「一郎君、ごめんね。少し遅れちゃった」
「いいんすよ。俺も今きたところですし」
　今日は左馬刻の恋人が依頼に来た。「『とある男性』にプレゼントをしたいので一緒に見てほしい」という内容であった。
「カノジョさん、今日は左馬刻の野郎から何も言われてないんですか」
「うーん。連絡とれなかったからよくわかんない」
　昔からの癖で、俺は彼女のことを「カノジョさん」と呼ぶ。自分が学ランに袖を通していた時からの付き合いで、今も細々と交流が続いている。現状の自分と左馬刻の関係を考えると妙なものはあるが。昔はよく、三人で飯を食ったものだ。
「今日はよろしくお願いします。萬屋さん」
　カノジョさんはそう言ってにこりと笑った。あの頃から変わらない、眩しい笑顔だ。

■
　難航はしたが買い物は無事終了した。趣味のいいコーヒーカップを購入していた。カノジョさんは満足そうだった。役に立てたことが喜ばしい反面、妬ましい気持ちがあふれ出そうだ。
　その後、イケブクロでは有名なパフェを食べにきた。なかなか行く機会がないから、と言っていたので俺とカノジョさんの締めはこの店になった。
　星座をモチーフにしたというファンシーな店内に少し興奮している様子や、出てくるパフェに美味しそうにほおばる姿。彼女の依頼は俺には少し苦々しいものがあるが、この姿を堪能できるのは悪くない。こういう店は男らしくない、とも感じるが。
　何回かこのパフェには挑戦しているが、刺さっているモノが多すぎて食べるのに苦労をする。
「一郎君。やっぱりかわいいなあ」
「は」
　とろけるような笑顔で彼女はそう呟いた。「口にクリームがついてるよ」と言って、紙ナプキンを手に持ち、口の端についていたクリームを拭い去った。
「や、やめてくださいよ。俺、男なんで。そういうのはカノジョさんの方が」
「弟がいたらって思うことがあるんだけど、一郎君が弟だったらいいな、って。私、すごく甘やかしちゃいそう」
　今の俺には残酷すぎる言葉だった。太陽のようにあたたかく優しい視線が、痛い。
　彼女は確かに年上で、あの左馬刻と付き合っているとなれば、俺を男として扱ってはくれないのかもしれない。それでも、俺はこの人に確かな気持ちを抱いている。
「なあ、カノジョさん」
「ん、なあに」
　俺の名を呼ぶ優しい声、慈しむようなあたたかな瞳、やわらかそうな体。自分を弟のような存在として見ている「それ」であるとわかっていても、彼女が欲しい。そう思った。
「左馬刻の『カノジョ』じゃなくて、俺の彼女になってくれませんか」
「え」
「俺、年下で頼りないかもしれないけど、絶対アンタのこと幸せにするから」
　店内に俺の声が響く。彼女はゆでだこのように真っ赤になっていた。弟のように感じていた男からアプローチされる気分は、どうだろうか。
「えっと、わかってると思うけど、私は」
「付き合ってても、俺に惹かれる可能性だって、ある。付き合ってても、俺に会ってくれるっていうのはそういうことじゃないんですか」
「そういうわけじゃ、ないよ」
口に出してしまうと、さっきまで胸の奥に感じていた重さが嘘のように消え去った。
「絶対にあきらめねえから。アンタが、好きだから」
　困惑している彼女の瞳を見つめ、心を込めて、そう告げた。
「次に会う時は、デートのお誘いってことで覚悟しておいてください」
　もう『かわいい』とは、言わせない。彼女の手の甲に軽くキスをして、俺は会計をすませ店を後にした。

■

　店の外には、イケブクロには似つかわしくないチンピラが数人、こちらを見ていた。それが誰の差し金なのかは想像に難くない。奴は「自分のモノ」には人一倍の注意を払う。俺はチンピラの一人を捕まえ、「店の中での出来事をしりたくはないか」と告げた。
　誰よりも一番この状況の中身を知りたがっているだろう相手に、宣戦布告をした気分だ。