クリスマス
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ここはひとつの王国だ。
食うにも住むにも困らない。
そこそこ快適な穴に住みついたネズミがそう考たか、また考えたことがあったかは定かでない。
壊れたハルモニウムはスモーキーな音をたてる代わりに、足下に空いた小さな穴から現在の借り主であるネズミをいっぴき、餌場へと送り出した。
さっと足下に走った気配にヒっと息をのんでたじろいだペッシに、前を歩いていたプロシュートはため息を鼻から吐く。
冷たい外気の中、顔の前でウンザリが白く曇った。
「おいペッシ」
ハイと返事はしたものの、今日何度めかになる怒号を覚悟したペッシはすでに身をすくませていた。
反して、それに続いた兄貴分の声は静かなものだった。
「こんなウスラちっこいネズミにまで、何をビビることがある?」
バン!
プロシュートが足を踏みならした音に、気を緩めかけたペッシの肩が跳ねあがった。
今度こそ口から大きくため息をついたプロシュートは、潰れてもまだ生暖かいネズミをつまみ上げる。
「ペッシペッシペッシよォ、よく見ろ、ただの汚ェ皮と肉だ」
ぺっと投げられたドブネズミの死骸は、ペッシの足下で痙攣した。
単純に気味が悪いと思った。
血を流した口からキッキッと最後の悲鳴を上げていたが、ネズミはすぐに鳴かなくなった。
今日は二度、命の最後があげる悲鳴を聞いた。
ひとつはこのネズミ。
もうひとつはさっき。
関係のない一般人が目撃者にならないように見張っていたドアごしに、若い男が老人の声で呻くのを聞いた。
出てきたプロシュートの背中を眺め、今回も滞りなく『済ませた』のだと思った。
プロシュートは始めてコロシをやった時のことを思い出していた。
めまぐるしく過ぎてきた日々に、最初の任務の手順や方法などは全く思い出せない。
イギリス人だった。
足下で痙攣し、命が消える瞬間までの間を、永遠とも瞬間とも感じながら見ていた。
見下ろしたまま、幸福だと感じた日々を思い返そうとした。
溶けた砂糖が雪のようにかかったクリスマスプディングも、温かい部屋も会話も、記憶の奥底から思い出せなかった。
目の前にはつぶれたヨークシャー・プディングみたいな死体。
人を殺した。
神に与えられた浸礼名も祝福も、社会に与えられた権利も負わされる義務とも、人間的と言われるすべての事柄から切り離された。
そう感じた。
名も知らぬ(正確には、覚えていないといった方がいい)人間を殺したことで、自分の人間的な部分の一切を殺しつづける人生が始まった。
何人殺しても同じだと自分に思いこませながら、幸福な瞬間が妙に空々しく感じられる時間を生きてきた。
足下で人が生命を終えるたび、自分の順番を待つつもりで。
生と死に敏感でいられるペッシが、羨ましくもあった。
「今夜死んだ七面鳥の数を数えるヤツなんかいねぇ、だろう?」
それでは示しが付かないので、クギを刺した。
――― 妙にセンチになりやがる。ヤニが切れたか。
雨に打たれたのか、ゴブラン張りの座面は元の花柄の上にひどいシミをいくつも浮かばせるアンティックの椅子を引き寄せて腰掛け、胸ポケットからタバコを取り出す。
ぐらつく座面の上でいつも通り脚を組もうとかかとをあげると、はずれかけた足が折れて真後ろにスッ転び、派手に無様に尻から落下した。
長い脚を天に向かって放り出したプロシュートの失態に、思わず笑いがこみ上げた。
コーヒーの絞りカスを頭からかぶったプロシュートが悪魔の目つきでこちらを睨み付けたので、不器用なペッシは顔に微妙な笑いを貼り付けたまま固まり、結局怒鳴られるはめになった。
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食うにも住むにも困らない。
そこそこ快適な穴に住みついたネズミがそう考たか、また考えたことがあったかは定かでない。
壊れたハルモニウムはスモーキーな音をたてる代わりに、足下に空いた小さな穴から現在の借り主であるネズミをいっぴき、餌場へと送り出した。
さっと足下に走った気配にヒっと息をのんでたじろいだペッシに、前を歩いていたプロシュートはため息を鼻から吐く。
冷たい外気の中、顔の前でウンザリが白く曇った。
「おいペッシ」
ハイと返事はしたものの、今日何度めかになる怒号を覚悟したペッシはすでに身をすくませていた。
反して、それに続いた兄貴分の声は静かなものだった。
「こんなウスラちっこいネズミにまで、何をビビることがある?」
バン!
プロシュートが足を踏みならした音に、気を緩めかけたペッシの肩が跳ねあがった。
今度こそ口から大きくため息をついたプロシュートは、潰れてもまだ生暖かいネズミをつまみ上げる。
「ペッシペッシペッシよォ、よく見ろ、ただの汚ェ皮と肉だ」
ぺっと投げられたドブネズミの死骸は、ペッシの足下で痙攣した。
単純に気味が悪いと思った。
血を流した口からキッキッと最後の悲鳴を上げていたが、ネズミはすぐに鳴かなくなった。
今日は二度、命の最後があげる悲鳴を聞いた。
ひとつはこのネズミ。
もうひとつはさっき。
関係のない一般人が目撃者にならないように見張っていたドアごしに、若い男が老人の声で呻くのを聞いた。
出てきたプロシュートの背中を眺め、今回も滞りなく『済ませた』のだと思った。
プロシュートは始めてコロシをやった時のことを思い出していた。
めまぐるしく過ぎてきた日々に、最初の任務の手順や方法などは全く思い出せない。
イギリス人だった。
足下で痙攣し、命が消える瞬間までの間を、永遠とも瞬間とも感じながら見ていた。
見下ろしたまま、幸福だと感じた日々を思い返そうとした。
溶けた砂糖が雪のようにかかったクリスマスプディングも、温かい部屋も会話も、記憶の奥底から思い出せなかった。
目の前にはつぶれたヨークシャー・プディングみたいな死体。
人を殺した。
神に与えられた浸礼名も祝福も、社会に与えられた権利も負わされる義務とも、人間的と言われるすべての事柄から切り離された。
そう感じた。
名も知らぬ(正確には、覚えていないといった方がいい)人間を殺したことで、自分の人間的な部分の一切を殺しつづける人生が始まった。
何人殺しても同じだと自分に思いこませながら、幸福な瞬間が妙に空々しく感じられる時間を生きてきた。
足下で人が生命を終えるたび、自分の順番を待つつもりで。
生と死に敏感でいられるペッシが、羨ましくもあった。
「今夜死んだ七面鳥の数を数えるヤツなんかいねぇ、だろう?」
それでは示しが付かないので、クギを刺した。
――― 妙にセンチになりやがる。ヤニが切れたか。
雨に打たれたのか、ゴブラン張りの座面は元の花柄の上にひどいシミをいくつも浮かばせるアンティックの椅子を引き寄せて腰掛け、胸ポケットからタバコを取り出す。
ぐらつく座面の上でいつも通り脚を組もうとかかとをあげると、はずれかけた足が折れて真後ろにスッ転び、派手に無様に尻から落下した。
長い脚を天に向かって放り出したプロシュートの失態に、思わず笑いがこみ上げた。
コーヒーの絞りカスを頭からかぶったプロシュートが悪魔の目つきでこちらを睨み付けたので、不器用なペッシは顔に微妙な笑いを貼り付けたまま固まり、結局怒鳴られるはめになった。
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