美オヤジを誘って囲われて救われる話
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出張11日目に入ったヴィクトルは、最後の国クロアチアにいた。
ここは東欧最初の開拓地であり、創設六年目となる支社がある。
最も付き合いの長いクライアントとの面談を昨日終え、今日は社長との会合だ。
「おい君。ちょっと匂いが強いんじゃないか」
「そうですか? これ気に入ったんです。あなたもいい香りじゃないですか、いつもと違う感じですね」
高層商業ビルのエレベーター内で、スーツとネクタイをびしっと決めた上司と部下が横並ぶ。
クリスが鼻を効かせると、ヴィクトルは「お守りだよ」と優雅な笑みを見せた。
最上階の高級レストランバーに足を踏み入れれば、にこやかな店員に案内される。
VIP専用の個室では、すでに社長と部下の一人が酒を飲み、上機嫌で待っていた。
「お待たせしてすみません、イゴール」
「いいや先に来て一杯やってたんだよ。昨日の契約延長が無事決まって嬉しくてな」
「ええ。引き続きお力になれるのは光栄です。前回お会いした際は、奥様もご一緒でしたが、お元気ですか」
「ああ、ああ。元気だよ! 君の大ファンになってただろ、今日もここに来るのを抑えるのに必死だったんだ」
彼の豪快な笑い声が響き、皆も笑顔になる。
「さあ乾杯だ、ヴィクトル。君も座ってくれクリス」
「ありがとうございます」
二人は大理石のテーブルをはさんだ正面のソファ席へ腰を下ろした。
高級シャンパンでグラスを掲げ、ムードのある照明の下、男四人で話し込む。
「俺の会社が周辺諸国でここまで発展したのも、ソルヴェンテ社の支援のおかげだ。来年以降は南欧進出も視野に入れている。君達のテリトリーだな。よろしく頼むよ」
「もちろんです。市場調査と現地パートナーの選定は進めています。状況を見て、最適なタイミングで広げていきましょう」
イゴールは衣料品メーカーを一代で築いた社長で、ヴィクトルの一回り上の50代だ。
筋肉質な褐色の腕がポロシャツから伸び、塗り固めた金髪に青い瞳の若々しい男だった。
彼はビジネスの上では豪腕で信頼のおけるパートナーだが、私生活ではやや大胆すぎる性質があった。
「そういえば君、結婚したんだって?」
「いえ、婚約です。気は急いていますけれどね」
「そうかそうか。君もようやく俺達既婚者の世知辛い世界に足を突っ込んだな!」
歯を見せて笑いかけられ、ヴィクトルは苦笑する。
すると社長が内緒話をするように背を丸め、顔を寄せてきた。
「君のメールに驚いたよ。そういう事情があるから、華やかすぎる場は遠慮したいと。なーにを言ってるんだ! 俺はその実直なフリした言葉を、言葉通りフリだと受け取った。ほんとは遊びたいんだろ? 君は俺にそう頼んでいたんだ。出張先という羽目を外せる場でな!」
「え? いやフリじゃないですよ。本音だったんですが。イゴール、まさかここに誰か――」
嫌な予感がしたヴィクトルがふと扉を見やった。
すると社長の部下がすでに待機していて、若くすらっとした女性達をぞろぞろと迎え入れる。金髪二人にブルネット二人の美女軍団だ。
目を引くミニスカートにハイヒールを履き、「こんばんはぁ~」と猫なで声で挨拶してくる。
「あっ、どうしましょうかヴィクトル。ものすごい美人がやってきますよ。仕方ないですね。ここは僕にお任せください」
腕の見せ所だとスーツを正すクリスだが、髪色の異なる二人はすぐにヴィクトルを挟むように座った。
彼に笑顔でお酌をし、逃さないといった雰囲気である。
一瞬白けたクリスだが、もう一人は自分の隣で喋り始めてくれたので彼もスピーディーに対応する。
これはビジネスの一環だ。だからヴィクトルが微笑みを崩すことはなかった。
「今日来てよかったあ~こんなに素敵なお兄さんに出会えるなんて。彼女何人いるんですか?」
「一人ですよ」
「ええーっもったいない! 私も二人目にしてほしいな♡ 現地彼女でいいから♡」
「それは難しいな。一人って決めてるんです」
困り笑顔で相変わらず綺麗に飲む彼は、目線や話す仕草もどことなく距離がある。
社長はそんな様子をしばらくじっと眺めていた。
「どうだヴィクトル、うちの自慢のモデルたちは。気に入った子がいたらゆっくり過ごしてくれてもいいんだぞ」
「とんでもありませんよ。お話するだけで十分です」
「話すだけで十分だと? そんな男がどこにいるんだ! 君は以前もっとノリがよかったじゃないか、まあガードは常に固ったが――」
社長が腕組みしてうなる。彼は毎回ヴィクトルを引きずり込もうとして敵わないため、今回も諦めきれないようだ。
「……楽しく飲んでくれるのは嬉しいが、もう六年目の付き合いになるのに、俺はまだ本当の君を見せてもらっていない気がするんだよな」
彼がしゃがれた声のトーンを低く落としたことに、ヴィクトル達は気づいていた。
とくにクリスは焦った様子で上司を確認している。
しかしヴィクトルは社長に対し、申し訳なさそうに笑みを向けた。
「そうですか? 困ったな。あなたの前でも私は私ですよ」
「本当かい。ならばもっと男と男の付き合いが出来るはずじゃないか? なあ」
社長は強い酒を飲み干し、にやりと圧を強める。
ヴィクトルはそんな彼に思案した後、やがてグラスを置いて顔を上げた。
「ええ、出来るでしょうね」
「……えぇっ!? あの、部長っ?」
近くのクリスが一番驚き、視線で必死にメッセージを送る。
しかし経験豊かな壮年男二人の間には、若手の部下は入り込めないのだ。
「ははは! そうか、やっと分かってくれたか! じゃあどの子がいい? 俺のオススメは一見大人しそうなブルネットのギャルなんだが」
「いえいえ、そちらは大丈夫です」
また希望を砕かれた社長が恨めし気に彼を見て、腕組みを強めた。
「あのな……俺達の求めるものが違うなら、話は難しくなるぞ。君は俺とどう関わりたいんだ」
「私は――イゴール。あなたのことをもっと知ってみたいです」
動じることなく膝の上で指を組んだヴィクトルは、まっさらな表情で彼に告げた。
社長はぴくりと眉を上げ、真意を探ろうとする。
「俺のことだと? 散々話しただろう。学もない元整備工の不良が、独学で起業し小さな会社をここまで成長させた。運よく良い投資を受けてな。よくある話さ。他に何が知りたい」
「あなたの考えですよ。これまで何を大事にしてきて、何を諦めざる得なかったのか。そういった人生観を知りたいですね」
そんなことを飲みの場で言われたことがなかった社長は、一瞬言葉に詰まる。
ヴィクトルがふざけているようには見えなかったのだ。
「つまり、こんな上っ面の交流ではなく、俺ともっと深い関わりをしたいということか」
「ええ、その通りです。あなたさえよければ」
にこりと頼まれて、険しい思案顔を社長は浮かべた。
彼は綺麗にそられた顎を太い指でさすり、じっくりと考え込んだ。
「……ふん。そうか、わかった。なら俺の邸宅へ来い。もっと高次元の話をしようじゃないか」
思いがけぬ提案により、場の空気はがらりと変わったのだった。
二台の高級車が、市内の高級住宅地のゲート内に入っていった。
白い宮殿のような邸宅に横づけられ、男達が降りていく。
だが相手の部下の姿はなく、社長とヴィクトル達だけだ。
以前昼食に招かれた際に使用した、テラスを一望できるダイニングルームを通り、隠し廊下を抜ける。
地下への螺旋階段を下りていくと、社長の最も私的空間であるバールームにたどり着いた。
意外にもシックな内装が気に入ったヴィクトルは、促されて椅子に深く座り、ネクタイを緩める。
緊迫した空気に見舞われるかと思ったが、社長は落ち着いた様子でテーブルに並ぶボトルを示した。
「ほら、自由に飲め。すっかり君もくつろいでるじゃないか」
「ありがとうございます。正直に言うと、ヒヤヒヤしてたんです。あなたの嗜好は大体分かってますからね」
ヴィクトルは苦笑まじりに素直に吐露した。
すると一人掛けのソファに座る社長は片眉を上げ、顔を近づけた。
「そんなに嫁さん怖いのか?」
「はっはっは! いいえまったく。とても優しい方ですよ」
そう明かす彼は、柔らかい表情そのものだった。
その後葉巻を勧められたヴィクトルは、ひじ掛けに腕を置いてゆったりと味わう。
隣のクリスも倣おうとするも、時折むせていた。
「……ふう。まず手始めに、俺も君のことを知りたい。こう言っちゃなんだが、前回会ったときと少し変わったよな」
「分かりますか」
「そうさ。おたくにとっては数あるクライアントのひとつかもしれんがな、こっちはコンサルとの付き合いを重要視してるんだ。六年の付き合いを舐めるなよ」
男二人は不敵な笑み同士で見つめ合った。
「それで、君を変えた女性というのは、どんな人なんだ?」
真向からの質問に対し、ヴィクトルは高揚感をにじませながら、ゆっくりと語り出す。
クリスはそんな上司を生温かい眼差しで見守っていた。
「わかったわかった。君がその子にぞっこんだというのは。彼はいつもこうなのか?」
「はい。最近はこうですね」
部下に答えられても、社長はまだ疑り深い目つきをしている。
彼は煙を長く吐いたあと、独り言のように呟いた。
「まあな。女性という存在は、男にとって大事だ。人生を変えるほどの力をもつ」
彼の静かな語り口に、ヴィクトルも頷く。
それからイゴールがつらつらと聞かせたのは、自身の妻についての話だった。25歳年下の美人で自称元モデルの女性だ。
「最初はささやかな化粧品類だった。彼女にこれが欲しいとねだられてな。俺も上機嫌に、なんだそんなこまごまとしたもの、いくらでも買ってやる、そう笑っていた。――すると数か月後には、月に四百万美容に費やしていた。まあ驚きはしたが、俺の財力なら問題ない範囲だ。君はどうだ、ヴィクトル」
「四百万ですか……少し考える金額ですね」
「そうだろう。美容だけでそれだからな。極上の女でいることはさらに金がかかる」
ヴィクトルは内心そこには同意しなかった。
あなたという存在は、特別なことをしなくとも確固とした価値があるからだ。
「それから彼女は俺に、やれ旅行だの外車だの、国外の別荘や庭園だの、様々なものを要求してきた」
話を真面目に聞いていたクリスが、あっと驚く。
「うわあ、すごいですね。社長は止めなかったのですか?」
「止めないさ。なぜだかわかるか? 俺はな、最初に誓ったんだ。この女性のすべてを引き受け幸せにすると。何が起ころうが一度決めた誓いは男として破ることはない。だから今はほぼ彼女のために社長業をしている。部下にはこんな話言えないが、彼女の存在が、俺が仕事を頑張る理由にもなっているのさ」
「なるほど。素晴らしいお話ですね」
ヴィクトルが感嘆気味にもらすと、クリスは「本当ですか?」と小声で突っ込みを入れた。
「こんな風にな、若い嫁さんをもらうのは大変だという話だ。ヴィクトル、君は俺みたいになったらどうするんだ。女は変わるぞ。年齢でも変わるし、立場でも変わる。変貌していく彼女を愛せるか」
それは自分の経験からくる問いである。
責めや圧力ではなく、後輩への気遣いすら漂っていそうな哀愁の眼差しだ。
だがこの場にいる誰も、そして遠い地で待つ恋人のあなたでさえも、ヴィクトルの底にまである本気度は知らないのかもしれない。
「ええ、当然愛しますよ。人は変わるものだし、俺だって変わるかもしれない。でもきっと彼女は、そんな自分のことも受け止めてくれる、そう信じられる人なんですよ。だから俺も同じことができるんです。……驕りとかではなく、今の自分があるのは、彼女のおかげですからね」
ヴィクトルはそう話すとき、情景を思い浮かべるように穏やかだった。
言葉尻は柔らかく、おそらくビジネスの場では見せたことのない、ふっと出た笑みだ。
それを目の当たりにした男二人は、面食らった様子だった。
「……そうか。なるほどな」
社長はしばし言葉を発するのが遅れたが、立ち上がってヴィクトルに背を向ける。
そして高級酒が並ぶガラス棚から一本のボトルを持ってきて、彼のグラスへ注いでやった。クリスにもだ。
そんな自ら施してくれる姿を見たことのないヴィクトル達は、ありがたく受け取った。
「君は正しいよ、ヴィクトル。こういう話は、あの騒がしい盛り場では、たしかに出来ないよな」
社長はヴィクトルを見つめ、軽くため息を吐く。
しかし席に戻る前には、すでに機嫌は戻っていた。その表情には、家でしか見せない柔らかな笑みが浮かんでいる。
それから若い二人と、より深い乾杯を交わしたのだった。
ここは東欧最初の開拓地であり、創設六年目となる支社がある。
最も付き合いの長いクライアントとの面談を昨日終え、今日は社長との会合だ。
「おい君。ちょっと匂いが強いんじゃないか」
「そうですか? これ気に入ったんです。あなたもいい香りじゃないですか、いつもと違う感じですね」
高層商業ビルのエレベーター内で、スーツとネクタイをびしっと決めた上司と部下が横並ぶ。
クリスが鼻を効かせると、ヴィクトルは「お守りだよ」と優雅な笑みを見せた。
最上階の高級レストランバーに足を踏み入れれば、にこやかな店員に案内される。
VIP専用の個室では、すでに社長と部下の一人が酒を飲み、上機嫌で待っていた。
「お待たせしてすみません、イゴール」
「いいや先に来て一杯やってたんだよ。昨日の契約延長が無事決まって嬉しくてな」
「ええ。引き続きお力になれるのは光栄です。前回お会いした際は、奥様もご一緒でしたが、お元気ですか」
「ああ、ああ。元気だよ! 君の大ファンになってただろ、今日もここに来るのを抑えるのに必死だったんだ」
彼の豪快な笑い声が響き、皆も笑顔になる。
「さあ乾杯だ、ヴィクトル。君も座ってくれクリス」
「ありがとうございます」
二人は大理石のテーブルをはさんだ正面のソファ席へ腰を下ろした。
高級シャンパンでグラスを掲げ、ムードのある照明の下、男四人で話し込む。
「俺の会社が周辺諸国でここまで発展したのも、ソルヴェンテ社の支援のおかげだ。来年以降は南欧進出も視野に入れている。君達のテリトリーだな。よろしく頼むよ」
「もちろんです。市場調査と現地パートナーの選定は進めています。状況を見て、最適なタイミングで広げていきましょう」
イゴールは衣料品メーカーを一代で築いた社長で、ヴィクトルの一回り上の50代だ。
筋肉質な褐色の腕がポロシャツから伸び、塗り固めた金髪に青い瞳の若々しい男だった。
彼はビジネスの上では豪腕で信頼のおけるパートナーだが、私生活ではやや大胆すぎる性質があった。
「そういえば君、結婚したんだって?」
「いえ、婚約です。気は急いていますけれどね」
「そうかそうか。君もようやく俺達既婚者の世知辛い世界に足を突っ込んだな!」
歯を見せて笑いかけられ、ヴィクトルは苦笑する。
すると社長が内緒話をするように背を丸め、顔を寄せてきた。
「君のメールに驚いたよ。そういう事情があるから、華やかすぎる場は遠慮したいと。なーにを言ってるんだ! 俺はその実直なフリした言葉を、言葉通りフリだと受け取った。ほんとは遊びたいんだろ? 君は俺にそう頼んでいたんだ。出張先という羽目を外せる場でな!」
「え? いやフリじゃないですよ。本音だったんですが。イゴール、まさかここに誰か――」
嫌な予感がしたヴィクトルがふと扉を見やった。
すると社長の部下がすでに待機していて、若くすらっとした女性達をぞろぞろと迎え入れる。金髪二人にブルネット二人の美女軍団だ。
目を引くミニスカートにハイヒールを履き、「こんばんはぁ~」と猫なで声で挨拶してくる。
「あっ、どうしましょうかヴィクトル。ものすごい美人がやってきますよ。仕方ないですね。ここは僕にお任せください」
腕の見せ所だとスーツを正すクリスだが、髪色の異なる二人はすぐにヴィクトルを挟むように座った。
彼に笑顔でお酌をし、逃さないといった雰囲気である。
一瞬白けたクリスだが、もう一人は自分の隣で喋り始めてくれたので彼もスピーディーに対応する。
これはビジネスの一環だ。だからヴィクトルが微笑みを崩すことはなかった。
「今日来てよかったあ~こんなに素敵なお兄さんに出会えるなんて。彼女何人いるんですか?」
「一人ですよ」
「ええーっもったいない! 私も二人目にしてほしいな♡ 現地彼女でいいから♡」
「それは難しいな。一人って決めてるんです」
困り笑顔で相変わらず綺麗に飲む彼は、目線や話す仕草もどことなく距離がある。
社長はそんな様子をしばらくじっと眺めていた。
「どうだヴィクトル、うちの自慢のモデルたちは。気に入った子がいたらゆっくり過ごしてくれてもいいんだぞ」
「とんでもありませんよ。お話するだけで十分です」
「話すだけで十分だと? そんな男がどこにいるんだ! 君は以前もっとノリがよかったじゃないか、まあガードは常に固ったが――」
社長が腕組みしてうなる。彼は毎回ヴィクトルを引きずり込もうとして敵わないため、今回も諦めきれないようだ。
「……楽しく飲んでくれるのは嬉しいが、もう六年目の付き合いになるのに、俺はまだ本当の君を見せてもらっていない気がするんだよな」
彼がしゃがれた声のトーンを低く落としたことに、ヴィクトル達は気づいていた。
とくにクリスは焦った様子で上司を確認している。
しかしヴィクトルは社長に対し、申し訳なさそうに笑みを向けた。
「そうですか? 困ったな。あなたの前でも私は私ですよ」
「本当かい。ならばもっと男と男の付き合いが出来るはずじゃないか? なあ」
社長は強い酒を飲み干し、にやりと圧を強める。
ヴィクトルはそんな彼に思案した後、やがてグラスを置いて顔を上げた。
「ええ、出来るでしょうね」
「……えぇっ!? あの、部長っ?」
近くのクリスが一番驚き、視線で必死にメッセージを送る。
しかし経験豊かな壮年男二人の間には、若手の部下は入り込めないのだ。
「ははは! そうか、やっと分かってくれたか! じゃあどの子がいい? 俺のオススメは一見大人しそうなブルネットのギャルなんだが」
「いえいえ、そちらは大丈夫です」
また希望を砕かれた社長が恨めし気に彼を見て、腕組みを強めた。
「あのな……俺達の求めるものが違うなら、話は難しくなるぞ。君は俺とどう関わりたいんだ」
「私は――イゴール。あなたのことをもっと知ってみたいです」
動じることなく膝の上で指を組んだヴィクトルは、まっさらな表情で彼に告げた。
社長はぴくりと眉を上げ、真意を探ろうとする。
「俺のことだと? 散々話しただろう。学もない元整備工の不良が、独学で起業し小さな会社をここまで成長させた。運よく良い投資を受けてな。よくある話さ。他に何が知りたい」
「あなたの考えですよ。これまで何を大事にしてきて、何を諦めざる得なかったのか。そういった人生観を知りたいですね」
そんなことを飲みの場で言われたことがなかった社長は、一瞬言葉に詰まる。
ヴィクトルがふざけているようには見えなかったのだ。
「つまり、こんな上っ面の交流ではなく、俺ともっと深い関わりをしたいということか」
「ええ、その通りです。あなたさえよければ」
にこりと頼まれて、険しい思案顔を社長は浮かべた。
彼は綺麗にそられた顎を太い指でさすり、じっくりと考え込んだ。
「……ふん。そうか、わかった。なら俺の邸宅へ来い。もっと高次元の話をしようじゃないか」
思いがけぬ提案により、場の空気はがらりと変わったのだった。
二台の高級車が、市内の高級住宅地のゲート内に入っていった。
白い宮殿のような邸宅に横づけられ、男達が降りていく。
だが相手の部下の姿はなく、社長とヴィクトル達だけだ。
以前昼食に招かれた際に使用した、テラスを一望できるダイニングルームを通り、隠し廊下を抜ける。
地下への螺旋階段を下りていくと、社長の最も私的空間であるバールームにたどり着いた。
意外にもシックな内装が気に入ったヴィクトルは、促されて椅子に深く座り、ネクタイを緩める。
緊迫した空気に見舞われるかと思ったが、社長は落ち着いた様子でテーブルに並ぶボトルを示した。
「ほら、自由に飲め。すっかり君もくつろいでるじゃないか」
「ありがとうございます。正直に言うと、ヒヤヒヤしてたんです。あなたの嗜好は大体分かってますからね」
ヴィクトルは苦笑まじりに素直に吐露した。
すると一人掛けのソファに座る社長は片眉を上げ、顔を近づけた。
「そんなに嫁さん怖いのか?」
「はっはっは! いいえまったく。とても優しい方ですよ」
そう明かす彼は、柔らかい表情そのものだった。
その後葉巻を勧められたヴィクトルは、ひじ掛けに腕を置いてゆったりと味わう。
隣のクリスも倣おうとするも、時折むせていた。
「……ふう。まず手始めに、俺も君のことを知りたい。こう言っちゃなんだが、前回会ったときと少し変わったよな」
「分かりますか」
「そうさ。おたくにとっては数あるクライアントのひとつかもしれんがな、こっちはコンサルとの付き合いを重要視してるんだ。六年の付き合いを舐めるなよ」
男二人は不敵な笑み同士で見つめ合った。
「それで、君を変えた女性というのは、どんな人なんだ?」
真向からの質問に対し、ヴィクトルは高揚感をにじませながら、ゆっくりと語り出す。
クリスはそんな上司を生温かい眼差しで見守っていた。
「わかったわかった。君がその子にぞっこんだというのは。彼はいつもこうなのか?」
「はい。最近はこうですね」
部下に答えられても、社長はまだ疑り深い目つきをしている。
彼は煙を長く吐いたあと、独り言のように呟いた。
「まあな。女性という存在は、男にとって大事だ。人生を変えるほどの力をもつ」
彼の静かな語り口に、ヴィクトルも頷く。
それからイゴールがつらつらと聞かせたのは、自身の妻についての話だった。25歳年下の美人で自称元モデルの女性だ。
「最初はささやかな化粧品類だった。彼女にこれが欲しいとねだられてな。俺も上機嫌に、なんだそんなこまごまとしたもの、いくらでも買ってやる、そう笑っていた。――すると数か月後には、月に四百万美容に費やしていた。まあ驚きはしたが、俺の財力なら問題ない範囲だ。君はどうだ、ヴィクトル」
「四百万ですか……少し考える金額ですね」
「そうだろう。美容だけでそれだからな。極上の女でいることはさらに金がかかる」
ヴィクトルは内心そこには同意しなかった。
あなたという存在は、特別なことをしなくとも確固とした価値があるからだ。
「それから彼女は俺に、やれ旅行だの外車だの、国外の別荘や庭園だの、様々なものを要求してきた」
話を真面目に聞いていたクリスが、あっと驚く。
「うわあ、すごいですね。社長は止めなかったのですか?」
「止めないさ。なぜだかわかるか? 俺はな、最初に誓ったんだ。この女性のすべてを引き受け幸せにすると。何が起ころうが一度決めた誓いは男として破ることはない。だから今はほぼ彼女のために社長業をしている。部下にはこんな話言えないが、彼女の存在が、俺が仕事を頑張る理由にもなっているのさ」
「なるほど。素晴らしいお話ですね」
ヴィクトルが感嘆気味にもらすと、クリスは「本当ですか?」と小声で突っ込みを入れた。
「こんな風にな、若い嫁さんをもらうのは大変だという話だ。ヴィクトル、君は俺みたいになったらどうするんだ。女は変わるぞ。年齢でも変わるし、立場でも変わる。変貌していく彼女を愛せるか」
それは自分の経験からくる問いである。
責めや圧力ではなく、後輩への気遣いすら漂っていそうな哀愁の眼差しだ。
だがこの場にいる誰も、そして遠い地で待つ恋人のあなたでさえも、ヴィクトルの底にまである本気度は知らないのかもしれない。
「ええ、当然愛しますよ。人は変わるものだし、俺だって変わるかもしれない。でもきっと彼女は、そんな自分のことも受け止めてくれる、そう信じられる人なんですよ。だから俺も同じことができるんです。……驕りとかではなく、今の自分があるのは、彼女のおかげですからね」
ヴィクトルはそう話すとき、情景を思い浮かべるように穏やかだった。
言葉尻は柔らかく、おそらくビジネスの場では見せたことのない、ふっと出た笑みだ。
それを目の当たりにした男二人は、面食らった様子だった。
「……そうか。なるほどな」
社長はしばし言葉を発するのが遅れたが、立ち上がってヴィクトルに背を向ける。
そして高級酒が並ぶガラス棚から一本のボトルを持ってきて、彼のグラスへ注いでやった。クリスにもだ。
そんな自ら施してくれる姿を見たことのないヴィクトル達は、ありがたく受け取った。
「君は正しいよ、ヴィクトル。こういう話は、あの騒がしい盛り場では、たしかに出来ないよな」
社長はヴィクトルを見つめ、軽くため息を吐く。
しかし席に戻る前には、すでに機嫌は戻っていた。その表情には、家でしか見せない柔らかな笑みが浮かんでいる。
それから若い二人と、より深い乾杯を交わしたのだった。
