美オヤジを誘って囲われて救われる話
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土曜日の朝、ヴィクトルは体調が完全に回復していた。あなたは玄関先でスーツ姿の彼をにこやかに見送る。
「名無しちゃん、休日だから眠ってて良かったのに」
「ううん。ちゃんと起きて見送りたかったんだ。こういうのすごくいいよね」
「⋯そうだね。すごくいい」
ヴィクトルが目尻を緩めてあなたの頬にキスをした。それから唇にもだ。
照れあった二人だが、行ってきますと言う彼に行ってらっしゃいと声をかけ、手を振って別れた。
マンションに一人になり、幸せなため息を吐く。
なんだか新婚みたい。
まだ未知の経験が叶ったようで、朝から心が満たされていく。
朝食も美味しそうに食べてくれた。夜までの間、こんな風に彼を待つ日があっても良いものだ。
もうすでに帰宅が待ち遠しくなっていたけれど。
長い廊下を戻り、あなたの特別な一日が始まった。
自由に過ごしていいと言われたので、部屋の空気を入れ替えたり、テラスでお茶をして空を見たり、すっかりくつろいだ気分だった。
ここにいる間はせめて、いつもお世話になっている彼に役立ちたいと料理もしている。
他の家事は正直特にやることがない。食洗機はあるし、掃除も前はハウスキーピングを頼んでいたが、今は彼が自分でやっているらしい。
洗濯はスーツやシャツをクリーニングに出し、細かなものを家で洗う程度のようだ。
あなたは午後になる前に、リビングの隅にあった掃除ロボットを動かすことにした。
丸型のスタイリッシュなこの装置は、アプリと連動して床を掃除してくれるのだ。
ソファーからそれを目で追っていると、なんだか癒やされた。
「働き者でえらいなぁ。可愛い〜」
小さい音を出しながら縦横無尽に動いている。
こんなロボットはあなたの1LDKのアパートには必要ない。だがこの広々したマンションなら、ありがたい存在である。
そうこうしていると午後になり、あなたは後で買い物に行こうと考えた。
日曜日はヴィクトルと近場をブラブラする予定だし、今日は家でゆっくり過ごそう。こういう時間も好みである。
もちろん彼の家だから、変なことをしないように気をつけてはいるけれど。
すると、ある時急にインターフォンが鳴った。あなたはドキッとしてリビングのモニターを見る。
ヴィクトルからは出なくていいよと言われたが、画面に釘付けになってしまった。50代前後の女性が映っていたのだ。
ロビーを抜けて最上階の五階まで来たようだが、鍵を持ってないらしく、玄関先で待っている。
あなたは女性の姿から直感的に思い至った。
上半身の雰囲気がヴィクトルに似ている。スラッとした感じで顎もシャープだ。
黒髪ショートで瞳も涼やかに整っていて、目が覚めるほどの美女だった。
「あら、いないのね。ここに置いておけばいいか」
そう言って肩掛けカバンから紙袋を取り出している。
あなたはどうしようと鼓動が異常に速く刻む。ここに隠れていてはだめだと、咄嗟にそう考え、反射的に通話のボタンを押してしまった。
「あの、こんにちは。もしかしてヴィクトルさんのご家族の方ですか? 彼は今仕事で不在なのですが、出てもよろしいでしょうか? 」
彼女は「えっ」とすぐに目を見開いた。あなたは焦りつつも続ける。
「急に申し訳ありません、初めまして。私は名無しと申します。今すぐご挨拶に伺います!」
そう言って急いで廊下を抜けて玄関へ向かった。扉を開けてその女性に対面すると、まず勢いよく頭を下げる。
「突然すみません。驚かれたかもしれませんが――」
あなたは落ち着いて自己紹介をした。緊張しながら前を向くと、彼女は納得した顔で頷いていた。
そして想像より、とても柔らかな微笑みを見せてくれた。
「もしかしてあの子がお付き合いしている、名無しさんですか?」
「はい、そうです。こんな形で本当に申し訳ないです」
「そんな謝らないでください。急に押しかけてごめんなさいね。あの子がいないって知らなくて。数日前メッセージでちょっと話がしたいって言ったんだけど、風邪引いてて仕事もあるから今度また連絡するって話で。ちょうど近くで友達と会う予定があったから、お土産だけ渡そうと思ったんですよ」
あなたは説明してくれた彼女に大きく納得をした。
「そうだったんですか。よろしければ上がってください。あっすみません、ここは彼の家ですが。今留守を任されてまして」
「上がっても大丈夫? 」
「もちろんです、 私の方がゲストなので!」
「そんなことないわ」
彼女は軽快に笑い、少し嬉しそうに部屋に上がってくれた。あなたはほっとしながらもまだ手に汗がびっしり滲んでいる。
自分は勝手に何をしているんだろう。彼の留守中にいいのだろうか? と考えたけれど。
彼の母親に対し礼儀正しく振る舞いたいと、その一心だった。
掃除しといてよかった。部屋は元々綺麗だが心からそう思った。
あなたは彼女の好みを聞いてコーヒーを用意する。緊張の面持ちで食卓につくと、彼女はお土産の包装された焼き菓子を差し出してくれた。
「二人で食べ始めちゃいましょうか。あの子には一個残しとけばいいから」
気さくにそう言われ、笑い合った。
お茶をしながら話題をどうしようと、あなたは頭をフル回転させる。
まず席についてもらったこと自体がありがたかった。彼の母は自分のことをすでに認識しているようだ。
彼女はとても背が高く、細身でまるでモデルのような凛々しい女性である。でも気取ったところがなくて、服装もスポーティーかつ洗練されたパンツ姿だった。
「突然でびっくりされたと思いますが、ヴィクトルさんとは今お付き合いをさせていただいています」
「そうなのよね。夫から聞きましたよ。それで私も気になってたの。そうだ、名無しちゃんって呼んでもいい? 」
「もちろんです! クレアさんとお呼びしても大丈夫ですか?」
あなたの問いに彼女はにっこりと頷いた。
年はなんと60代前半らしいが全く見えず、ヴィクトルのお姉さんといっても不思議じゃない。
彼女の職業は大学の講師で、経済学を教えているのだという。ヴィクトルと同じく話し方もソフトで、聡明な印象を受ける。
「名無しちゃんはあの街のブティックに勤めてるのね。聞いてみるとデザインも興味あるわ、今度行ってみようかな」
「是非来てください! クレアさんなら何でも似合うと思います」
和やかな雰囲気の中、関心を持ってもらえて嬉しかった。
「それでヴィクトルのことなんだけど――」
彼女が息子の名を口にした瞬間、背筋がぴんと伸びる。
「あの子、大丈夫?」
ズバっと聞かれて一瞬何のことか分からなかった。しかし、彼女の懸念は前にヴィクトルが言っていたように、あなたにとって彼が本当に交際する男性として適切なのか、という事らしかった。
「あの、彼はとても優しくて、いつも思いやりがあって。心も広くて、すごく良い方です」
「そう。優しいところはあの子の取り柄だと私も思うんだけど。年の差もあるじゃない?」
「はい」
それは指摘されると思っていた。自分でも甘く考えているわけじゃない。一般的なイメージだったり、価値観や考え方の差など心配されても当然だからだ。
「私はまだ若くて、彼にふさわしくないところも正直たくさんあると思うんです」
「いえいえ、そうじゃないのよ全然。名無しちゃんが良ければ私たちもすごく安心なんだけど。あの子、結婚を考えてるって言ってたでしょう? 夫から聞いたんだけどね。かなり名無しちゃんにゾッコンみたいで。⋯あっ、古臭いかこんな言い方」
彼女は茶目っ気たっぷりに笑った。
「えっ」
しかしあなたは思考が止まってしまった。前を向いたまま、時間も停止したかのようになる。
「結婚⋯⋯? 彼がそう言ってたんですか? 」
口元が自然に震えてくる。
それを見たクレアは、同じように瞳を最大限に見開くが、さあっと青ざめていった。
「⋯⋯えっ? もしかして聞いてなかった? どうしよう! ⋯⋯ま、まずいわ。勝手に言っちゃったみたい。本当にごめんなさい。今の忘れるの、無理よね。なんてことしちゃったのかな? 怒られる? 絶対怒られるわ」
冷静そうな彼女が混乱に陥り、あなたはようやく現実に引き戻される。
「ヴィクトルって怒るんですか?」
「いいえ、普段は怒らないんだけど。でもこんな事柄を勝手に親がペラペラ喋ったら恐ろしいことになる気がする。さすがに怒ったら怖いわよね。絶対に怖いわ」
彼女は少し動転してしまっていた。でもあなたは、まだ夢見心地だ。
ぼうっと遠くを見てしまいそうになる。彼の母親が目の前にいるのに。
ヴィクトルが結婚を考えている。では、あの寝言は彼の本心から出た言葉だったのだろうか。
いつからそんな考えを持っていてくれたのだろう?
あなたはじんと心が熱くなり、顔も染め上がっていった。
「大丈夫? ショックだった? もしそこまでの気持ちがまだあなたになかったら、本当に申し訳ないことして――」
「いえっ、違うんです!」
あなたは思わず叫んだ。
「彼がそこまで考えてくれてたこと、知らなかったんです。私本当に嬉しくてありがたくて。いつも全然自信がないので、彼にふさわしくなれるのかなって考えてしまってて。ヴィクトルさんはとても優しくて、いつも支えてくれて励ましてくれるのに」
気づけば思いがあふれ、涙ぐんでいた。
「ずっとそばにいてくれるって言ったけど、ほんとに私でいいのかなって思う時もあったんです。だから今すごく嬉しいんです。すみません。お母様のクレアさんにそんなことを言っても困ると思うんですが」
クレアは懸命に話すあなたのことを、まるで親のように温かな眼差しでじっと見つめていた。
「名無しちゃん。私も今すごく感動しちゃった。あなたってまっすぐでとっても良い子なんだね。⋯でも確かに今のは私が聞いていいメッセージじゃなかったかもしれないね、ふふ。⋯でもすごく安心したというか、ほんとに嬉しくなっちゃった」
そんな寄り添った親身な言葉をかけられて、肩の力が抜けてくる。
「ヴィクトルに言ったらすごく喜ぶと思うわよ。あの子も普段はすかしてるかもしれないけど、ほんとにいい子でね。あなたのこともすごく真剣に考えてると思うから、夫の受け売りだけど。でも今私もなんとなく想像できたわ、 二人が一緒にいる姿。お話ししてくれて、ありがとうね」
「とんでもありません。私もすごく嬉しいです。彼のいない時に勝手に申し訳ない気持ちもあるんですけど、二人で話せたこともすごくありがたかったです、クレアさん。あの、どうかこんな自分ですがよろしくお願いします!」
あなたはここぞとばかりに、一番伝えたかったことを力強く伝えた。
「こちらこそよろしくね。ヴィクトルのことも。⋯⋯あっそうだ、あと一番このこと夫婦で心配してて。名無しちゃんのご家族は大丈夫かしら」
「あっ! 全然大丈夫ですから、うちは気にしないでください。少なくとも母は応援してくれてるというか、彼に会ってみたいと言ってるので」
「本当? それは良かったわ。あの子にもちゃんとしなさいよって言っておかないと」
彼女もほっと笑みを見せてくれたので安心する。その後も二人の会話は途切れなかった。
もっともっと話したかったけれど、気づけば時間が結構経っていたので、クレアもお邪魔しちゃったと申し訳なさそうに立ち上がる。
あなたは名残惜しく彼女を玄関先まで見送った。
「急に来ちゃったのにおもてなししてくれてありがとうね。会えてよかったわ。また是非お茶したりお食事でもしましょうね」
「 はい、もちろんです。 次はロベルトさんもぜひ一緒に、四人でお会いできたら嬉しいです」
そう言ってあなたは微笑んだが、すぐに口を滑らせたかと焦った。
そういえば二人は別居中なのだ。しかし、会話中もクレアは何度か夫のことを口にしていたし、そこまでこじれてないような印象もあった。
彼女もにこやかに、そうしましょうと言ってくれたので少し胸を撫で下ろす。
こうして驚きの出会いはひとまず幕を閉じた。
その後もあなたはマンションの玄関先でひとり興奮冷めやらず、浮足立っていた。
彼になんて話そう。どういう反応をするだろう。
勝手に会ってしまって、やっぱり複雑だろうか。
そう心配は尽きなかったが。
「ふふっ。⋯⋯嬉しいなぁ。今日の出来事も。ヴィクトルの気持ちも」
それ以上に彼の思いを知ったことに、あなたは今までにない大きな幸福が全身を駆け巡っていた。
「名無しちゃん、休日だから眠ってて良かったのに」
「ううん。ちゃんと起きて見送りたかったんだ。こういうのすごくいいよね」
「⋯そうだね。すごくいい」
ヴィクトルが目尻を緩めてあなたの頬にキスをした。それから唇にもだ。
照れあった二人だが、行ってきますと言う彼に行ってらっしゃいと声をかけ、手を振って別れた。
マンションに一人になり、幸せなため息を吐く。
なんだか新婚みたい。
まだ未知の経験が叶ったようで、朝から心が満たされていく。
朝食も美味しそうに食べてくれた。夜までの間、こんな風に彼を待つ日があっても良いものだ。
もうすでに帰宅が待ち遠しくなっていたけれど。
長い廊下を戻り、あなたの特別な一日が始まった。
自由に過ごしていいと言われたので、部屋の空気を入れ替えたり、テラスでお茶をして空を見たり、すっかりくつろいだ気分だった。
ここにいる間はせめて、いつもお世話になっている彼に役立ちたいと料理もしている。
他の家事は正直特にやることがない。食洗機はあるし、掃除も前はハウスキーピングを頼んでいたが、今は彼が自分でやっているらしい。
洗濯はスーツやシャツをクリーニングに出し、細かなものを家で洗う程度のようだ。
あなたは午後になる前に、リビングの隅にあった掃除ロボットを動かすことにした。
丸型のスタイリッシュなこの装置は、アプリと連動して床を掃除してくれるのだ。
ソファーからそれを目で追っていると、なんだか癒やされた。
「働き者でえらいなぁ。可愛い〜」
小さい音を出しながら縦横無尽に動いている。
こんなロボットはあなたの1LDKのアパートには必要ない。だがこの広々したマンションなら、ありがたい存在である。
そうこうしていると午後になり、あなたは後で買い物に行こうと考えた。
日曜日はヴィクトルと近場をブラブラする予定だし、今日は家でゆっくり過ごそう。こういう時間も好みである。
もちろん彼の家だから、変なことをしないように気をつけてはいるけれど。
すると、ある時急にインターフォンが鳴った。あなたはドキッとしてリビングのモニターを見る。
ヴィクトルからは出なくていいよと言われたが、画面に釘付けになってしまった。50代前後の女性が映っていたのだ。
ロビーを抜けて最上階の五階まで来たようだが、鍵を持ってないらしく、玄関先で待っている。
あなたは女性の姿から直感的に思い至った。
上半身の雰囲気がヴィクトルに似ている。スラッとした感じで顎もシャープだ。
黒髪ショートで瞳も涼やかに整っていて、目が覚めるほどの美女だった。
「あら、いないのね。ここに置いておけばいいか」
そう言って肩掛けカバンから紙袋を取り出している。
あなたはどうしようと鼓動が異常に速く刻む。ここに隠れていてはだめだと、咄嗟にそう考え、反射的に通話のボタンを押してしまった。
「あの、こんにちは。もしかしてヴィクトルさんのご家族の方ですか? 彼は今仕事で不在なのですが、出てもよろしいでしょうか? 」
彼女は「えっ」とすぐに目を見開いた。あなたは焦りつつも続ける。
「急に申し訳ありません、初めまして。私は名無しと申します。今すぐご挨拶に伺います!」
そう言って急いで廊下を抜けて玄関へ向かった。扉を開けてその女性に対面すると、まず勢いよく頭を下げる。
「突然すみません。驚かれたかもしれませんが――」
あなたは落ち着いて自己紹介をした。緊張しながら前を向くと、彼女は納得した顔で頷いていた。
そして想像より、とても柔らかな微笑みを見せてくれた。
「もしかしてあの子がお付き合いしている、名無しさんですか?」
「はい、そうです。こんな形で本当に申し訳ないです」
「そんな謝らないでください。急に押しかけてごめんなさいね。あの子がいないって知らなくて。数日前メッセージでちょっと話がしたいって言ったんだけど、風邪引いてて仕事もあるから今度また連絡するって話で。ちょうど近くで友達と会う予定があったから、お土産だけ渡そうと思ったんですよ」
あなたは説明してくれた彼女に大きく納得をした。
「そうだったんですか。よろしければ上がってください。あっすみません、ここは彼の家ですが。今留守を任されてまして」
「上がっても大丈夫? 」
「もちろんです、 私の方がゲストなので!」
「そんなことないわ」
彼女は軽快に笑い、少し嬉しそうに部屋に上がってくれた。あなたはほっとしながらもまだ手に汗がびっしり滲んでいる。
自分は勝手に何をしているんだろう。彼の留守中にいいのだろうか? と考えたけれど。
彼の母親に対し礼儀正しく振る舞いたいと、その一心だった。
掃除しといてよかった。部屋は元々綺麗だが心からそう思った。
あなたは彼女の好みを聞いてコーヒーを用意する。緊張の面持ちで食卓につくと、彼女はお土産の包装された焼き菓子を差し出してくれた。
「二人で食べ始めちゃいましょうか。あの子には一個残しとけばいいから」
気さくにそう言われ、笑い合った。
お茶をしながら話題をどうしようと、あなたは頭をフル回転させる。
まず席についてもらったこと自体がありがたかった。彼の母は自分のことをすでに認識しているようだ。
彼女はとても背が高く、細身でまるでモデルのような凛々しい女性である。でも気取ったところがなくて、服装もスポーティーかつ洗練されたパンツ姿だった。
「突然でびっくりされたと思いますが、ヴィクトルさんとは今お付き合いをさせていただいています」
「そうなのよね。夫から聞きましたよ。それで私も気になってたの。そうだ、名無しちゃんって呼んでもいい? 」
「もちろんです! クレアさんとお呼びしても大丈夫ですか?」
あなたの問いに彼女はにっこりと頷いた。
年はなんと60代前半らしいが全く見えず、ヴィクトルのお姉さんといっても不思議じゃない。
彼女の職業は大学の講師で、経済学を教えているのだという。ヴィクトルと同じく話し方もソフトで、聡明な印象を受ける。
「名無しちゃんはあの街のブティックに勤めてるのね。聞いてみるとデザインも興味あるわ、今度行ってみようかな」
「是非来てください! クレアさんなら何でも似合うと思います」
和やかな雰囲気の中、関心を持ってもらえて嬉しかった。
「それでヴィクトルのことなんだけど――」
彼女が息子の名を口にした瞬間、背筋がぴんと伸びる。
「あの子、大丈夫?」
ズバっと聞かれて一瞬何のことか分からなかった。しかし、彼女の懸念は前にヴィクトルが言っていたように、あなたにとって彼が本当に交際する男性として適切なのか、という事らしかった。
「あの、彼はとても優しくて、いつも思いやりがあって。心も広くて、すごく良い方です」
「そう。優しいところはあの子の取り柄だと私も思うんだけど。年の差もあるじゃない?」
「はい」
それは指摘されると思っていた。自分でも甘く考えているわけじゃない。一般的なイメージだったり、価値観や考え方の差など心配されても当然だからだ。
「私はまだ若くて、彼にふさわしくないところも正直たくさんあると思うんです」
「いえいえ、そうじゃないのよ全然。名無しちゃんが良ければ私たちもすごく安心なんだけど。あの子、結婚を考えてるって言ってたでしょう? 夫から聞いたんだけどね。かなり名無しちゃんにゾッコンみたいで。⋯あっ、古臭いかこんな言い方」
彼女は茶目っ気たっぷりに笑った。
「えっ」
しかしあなたは思考が止まってしまった。前を向いたまま、時間も停止したかのようになる。
「結婚⋯⋯? 彼がそう言ってたんですか? 」
口元が自然に震えてくる。
それを見たクレアは、同じように瞳を最大限に見開くが、さあっと青ざめていった。
「⋯⋯えっ? もしかして聞いてなかった? どうしよう! ⋯⋯ま、まずいわ。勝手に言っちゃったみたい。本当にごめんなさい。今の忘れるの、無理よね。なんてことしちゃったのかな? 怒られる? 絶対怒られるわ」
冷静そうな彼女が混乱に陥り、あなたはようやく現実に引き戻される。
「ヴィクトルって怒るんですか?」
「いいえ、普段は怒らないんだけど。でもこんな事柄を勝手に親がペラペラ喋ったら恐ろしいことになる気がする。さすがに怒ったら怖いわよね。絶対に怖いわ」
彼女は少し動転してしまっていた。でもあなたは、まだ夢見心地だ。
ぼうっと遠くを見てしまいそうになる。彼の母親が目の前にいるのに。
ヴィクトルが結婚を考えている。では、あの寝言は彼の本心から出た言葉だったのだろうか。
いつからそんな考えを持っていてくれたのだろう?
あなたはじんと心が熱くなり、顔も染め上がっていった。
「大丈夫? ショックだった? もしそこまでの気持ちがまだあなたになかったら、本当に申し訳ないことして――」
「いえっ、違うんです!」
あなたは思わず叫んだ。
「彼がそこまで考えてくれてたこと、知らなかったんです。私本当に嬉しくてありがたくて。いつも全然自信がないので、彼にふさわしくなれるのかなって考えてしまってて。ヴィクトルさんはとても優しくて、いつも支えてくれて励ましてくれるのに」
気づけば思いがあふれ、涙ぐんでいた。
「ずっとそばにいてくれるって言ったけど、ほんとに私でいいのかなって思う時もあったんです。だから今すごく嬉しいんです。すみません。お母様のクレアさんにそんなことを言っても困ると思うんですが」
クレアは懸命に話すあなたのことを、まるで親のように温かな眼差しでじっと見つめていた。
「名無しちゃん。私も今すごく感動しちゃった。あなたってまっすぐでとっても良い子なんだね。⋯でも確かに今のは私が聞いていいメッセージじゃなかったかもしれないね、ふふ。⋯でもすごく安心したというか、ほんとに嬉しくなっちゃった」
そんな寄り添った親身な言葉をかけられて、肩の力が抜けてくる。
「ヴィクトルに言ったらすごく喜ぶと思うわよ。あの子も普段はすかしてるかもしれないけど、ほんとにいい子でね。あなたのこともすごく真剣に考えてると思うから、夫の受け売りだけど。でも今私もなんとなく想像できたわ、 二人が一緒にいる姿。お話ししてくれて、ありがとうね」
「とんでもありません。私もすごく嬉しいです。彼のいない時に勝手に申し訳ない気持ちもあるんですけど、二人で話せたこともすごくありがたかったです、クレアさん。あの、どうかこんな自分ですがよろしくお願いします!」
あなたはここぞとばかりに、一番伝えたかったことを力強く伝えた。
「こちらこそよろしくね。ヴィクトルのことも。⋯⋯あっそうだ、あと一番このこと夫婦で心配してて。名無しちゃんのご家族は大丈夫かしら」
「あっ! 全然大丈夫ですから、うちは気にしないでください。少なくとも母は応援してくれてるというか、彼に会ってみたいと言ってるので」
「本当? それは良かったわ。あの子にもちゃんとしなさいよって言っておかないと」
彼女もほっと笑みを見せてくれたので安心する。その後も二人の会話は途切れなかった。
もっともっと話したかったけれど、気づけば時間が結構経っていたので、クレアもお邪魔しちゃったと申し訳なさそうに立ち上がる。
あなたは名残惜しく彼女を玄関先まで見送った。
「急に来ちゃったのにおもてなししてくれてありがとうね。会えてよかったわ。また是非お茶したりお食事でもしましょうね」
「 はい、もちろんです。 次はロベルトさんもぜひ一緒に、四人でお会いできたら嬉しいです」
そう言ってあなたは微笑んだが、すぐに口を滑らせたかと焦った。
そういえば二人は別居中なのだ。しかし、会話中もクレアは何度か夫のことを口にしていたし、そこまでこじれてないような印象もあった。
彼女もにこやかに、そうしましょうと言ってくれたので少し胸を撫で下ろす。
こうして驚きの出会いはひとまず幕を閉じた。
その後もあなたはマンションの玄関先でひとり興奮冷めやらず、浮足立っていた。
彼になんて話そう。どういう反応をするだろう。
勝手に会ってしまって、やっぱり複雑だろうか。
そう心配は尽きなかったが。
「ふふっ。⋯⋯嬉しいなぁ。今日の出来事も。ヴィクトルの気持ちも」
それ以上に彼の思いを知ったことに、あなたは今までにない大きな幸福が全身を駆け巡っていた。
