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短編

 最近、ツレの様子がおかしい。

 数年の同棲の後、昨年結婚をした。ヤクザと結ばれるなど、馬鹿な女もいたものだと、それなりに大切にしてやったはずだ。たった一人の大切な妹も、姉ができたと喜んでいたし、女は女で、結婚式の日に「世界一幸せなヤクザの嫁です」なんて泣いて笑っていた。
 だが、ここ数か月、妻となった女の様子がおかしい。
 上の空で人の話を聞いていないようなそぶりが増えた。俺が淹れたものは特別だとありがたがって飲んでいたコーヒーを飲まなくなった。煙草のにおいが服につくからやめてほしいと、数年越しにいちゃもんを付けられた。何よりも、セックスを拒むようになった。
 交友関係などはすでに把握しているはずだったが、最近はよく「病院に行く」などと言って外出をする回数が増えていることに気が付いた。
比較的心が広い方だと思うが、身内が自分のあずかり知らぬところで変わっていく様子は不愉快極まりない。



「おい」
「お前、男、できたのかよ」
「え」
 単刀直入にそう告げると、ソイツはぽかんとした顔で俺を見る。
 結婚前はたびたびこうしてカマをかけて遊んでいた。こういう時、この女はいつも困った顔で「そんなことあるわけないでしょ」と言った。今回だって。きっと。

「なんでわかったの」

 体の内側から冷えていく感覚がした。
 その後、どうしようもない怒りが熱さとなってふつふつと毛穴をブチあけていく。何年目の浮気だと思ってやがる。相手は誰だ。というか、どこで知り合う余裕があったんだ。
 合歓が妹になって嬉しいと言っていたのは嘘だったのか。家族になれて嬉しいと微笑んでくれたのは嘘だったのか。何年も傍らにいるはずの女が、眩暈がするほど遠く感じた。お前は一体何を考えていやがる。
「本当はちゃんとわかってから言おうと思ってたんだけど」
 ばつの悪そうな表情とは別に、その声はどこか嬉しそうに聞こえた。計画立てて俺のもとから離れる算段を立てていたのだろうか。この俺様の目をかいくぐり、よろしくしてたというわけか。
 まずは相手の野郎を殺そう。それからコイツを殺して、いや、殺したらあの世で幸せになってしまう。それに合歓も、悲しむ。もう置いていかれるのは嫌だろう。
熱さで煮えたぎる頭でぐるぐると考えるがベストな回答が出てこない。
 まずは、野郎を、殺す。
「おう、さっさとソイツに会わせろや」
「予定日は今年の冬頃。左馬刻の誕生日になるかもね」
 何が悲しくて人の誕生日に惚れた女の不倫相手に会おうとすると思うのか。
「ンなのんびり出来るほど暇だと思ってんのかクソアマ。今すぐだ。速攻で呼べ」
「赤ちゃんがそんなにポコポコ産まれるわけないでしょ。せっかちなんだから」
「は」
 アカチャン、ポコポコ、今年ノ、冬。産マレル。

「はあああああああああああああああああできたって……。マジなんだよビビらせんなよこのアマ」
「なにその反応。何にビビってたの」
 どうしようもなく間抜けな勘違いに気づき、脱力して机に突っ伏した。
俺をヨコハマの海に沈めてほしい。


 
 気分を入れ替えようとコーヒーと、なんだかわからないノンカフェインの茶を淹れた。身重の女への対応は、これで正しいのだろうか。
ふう、と一息をついたとき、
「もしかして、『男ができたのか』って、私が浮気したかって話してたの」
「ちげえよ。腹の中のガキがどっちかって話してたんだよ馬鹿が」
 恥ずかしさのあまり思わず嘘をついた。そんな俺を見て、「ほかに男の人なんて出来るわけないでしょ」と、困った顔で笑いかけてきた。それがどうにもムカつくと同時に、安心している自分がいることに気づき、大きな舌打ちをした。

 やることはやっていたわけだから、いずれこうなることは想像できたはずだが、どうにも自分には縁遠いように感じていた。
 こんな自分が父親になれるのだろうか。
あの頃の俺や合歓や、母さんと同じ思いをさせてしまうのではないか。
そんな気持ちが腹の底にどんよりと溜まっている気がした。

 ふと、目の前の妻と目が合った。
「これからもよろしくね、『おとーさん』」と、そう言ってにこりと笑う。
これから母親になるという女は、こんなにも優しく力強いものなのだろうか。普段通りのはずなのに、なぜかとても眩しく、尊く感じた。
「……おう」
そんな姿を見て、今だけは、その不安を置いておこうと思った。
 そして、できうる限り優しく、妻と我が子を抱きしめた。

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