美オヤジを誘って囲われて救われる話
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年が明けて、街も生活もすっかり日常に戻っていた。
あなたにとってはヴィクトルの出張まで残り数日となり、気持ちは慌ただしい。
けれど問題は彼のほうで、日に日にため息が増え、あなたに近く寄り添って過ごすことが多くなった。
「ああ、行きたくない」
「ちょっとヴィクトル。大丈夫?」
「大丈夫に見えるかい」
あなたがくすりと笑ってしまいそうな顔で首を振ると、彼は感情に押され、また腕を伸ばして抱きしめてくる。
高級マンションの丸い白ソファで、最近は会うたびにずっとくっついていた。
「自分がこんなに情けない男だとはね。きっと君も呆れてるだろう」
「ううん。可愛いよ。……ふふっ」
「余裕だなぁ名無しちゃんは。俺はこれほど寂しいというのに」
確かにヴィクトルが愚痴をこぼし、完璧でない姿を晒すのは珍しい。
だからこそ、なんだか親近感がわいて愛しい想いがつのってくるのだ。
「じゃあしょうがないなぁ。ずっと寂しがってるヴィクトルに、私から――」
あなたは突然彼に笑顔を向け、なにかを言おうとした。
もちろん自分だって彼としばらく会えないのは痛恨の極みだ。
だが今日ずっとポケットに忍ばせていた特別な品をプレゼントすれば、彼も元気が出るかもしれない。
そしてそれは、離れていても絆をいっそう強めるスペシャルアイテムになってくれるだろう。
――そんなふうに考えていたのだが。
「ん? どうしたの名無しちゃん。止まっちゃった?」
彼にきょとんとした顔つきで見つめられて、あなたは静止した。
よくよく考えてみれば、ここは素晴らしい家だが、今気軽に渡す場面ではないのではないか。
「いやっ……えっと…っ」
ヴィクトルの優美な瞳に微笑まれるうちに、さあっと現実に返ってきた。
あなたは立ち上がり、右往左往し始める。
「……そうだ! どこか、ええと、レストラン行こう! そうしよう!」
「えっ? デリバリー取るんだと思ったけど、そのほうがいいかな」
「うん! 待って、今調べるから――」
急な方向転換でスマホを取り出し、休日に飛び込めそうなお洒落めレストランを探すが、すぐ見つかるわけがない。
焦っているとヴィクトルがあなたの頬に割り込むようにキスをした。
「あの中華屋に行こうか。電話で聞いてみるよ」
「ほんと? いいのっ?」
「もちろんさ」
結局彼にお世話になってしまい、正直恥ずかしくなったが、助け船に感謝した。
あそこは二人の思い出の地でもあるし、飛び入りでも受け入れてくれるかもしれない。
恥を忍んでヴィクトルに任せ、あなたは洗面所に駆け込んでメイクアップをした。いつもより気合を入れる。
すると彼が予約を取れたと教えに来てくれて、そのままあなたの様子を珍しそうに眺めてきた。
「どうしたの、そんなにおしゃれして。すでに可愛いのに」
「ありがとう! ヴィクトルもいつも格好いいけど今日ちょっとお洒落してね!」
「ええ? うん、わかったよ」
彼が若干首を傾げたのであなたは焦り振り向いた。
「あれだよ、今日最後の会える日だから、特別だもんね」
「……ちょっと。最後とか言わないでくれるかい? 悲しくなってくるだろう」
「ごめんごめん、うそ!」
あなたがパニックの中いつもより適当に反応してしまうと、彼は去り際にくすくすと笑っていた。
ああ、こんなはずじゃなかったのに。
どうして自分は行き当たりばったりでバカなのだろう。
反省しながらもなんとか服とメイクを可愛く仕上げることが出来た。
一時間後、ヴィクトルと一緒に街の中心部にある本格的な中華レストランへやって来た。
淡い照明や壁紙、テーブルと椅子もモダンな店内は落ち着いた雰囲気だ。
ここへ来たのはまだ数回だが、彼の顔見知りの店主に案内され、二人は外の景色がのぞめる特別席へ案内された。
「わあ、またここ座らせてもらっていいんですか?」
「もちろんだよ名無しさん。お二人はもううちのVIPだからねえ。今夜も特別な夜になりますように」
中年のヤンさんは気さくにそう言ってくれ、あなた達は心が躍る気分で顔を見合わせた。
家庭料理を洗練された味と盛り付けで彩った品々に魅了され、グラスを傾けて乾杯もする。
あなたはクールな濃いジャケット姿のヴィクトルに見とれていた。
彼はいつどんな時でも素敵だ。本当にこの人と、自分は将来を共に過ごせるんだな。
そう考えるだけでいまだに夢心地になってしまうが、指に光る指輪に視線を落とすと、おのずと勇気がわいてくる。
「美味しかったね。やっぱりここの餃子は最高だな。あの辛いスープも」
「ほんとほんと。満足したら熱くなってきちゃった。ちょっと外出ようか」
あなたはなるべく自然に彼を外のテラスに誘い出した。
コートを羽織り、少し丘になっているこの場所から遠くの街の夜景を見やる。
レストランの提灯のような照明が二人をキラキラと照らしていた。
あなたの口数が少なくなるとヴィクトルがふと笑いかける。
「思い出すな、ここで君に初めて交際を申し込んだこと。覚えてる?」
「もちろん! 絶対忘れないよ。嬉しかった……でもあの時、ちゃんと返事できなかったね。申し訳なかったな」
「いやいや、俺が焦っちゃったからね。どうしても君の手を、自分の手に繋いでおきたくてさ」
彼がせつなげな眼差しで瞳を細め、あなたの頬に指先をそっと触れさせる。
自然に顔が近づき、目を閉じて彼のキスを受け入れた。
再び視界が開けたときには、彼の照れた顔が優しく見下ろしてくれていた。
心が鼓動を鳴らす。
心はいつも彼を求めている。
自分もヴィクトルの手を一生離したくないと、この胸に願った。
「ヴィクトル、あのね、渡したいものがあるんだ」
あなたが思いきって切り出すと、彼は一瞬目を丸くした。
その隙にコートのポケットから少し大きめの四角い群青色の箱を取り出す。
「これは私からの婚約の証だよ。ヴィクトルに素敵な指輪をいただいたから、お返しなんだけど、受け取ってもらえると嬉しいな。……えっと、あの、結婚してからもずっとずっと一緒にいてください!」
声を大きめにして頭をぺこりと下げた。両手で差し出した箱が、しばらく宙に浮いていてあなたは恐る恐る顔を上げる。
すると信じられない光景が待っていた。
立ち尽くすヴィクトルの瞳から、一粒の涙が頬を伝ったのだ。
「えっ…? 泣いてる、ヴィクトル! 泣かないで!」
「うん、ごめん、油断した」
彼はさっと指で拭い、あなたをすぐに力いっぱい抱きしめた。
「ありがとう……まさか今日いきなりこんなことをしてもらうとは……感動しすぎて言葉が飛んだんだ」
「……本当?」
尋ねると彼は頷いた。その表情はとろけそうに温かく、完全に素になっている柔らかい笑みを広げて。
二人の胸の間にある箱を、彼がとても大切なものとして丁寧に受け取る。
「俺にくれるの? こんなに素晴らしい特別な贈り物は初めてだよ」
「ふふ、嬉しいな。でもまだ中見てないよ。気に入るかな」
「気に入るに決まってるよ。……ああ、すごく素敵な指輪だ……」
彼は瞳に輝きを浮かばせて見入り、感嘆の声をもらす。
あなたが贈ったのは、自分の勤めるブティックと提携するジュエリーアーティストの作品で、数点しか作られないものだ。
男物の指輪は太めのゴールドで、美しい曲線から導かれる四角い台座には、光を当てるとわずかに青みがかる黒の宝石が眠っていた。
存在感は豊かだが悪目立ちせず、ヴィクトルほどオーラがある人ならばアクセサリーに負けることもなく、むしろぴったりだと思った。
そう説明すると彼も心から喜んでくれた。
あなたは了解を取り薬指にはめる。大きな手のしなやかな指に悠然と輝く姿を見て、自分も感動に包まれた。
「わあ、なんて素敵なんだ……。こんなに美しく繊細で、かつ威厳にあふれた指輪に俺もふさわしくなれてるかな?」
「もうなってるよ、ものすごく似合ってる!」
「そうかい? 嬉しいよ、本当にありがとうね。俺の名無しちゃん」
感情が抑えきれないヴィクトルにぎゅうっと抱きしめられて、あなたは胸板にもぐりこみ幸福を感じる。
こんなに喜んでもらえてよかった……そう心から安心した。
しばらくその場で佇んでいると、彼が目尻を下げて手を眺めながらこう言った。
「これでちょっとだけ離れ離れになっても、心の支えがもうひとつ出来たな」
「えっ? もしかして旅行に持ってくの?」
「そうさ、当然だよ」
「ええ! それ仕事中というかスーツでも大丈夫なの? 結構目立ちそう、ヴィクトル余計にモデルみたいに見えちゃうよ」
あなたが仕事モードの彼の周囲の環境を懸念すると、彼は楽しそうに笑った。
「全然大丈夫だよ。装飾品も自由だし、この指輪は俺の婚約指輪なんだから。もちろん肌身離さずつけるつもりだよ」
にこっとウインクされてあなたのほうが赤く照れてしまった。
確かに彼ならば、何を身に着けても似合うだろうし違和感もない。
自分のものにしてしまう説得力が備わっているからだ。
「すごい嬉しいけど……でも気を付けてね、環境優先で大丈夫だからね」
「いやだ。絶対つける」
「嫌だってねえもう……意外なとこで頑固だなぁ」
二人が芝居がかったやり取りをすると、どちらともなく吹き出し、外で明るい笑いが生まれた。
こうして無事に婚約の証をお返しできて、安心感がわいたのだが。同時に潜んでいたある思いが去来する。
「そっかぁ……ヴィクトルもうすぐいないんだ。あと三日で……なんか寂しくなってきた。急に現実が……」
「そうだよ。だからずっと言ってるだろう?」
「うん……やだ、寂しいよ! いかないで!」
「わかった、じゃあ行かない」
「ちょっ、ダメだよそんなの、仕事でしょう!」
「じゃあ俺どうすればいいの?」
あなたは半分冗談のつもりだったが、彼に眉を下げられて見つめられる。
なので思わず柔らかい黒髪に手を伸ばした。
愛しい思いをこめて撫でていると、遠くの屋内のガラス扉がコンコンとたたかれる。
ひょっこり顔を出していたのは、にんまりした中肉中背の店主だ。
「お二人さん、お邪魔して悪いね」
「なんだいヤンさん。今すごく大事な話の途中でね」
「ごめんごめん。婚約を祝してちょっとしたケーキ用意したよ。食べる?」
「おっ本当に? それはありがたいな。さすが格別なお店だ。頂こうか名無しちゃん」
「わあぁ頂きたい、ありがとうございますヤンさん!」
二人の堂々巡りかつ熱いやり取りはこうしてひとまず中断された。
そのあとは可愛らしい飾りつけのケーキをぞんぶんに味わい、仲良く家路へと帰っていった。
あなたにとってはヴィクトルの出張まで残り数日となり、気持ちは慌ただしい。
けれど問題は彼のほうで、日に日にため息が増え、あなたに近く寄り添って過ごすことが多くなった。
「ああ、行きたくない」
「ちょっとヴィクトル。大丈夫?」
「大丈夫に見えるかい」
あなたがくすりと笑ってしまいそうな顔で首を振ると、彼は感情に押され、また腕を伸ばして抱きしめてくる。
高級マンションの丸い白ソファで、最近は会うたびにずっとくっついていた。
「自分がこんなに情けない男だとはね。きっと君も呆れてるだろう」
「ううん。可愛いよ。……ふふっ」
「余裕だなぁ名無しちゃんは。俺はこれほど寂しいというのに」
確かにヴィクトルが愚痴をこぼし、完璧でない姿を晒すのは珍しい。
だからこそ、なんだか親近感がわいて愛しい想いがつのってくるのだ。
「じゃあしょうがないなぁ。ずっと寂しがってるヴィクトルに、私から――」
あなたは突然彼に笑顔を向け、なにかを言おうとした。
もちろん自分だって彼としばらく会えないのは痛恨の極みだ。
だが今日ずっとポケットに忍ばせていた特別な品をプレゼントすれば、彼も元気が出るかもしれない。
そしてそれは、離れていても絆をいっそう強めるスペシャルアイテムになってくれるだろう。
――そんなふうに考えていたのだが。
「ん? どうしたの名無しちゃん。止まっちゃった?」
彼にきょとんとした顔つきで見つめられて、あなたは静止した。
よくよく考えてみれば、ここは素晴らしい家だが、今気軽に渡す場面ではないのではないか。
「いやっ……えっと…っ」
ヴィクトルの優美な瞳に微笑まれるうちに、さあっと現実に返ってきた。
あなたは立ち上がり、右往左往し始める。
「……そうだ! どこか、ええと、レストラン行こう! そうしよう!」
「えっ? デリバリー取るんだと思ったけど、そのほうがいいかな」
「うん! 待って、今調べるから――」
急な方向転換でスマホを取り出し、休日に飛び込めそうなお洒落めレストランを探すが、すぐ見つかるわけがない。
焦っているとヴィクトルがあなたの頬に割り込むようにキスをした。
「あの中華屋に行こうか。電話で聞いてみるよ」
「ほんと? いいのっ?」
「もちろんさ」
結局彼にお世話になってしまい、正直恥ずかしくなったが、助け船に感謝した。
あそこは二人の思い出の地でもあるし、飛び入りでも受け入れてくれるかもしれない。
恥を忍んでヴィクトルに任せ、あなたは洗面所に駆け込んでメイクアップをした。いつもより気合を入れる。
すると彼が予約を取れたと教えに来てくれて、そのままあなたの様子を珍しそうに眺めてきた。
「どうしたの、そんなにおしゃれして。すでに可愛いのに」
「ありがとう! ヴィクトルもいつも格好いいけど今日ちょっとお洒落してね!」
「ええ? うん、わかったよ」
彼が若干首を傾げたのであなたは焦り振り向いた。
「あれだよ、今日最後の会える日だから、特別だもんね」
「……ちょっと。最後とか言わないでくれるかい? 悲しくなってくるだろう」
「ごめんごめん、うそ!」
あなたがパニックの中いつもより適当に反応してしまうと、彼は去り際にくすくすと笑っていた。
ああ、こんなはずじゃなかったのに。
どうして自分は行き当たりばったりでバカなのだろう。
反省しながらもなんとか服とメイクを可愛く仕上げることが出来た。
一時間後、ヴィクトルと一緒に街の中心部にある本格的な中華レストランへやって来た。
淡い照明や壁紙、テーブルと椅子もモダンな店内は落ち着いた雰囲気だ。
ここへ来たのはまだ数回だが、彼の顔見知りの店主に案内され、二人は外の景色がのぞめる特別席へ案内された。
「わあ、またここ座らせてもらっていいんですか?」
「もちろんだよ名無しさん。お二人はもううちのVIPだからねえ。今夜も特別な夜になりますように」
中年のヤンさんは気さくにそう言ってくれ、あなた達は心が躍る気分で顔を見合わせた。
家庭料理を洗練された味と盛り付けで彩った品々に魅了され、グラスを傾けて乾杯もする。
あなたはクールな濃いジャケット姿のヴィクトルに見とれていた。
彼はいつどんな時でも素敵だ。本当にこの人と、自分は将来を共に過ごせるんだな。
そう考えるだけでいまだに夢心地になってしまうが、指に光る指輪に視線を落とすと、おのずと勇気がわいてくる。
「美味しかったね。やっぱりここの餃子は最高だな。あの辛いスープも」
「ほんとほんと。満足したら熱くなってきちゃった。ちょっと外出ようか」
あなたはなるべく自然に彼を外のテラスに誘い出した。
コートを羽織り、少し丘になっているこの場所から遠くの街の夜景を見やる。
レストランの提灯のような照明が二人をキラキラと照らしていた。
あなたの口数が少なくなるとヴィクトルがふと笑いかける。
「思い出すな、ここで君に初めて交際を申し込んだこと。覚えてる?」
「もちろん! 絶対忘れないよ。嬉しかった……でもあの時、ちゃんと返事できなかったね。申し訳なかったな」
「いやいや、俺が焦っちゃったからね。どうしても君の手を、自分の手に繋いでおきたくてさ」
彼がせつなげな眼差しで瞳を細め、あなたの頬に指先をそっと触れさせる。
自然に顔が近づき、目を閉じて彼のキスを受け入れた。
再び視界が開けたときには、彼の照れた顔が優しく見下ろしてくれていた。
心が鼓動を鳴らす。
心はいつも彼を求めている。
自分もヴィクトルの手を一生離したくないと、この胸に願った。
「ヴィクトル、あのね、渡したいものがあるんだ」
あなたが思いきって切り出すと、彼は一瞬目を丸くした。
その隙にコートのポケットから少し大きめの四角い群青色の箱を取り出す。
「これは私からの婚約の証だよ。ヴィクトルに素敵な指輪をいただいたから、お返しなんだけど、受け取ってもらえると嬉しいな。……えっと、あの、結婚してからもずっとずっと一緒にいてください!」
声を大きめにして頭をぺこりと下げた。両手で差し出した箱が、しばらく宙に浮いていてあなたは恐る恐る顔を上げる。
すると信じられない光景が待っていた。
立ち尽くすヴィクトルの瞳から、一粒の涙が頬を伝ったのだ。
「えっ…? 泣いてる、ヴィクトル! 泣かないで!」
「うん、ごめん、油断した」
彼はさっと指で拭い、あなたをすぐに力いっぱい抱きしめた。
「ありがとう……まさか今日いきなりこんなことをしてもらうとは……感動しすぎて言葉が飛んだんだ」
「……本当?」
尋ねると彼は頷いた。その表情はとろけそうに温かく、完全に素になっている柔らかい笑みを広げて。
二人の胸の間にある箱を、彼がとても大切なものとして丁寧に受け取る。
「俺にくれるの? こんなに素晴らしい特別な贈り物は初めてだよ」
「ふふ、嬉しいな。でもまだ中見てないよ。気に入るかな」
「気に入るに決まってるよ。……ああ、すごく素敵な指輪だ……」
彼は瞳に輝きを浮かばせて見入り、感嘆の声をもらす。
あなたが贈ったのは、自分の勤めるブティックと提携するジュエリーアーティストの作品で、数点しか作られないものだ。
男物の指輪は太めのゴールドで、美しい曲線から導かれる四角い台座には、光を当てるとわずかに青みがかる黒の宝石が眠っていた。
存在感は豊かだが悪目立ちせず、ヴィクトルほどオーラがある人ならばアクセサリーに負けることもなく、むしろぴったりだと思った。
そう説明すると彼も心から喜んでくれた。
あなたは了解を取り薬指にはめる。大きな手のしなやかな指に悠然と輝く姿を見て、自分も感動に包まれた。
「わあ、なんて素敵なんだ……。こんなに美しく繊細で、かつ威厳にあふれた指輪に俺もふさわしくなれてるかな?」
「もうなってるよ、ものすごく似合ってる!」
「そうかい? 嬉しいよ、本当にありがとうね。俺の名無しちゃん」
感情が抑えきれないヴィクトルにぎゅうっと抱きしめられて、あなたは胸板にもぐりこみ幸福を感じる。
こんなに喜んでもらえてよかった……そう心から安心した。
しばらくその場で佇んでいると、彼が目尻を下げて手を眺めながらこう言った。
「これでちょっとだけ離れ離れになっても、心の支えがもうひとつ出来たな」
「えっ? もしかして旅行に持ってくの?」
「そうさ、当然だよ」
「ええ! それ仕事中というかスーツでも大丈夫なの? 結構目立ちそう、ヴィクトル余計にモデルみたいに見えちゃうよ」
あなたが仕事モードの彼の周囲の環境を懸念すると、彼は楽しそうに笑った。
「全然大丈夫だよ。装飾品も自由だし、この指輪は俺の婚約指輪なんだから。もちろん肌身離さずつけるつもりだよ」
にこっとウインクされてあなたのほうが赤く照れてしまった。
確かに彼ならば、何を身に着けても似合うだろうし違和感もない。
自分のものにしてしまう説得力が備わっているからだ。
「すごい嬉しいけど……でも気を付けてね、環境優先で大丈夫だからね」
「いやだ。絶対つける」
「嫌だってねえもう……意外なとこで頑固だなぁ」
二人が芝居がかったやり取りをすると、どちらともなく吹き出し、外で明るい笑いが生まれた。
こうして無事に婚約の証をお返しできて、安心感がわいたのだが。同時に潜んでいたある思いが去来する。
「そっかぁ……ヴィクトルもうすぐいないんだ。あと三日で……なんか寂しくなってきた。急に現実が……」
「そうだよ。だからずっと言ってるだろう?」
「うん……やだ、寂しいよ! いかないで!」
「わかった、じゃあ行かない」
「ちょっ、ダメだよそんなの、仕事でしょう!」
「じゃあ俺どうすればいいの?」
あなたは半分冗談のつもりだったが、彼に眉を下げられて見つめられる。
なので思わず柔らかい黒髪に手を伸ばした。
愛しい思いをこめて撫でていると、遠くの屋内のガラス扉がコンコンとたたかれる。
ひょっこり顔を出していたのは、にんまりした中肉中背の店主だ。
「お二人さん、お邪魔して悪いね」
「なんだいヤンさん。今すごく大事な話の途中でね」
「ごめんごめん。婚約を祝してちょっとしたケーキ用意したよ。食べる?」
「おっ本当に? それはありがたいな。さすが格別なお店だ。頂こうか名無しちゃん」
「わあぁ頂きたい、ありがとうございますヤンさん!」
二人の堂々巡りかつ熱いやり取りはこうしてひとまず中断された。
そのあとは可愛らしい飾りつけのケーキをぞんぶんに味わい、仲良く家路へと帰っていった。
