美オヤジを誘って囲われて救われる話
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12月30日、ヴィクトルのマンションに会社の幹部メンバーがやってきた。
玄関扉から最初に現れたのは親友で社長のフロリアンだ。
短い金髪に筋骨隆々な体で、休日のラフなセーター姿の彼は、手土産のビールケース2つを持ち込んだ。
互いにがっちりと友人同士のハグをする。
「調子はどうだ?」
「いいよ。お前はどうだ、フロリアン」
「まあまあだ。酒飲んだらすぐ寝るかもな」
寝不足なのかあくびをしながら彼は中へ入っていった。
ヴィクトルはそんな彼を笑っていたが、次に現れた男を見て大げさに眉を寄せた。
満面の笑みを浮かべる悪友マックスである。
今日は全員スーツではなく普段着だが、彼だけ胸元が開いた派手なシャツを着ている。
香水の匂いもきつく金髪もばっちり固めていて、仲間内でも高い自意識とファッション性を誇る男だ。
「よおヴィクトル」
「ああ。なにを持ってるんだ?」
じろりと見つめる先には、お菓子の箱に似た高級ギフトがある。
ヴィクトルがそれを開けると、綺麗にコンドームの袋が並んでいた。
彼は口元をひくつかせ尋ねた。
「お前はこれが面白いと思っているのか? 」
「はっはっはっは! 俺なりの祝いだろう」
マックスは想像通りの反応をもらい、上機嫌にヴィクトルの肩を叩きリビングに入っていった。
された側には失笑が浮かんでいるが、そこへ無邪気に現れたのが平均身長のミロだ。
茶髪はさらりと艷やかで、細身だがきちんと鍛えている。スーツでない時はスポーティな雰囲気の若々しい男だった。
「ヴィクトル、はい。いつものケバブ。ポテトも買ったよ」
「ああ、ありがとう」
ヴィクトルはそれを受け取り、ミロに自分が抱えた箱を手渡そうとした。「いるか?」と一言つけ加えて。
誰でもいいから処分したかったのだ。
「なにそれ嫌味? 相変わらずくっだらないなぁ、お前らって。少しは成長しろよ」
するとミロは童顔に似合わぬ毒舌を吐き、さっさと行ってしまった。
ヴィクトルには返す言葉もなかった。
まだ続々と男達が現れる。
皺一つないシャツとスラックス姿の理性的な男エリオ。
休日なためオールバックの黒髪は少し崩していたが、キリッとした眼鏡の美男子である。
彼は今のような冗談が嫌いなのでヴィクトルは温かく迎え入れるだけにした。
「やあエリオ。よく来てくれた。入ってくれ」
「ああ。何度来ても良い家だな。これは赤ワインだ。いいやつだから2人で飲んでくれ」
「素晴らしい。ありがとうな」
ヴィクトルは初めてほっとした笑顔を見せる。
エリオは一瞬ヴィクトルの手元の箱に視線をやったが、見て見ぬふりをして中に入っていった。
最後に現れたのは坊主頭のアンドレイである。
彼は玄関扉が隠れるほどの屈強な巨体をカジュアルなダークスーツに包んでいる。
ボート部ではもっとも馬力が必要なミドルのポジションで、大いなる活躍を見せてくれた。
ヴィクトルは手元の箱の行先を諦め、アンドレイに尋ねた。
「アンドレイ。それは何だ?」
「抹茶だ」
「うん、そうか。綺麗な入れ物だな。今抹茶にはまってるのか?」
「そうだ」
めったに表情の変わらない寡黙な友人の背をぽんと叩く。
「じゃあありがたくいただこう。後で飲み方を教えてくれ」
ヴィクトルは親密に彼の肩を抱き、室内へ案内した。
忘年会は例年通り進む。
会社で部下に見せているような、高級スーツに身を包んだスマートな幹部の姿はここにはない。
ひとたびオフィスから出れば、大学時代の元ボートクラブのクルーたちが昔のような雰囲気でリラックスしていた。
「他のメンバーは来れないのか?」
フロリアンがリビングの対面ソファの床にあぐらをかき、ビール瓶を空けて尋ねる。
マックスが向かいのソファの端で、スマホを見下ろしながら頷いた。
「今日は30日だからな。例年より遅くなっちまった。既婚者も多いし、暇なのは俺らだけだ」
そう自虐的に笑っていたが、ミロが乾杯の音頭をとり、ひとまずビール瓶を打ち鳴らした。
ヴィクトルはきちんとオードブルや食事のケータリングを用意している。
だが、後から小綺麗な格好をした金髪の青年が入ってきた。皆より一世代若いクリスである。
彼は両手に下げていた紙袋をテーブルにどさりと置いた。
「あれ、皆さんもう飲んじゃってるんですか? 僕のことも待ってくださいよ」
「ああクリス。助かるよ。俺の用意だけじゃ足りそうになくてな」
「そりゃそうですよ。このぐらいならうちの兄貴だけで食べれますって」
弟の登場をいち早く喜んだのは兄のフロリアンである。
「おおクリス! 頼んだチキン持ってきてくれたか?」
「持ってきたよ。激辛だろう? でもあんまり食べるとお腹痛くなるよ兄貴」
「ははっ! 俺を見くびるなよ。今日ぐらい好きなもん食わしてくれ」
普段は力強いリーダーシップを発揮するフロリアンの子供じみた台詞を、皆はからかいまじりに笑った。
兄弟も揃い、賑やかな宴会が始まる。
特に新しいこともなく、皆もういい年なので飲食も落ち着いている。
ヴィクトルが自分のペースで飲んでいると、近くにマックスが移動してきた。
「ヴィクトル。例の件のことだ」
「ああ、どうなった」
「法務部に報告して、厳重注意に留まったぜ。初犯だし、内部で起きたことではあるが、対象は社外の人間だからな。二度はないだろうと判断された」
「そうだな⋯⋯」
ヴィクトルは冷静に答えたが、あなたに暴言を幾度となく吐いたミーガン・ホランドのことを思い出しただけで、虫唾が走っていた。
「あいつも中々仕事は出来たんだがなぁ。まあ出世は消えたな。この件を他の社員は知らなくても、俺ら幹部は共有してる。これからどうするかも自分で決めるだろ」
自分の部下について、営業部長のマックスは顎をさすりながら、さほど興味のなさそうに話した。
ヴィクトルもあの女性社員の進退には無関心だ。ただあなたに近づくことはもうないし、自分が目を合わすこともない。
それだけのことだった。
会が進んでいくと、恒例のミロによる大学当時のボート部映像上映会が始まる。
何度も見飽きた試合の様子が、照明を落としたリビングの巨大なテレビに映し出され、ミロは歓声を上げ、周りの皆がそれに付き合わされる。
そんないつもの光景の中、ヴィクトルは床に移動し、親友のフロリアンと酒を酌み交わしていた。
「その後、名無しさんはどうだ? 大丈夫か」
「ああ。元気そうにしてくれてるよ」
「そうか。⋯⋯俺もな、うちの会社からそんな人間が出たことが残念でならないんだ」
「俺もだよ」
フロリアンが隣の沈んだ背を叩いた。
「お前のせいじゃない。社内全体の問題だ」
「ああ⋯⋯そうとも言えるな。大丈夫だよ。これからは俺が彼女を守るから」
ヴィクトルの表情はまだ浮かないながらも、隣を見やり、少し口元を上げて述べた。
あなたのことを傷つけてしまったことは、一生の悔いとなり残るだろう。二度と起こしてはならない、強い自戒ともなる出来事だ。
しかし二人には、誰にも入り込めない幸福な時間が多々ある。
そしてそれは、必ず未来へと続いていく。
「⋯ん? なんだ? いきなりニヤつきやがって。なにか良いことでもあったのか?」
「別にないさ」
「嘘つけよ。なんだよ教えろ、まったく。⋯⋯ああそうだ、お前来月出張だよな。クリスと一緒に東欧行きの」
急に持ち出された話題に、ヴィクトルも頷いた。
「三社三国だ。結構タイトなスケジュールになりそうでな」
「ああ。一社以外は新しい契約がかかってる。頼んだぞ。クリスのことも」
それが言いたかったのだろうと、やや落ち着かない態度のフロリアンに気づいた。
「心配いらないよ。確かに今回はクリス主導の重要なプロジェクトも含まれている。ここまでの規模は初めてだしな。だが彼はかなり腕がいいんだぞ。期待通りの仕事をしてくれるさ」
2人がちらりと噂のクリスを見ると、マックスに絡まれて嫌そうに文句を言ってるところだった。
それはまるで、大学生だったときに中等科の内気なクリスをいじりまわした不良マックスの姿と重なる。
ヴィクトルとフロリアンは呆れ笑いながらも、酒を飲み続けた。
「あいつは俺よりお前に懐いてるよな。大人になってからはとくにだ。一緒に飲み行ったりな」
「最近は減ったけどな。俺とは綺麗なところで飲んでるぞ。⋯⋯お前には気を使ってるんだろう。社の責任もあるし、結婚したから尚更な」
今度はヴィクトルがフロリアンの肩を慰めるように叩く。
「俺は何も変わってないつもりなんだがなぁ⋯⋯あいつは成長したよな。皆に気配りなんかして」
「ははっ。それもこれも兄貴のためだろ。クリスなりに責任があるんだよ。俺達と一緒に会社を盛り上げようとしてくれてるんだ」
2人は聞こえないように小声で話をし、時折笑みを浮かべていた。
ーーー
さて、時刻はしだいに進み、会の熱気も高まっていく。
ウイスキーを飲んでいたヴィクトルだが、いつもよりペースが早い仲間に囲まれ、この時点でほろ酔いになっていた。
同じく基本的に酒が強いフロリアンは、皆の注意を引きこんなことを言う。
「いいか皆。我がソルヴェンテ社の国内の地盤は固い。来年は北欧に進出するぞ!」
「来年? 来年は明後日からで、もう予定は組まれているぞフロリアン。再来年の間違いじゃないか?」
「あ、そうだった、再来年だ再来年。さすが財務のエリオ、数字に強いな!」
がははと大口で笑う社長に、酒で陽気な皆も笑い出す。
「北欧ねぇ。いいな、北欧美女! 乗ったぜフロリアン! おいヴィクトル、そんときの出張相手は俺で頼む」
「お前は出張を何だと思ってるんだ? 観光してる時間なんてないんだよ」
「そう小言言うなって! 時間はな、あるかないかじゃなくてな、作り出すもんなんだよ! お前が必死こいて名無しちゃんに会いに行ってるようになぁ!」
「はは⋯⋯それもそうだな。別に俺の能力で可能だからで必死なわけじゃないけどな⋯⋯だってな、本当に可愛いんだよ名無しちゃんは⋯⋯」
ソファに座り、緩んだ顔つきで天井を仰き始めるヴィクトルのグラスを取り、ウォッカが入ったショットグラスを持たせるマックス。
飲み干したところを見て彼も膝を叩いて爆笑していた。
「あ〜。なんだか皆きちゃってますねぇ。体育会系のバカさ加減が出てます。さぁエリオ。僕たちは美味しいワインでも開けましょうか。あなた好みの南米ものを持ってきたんですよ」
「いいね。君は観察眼が鋭いな。さあ乾杯しよう。ミロとアンドレイは――まだビデオに夢中だな」
そう言って意外な組み合わせの2人は優雅にワイングラスを傾ける。
唯一ボート部のメンバーではなく、理路整然とした性格も合っていた。
問題はこの後である。
ソファで足を開いてもたれかかるマックスは、つまらなそうに遠くを見つめ出した。
「あー毎年同じ流れで刺激が足んねえなぁ。そうだ、女の子でも呼ぶか」
「⋯⋯やめろ、呼んだことなんかないだろ。ここに入れるなよ」
酔いどれのヴィクトルが目を閉じたまま厳しく反応した。
もう一人ぴくりと耳を立てたのは堅物のアンドレイだ。
「女は呼ぶな。気を使う」
背筋がまっすぐな彼が、ひときわ低い声で述べると皆が一斉に笑った。
「何がおかしい」
「お前が女に気を使ってるとこなんて見たことねーよ! むすっとして無視じゃねえか」
そう突っ込まれ、アンドレイは不本意な顔を向ける。
「そんなことはない。お前のように誰にでもいい顔をしないだけだ、マックス」
「ハハッ。女性全般に優しいと言ってくれないか? 優しさとオープンマインドはな、人付き合いの基本なんだよ」
正論でも誰もマックスに賛同はしない。
ここからは皆だらけてきて、思い思いの行動が目立ち始めた。
「ああ、眠いな⋯⋯名無しちゃん⋯⋯」
「あれえ? ヴィクトル、そこで寝たら邪魔だよ。今から試合の続き見るんだからさ。寝室行って寝てよ」
「ああ⋯⋯」
「えぇ? まだ寝んなよおい! これからだろうが、お前一人だけ年寄りか?」
「リモート続きで疲れてるんだろう。寝かせてやれよ」
おもむろに立ち上がったフロリアンが、長い腕を伸ばして屈伸する。
「じゃあ俺もそろそろ帰らないとな⋯⋯娘たちにもおやすみ言わないと」
「おい正気か? まだ9時過ぎだぞ、今日ぐらいいいだろう! お前の娘たちも小さくて覚えてねえよ献身的なパパの姿なんか」
「ひどいこと言うな! 覚えてるに決まってるだろう、子供の記憶力を舐めるんじゃないぞッ」
カリカリする社長の珍しい姿は皆になだめられ、マックスが責められていた。
フロリアンはその後タクシーを呼び一人で帰っていった。責任感のある家庭人の彼は、ここ数年特にきちんとしている。
ヴィクトルは知らぬ間に寝室へ行き一眠りしてしまったようだ。
リビングには映像に熱中し解説するミロ、それを聞いてやるエリオとアンドレイ。
もう何度も見たビデオに飽き飽きしているクリス。隣でスマホをスワイプし続けているマックスが残された。
「なあお前さ、名無しちゃんの連絡先知ってんだよな?」
「ええ。クリスマス会のときに交換したんですよ。教えませんからね。僕の信用に関わるんで」
「そんなことしねえよ、あいつを怒らせるだろ。だからさ、お前今メッセージおくれよ。よかったら来ませんか?ってな」
「⋯⋯はぁ? あなたどんだけ非常識なんですか? もう夜ですよ! 若い娘さんをこんな暑苦しい男所帯に連れ込むなんてねえ、ヴィクトルが激怒しますよ!」
「いやあいつは嬉しいはずだ、俺に感謝するぜ。それにこの会ももうマンネリなんだよ。いい年したおっさんが過去の栄光と若さにしがみついて孤独をごまかしあってなぁ」
「それあなたが言います?」
暗がりのリビングで二人の押し問答は続くが、矛先が他のメンバーに向けられた。
「なあエリオ。お前もそう思わないか? ゲストが必要だろう」
「まあそうだな。新しい風が入るのはいいことだ。けれどマックス、タイミングがよくないんじゃないか。彼女はきっと無理して来てくれるかもしれない。それは心苦しいよ。今度新しい場を設けるのはどうだい、レストランとかな」
「さすがです、エリオ。アンドレイはどう思いますか?」
「⋯⋯俺はどちらでもいい。どうせ俺の意見など、誰も気にしていない」
「そんな寂しいこと言わずに。ミロは?」
「えっなに? ヴィクトルの彼女? いいねえ! 俺会いたかったんだよ、クリスマス会参加出来なかったからさ。奥さんの実家行ってて」
テレビ前を陣取っている彼が振り返り目を輝かせる。
多数決が効かず渋い顔のクリスだったが、ふっと笑みを浮かべた。
「わかりました。ではヴィクトルに聞きましょうか、最後」
「いいよ起こすなよ! つうかあいつがダメっつっても3対3で同点だから意味ねえぞ? アンドレイはこっちのチームな。ヴィクトルを起こさなきゃこのまま俺たちの勝ちだ!」
「いえ、兄貴は反対ですから」
「汚えぞ、いないやつをいれんな!」
肩を小突かれてもクリスは悪びれず口笛を吹いている。
しかしマックスはそんなことでは折れなかった。
「とにかく聞くだけ聞いてみろ。俺はしつこくはしない。断られたら引くのが俺の強さだからな。ほら聞くだけだって」
クリスが他のメンバーを見回すと、もう話題に飽きて酒を楽しんだり自由だ。
「はあ。わかりましたよ。無茶苦茶なあなたを止めるすべを凡人の僕は持っていません。やっぱりヴィクトルを起こすしか⋯⋯でもあの人、酔うまで飲んだら起きないしなぁ」
そう肩を落としながら、渋々メッセージを打ち始める。律儀な彼は「名無しさん、今年もありがとうございました」から始まる丁寧な文面だ。
数分後、クリスはスマホの画面をマックスに見せた。
「ほらやっぱり。申し訳ないからと断られましたよ。当然ですね」
ぴしゃりと言うと、信じていないマックスはしびれを切らし、彼のスマホを取り上げた。
昔のように低いとこから必死に伸ばされる手を制し、彼はあなたに電話することに成功した。
「あ、もしもし名無しさん? 何してるの?」
彼の完璧な愛想をふりまく営業トークが始まる。
クリスは横でうなだれて顔を押さえる。
「実はヴィクトルが酔っ払っちゃってね、大変なことになってるんだよ。――ああいやいや大丈夫、けど君のことをうわ言のように呼んでいて――」
マックスはそのあともずっと喋っていた。
彼が通話を終えると、にんまりとクリスのほうを向く。
「来るってよ」
「最っ低です! 嘘ですよねそれ!」
「いいかクリス、今のは完全な嘘じゃない。誇張だ」
彼は自信に満ちた眼差しで諭し始める。
「それにな、名無しちゃんは今お友達とその彼氏と忘年会をしてたらしい。後ろで「行く行く!」と喜ぶ声も聞こえたぞ。盛り上がりそうでいいじゃないか、はっはっは!」
「⋯⋯え? 本当ですか? それならいいのかなぁ⋯」
一瞬混乱し、考えることが面倒になったクリスは唸りながら両腕を組む。
家の主ヴィクトルが知らぬ間に、事態は動いていた。
玄関扉から最初に現れたのは親友で社長のフロリアンだ。
短い金髪に筋骨隆々な体で、休日のラフなセーター姿の彼は、手土産のビールケース2つを持ち込んだ。
互いにがっちりと友人同士のハグをする。
「調子はどうだ?」
「いいよ。お前はどうだ、フロリアン」
「まあまあだ。酒飲んだらすぐ寝るかもな」
寝不足なのかあくびをしながら彼は中へ入っていった。
ヴィクトルはそんな彼を笑っていたが、次に現れた男を見て大げさに眉を寄せた。
満面の笑みを浮かべる悪友マックスである。
今日は全員スーツではなく普段着だが、彼だけ胸元が開いた派手なシャツを着ている。
香水の匂いもきつく金髪もばっちり固めていて、仲間内でも高い自意識とファッション性を誇る男だ。
「よおヴィクトル」
「ああ。なにを持ってるんだ?」
じろりと見つめる先には、お菓子の箱に似た高級ギフトがある。
ヴィクトルがそれを開けると、綺麗にコンドームの袋が並んでいた。
彼は口元をひくつかせ尋ねた。
「お前はこれが面白いと思っているのか? 」
「はっはっはっは! 俺なりの祝いだろう」
マックスは想像通りの反応をもらい、上機嫌にヴィクトルの肩を叩きリビングに入っていった。
された側には失笑が浮かんでいるが、そこへ無邪気に現れたのが平均身長のミロだ。
茶髪はさらりと艷やかで、細身だがきちんと鍛えている。スーツでない時はスポーティな雰囲気の若々しい男だった。
「ヴィクトル、はい。いつものケバブ。ポテトも買ったよ」
「ああ、ありがとう」
ヴィクトルはそれを受け取り、ミロに自分が抱えた箱を手渡そうとした。「いるか?」と一言つけ加えて。
誰でもいいから処分したかったのだ。
「なにそれ嫌味? 相変わらずくっだらないなぁ、お前らって。少しは成長しろよ」
するとミロは童顔に似合わぬ毒舌を吐き、さっさと行ってしまった。
ヴィクトルには返す言葉もなかった。
まだ続々と男達が現れる。
皺一つないシャツとスラックス姿の理性的な男エリオ。
休日なためオールバックの黒髪は少し崩していたが、キリッとした眼鏡の美男子である。
彼は今のような冗談が嫌いなのでヴィクトルは温かく迎え入れるだけにした。
「やあエリオ。よく来てくれた。入ってくれ」
「ああ。何度来ても良い家だな。これは赤ワインだ。いいやつだから2人で飲んでくれ」
「素晴らしい。ありがとうな」
ヴィクトルは初めてほっとした笑顔を見せる。
エリオは一瞬ヴィクトルの手元の箱に視線をやったが、見て見ぬふりをして中に入っていった。
最後に現れたのは坊主頭のアンドレイである。
彼は玄関扉が隠れるほどの屈強な巨体をカジュアルなダークスーツに包んでいる。
ボート部ではもっとも馬力が必要なミドルのポジションで、大いなる活躍を見せてくれた。
ヴィクトルは手元の箱の行先を諦め、アンドレイに尋ねた。
「アンドレイ。それは何だ?」
「抹茶だ」
「うん、そうか。綺麗な入れ物だな。今抹茶にはまってるのか?」
「そうだ」
めったに表情の変わらない寡黙な友人の背をぽんと叩く。
「じゃあありがたくいただこう。後で飲み方を教えてくれ」
ヴィクトルは親密に彼の肩を抱き、室内へ案内した。
忘年会は例年通り進む。
会社で部下に見せているような、高級スーツに身を包んだスマートな幹部の姿はここにはない。
ひとたびオフィスから出れば、大学時代の元ボートクラブのクルーたちが昔のような雰囲気でリラックスしていた。
「他のメンバーは来れないのか?」
フロリアンがリビングの対面ソファの床にあぐらをかき、ビール瓶を空けて尋ねる。
マックスが向かいのソファの端で、スマホを見下ろしながら頷いた。
「今日は30日だからな。例年より遅くなっちまった。既婚者も多いし、暇なのは俺らだけだ」
そう自虐的に笑っていたが、ミロが乾杯の音頭をとり、ひとまずビール瓶を打ち鳴らした。
ヴィクトルはきちんとオードブルや食事のケータリングを用意している。
だが、後から小綺麗な格好をした金髪の青年が入ってきた。皆より一世代若いクリスである。
彼は両手に下げていた紙袋をテーブルにどさりと置いた。
「あれ、皆さんもう飲んじゃってるんですか? 僕のことも待ってくださいよ」
「ああクリス。助かるよ。俺の用意だけじゃ足りそうになくてな」
「そりゃそうですよ。このぐらいならうちの兄貴だけで食べれますって」
弟の登場をいち早く喜んだのは兄のフロリアンである。
「おおクリス! 頼んだチキン持ってきてくれたか?」
「持ってきたよ。激辛だろう? でもあんまり食べるとお腹痛くなるよ兄貴」
「ははっ! 俺を見くびるなよ。今日ぐらい好きなもん食わしてくれ」
普段は力強いリーダーシップを発揮するフロリアンの子供じみた台詞を、皆はからかいまじりに笑った。
兄弟も揃い、賑やかな宴会が始まる。
特に新しいこともなく、皆もういい年なので飲食も落ち着いている。
ヴィクトルが自分のペースで飲んでいると、近くにマックスが移動してきた。
「ヴィクトル。例の件のことだ」
「ああ、どうなった」
「法務部に報告して、厳重注意に留まったぜ。初犯だし、内部で起きたことではあるが、対象は社外の人間だからな。二度はないだろうと判断された」
「そうだな⋯⋯」
ヴィクトルは冷静に答えたが、あなたに暴言を幾度となく吐いたミーガン・ホランドのことを思い出しただけで、虫唾が走っていた。
「あいつも中々仕事は出来たんだがなぁ。まあ出世は消えたな。この件を他の社員は知らなくても、俺ら幹部は共有してる。これからどうするかも自分で決めるだろ」
自分の部下について、営業部長のマックスは顎をさすりながら、さほど興味のなさそうに話した。
ヴィクトルもあの女性社員の進退には無関心だ。ただあなたに近づくことはもうないし、自分が目を合わすこともない。
それだけのことだった。
会が進んでいくと、恒例のミロによる大学当時のボート部映像上映会が始まる。
何度も見飽きた試合の様子が、照明を落としたリビングの巨大なテレビに映し出され、ミロは歓声を上げ、周りの皆がそれに付き合わされる。
そんないつもの光景の中、ヴィクトルは床に移動し、親友のフロリアンと酒を酌み交わしていた。
「その後、名無しさんはどうだ? 大丈夫か」
「ああ。元気そうにしてくれてるよ」
「そうか。⋯⋯俺もな、うちの会社からそんな人間が出たことが残念でならないんだ」
「俺もだよ」
フロリアンが隣の沈んだ背を叩いた。
「お前のせいじゃない。社内全体の問題だ」
「ああ⋯⋯そうとも言えるな。大丈夫だよ。これからは俺が彼女を守るから」
ヴィクトルの表情はまだ浮かないながらも、隣を見やり、少し口元を上げて述べた。
あなたのことを傷つけてしまったことは、一生の悔いとなり残るだろう。二度と起こしてはならない、強い自戒ともなる出来事だ。
しかし二人には、誰にも入り込めない幸福な時間が多々ある。
そしてそれは、必ず未来へと続いていく。
「⋯ん? なんだ? いきなりニヤつきやがって。なにか良いことでもあったのか?」
「別にないさ」
「嘘つけよ。なんだよ教えろ、まったく。⋯⋯ああそうだ、お前来月出張だよな。クリスと一緒に東欧行きの」
急に持ち出された話題に、ヴィクトルも頷いた。
「三社三国だ。結構タイトなスケジュールになりそうでな」
「ああ。一社以外は新しい契約がかかってる。頼んだぞ。クリスのことも」
それが言いたかったのだろうと、やや落ち着かない態度のフロリアンに気づいた。
「心配いらないよ。確かに今回はクリス主導の重要なプロジェクトも含まれている。ここまでの規模は初めてだしな。だが彼はかなり腕がいいんだぞ。期待通りの仕事をしてくれるさ」
2人がちらりと噂のクリスを見ると、マックスに絡まれて嫌そうに文句を言ってるところだった。
それはまるで、大学生だったときに中等科の内気なクリスをいじりまわした不良マックスの姿と重なる。
ヴィクトルとフロリアンは呆れ笑いながらも、酒を飲み続けた。
「あいつは俺よりお前に懐いてるよな。大人になってからはとくにだ。一緒に飲み行ったりな」
「最近は減ったけどな。俺とは綺麗なところで飲んでるぞ。⋯⋯お前には気を使ってるんだろう。社の責任もあるし、結婚したから尚更な」
今度はヴィクトルがフロリアンの肩を慰めるように叩く。
「俺は何も変わってないつもりなんだがなぁ⋯⋯あいつは成長したよな。皆に気配りなんかして」
「ははっ。それもこれも兄貴のためだろ。クリスなりに責任があるんだよ。俺達と一緒に会社を盛り上げようとしてくれてるんだ」
2人は聞こえないように小声で話をし、時折笑みを浮かべていた。
ーーー
さて、時刻はしだいに進み、会の熱気も高まっていく。
ウイスキーを飲んでいたヴィクトルだが、いつもよりペースが早い仲間に囲まれ、この時点でほろ酔いになっていた。
同じく基本的に酒が強いフロリアンは、皆の注意を引きこんなことを言う。
「いいか皆。我がソルヴェンテ社の国内の地盤は固い。来年は北欧に進出するぞ!」
「来年? 来年は明後日からで、もう予定は組まれているぞフロリアン。再来年の間違いじゃないか?」
「あ、そうだった、再来年だ再来年。さすが財務のエリオ、数字に強いな!」
がははと大口で笑う社長に、酒で陽気な皆も笑い出す。
「北欧ねぇ。いいな、北欧美女! 乗ったぜフロリアン! おいヴィクトル、そんときの出張相手は俺で頼む」
「お前は出張を何だと思ってるんだ? 観光してる時間なんてないんだよ」
「そう小言言うなって! 時間はな、あるかないかじゃなくてな、作り出すもんなんだよ! お前が必死こいて名無しちゃんに会いに行ってるようになぁ!」
「はは⋯⋯それもそうだな。別に俺の能力で可能だからで必死なわけじゃないけどな⋯⋯だってな、本当に可愛いんだよ名無しちゃんは⋯⋯」
ソファに座り、緩んだ顔つきで天井を仰き始めるヴィクトルのグラスを取り、ウォッカが入ったショットグラスを持たせるマックス。
飲み干したところを見て彼も膝を叩いて爆笑していた。
「あ〜。なんだか皆きちゃってますねぇ。体育会系のバカさ加減が出てます。さぁエリオ。僕たちは美味しいワインでも開けましょうか。あなた好みの南米ものを持ってきたんですよ」
「いいね。君は観察眼が鋭いな。さあ乾杯しよう。ミロとアンドレイは――まだビデオに夢中だな」
そう言って意外な組み合わせの2人は優雅にワイングラスを傾ける。
唯一ボート部のメンバーではなく、理路整然とした性格も合っていた。
問題はこの後である。
ソファで足を開いてもたれかかるマックスは、つまらなそうに遠くを見つめ出した。
「あー毎年同じ流れで刺激が足んねえなぁ。そうだ、女の子でも呼ぶか」
「⋯⋯やめろ、呼んだことなんかないだろ。ここに入れるなよ」
酔いどれのヴィクトルが目を閉じたまま厳しく反応した。
もう一人ぴくりと耳を立てたのは堅物のアンドレイだ。
「女は呼ぶな。気を使う」
背筋がまっすぐな彼が、ひときわ低い声で述べると皆が一斉に笑った。
「何がおかしい」
「お前が女に気を使ってるとこなんて見たことねーよ! むすっとして無視じゃねえか」
そう突っ込まれ、アンドレイは不本意な顔を向ける。
「そんなことはない。お前のように誰にでもいい顔をしないだけだ、マックス」
「ハハッ。女性全般に優しいと言ってくれないか? 優しさとオープンマインドはな、人付き合いの基本なんだよ」
正論でも誰もマックスに賛同はしない。
ここからは皆だらけてきて、思い思いの行動が目立ち始めた。
「ああ、眠いな⋯⋯名無しちゃん⋯⋯」
「あれえ? ヴィクトル、そこで寝たら邪魔だよ。今から試合の続き見るんだからさ。寝室行って寝てよ」
「ああ⋯⋯」
「えぇ? まだ寝んなよおい! これからだろうが、お前一人だけ年寄りか?」
「リモート続きで疲れてるんだろう。寝かせてやれよ」
おもむろに立ち上がったフロリアンが、長い腕を伸ばして屈伸する。
「じゃあ俺もそろそろ帰らないとな⋯⋯娘たちにもおやすみ言わないと」
「おい正気か? まだ9時過ぎだぞ、今日ぐらいいいだろう! お前の娘たちも小さくて覚えてねえよ献身的なパパの姿なんか」
「ひどいこと言うな! 覚えてるに決まってるだろう、子供の記憶力を舐めるんじゃないぞッ」
カリカリする社長の珍しい姿は皆になだめられ、マックスが責められていた。
フロリアンはその後タクシーを呼び一人で帰っていった。責任感のある家庭人の彼は、ここ数年特にきちんとしている。
ヴィクトルは知らぬ間に寝室へ行き一眠りしてしまったようだ。
リビングには映像に熱中し解説するミロ、それを聞いてやるエリオとアンドレイ。
もう何度も見たビデオに飽き飽きしているクリス。隣でスマホをスワイプし続けているマックスが残された。
「なあお前さ、名無しちゃんの連絡先知ってんだよな?」
「ええ。クリスマス会のときに交換したんですよ。教えませんからね。僕の信用に関わるんで」
「そんなことしねえよ、あいつを怒らせるだろ。だからさ、お前今メッセージおくれよ。よかったら来ませんか?ってな」
「⋯⋯はぁ? あなたどんだけ非常識なんですか? もう夜ですよ! 若い娘さんをこんな暑苦しい男所帯に連れ込むなんてねえ、ヴィクトルが激怒しますよ!」
「いやあいつは嬉しいはずだ、俺に感謝するぜ。それにこの会ももうマンネリなんだよ。いい年したおっさんが過去の栄光と若さにしがみついて孤独をごまかしあってなぁ」
「それあなたが言います?」
暗がりのリビングで二人の押し問答は続くが、矛先が他のメンバーに向けられた。
「なあエリオ。お前もそう思わないか? ゲストが必要だろう」
「まあそうだな。新しい風が入るのはいいことだ。けれどマックス、タイミングがよくないんじゃないか。彼女はきっと無理して来てくれるかもしれない。それは心苦しいよ。今度新しい場を設けるのはどうだい、レストランとかな」
「さすがです、エリオ。アンドレイはどう思いますか?」
「⋯⋯俺はどちらでもいい。どうせ俺の意見など、誰も気にしていない」
「そんな寂しいこと言わずに。ミロは?」
「えっなに? ヴィクトルの彼女? いいねえ! 俺会いたかったんだよ、クリスマス会参加出来なかったからさ。奥さんの実家行ってて」
テレビ前を陣取っている彼が振り返り目を輝かせる。
多数決が効かず渋い顔のクリスだったが、ふっと笑みを浮かべた。
「わかりました。ではヴィクトルに聞きましょうか、最後」
「いいよ起こすなよ! つうかあいつがダメっつっても3対3で同点だから意味ねえぞ? アンドレイはこっちのチームな。ヴィクトルを起こさなきゃこのまま俺たちの勝ちだ!」
「いえ、兄貴は反対ですから」
「汚えぞ、いないやつをいれんな!」
肩を小突かれてもクリスは悪びれず口笛を吹いている。
しかしマックスはそんなことでは折れなかった。
「とにかく聞くだけ聞いてみろ。俺はしつこくはしない。断られたら引くのが俺の強さだからな。ほら聞くだけだって」
クリスが他のメンバーを見回すと、もう話題に飽きて酒を楽しんだり自由だ。
「はあ。わかりましたよ。無茶苦茶なあなたを止めるすべを凡人の僕は持っていません。やっぱりヴィクトルを起こすしか⋯⋯でもあの人、酔うまで飲んだら起きないしなぁ」
そう肩を落としながら、渋々メッセージを打ち始める。律儀な彼は「名無しさん、今年もありがとうございました」から始まる丁寧な文面だ。
数分後、クリスはスマホの画面をマックスに見せた。
「ほらやっぱり。申し訳ないからと断られましたよ。当然ですね」
ぴしゃりと言うと、信じていないマックスはしびれを切らし、彼のスマホを取り上げた。
昔のように低いとこから必死に伸ばされる手を制し、彼はあなたに電話することに成功した。
「あ、もしもし名無しさん? 何してるの?」
彼の完璧な愛想をふりまく営業トークが始まる。
クリスは横でうなだれて顔を押さえる。
「実はヴィクトルが酔っ払っちゃってね、大変なことになってるんだよ。――ああいやいや大丈夫、けど君のことをうわ言のように呼んでいて――」
マックスはそのあともずっと喋っていた。
彼が通話を終えると、にんまりとクリスのほうを向く。
「来るってよ」
「最っ低です! 嘘ですよねそれ!」
「いいかクリス、今のは完全な嘘じゃない。誇張だ」
彼は自信に満ちた眼差しで諭し始める。
「それにな、名無しちゃんは今お友達とその彼氏と忘年会をしてたらしい。後ろで「行く行く!」と喜ぶ声も聞こえたぞ。盛り上がりそうでいいじゃないか、はっはっは!」
「⋯⋯え? 本当ですか? それならいいのかなぁ⋯」
一瞬混乱し、考えることが面倒になったクリスは唸りながら両腕を組む。
家の主ヴィクトルが知らぬ間に、事態は動いていた。
