今日もここまで飲んじゃうとは」
「大丈夫だよ、きっと相当楽しんでくれたんだろう。でもどうしようか、送っていったほうがいいと思うな」
そう言ってくれたヴィクトルと一緒に優しく店を出ようと促そうとするも、うまくいかない。
「お母さん、お父さん心配するよ、今日のこと知ってるんだよね?」
「えぇー? 知ってる知ってる。なんか気になってるみたいで今日は家にいるわよ」
あっけらかんと言われてあなたは考える。
ここは都市部で、郊外の実家からは車で40分ほどの場所だ。
あなたはイリスの家の住所は知ってるが、今の家には行ったことがない。
「うん、やっぱりお父さん呼んだほうがいいかもしれない。来てくれるはずだよ、心配性だし」
「⋯⋯えっ、呼ぶ? お父さん?」
隣のヴィクトルは一瞬身構えた顔になり、明らかに緊張が走っていた。
だが彼も、この場の状況とあなたの真剣さを受け、しっかりと覚悟を決めた面持ちに変わる。
「よし、ステファンさんを呼ぼう。そのほうがいいと思う、二人も安心するだろうし。名無しちゃんもだね。もちろん俺もちゃんとご挨拶したい」
あなたの肩をそっと支え、頼もしくヴィクトルが言ってくれた。
だからあなたも頷き、意を決して父に電話をかけることにした。
だが、広い店内には巨大なスクリーンが置かれ、音響も本格的なものだった。
バーテーブルの周りには客がちらほらいて、端のステージでは中年の夫婦が仲睦まじく歌っている。
あなたはそんな温かい雰囲気のバーにすっかり安心し、皆と楽しくグラスを合わせた。
「はーよかった、ノリのいい若者たちがあふれかえる店じゃなくて。ここ落ち着くねえお母さん」
「一番の若者が何言ってるのよ。でもさ、こういうクラシックなとこが一番いいのよね。曲入れるのはタブレットだけど。そこだけモダンなのね」
「本当だ、昔は紙に書いて店員に渡してたけど、便利になったなぁ」
「詳しいねヴィクトル。もしかして……歌ったことあるの?」
緊張気味に問いかけると、テーブル席にゆったり座った彼は、微笑みながら頷いた。
「うん。結構好きなんだ歌うの」
「えーっすごい! 確かにバーステーソングすごい上手かった!」
「なあにその可愛いエピソード。じゃあヴィクトル、歌ってみたら? イリスと一緒に」
母に目配せされて、ヴィクトルの目が丸くなる。
隣でタブレットを離さず曲名を入れているイリスが、ぱっと顔を上げた。
「それいいじゃない、デュエットしましょうよ」
「えっ、俺ですか? ……そうですね、挑戦してみるか」
一瞬思案したヴィクトルが乗り気になったため、あなたは愕然とする。
彼の腕をこっそり引っ張り「ほんとに大丈夫なのっ? 断っていいんだよ!」と皆に聞こえる小声で伝えた。
しかし彼は、あなたに向かってウインクする。
「大丈夫だよ。見てて名無しちゃん。君のために歌おう」
「いや相手私なんですけど」
すかさずイリスの突っ込みが入るが、あまりに真正面から彼が凛々しい顔つきで言うので、あなたはまんまと真っ赤になった。
そして大人二人は何のためらいもなく、店員に名前を呼ばれるとステージに向かった。
「ちょっ……度胸がすごすぎる……あっ、動画動画――」
あなたは衝撃を切り替えて、母とともにドキドキしながらスマホを回した。
曲は九十年代の有名な男女のバラードで、二人とも完璧にテンポを合わせながら、しっとり情熱的に歌い上げていた。
イリスもカラオケが好きらしく、歌唱力は抜群だ。
だがあなたがもっと驚いたのは、ヴィクトルの優しくとけこむような美声だった。
時折あなたのことを見つめ、愛情のこもった瞳で笑まれると、冗談ではなく倒れそうになった。
「や、やだすごい……うますぎ……格好良すぎ……」
動画を撮るのも忘れて一心に聞き入る。
やがて曲が終わり、ヴィクトルが戻ってくると、あなたは拍手をしながら立ち上がり、彼を迎えた。
「ヴィクトル、最っ高だったよ! もう私、目がハートになっちゃった!」
「ほんとう? どれ、見せて――」
彼はまだ酔っていないはずなのに、甘く囁きながら顔を近づけてくる。まるでステージのスターに射抜かれたような気分だった。
いや、彼はそれ以上に素敵な男だ。
皆に褒めちぎられたヴィクトルは、その後、なんと母ともデュエットすることになる。
大人達はこうしたカラオケバーが懐かしいらしく、お酒も手伝いテンションが上がってるようだ。
「うまい! 素晴らしい二人とも!」
「あらどうも〜。さっ、次は名無しの番ね」
「⋯⋯はいっ? 何言ってるのお母さん?」
「いいわそれ、行ってきなさいよ名無しちゃん、せっかくなんだから。ほら今なら誰も見てないわよ」
二人にそそのかされ、あなたは店内を見渡す。確かに客層は落ち着いてるし、皆最後に温かく拍手はしてくれるが、全員が全員プロみたいに上手いわけでもない。
「どうしようかなぁ⋯⋯」
「えっ、歌うの名無しちゃん、ほんとに? 君と一緒なら、俺も本気で歌うよ?」
ヴィクトルが途端に目をきらきらさせて口説いてきたので、あなたは迷う。
女性陣からは「ちょっと私達に手抜いてたの」と突っ込まれ「あっすみませんそういう意味では」とタジタジになっていたが。
そんな和んだ空気の中で、あなたは余計に肩の力が抜けて微笑みを見せる。
なによりヴィクトルがこんなに誘ってくるなら、いいかなと思ってしまった。
「じゃあやってみようかな。下手でも笑わないでね」
「笑わないよ。絶対かわいいよ」
そう喜んでくれた彼と一緒に歌を決めて、そのまま腕に手を回してエスコートされた。
照明が落とされた隅のステージからは、まばらな客たちが見渡せる。
「うわ、やっぱ緊張してきた。なんで私こんなことしてるんだろう」
「うーん。それは俺といるからじゃない?」
隣から自信に満ちた声がして、見上げたあなたは笑ってしまった。
そうこうするうちにアップテンポの曲が流れ、二人はマイクを握る。
彼の歌声にリードされながら、あなたも楽しく歌うことが出来た。
「ねえ、すっごく可愛いよ。声」
「⋯えっ、マイク入ってるよ!」
「ごめん」
間奏の二人のやり取りが客の笑いを誘ってしまった。
最大の照れの中なんとか歌い上げ、あなたは彼に手を引かれて席に戻ってきた。
母親達は総立ちで両手を振って盛り上がっていた。
「最高よ二人とも〜! もう美男美女のオンステージ! やるじゃないヴィクトル、名無しちゃん!」
「ほんとほんと! 映画のワンシーンのよう! あっ動画撮ったからね、ばっちりよ!」
「その動画俺にもくださいエレーネさん」
「もちろんよ、あとで送ってあげる!」
真面目に伺うヴィクトルが可笑しく、この日のあなた達二人の姿は後にも語られるほど、皆にとって興奮した出来事となっていた。
しかし、この日はまだ少し続きがある。
母達は久々に楽しく外で飲んだせいか、結構な酔いがまわっていた。
「あれっ、こんなに頼んだっけ? ちょっと二人とも、大丈夫?」
「へーきよへーき、私達の底力こんなもんじゃないわよ。ねえエレーネ、今日うち泊まってくでしょ?」
「うん泊まるー。ニコラス君迎えに来てくれるんだっけえ?」
「いやキャンプ行ってるって言ったでしょ! はははは」
まるで若い頃に戻ったかのように、母とイリスは笑い声が止まらず盛り上がっていた。
あなたは介抱しながらも、ヴィクトルと目を合わせる。
「これ、帰れるのかな、この二人。なんかやばくない?」
「うん⋯⋯そうだな。ちょっと心配だな。イリスさん、そろそろタクシー呼びましょうか?」
夜も更けてきたため、あなたとヴィクトルは彼女達の状態を見てお開きにしようとする。
だが二人はまだ飲み足りないらしく、「まだ大丈夫よ!」と言い張り、完全に陽気なままで、しかし時折ふらついてたりもした。
「ヴィクトル、ごめんね。この二人まさか今日もここまで飲んじゃうとは」
「大丈夫だよ、きっと相当楽しんでくれたんだろう。でもどうしようか、送っていったほうがいいと思うな」
そう言ってくれたヴィクトルと一緒に優しく店を出ようと促そうとするも、うまくいかない。
「お母さん、お父さん心配するよ、今日のこと知ってるんだよね?」
「えぇー? 知ってる知ってる。なんか気になってるみたいで今日は家にいるわよ」
あっけらかんと言われてあなたは考える。
ここは都市部で、郊外の実家からは車で40分ほどの場所だ。
あなたはイリスの家の住所は知ってるが、今の家には行ったことがない。
「うん、やっぱりお父さん呼んだほうがいいかもしれない。来てくれるはずだよ、心配性だし」
「⋯⋯えっ、呼ぶ? お父さん?」
隣のヴィクトルは一瞬身構えた顔になり、明らかに緊張が走っていた。
だが彼も、この場の状況とあなたの真剣さを受け、しっかりと覚悟を決めた面持ちに変わる。
「よし、ステファンさんを呼ぼう。そのほうがいいと思う、二人も安心するだろうし。名無しちゃんもだね。もちろん俺もちゃんとご挨拶したい」
あなたの肩をそっと支え、頼もしくヴィクトルが言ってくれた。
だからあなたも頷き、意を決して父に電話をかけることにした。
