クリスマス
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午後。
何度目かのコーヒーブレイクに立ち寄ったバールで、一人のチンピラがエスプレッソをオーダーした。
短く刈り込んだ赤毛、ラインを刻み込んだ髪型と、外股に歩く膝の運び。
何よりも、その目つき。
『おぉ、嫌だ』
今夜は年に一度の聖夜。
チンピラ風情に何か言い掛かりでもつけられてはたまらないと、その場にいた女性がひとり、残ったビスコッティをまだ半分も残っていたカプチーノで流し込んでテーブルを離れた。
他の客も半歩、あるいは一歩ほど、 男から遠ざかる。
気にもせず、赤毛のチンピラはカップを鼻先につけ、熱い湯気の匂いを嗅いでいた。
「…ウン、たまらねぇな」
独り言を漏らしつつ、今朝からの通算3杯めになるコーヒーをグっと流し込む。
ドロリと濃いエスプレッソは、金の縁取りが描かれたカップの内面に、エッフェル塔のシルエットに似た痕を残す。
もう一度、熱気の残るカップに鼻先を突っ込んだままクンと匂いを嗅ぎ、「ンン」とまた感嘆を低く述べた。
トン。
小さな砂糖の包みと華奢なスプーンの残されたソーサーにカップを戻す。
と、そのソーサーに、テーブルの下からヌゥっと手が伸びていた。
赤毛がテーブルの下を覗き込むと、黄色いシミがいくつも付いた白いシャツの男がうずくまっていた。
ところどころハゲのある頭に、歯磨きというエチケットなど知らないかのような黄色い乱杭歯。
赤茶のボンテージパンツのウエストから、サイズの大きなシャツの片一方がダラリと垂れ下がって地面についている。
「…何だオメェ」
「ぅおッ!!」
テーブルの上を冒険させていた手をサっと引っ込め、睫がまばらにしか生えていない目を見開いて赤毛を凝視した。
この寒いのに、薄いシャツ一枚。
しかし汚れたシャツとは対照的にボンテージパンツには手入れが行き届き、靴もピカピカに磨き上げられている。
ただの乞食ではないのか、と赤毛の興味はそそられた。
「さ、さ、砂糖おくれよ」
「ハァ?砂糖?」
ソーサーの上には、エスプレッソのしずくが染みてしまった砂糖の袋。
赤毛はつまんで、テーブルの下の男にヒラヒラ振って見せた。
「これか?…こりゃあ確かに砂糖だが、オメーの欲しい『シュガー』じゃあねぇ」
「それが欲しい!それが欲しい!さ、砂糖!『シュガー』!」
…あーぁ、解った。コイツもうダメなんだな。
テーブルの下の男が望む『砂糖』を持っていない赤毛は、仕方なく、コービーに添えられていた砂糖を手渡した。
座ると席料を請求されるのはちゃんと解っているようで、蛙座りにしゃがんだ姿勢で両肘を椅子に置き、紙袋の端をちぎった。
雪の結晶より小さな砂糖のつぶが、ばらっと椅子に散った。
長い舌を出してザラザラと砂糖を乗せ、カメレオンのように器用に舌を巻き取って、噛む。
ジャリ、ジャリと歯の間で音をたてていた粒が全て溶けると、椅子の座面に散らばったわずかな砂糖を舐め取り始める。
腹をすかせた野良犬が皿を舐めているようだ。
「もっとないか?」
座面のそこかしこにヨダレの痕をつけ終え、テーブルの下の砂糖男は赤毛を見上げた。
やっかいなのに捕まったかと思ったが、楽観主義者の気がある赤毛は、言葉が通じるぶんだけ野良犬よりはたちがいいと思い直す。
「さとう、砂糖ならなぁ…四月の兎を探しにいきな」
「四月兎」
「いいか?四月兎は卵から孵(かえ)る。ガキに見つからなかったイースターの卵から生まれるから、四月兎にはヘソが無ぇ。それが目印だぜ」
「ヘソが、無ぇ」
「そうだ。今年のイースターの卵から孵ったやつらが、ちょうど食い頃だぜ。そいつを捕まえて食ってみな。甘い砂糖で出来てるからな、旨ェぞ?」
口から出任せのユーモアは、子供だって騙されないようなチープなものだったが、テーブルの下の砂糖男は目を爛々と輝かせていた。
「うまい、うまい、砂糖のうさぎ、どこにいる」
「菓子屋の倉庫にでも紛れ込んでるんじゃあねぇのかァ?」
テーブルの下の砂糖男を厄介払いできた赤毛のチンピラは、男とは別の方向へと足を向ける。
嫌な顔をしたウェイトレスが、ヨダレのあとが乾ききらない椅子を持って、店の裏にあたる路地へと向かった。
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