美オヤジを誘って囲われて救われる話
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今夜はヴィクトルの会社のクリスマスパーティーだ。
数日前から緊張していたが、ドレスアップをしてクラッチバッグを持ち、準備万端だった。
ルビーのネックレスに合う深い赤のシルク素材のドレスで、落ち着いたクラシックな装いだ。ゴシックテイストもあり、けっして地味ではない。まるであなたの芯の強さを表すようなオーラを放っている。
実はこれはブティックで選んだもので、あなたの婚約を知ったオーナーが、親友である母と共同で婚約祝いとして贈ってくれた服なのである。
本当にいいのかと尋ねたら、「クリスマス会楽しみなさい。宣伝にもなるでしょ」と商魂逞しい笑顔を向けられ、あなたもそういうことならと、真摯に有り難く受け取った。
母に婚約を教えた際も明るく喜んでくれていた。彼のことを伝える機会が増えたから、きっと周囲もあなたの真剣さをより感じているのだろう。
「よし、着いたよ。大丈夫? 名無しちゃん。自由参加の会だから、いつも通りでいいからね」
「う、うんっ。大丈夫大丈夫」
迎えに来てくれた彼の車から降りるときも、手をもってエスコートされる。全然いつも通りではない。
それに、今日のヴィクトルもなんて素敵なんだろう——。
あなたはグレイの絶妙な濃淡でまとめた彼のスーツ姿に見惚れる。
そこまで気合は入ってないと笑っていたが、ちゃんとあなたに合わせたエレガントな装いだ。
会の雰囲気が分かるように、例年の集合写真を見せてくれた彼の気遣いにも感謝した。
これで浮くことはないだろう——。そう深呼吸をして、あなたは金融街に建つ高層ビルの上階へ一緒に向かった。
ヴィクトルが勤める「ソルヴェンテ・コンサルティング」は、この本社に二百人以上の社員を抱えている。
毎年12月半ばのクリスマス会には半数以上が参加し、残りは自由に冬の休暇を取ったりするようだ。
メインの会場は上層階にあるホールで、そこへ行くまでにも凄い光景が広がっていた。
「うわぁ、美味しそう! これなぁに? プレゼント用みたいになってて可愛い!」
「社員が持ち帰れる食事やケーキだよ。お酒もね。今回もこのビルのビストロが担当していて、たまに昼に食べるんだけど、とっても美味しいんだよ。あとで俺達も持ってこう」
ウインクする彼にあなたは表情が輝く。部下のクリスの話により、密かに食事も楽しみにしていたのだ。
それはドキドキを和らげるための薬でもある。
その場にも思い思いのドレスアップをした社員が集まり、すでに賑やかだった。本当に彼らの家族や配偶者、子供の姿も見られる。
「お母さん、このツリーと写真撮って!」
「いいわよ、あっ、触っちゃ駄目だからね!」
社員らしき女性のそんな声も聞こえてきて、なんだか驚きと微笑ましさがわく。
「名無しちゃんも撮りたい? やたらでかいよな、このツリー」
「はははっ。あとで撮ろっかな」
あなたは天井近くに届く神々しい金色のツリーにぽうっとしてるところを見られ、急に恥ずかしくなってきた。
だがそこへ、とある小柄でふくよかな女性がこちらに優しい眼差しを向けていることに気づく。
「おっ、スザンヌ。こんばんは。君もご主人と一緒かい?」
「ええそうですよ。そちらが名無しさんですか? まあなんて素敵な方」
近づいてきた彼女は彼の秘書らしく、慌てて挨拶したあなたの手を両手でぎゅっと握ってくれた。
「はじめまして、名無しと申します。お会い出来て本当に嬉しいです!」
「私もですよ、とっても光栄です。よろしくお願いしますね。いつもヴィクトルからお話を聞いてるんです」
「ええっそうなんですか?」
どんな話だろうと心臓がバクバクするものの、そばに立つヴィクトルの表情も柔らかい。
ようやくあなたを親しい仕事仲間に紹介できた喜びが伝わる。
「俺も二人が知り合えて嬉しいよ。そうだスザンヌ。ツリーを背景に撮ってくれないか?」
「あらそんなことを? いいですね、ふふふ」
彼女は笑っていたが、赤くなったあなたと一緒に、盛大に飾られたツリーの横に彼は立った。
明らかに周りの皆も興味深そうに見つめている。
「⋯⋯ヴィクトル、大丈夫? そういうキャラじゃないんじゃ⋯」
「えっ。そう? 俺はしゃぎすぎてるかな?」
彼はくつくつと楽しそうに微笑んでいたが、素敵な思い出深い写真を撮れて、本当はすごく嬉しかった。
だからあなたも後で送ってね、と彼に頼んでおいた。
そこでようやくホールへ向かうと思いきや、この男に見つかる。
「ハハハッ。——アッハッハッハ!」
2人を見て爆笑していたのが、中の扉からちょうど出てきたマックスだ。
服装は自由でほぼ普段着の人もいる中、自信のある彼は完璧な攻めたコーディネートである。
金髪は固めて明るめのベージュのスーツ、派手な腕時計も光っている。
「マックスさん! お久しぶりです」
「やあ名無しさん。元気そうだね。そこのお前も⋯⋯っ、くっ、ははははッ」
「笑うんじゃない。彼女とツリーを撮って何が悪い」
開き直ったヴィクトルは彼を嘲笑し、あなたの体を自然に自分のほうへ寄せた。
ニヤニヤしていたマックスは太い腕を組み、あなたに改めて視線を移す。彼の眼差しは爽やかに変わり、ニコリと形作られた。
「今日もすごく素敵だ、美しいよ」
「えっ。ありがとうございます。マックスさんも素敵ですよ。服に全然負けてないですね」
「そうだろ? 俺は常に何物も凌駕してしまうんだ。だから選ぶのも一苦労」
大げさな物言いに笑っているとヴィクトルがこんなことを言った。
「皆来てるのか?」
「おう。だが取り囲んだりしないから安心しろよ。——俺達の仲間も君に会えるの楽しみにしてるよ、名無しさん。図体のでかい俺みたいな奴には注意してね」
思わせぶりな目配せに、あなたはドキッとする。
しかしヴィクトルの仲間の人々に挨拶するのが目的の一つなため、あなたは快く微笑んだ。
ホールの扉を開けると、そこは別世界のようだった。薄暗い中に間接照明やキラキラしたミラーボールが天井にあり、音楽も鳴っている。
音に合わせて年代問わず体を揺らしてる人もいるし、立食形式でビュッフェや飲み物を皆が楽しんでいる。
「わあ、すご〜い! ほんとにここ会社の中なの? ヴィクトル、アットホームって言ってたけど、全然素朴じゃないよ! ナイトクラブみたいだよ!」
「そうだねぇ。今年の担当者は誰だったかな? 少し雰囲気が違うな」
「白々しい。僕ですよヴィクトル」
「えっ!!」
あなたの驚き声に対し後ろから気配なく現れたのは、金髪を上品に横分けにした青年クリスだ。
チェック柄のシャツに鮮やかなスーツをまとい、両手にグラスを持って満面の笑みを浮かべている。
「ああ名無しさん! よくぞ来てくれましたね。僕も本当に嬉しいです。これどうぞ。3人で乾杯しましょう」
「あっどうもクリスさん、お誘いありがとうございます」
スパークリングワインを受け取ったあと、クリスは素早く自分のもテーブルから持ってきて華々しく乾杯をした。
「うん、美味しい〜っ」
「そうでしょう、そうでしょう。どうですか会場の雰囲気。今年は年長者の好みではなく若者に合わせた嗜好を取り入れクラブ化してみたんです」
「なるほど、素敵ですね! 顔があまり見えない感じの照明がとくに気に入りましたよ」
「えっ? そうなの? 暗すぎないかこれ」
「ふふふっ! 分かってませんねヴィクトル。彼女は恥ずかしがり屋なのです。僕の粋な計らいですよ」
自慢げに語る部下にヴィクトルは本当かという顔をする。
「まあいいか。ほら見てごらん、踊ってるのは俺達のような年長者が多いみたいだぞ? 皆楽しんでるようだな。よくやったよ、クリス」
「うーん。褒められるのは嬉しいんですがね、少し思惑と違うような⋯⋯あれ? 見てください、僕の兄貴が踊らされてますよ!」
途端に小気味良く笑い出したクリスにつられ、あなた達はホールの中央を見やる。
すると同年代から上の部下達に、無理やり中に引き入れられてぎこちない動きを披露しているガタイのいい男性がいた。
——もしかして、あの人がヴィクトルの親友の社長?
あなたは目を見開いて釘付けになっていたが、頭上からヴィクトルの「なんだあれ。ダッサいな」という素の鋭いツッコミが落ちる。
クリスはまた腹を抱えながらも、標的をヴィクトルに定めたようだ。
「俺か? 俺は踊るの上手いよ」
「えええっ! すっすごいねヴィクトル、私は無理! 絶対に無理だからね!!」
あなたが異常なまでに拒否すると、目を丸くした彼が「はっはっはっ!」といつもの笑い声を聞かせてくれた。
「そんなに怯えなくても。名無しちゃん、君をこんなところで踊らせないよ。するなら二人きりでしよう」
「えっ、えっと、そうだね⋯へへ」
「うわっやらしいなぁ〜なんですかそのオヤジみたいな台詞は」
「⋯⋯君な、人が浮かれてる時にグサッとくる事言うのやめてくれないかい? クリス」
2人の遠慮ないやり取りを見てるだけでもあなたは楽しかった。
すると踊り疲れたフロリアンがこちらに向かってくる。
それを期に、気を使ったのかクリスは笑顔でさっとその場を後にした。
「やあ、恥ずかしいとこを見られちゃったかな。見てない? 見てないと言ってくれ名無しさん」
「あっ、どうもはじめましてフロリアンさん! 見ちゃいましたけど」
あらかじめ彼の親友について話を聞かせてもらっていたあなたは、実際に目の前にしても自然な雰囲気で温かな握手が出来た。
ヴィクトルと高校時代からの仲であるフロリアンは凛々しく精悍な顔立ちで、分厚い胸と太い首、長身が目立つ男だ。
だがさっきの部下に誘われ踊る姿を見るに、熱い男ながらも優しさとフレンドリーさを兼ね備えた人物なのだとすぐに分かった。
「こいつが君に会いたいって熱望しててね」
「そりゃそうさ。親友が惚れ込んでいる特別な女性だろう? そうだ、婚約おめでとう、二人とも。末永い幸せを祈っているよ。名無しさん、ヴィクトルはほんとにいい奴だ。そこは俺が保証しよう。しかし時折腹立たしいこともあるだろう、そういう時には迷わず俺を頼ってくれ。すぐにこらしめてあげるからね」
「そっ、ええっ! あ、ありがとうございますフロリアンさん、たぶん大丈夫だと思いますけど⋯!」
真面目に返したあなたのことを、大人二人は笑いながら見守っていたのだった。
気さくで包容力のあるフロリアンと楽しく会話していると、彼は思い出したように胸元からこんなものを渡した。
「はい。これは俺の奥さんからなんだ。ちょっとしたギフトでミニカクテルとチョコ、君によろしくねって。今日も来たがってたんだが、子供たちが小さくてね。今度ぜひ四人で食事でも出来たら嬉しいな」
「はい! ありがとうございます。私もぜひお会いしたいです、楽しみです。アナさんにもよろしくお伝えくださいね」
クリスマスの贈り物と優しい言葉に感激したあなたは、目一杯のお礼を伝える。
なんだか緊張していたけれど、ヴィクトルの周りの人は皆いい人で優しくて、感謝が絶えなかった。
ーーー
まだ彼の仲間の半分にしか挨拶してないのだが、ビッグイベントの親友との対面を無事に終え、あなたはお腹が空いてきた。
「んーっ、どれも美味しい! ほんとにこのビストロ最高だね。すごい気に入っちゃった!」
「はは。じゃあ今度帰りに持って帰ろう、それで一緒に食べようね?」
「うんっ」
小声ではあるが、あまりに子供っぽい振る舞いだったかと我に返り周りを見やる。
すると遠くで一人の女性がこちらをじっと見てるような気がした。
目を凝らすと彼女は消え、あなたはもしや⋯と思う。
しかししばらくして、ヴィクトルがあなたから離れる瞬間がやって来た。
「ごめんね。話した通り、プレゼント交換の司会の時間だ。終わったらすぐ戻るからね」
「うん、大丈夫だよ。頑張ってね、ここから見てるからね。あ、動画も撮っちゃおうかな」
「はははっ。恥ずかしいな。まあ君にならいいよ」
彼はそう笑って、なんと別れ際少し背を屈め、あなたの頬に軽く唇を触れさせた。
「わあっ!」
「ふふ、大人しくしてるんだよ名無しちゃん」
たまに出る保護的な彼の笑みに反応が返せなくなるが、あなたは緩む頬を赤くし、彼に手を振った。
そこからは驚きの光景だ。軽やかにステージに上がったヴィクトルは慣れた口調で司会を始める。
「さあ皆さん、少しだけ手と口を止めてもらえるかな。わざわざ俺が司会をする時間だ、例年通りね。ああそう、プレゼント早く欲しい? そこのボクね、去年もいたよね。覚えてるぞ、おじさんはプレゼント配る係じゃないからね。——え? ゲーム機とかそういう凄いのはないんだって。親御さんに買ってもらいなさい」
ステージに映える彼の美男子ぶりと、それにそぐわぬ辛口にあなたは驚いたが、彼は会場の笑いを掻っ攫っていた。
「す、すごっ、ヴィクトルこんなことも出来るんだ。ほんとはコメディアンなの?」
独り言をもらすあなたは興奮してスマホを向け、遠慮なく彼の姿を保存していた。
このイベントは参加者がちょっとしたプレゼントを持ち寄り、皆がクジを引いて交換するのだ。
あなたも自分の番号を見ながらワクワクしていた。皆すでにラッピングしたものを提出済みである。
そんな中、男性に突然声をかけられた。振り向くと、一見壁のように大柄で、坊主に近い短髪の強面の男が立っている。
その格闘家のような体格から、セキュリティだと思ったあなたは咄嗟に頭を下げた。
「すみません! ここ邪魔でしたか? すぐ移動しますので!」
そそくさと動こうとすると、隣にいた眼鏡でオールバックの男性が声をかける。
「名無しさん、かい? こんにちは。俺達は怪しい者じゃない。ヴィクトルの友人であり同僚だ。驚かせてしまったようだね」
「⋯⋯だから言っただろう、俺は後でいいと」
ぼそっと無表情な男性に見下され、あなたはまだ恐れおののいていたが、眼鏡の人の話を聞いて納得し、勘違いして申し訳なくなった。
「そうだったんですね、エリオさんにアンドレイさん。はじめまして、挨拶が遅れましてすみません。名無しと申します。若輩者ですがどうぞよろしくお願いします!」
「ああ、よろしく。今どきしっかりした人だな。ヴィクトルに合いそうだ」
彼らと握手を交わしたとき、会計士のエリオがふと微笑んでくれたことが気持ちを和ませた。
だが、3人とも静かなタイプであり、マックスやクリスのようにどう話を弾ませたらいいか分からない。
年代も倍近く離れていて、あなたがまごつき出すと、強面のアンドレイが手のひらを見てきた。
「君の番号が呼ばれてるようだ」
「えっ本当だ!」
「アンドレイ。君のもだよ」
どうやら番号が近いらしく、あなたは5人分ほど一気にされたアナウンスに従って、係員のもとへ彼と向かった。
その際舞台上のヴィクトルと笑みを交わし、あなたは小さく手を振った。
エリオのもとに戻ってきて、プレゼントの箱を開ける。アンドレイはやけに大きい包み紙をばりばり破っていた。
「⋯⋯あっ! これ、髭剃り? あはは、男の人用だったな」
「⋯⋯なんだこれは。要らないな」
アンドレイが中身を見て明らかに嫌そうな顔をする。そこには手で抱えられそうなクマのぬいぐるみが入っていた。
「わあ、可愛い〜ふわふわですね。でも女の子用ですねこれ」
「ああ。交換しよう。君のと」
「それがいいな。これ以上君がぬいぐるみを抱えてる姿が俺には耐えられないよ。アンドレイ」
冗談ではなく真剣にこぼすエリオを見てあなたは吹き出してしまった。
気に入らなかったら交換してもいいらしく、あなたはアンドレイにクマのぬいぐるみを渡された。
クラッチバッグしか持ってないために予期せぬ容量になってしまったが、暖かさと可愛さに癒される。
「名無しさん、荷物になるだろうからそれは受付に預けておくよ。君と話せてよかった。ではまたな」
「こちらこそ、ありがとうございます! あ、エリオさん、まだプレゼントもらってないんじゃ——」
「俺は参加してないんだ。物が増えるのが苦手でね」
実用的な彼はさらっとそう言うと、別れの挨拶をして颯爽とその場をアンドレイと共に去ろうとした。
だがその時、アンドレイが思い出したように振り返る。
「そうだ、君のクッキーはとても美味かった。礼を言おう。皆が食い尽くしてヴィクトルが悔しがっていたな」
「ああその通りだ。ごちそうさま。いい腕だ」
彼らに褒められ驚愕したものの、去り際に慌てて「こちらこそ!」と礼を返した。
その話はすでにヴィクトルから聞いていて、すごく驚いたが、とても嬉しく照れも募る。
なんだか、クールな人たちだったけど、優しいな。
そんなまっさらな印象をもったあなたは、しばらくドキドキと朗らかな気持ちを同時に感じて立っていた。
数日前から緊張していたが、ドレスアップをしてクラッチバッグを持ち、準備万端だった。
ルビーのネックレスに合う深い赤のシルク素材のドレスで、落ち着いたクラシックな装いだ。ゴシックテイストもあり、けっして地味ではない。まるであなたの芯の強さを表すようなオーラを放っている。
実はこれはブティックで選んだもので、あなたの婚約を知ったオーナーが、親友である母と共同で婚約祝いとして贈ってくれた服なのである。
本当にいいのかと尋ねたら、「クリスマス会楽しみなさい。宣伝にもなるでしょ」と商魂逞しい笑顔を向けられ、あなたもそういうことならと、真摯に有り難く受け取った。
母に婚約を教えた際も明るく喜んでくれていた。彼のことを伝える機会が増えたから、きっと周囲もあなたの真剣さをより感じているのだろう。
「よし、着いたよ。大丈夫? 名無しちゃん。自由参加の会だから、いつも通りでいいからね」
「う、うんっ。大丈夫大丈夫」
迎えに来てくれた彼の車から降りるときも、手をもってエスコートされる。全然いつも通りではない。
それに、今日のヴィクトルもなんて素敵なんだろう——。
あなたはグレイの絶妙な濃淡でまとめた彼のスーツ姿に見惚れる。
そこまで気合は入ってないと笑っていたが、ちゃんとあなたに合わせたエレガントな装いだ。
会の雰囲気が分かるように、例年の集合写真を見せてくれた彼の気遣いにも感謝した。
これで浮くことはないだろう——。そう深呼吸をして、あなたは金融街に建つ高層ビルの上階へ一緒に向かった。
ヴィクトルが勤める「ソルヴェンテ・コンサルティング」は、この本社に二百人以上の社員を抱えている。
毎年12月半ばのクリスマス会には半数以上が参加し、残りは自由に冬の休暇を取ったりするようだ。
メインの会場は上層階にあるホールで、そこへ行くまでにも凄い光景が広がっていた。
「うわぁ、美味しそう! これなぁに? プレゼント用みたいになってて可愛い!」
「社員が持ち帰れる食事やケーキだよ。お酒もね。今回もこのビルのビストロが担当していて、たまに昼に食べるんだけど、とっても美味しいんだよ。あとで俺達も持ってこう」
ウインクする彼にあなたは表情が輝く。部下のクリスの話により、密かに食事も楽しみにしていたのだ。
それはドキドキを和らげるための薬でもある。
その場にも思い思いのドレスアップをした社員が集まり、すでに賑やかだった。本当に彼らの家族や配偶者、子供の姿も見られる。
「お母さん、このツリーと写真撮って!」
「いいわよ、あっ、触っちゃ駄目だからね!」
社員らしき女性のそんな声も聞こえてきて、なんだか驚きと微笑ましさがわく。
「名無しちゃんも撮りたい? やたらでかいよな、このツリー」
「はははっ。あとで撮ろっかな」
あなたは天井近くに届く神々しい金色のツリーにぽうっとしてるところを見られ、急に恥ずかしくなってきた。
だがそこへ、とある小柄でふくよかな女性がこちらに優しい眼差しを向けていることに気づく。
「おっ、スザンヌ。こんばんは。君もご主人と一緒かい?」
「ええそうですよ。そちらが名無しさんですか? まあなんて素敵な方」
近づいてきた彼女は彼の秘書らしく、慌てて挨拶したあなたの手を両手でぎゅっと握ってくれた。
「はじめまして、名無しと申します。お会い出来て本当に嬉しいです!」
「私もですよ、とっても光栄です。よろしくお願いしますね。いつもヴィクトルからお話を聞いてるんです」
「ええっそうなんですか?」
どんな話だろうと心臓がバクバクするものの、そばに立つヴィクトルの表情も柔らかい。
ようやくあなたを親しい仕事仲間に紹介できた喜びが伝わる。
「俺も二人が知り合えて嬉しいよ。そうだスザンヌ。ツリーを背景に撮ってくれないか?」
「あらそんなことを? いいですね、ふふふ」
彼女は笑っていたが、赤くなったあなたと一緒に、盛大に飾られたツリーの横に彼は立った。
明らかに周りの皆も興味深そうに見つめている。
「⋯⋯ヴィクトル、大丈夫? そういうキャラじゃないんじゃ⋯」
「えっ。そう? 俺はしゃぎすぎてるかな?」
彼はくつくつと楽しそうに微笑んでいたが、素敵な思い出深い写真を撮れて、本当はすごく嬉しかった。
だからあなたも後で送ってね、と彼に頼んでおいた。
そこでようやくホールへ向かうと思いきや、この男に見つかる。
「ハハハッ。——アッハッハッハ!」
2人を見て爆笑していたのが、中の扉からちょうど出てきたマックスだ。
服装は自由でほぼ普段着の人もいる中、自信のある彼は完璧な攻めたコーディネートである。
金髪は固めて明るめのベージュのスーツ、派手な腕時計も光っている。
「マックスさん! お久しぶりです」
「やあ名無しさん。元気そうだね。そこのお前も⋯⋯っ、くっ、ははははッ」
「笑うんじゃない。彼女とツリーを撮って何が悪い」
開き直ったヴィクトルは彼を嘲笑し、あなたの体を自然に自分のほうへ寄せた。
ニヤニヤしていたマックスは太い腕を組み、あなたに改めて視線を移す。彼の眼差しは爽やかに変わり、ニコリと形作られた。
「今日もすごく素敵だ、美しいよ」
「えっ。ありがとうございます。マックスさんも素敵ですよ。服に全然負けてないですね」
「そうだろ? 俺は常に何物も凌駕してしまうんだ。だから選ぶのも一苦労」
大げさな物言いに笑っているとヴィクトルがこんなことを言った。
「皆来てるのか?」
「おう。だが取り囲んだりしないから安心しろよ。——俺達の仲間も君に会えるの楽しみにしてるよ、名無しさん。図体のでかい俺みたいな奴には注意してね」
思わせぶりな目配せに、あなたはドキッとする。
しかしヴィクトルの仲間の人々に挨拶するのが目的の一つなため、あなたは快く微笑んだ。
ホールの扉を開けると、そこは別世界のようだった。薄暗い中に間接照明やキラキラしたミラーボールが天井にあり、音楽も鳴っている。
音に合わせて年代問わず体を揺らしてる人もいるし、立食形式でビュッフェや飲み物を皆が楽しんでいる。
「わあ、すご〜い! ほんとにここ会社の中なの? ヴィクトル、アットホームって言ってたけど、全然素朴じゃないよ! ナイトクラブみたいだよ!」
「そうだねぇ。今年の担当者は誰だったかな? 少し雰囲気が違うな」
「白々しい。僕ですよヴィクトル」
「えっ!!」
あなたの驚き声に対し後ろから気配なく現れたのは、金髪を上品に横分けにした青年クリスだ。
チェック柄のシャツに鮮やかなスーツをまとい、両手にグラスを持って満面の笑みを浮かべている。
「ああ名無しさん! よくぞ来てくれましたね。僕も本当に嬉しいです。これどうぞ。3人で乾杯しましょう」
「あっどうもクリスさん、お誘いありがとうございます」
スパークリングワインを受け取ったあと、クリスは素早く自分のもテーブルから持ってきて華々しく乾杯をした。
「うん、美味しい〜っ」
「そうでしょう、そうでしょう。どうですか会場の雰囲気。今年は年長者の好みではなく若者に合わせた嗜好を取り入れクラブ化してみたんです」
「なるほど、素敵ですね! 顔があまり見えない感じの照明がとくに気に入りましたよ」
「えっ? そうなの? 暗すぎないかこれ」
「ふふふっ! 分かってませんねヴィクトル。彼女は恥ずかしがり屋なのです。僕の粋な計らいですよ」
自慢げに語る部下にヴィクトルは本当かという顔をする。
「まあいいか。ほら見てごらん、踊ってるのは俺達のような年長者が多いみたいだぞ? 皆楽しんでるようだな。よくやったよ、クリス」
「うーん。褒められるのは嬉しいんですがね、少し思惑と違うような⋯⋯あれ? 見てください、僕の兄貴が踊らされてますよ!」
途端に小気味良く笑い出したクリスにつられ、あなた達はホールの中央を見やる。
すると同年代から上の部下達に、無理やり中に引き入れられてぎこちない動きを披露しているガタイのいい男性がいた。
——もしかして、あの人がヴィクトルの親友の社長?
あなたは目を見開いて釘付けになっていたが、頭上からヴィクトルの「なんだあれ。ダッサいな」という素の鋭いツッコミが落ちる。
クリスはまた腹を抱えながらも、標的をヴィクトルに定めたようだ。
「俺か? 俺は踊るの上手いよ」
「えええっ! すっすごいねヴィクトル、私は無理! 絶対に無理だからね!!」
あなたが異常なまでに拒否すると、目を丸くした彼が「はっはっはっ!」といつもの笑い声を聞かせてくれた。
「そんなに怯えなくても。名無しちゃん、君をこんなところで踊らせないよ。するなら二人きりでしよう」
「えっ、えっと、そうだね⋯へへ」
「うわっやらしいなぁ〜なんですかそのオヤジみたいな台詞は」
「⋯⋯君な、人が浮かれてる時にグサッとくる事言うのやめてくれないかい? クリス」
2人の遠慮ないやり取りを見てるだけでもあなたは楽しかった。
すると踊り疲れたフロリアンがこちらに向かってくる。
それを期に、気を使ったのかクリスは笑顔でさっとその場を後にした。
「やあ、恥ずかしいとこを見られちゃったかな。見てない? 見てないと言ってくれ名無しさん」
「あっ、どうもはじめましてフロリアンさん! 見ちゃいましたけど」
あらかじめ彼の親友について話を聞かせてもらっていたあなたは、実際に目の前にしても自然な雰囲気で温かな握手が出来た。
ヴィクトルと高校時代からの仲であるフロリアンは凛々しく精悍な顔立ちで、分厚い胸と太い首、長身が目立つ男だ。
だがさっきの部下に誘われ踊る姿を見るに、熱い男ながらも優しさとフレンドリーさを兼ね備えた人物なのだとすぐに分かった。
「こいつが君に会いたいって熱望しててね」
「そりゃそうさ。親友が惚れ込んでいる特別な女性だろう? そうだ、婚約おめでとう、二人とも。末永い幸せを祈っているよ。名無しさん、ヴィクトルはほんとにいい奴だ。そこは俺が保証しよう。しかし時折腹立たしいこともあるだろう、そういう時には迷わず俺を頼ってくれ。すぐにこらしめてあげるからね」
「そっ、ええっ! あ、ありがとうございますフロリアンさん、たぶん大丈夫だと思いますけど⋯!」
真面目に返したあなたのことを、大人二人は笑いながら見守っていたのだった。
気さくで包容力のあるフロリアンと楽しく会話していると、彼は思い出したように胸元からこんなものを渡した。
「はい。これは俺の奥さんからなんだ。ちょっとしたギフトでミニカクテルとチョコ、君によろしくねって。今日も来たがってたんだが、子供たちが小さくてね。今度ぜひ四人で食事でも出来たら嬉しいな」
「はい! ありがとうございます。私もぜひお会いしたいです、楽しみです。アナさんにもよろしくお伝えくださいね」
クリスマスの贈り物と優しい言葉に感激したあなたは、目一杯のお礼を伝える。
なんだか緊張していたけれど、ヴィクトルの周りの人は皆いい人で優しくて、感謝が絶えなかった。
ーーー
まだ彼の仲間の半分にしか挨拶してないのだが、ビッグイベントの親友との対面を無事に終え、あなたはお腹が空いてきた。
「んーっ、どれも美味しい! ほんとにこのビストロ最高だね。すごい気に入っちゃった!」
「はは。じゃあ今度帰りに持って帰ろう、それで一緒に食べようね?」
「うんっ」
小声ではあるが、あまりに子供っぽい振る舞いだったかと我に返り周りを見やる。
すると遠くで一人の女性がこちらをじっと見てるような気がした。
目を凝らすと彼女は消え、あなたはもしや⋯と思う。
しかししばらくして、ヴィクトルがあなたから離れる瞬間がやって来た。
「ごめんね。話した通り、プレゼント交換の司会の時間だ。終わったらすぐ戻るからね」
「うん、大丈夫だよ。頑張ってね、ここから見てるからね。あ、動画も撮っちゃおうかな」
「はははっ。恥ずかしいな。まあ君にならいいよ」
彼はそう笑って、なんと別れ際少し背を屈め、あなたの頬に軽く唇を触れさせた。
「わあっ!」
「ふふ、大人しくしてるんだよ名無しちゃん」
たまに出る保護的な彼の笑みに反応が返せなくなるが、あなたは緩む頬を赤くし、彼に手を振った。
そこからは驚きの光景だ。軽やかにステージに上がったヴィクトルは慣れた口調で司会を始める。
「さあ皆さん、少しだけ手と口を止めてもらえるかな。わざわざ俺が司会をする時間だ、例年通りね。ああそう、プレゼント早く欲しい? そこのボクね、去年もいたよね。覚えてるぞ、おじさんはプレゼント配る係じゃないからね。——え? ゲーム機とかそういう凄いのはないんだって。親御さんに買ってもらいなさい」
ステージに映える彼の美男子ぶりと、それにそぐわぬ辛口にあなたは驚いたが、彼は会場の笑いを掻っ攫っていた。
「す、すごっ、ヴィクトルこんなことも出来るんだ。ほんとはコメディアンなの?」
独り言をもらすあなたは興奮してスマホを向け、遠慮なく彼の姿を保存していた。
このイベントは参加者がちょっとしたプレゼントを持ち寄り、皆がクジを引いて交換するのだ。
あなたも自分の番号を見ながらワクワクしていた。皆すでにラッピングしたものを提出済みである。
そんな中、男性に突然声をかけられた。振り向くと、一見壁のように大柄で、坊主に近い短髪の強面の男が立っている。
その格闘家のような体格から、セキュリティだと思ったあなたは咄嗟に頭を下げた。
「すみません! ここ邪魔でしたか? すぐ移動しますので!」
そそくさと動こうとすると、隣にいた眼鏡でオールバックの男性が声をかける。
「名無しさん、かい? こんにちは。俺達は怪しい者じゃない。ヴィクトルの友人であり同僚だ。驚かせてしまったようだね」
「⋯⋯だから言っただろう、俺は後でいいと」
ぼそっと無表情な男性に見下され、あなたはまだ恐れおののいていたが、眼鏡の人の話を聞いて納得し、勘違いして申し訳なくなった。
「そうだったんですね、エリオさんにアンドレイさん。はじめまして、挨拶が遅れましてすみません。名無しと申します。若輩者ですがどうぞよろしくお願いします!」
「ああ、よろしく。今どきしっかりした人だな。ヴィクトルに合いそうだ」
彼らと握手を交わしたとき、会計士のエリオがふと微笑んでくれたことが気持ちを和ませた。
だが、3人とも静かなタイプであり、マックスやクリスのようにどう話を弾ませたらいいか分からない。
年代も倍近く離れていて、あなたがまごつき出すと、強面のアンドレイが手のひらを見てきた。
「君の番号が呼ばれてるようだ」
「えっ本当だ!」
「アンドレイ。君のもだよ」
どうやら番号が近いらしく、あなたは5人分ほど一気にされたアナウンスに従って、係員のもとへ彼と向かった。
その際舞台上のヴィクトルと笑みを交わし、あなたは小さく手を振った。
エリオのもとに戻ってきて、プレゼントの箱を開ける。アンドレイはやけに大きい包み紙をばりばり破っていた。
「⋯⋯あっ! これ、髭剃り? あはは、男の人用だったな」
「⋯⋯なんだこれは。要らないな」
アンドレイが中身を見て明らかに嫌そうな顔をする。そこには手で抱えられそうなクマのぬいぐるみが入っていた。
「わあ、可愛い〜ふわふわですね。でも女の子用ですねこれ」
「ああ。交換しよう。君のと」
「それがいいな。これ以上君がぬいぐるみを抱えてる姿が俺には耐えられないよ。アンドレイ」
冗談ではなく真剣にこぼすエリオを見てあなたは吹き出してしまった。
気に入らなかったら交換してもいいらしく、あなたはアンドレイにクマのぬいぐるみを渡された。
クラッチバッグしか持ってないために予期せぬ容量になってしまったが、暖かさと可愛さに癒される。
「名無しさん、荷物になるだろうからそれは受付に預けておくよ。君と話せてよかった。ではまたな」
「こちらこそ、ありがとうございます! あ、エリオさん、まだプレゼントもらってないんじゃ——」
「俺は参加してないんだ。物が増えるのが苦手でね」
実用的な彼はさらっとそう言うと、別れの挨拶をして颯爽とその場をアンドレイと共に去ろうとした。
だがその時、アンドレイが思い出したように振り返る。
「そうだ、君のクッキーはとても美味かった。礼を言おう。皆が食い尽くしてヴィクトルが悔しがっていたな」
「ああその通りだ。ごちそうさま。いい腕だ」
彼らに褒められ驚愕したものの、去り際に慌てて「こちらこそ!」と礼を返した。
その話はすでにヴィクトルから聞いていて、すごく驚いたが、とても嬉しく照れも募る。
なんだか、クールな人たちだったけど、優しいな。
そんなまっさらな印象をもったあなたは、しばらくドキドキと朗らかな気持ちを同時に感じて立っていた。
