美オヤジを誘って囲われて救われる話
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土曜日の午後、ヴィクトルのマンションに来客があった。
ちょうど滞在していたあなたは、リビングから早足で玄関へ向かう。
「クリスさん、いらっしゃい!」
「こんにちは、名無しさん。今日はお二人で過ごしているところ、お邪魔してしまいすみません」
「いえいえ、来てくださって嬉しいですよ。さあどうぞどうぞ」
彼の家ではあるが快く迎える。
後ろから現れたヴィクトルも微笑んでいたのだが、クリスの大荷物を見ると怪訝な顔をした。
「やあクリス。そんなトランクまで持ってきて、また俺と旅行に行きたいのかい」
「違いますよ。せっかく今日は名無しさんに素晴らしいファッション講義をしてもらうんですから、僕も気合いが入ってるんです」
すでに誇らしげな部下は、笑いをもらすあなたと一緒に、堂々と荷物を運び込んだ。
さっそく中身を見せてもらう。
多くのトップスやジャケット、パンツとシャツ、小物類まで入っていて、このまま二週間の旅行に行けそうなほどだ。
「これは選びやすいなぁ。助かりますクリスさん!」
「何をおっしゃいます、今日は僕は生徒ですからね。厳しくシゴいてください。どんなダメ出しでも受け入れますよ」
あなたが張り切って衣類をチェックしている傍らで、彼もだんだん緊張した面持ちに変わっていく。
最初からそんな風に盛り上がっている二人を気にかけながら、ヴィクトルはコーヒーを準備してくれていた。
今日はクリスの念願が叶った日で、ブティックで勤めるあなたに「服装センスに助言がほしい」というテーマなのだ。
それは彼の、長年どうして自分は女性に中々人気が出ないのか、という悩みからもきているらしかった。
でもあなたは首をひねる。
30歳のクリスは物腰が丁寧で優しく、しっかり者で気配りもできる男性だ。
距離感もきちんとしているし、話も面白く楽しい人物である。
服装はややきっちりしすぎているが、そこを自然に崩せばより魅力を引き出せるだろうと考えていた。
「今日は”好きな女性とのデートで着ていく服”というお題だったので、こうしてみたんですが、いかがでしょうか。でもひとつだけ迷ってしまったんです。そのデートって一回目ですか?それとも二回目、三回目ですか?」
「えっ? そこまで考えてませんでしたね……ええと、じゃあ数回目で。普段のデートでいいですよ」
「普段のデートか……もう数年してないんですよね……一応雑誌やネットのスナップショットから、最新のトレンドを研究してはみたんですが」
彼が上質なロングコートを脱いで見せてくれた私服を眺めながら、あなたはこう考える。
クリスは想像以上に勉強熱心で、理屈から入るタイプのようだ。
根を詰めると少しだけ過剰になりがちなのだとも推測した。
「すごく方向性いいと思いますよ。クリスさん、クラシック寄りのスタイルお好きなんですね。こういうチェスターコート、すごくお似合いです」
「ありがとうございます。イギリスの20世紀初頭あたりの、ああいう紳士的な装いに憧れていて」
「いいですね、ブリティッシュトラッドですね。うちのお店もイギリス由来のスタイルをベースにしているので、そういうクラシックで上品な雰囲気にはすごく馴染みがあります」
彼の好きなものが分かるとアドバイスしやすい。
無理に合わないものを探すよりも、楽しむことが一番大事だからだ。
「じゃあこちらは、少し良いお店に行くときのデート用にしましょうか。スカーフは外して、ニットとブレスレットも今日はお休みで。ダークグレーのシャツに変えて、すっきりしたシルエットのパンツを合わせると、全体が締まって大人っぽく見えますよ」
乗ってきたあなたは、次々と彼にアドバイスを重ね、その都度着替えてもらった。
そして最終的に別室から現れたクリスは、余計な装飾が削ぎ落とされ、直線的なシルエットがより際立っていた。思わず目を引くほど、洗練された佇まいである。
「すごいです、名無しさん! これほんとに僕ですか、めちゃくちゃいい男になってるんですが!」
「わああぁほんとに素敵ですよ、すっごくお似合いです!」
「……おおっ! 本当だ、見違えたよクリス。いつもの百倍良くなったんじゃないか?」
もれなく驚愕していたのは長年の付き合いのあるヴィクトルで、彼も顎をさすりながら深く見入っていた。
「名無しちゃん、俺もここで見させてもらったけど、君の接客は本当に素晴らしいね。みるみるうちにクリスの顔が明るくなっていくのが分かったよ」
「本当? やったぁ、嬉しいなぁ。クリスさんはお洒落だからね、完成されすぎてるとこを少し引いてあげるだけでもう完璧なんだ。……って偉そうに言ってますけど、私メンズは専門外なので好みも入っちゃってます! だからクリスさんの好きな方向性を伸ばしてくださいね、それが一番大事なことですから」
自分が一番楽しめることが前提なのだと伝えると、クリスはぱっと表情を明るくして、力強く頷いた。
「大丈夫です、僕このセンスが一番好きです。きちんとしているけど大人の色気も漂うような抜け感……求めていたのはこれだったんです! あ、ちょっと写真撮っていいですか?」
「もちろんです! 私お撮りしますね」
すぐに仕事モードに戻ったあなたは、彼の姿を手早く収めたあとも何着か普段用、仕事用、ゆったりデート用などコーディネートした。
すっかり板についたクリスは、知識が入れば順応するのが早い。
受け身ではなく、あなたと話し合いながらファッション性を深めていった。
「ああ……自分が変わっていくのが手に取るようにわかります。僕はもう前の僕じゃありません、明日からモテますよ!」
「気が早いな。君ね、その髪型もどうにかしたほうがいいんじゃないか。せっかく見事な金髪なんだから」
ヴィクトルが食卓の椅子に足を組んで座り、普段は口を出さない点にずばりと切り込む。
するとあなたもじっとクリスの全体像を見て、おもむろに頷いた。
「やっぱ変ですか? この横分け。でもずっとこれだからなぁ。今さらどうすればいいんだろう」
「ええっと、ちょっといいですか? こうしたらもっと――」
うずうずしながら、目線がそう遠くない彼の金髪に指を伸ばす。
助言をし整えてもらおうとするも、クリスも得意ではないようだった。
「すみません、ちょこっとだけいいですか?」
「どうぞどうぞ、お好きに」
クリスにソファに座ってもらい、あなたは真剣な瞳で彼の髪型をセットすることにした。
ヴィクトルに男物のワックスまで頼み、ファッションよりも気を使って整える。
そんな姿を、じっと遠くから見ている男がいた。
「ううん、なんというか……そのぐらいなら俺がやろうか? なあクリス」
「あっ大丈夫。もう終わるから」
没頭するあなたにそうあしらわれる珍しいヴィクトルに、クリスも笑いをこらえ、正面を向いていた。
それから数分して、本当の意味で彼は生まれ変わる。
全身鏡の前に立ったクリスは、完全にあか抜けた自分を見て茫然としていた。
きっちりと分けられていた七三のブロンドが、前髪を軽く上げて自然に流れるスタイルへと変わり、色気を帯びた爽やかな印象に仕上がっている。
「いやあの、髪型ってほんとに大事ですね。僕、良い男過ぎません? ……名無しさん、あなたにお願いして本当によかったです。美容師の資格も持ってるんですか?」
「いえまったくです! 学生時代に演劇部で服以外にもメイクを担当してたんですけど、ほんとにただの素人の趣味なので」
大人の男性の髪を整えるのは、さすがに緊張した。
それでも、ここまで気に入ってもらえたことに、手応えと嬉しさがじんわりと広がる。
「どうですかヴィクトル。もうあなたの横にいても見劣りしませんね。これからは野暮な坊ちゃん風後輩ではなく、厳しめ幹部と肩を並べる若手イケメンビジネスマンですよ!」
「……もう少し格のある表現ないのか? それに俺は別に厳しくないだろう、優しい上司だぞ」
上司の不満げな言葉も耳に入らないほど、クリスの表情は明るく上気していた。その顔には、満足と達成感がはっきりと表れていたのだった。
皆で和気あいあいと彼を祝っていると、マンションのインターホンが突然鳴り響く。
「あっ、来たみたいですね!」
そのままの勢いで飛び出していったのはクリスだ。
あなたもヴィクトルと顔を見合わせ、ちょっぴり緊張してくる。
実は今日はもう一人、訪問客がいるためだった。
ちょうど滞在していたあなたは、リビングから早足で玄関へ向かう。
「クリスさん、いらっしゃい!」
「こんにちは、名無しさん。今日はお二人で過ごしているところ、お邪魔してしまいすみません」
「いえいえ、来てくださって嬉しいですよ。さあどうぞどうぞ」
彼の家ではあるが快く迎える。
後ろから現れたヴィクトルも微笑んでいたのだが、クリスの大荷物を見ると怪訝な顔をした。
「やあクリス。そんなトランクまで持ってきて、また俺と旅行に行きたいのかい」
「違いますよ。せっかく今日は名無しさんに素晴らしいファッション講義をしてもらうんですから、僕も気合いが入ってるんです」
すでに誇らしげな部下は、笑いをもらすあなたと一緒に、堂々と荷物を運び込んだ。
さっそく中身を見せてもらう。
多くのトップスやジャケット、パンツとシャツ、小物類まで入っていて、このまま二週間の旅行に行けそうなほどだ。
「これは選びやすいなぁ。助かりますクリスさん!」
「何をおっしゃいます、今日は僕は生徒ですからね。厳しくシゴいてください。どんなダメ出しでも受け入れますよ」
あなたが張り切って衣類をチェックしている傍らで、彼もだんだん緊張した面持ちに変わっていく。
最初からそんな風に盛り上がっている二人を気にかけながら、ヴィクトルはコーヒーを準備してくれていた。
今日はクリスの念願が叶った日で、ブティックで勤めるあなたに「服装センスに助言がほしい」というテーマなのだ。
それは彼の、長年どうして自分は女性に中々人気が出ないのか、という悩みからもきているらしかった。
でもあなたは首をひねる。
30歳のクリスは物腰が丁寧で優しく、しっかり者で気配りもできる男性だ。
距離感もきちんとしているし、話も面白く楽しい人物である。
服装はややきっちりしすぎているが、そこを自然に崩せばより魅力を引き出せるだろうと考えていた。
「今日は”好きな女性とのデートで着ていく服”というお題だったので、こうしてみたんですが、いかがでしょうか。でもひとつだけ迷ってしまったんです。そのデートって一回目ですか?それとも二回目、三回目ですか?」
「えっ? そこまで考えてませんでしたね……ええと、じゃあ数回目で。普段のデートでいいですよ」
「普段のデートか……もう数年してないんですよね……一応雑誌やネットのスナップショットから、最新のトレンドを研究してはみたんですが」
彼が上質なロングコートを脱いで見せてくれた私服を眺めながら、あなたはこう考える。
クリスは想像以上に勉強熱心で、理屈から入るタイプのようだ。
根を詰めると少しだけ過剰になりがちなのだとも推測した。
「すごく方向性いいと思いますよ。クリスさん、クラシック寄りのスタイルお好きなんですね。こういうチェスターコート、すごくお似合いです」
「ありがとうございます。イギリスの20世紀初頭あたりの、ああいう紳士的な装いに憧れていて」
「いいですね、ブリティッシュトラッドですね。うちのお店もイギリス由来のスタイルをベースにしているので、そういうクラシックで上品な雰囲気にはすごく馴染みがあります」
彼の好きなものが分かるとアドバイスしやすい。
無理に合わないものを探すよりも、楽しむことが一番大事だからだ。
「じゃあこちらは、少し良いお店に行くときのデート用にしましょうか。スカーフは外して、ニットとブレスレットも今日はお休みで。ダークグレーのシャツに変えて、すっきりしたシルエットのパンツを合わせると、全体が締まって大人っぽく見えますよ」
乗ってきたあなたは、次々と彼にアドバイスを重ね、その都度着替えてもらった。
そして最終的に別室から現れたクリスは、余計な装飾が削ぎ落とされ、直線的なシルエットがより際立っていた。思わず目を引くほど、洗練された佇まいである。
「すごいです、名無しさん! これほんとに僕ですか、めちゃくちゃいい男になってるんですが!」
「わああぁほんとに素敵ですよ、すっごくお似合いです!」
「……おおっ! 本当だ、見違えたよクリス。いつもの百倍良くなったんじゃないか?」
もれなく驚愕していたのは長年の付き合いのあるヴィクトルで、彼も顎をさすりながら深く見入っていた。
「名無しちゃん、俺もここで見させてもらったけど、君の接客は本当に素晴らしいね。みるみるうちにクリスの顔が明るくなっていくのが分かったよ」
「本当? やったぁ、嬉しいなぁ。クリスさんはお洒落だからね、完成されすぎてるとこを少し引いてあげるだけでもう完璧なんだ。……って偉そうに言ってますけど、私メンズは専門外なので好みも入っちゃってます! だからクリスさんの好きな方向性を伸ばしてくださいね、それが一番大事なことですから」
自分が一番楽しめることが前提なのだと伝えると、クリスはぱっと表情を明るくして、力強く頷いた。
「大丈夫です、僕このセンスが一番好きです。きちんとしているけど大人の色気も漂うような抜け感……求めていたのはこれだったんです! あ、ちょっと写真撮っていいですか?」
「もちろんです! 私お撮りしますね」
すぐに仕事モードに戻ったあなたは、彼の姿を手早く収めたあとも何着か普段用、仕事用、ゆったりデート用などコーディネートした。
すっかり板についたクリスは、知識が入れば順応するのが早い。
受け身ではなく、あなたと話し合いながらファッション性を深めていった。
「ああ……自分が変わっていくのが手に取るようにわかります。僕はもう前の僕じゃありません、明日からモテますよ!」
「気が早いな。君ね、その髪型もどうにかしたほうがいいんじゃないか。せっかく見事な金髪なんだから」
ヴィクトルが食卓の椅子に足を組んで座り、普段は口を出さない点にずばりと切り込む。
するとあなたもじっとクリスの全体像を見て、おもむろに頷いた。
「やっぱ変ですか? この横分け。でもずっとこれだからなぁ。今さらどうすればいいんだろう」
「ええっと、ちょっといいですか? こうしたらもっと――」
うずうずしながら、目線がそう遠くない彼の金髪に指を伸ばす。
助言をし整えてもらおうとするも、クリスも得意ではないようだった。
「すみません、ちょこっとだけいいですか?」
「どうぞどうぞ、お好きに」
クリスにソファに座ってもらい、あなたは真剣な瞳で彼の髪型をセットすることにした。
ヴィクトルに男物のワックスまで頼み、ファッションよりも気を使って整える。
そんな姿を、じっと遠くから見ている男がいた。
「ううん、なんというか……そのぐらいなら俺がやろうか? なあクリス」
「あっ大丈夫。もう終わるから」
没頭するあなたにそうあしらわれる珍しいヴィクトルに、クリスも笑いをこらえ、正面を向いていた。
それから数分して、本当の意味で彼は生まれ変わる。
全身鏡の前に立ったクリスは、完全にあか抜けた自分を見て茫然としていた。
きっちりと分けられていた七三のブロンドが、前髪を軽く上げて自然に流れるスタイルへと変わり、色気を帯びた爽やかな印象に仕上がっている。
「いやあの、髪型ってほんとに大事ですね。僕、良い男過ぎません? ……名無しさん、あなたにお願いして本当によかったです。美容師の資格も持ってるんですか?」
「いえまったくです! 学生時代に演劇部で服以外にもメイクを担当してたんですけど、ほんとにただの素人の趣味なので」
大人の男性の髪を整えるのは、さすがに緊張した。
それでも、ここまで気に入ってもらえたことに、手応えと嬉しさがじんわりと広がる。
「どうですかヴィクトル。もうあなたの横にいても見劣りしませんね。これからは野暮な坊ちゃん風後輩ではなく、厳しめ幹部と肩を並べる若手イケメンビジネスマンですよ!」
「……もう少し格のある表現ないのか? それに俺は別に厳しくないだろう、優しい上司だぞ」
上司の不満げな言葉も耳に入らないほど、クリスの表情は明るく上気していた。その顔には、満足と達成感がはっきりと表れていたのだった。
皆で和気あいあいと彼を祝っていると、マンションのインターホンが突然鳴り響く。
「あっ、来たみたいですね!」
そのままの勢いで飛び出していったのはクリスだ。
あなたもヴィクトルと顔を見合わせ、ちょっぴり緊張してくる。
実は今日はもう一人、訪問客がいるためだった。
