クリスマス
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その日も、若き芸術家はアトリエにいた。
生活区とは一応隔たりを作ってある、冷えた簡素な部屋。
床に散らばる細かな石つぶて、砂ほどにまで粉砕された鉱物が、彼のすり足の癖で独特の足跡をつける。
彼は、いっそう冷えこむ窓際に置かれた椅子に腰を下ろした。
月が丸い。
数年に一度あるかないかの、一月に二度満月が現れる日だった。
奇しくも、クリスマスイブ。
『ブルームーン』と特別な名を付けられた神秘的な光は、雲のない空の高い位置から白々した光を窓へと差し伸べる。
何度もすり足を繰り返される床では石つぶての隆起それぞれが影を作り、それは米国が持ち帰った月面の写真によく似ていた。
彼はジャーナリズムや宣伝の喧騒を嫌う。だが、それでは食うに食われない。
画商は今朝、ブラックマーブルで彫り上げたばかりのアルメリアといくらかの金を交換していったばかりだ。
画商はもっと頻繁にこの部屋を訪ねたがったが、彼は一月に一度かそれ以下にしてくれとセンチメンタルな抵抗をし、それがもう何年にもなる。
そんな外界とほとんど接点のない彼に、明日、来客の予定があった。
相手は、女。
彼はこれまで、女という生き物をしつけのされていない猿以下の存在だと認識していた。
見た目ばかりを着飾って臭い匂いを振りまき、甘ったるい食い物ばかりを好み、ひどく弱い。
気にくわないことがあればサイレンのごとくわめき、機嫌が直れば流行の歌を口ずさむ、喧しさのテロリズム!
総じて考えるなら、彼は明日の来客を『女』と認識していないのかも知れない。
そう、まさにその通り。
彼の認識の中で、女はただ彼の作品であり、作業の結果でしかなかった。
ノミをあて、鎚をふるい、石を削り落としていく作業の結果に完成する彫刻。
それと同じ。
また手を加えることができるかと思うと、彼は珍しく、少し浮かれた気持ちになった。
そんな浮ッついた気持ちに気付いたからこそ、キッチンの戸棚に林檎の香りの紅茶葉が残っていなかったかどうか確かめる気になった。
月明かりの枠から立ち上がりざま、椅子の足の一本がギリリと嫌な軋みを鳴らす。
彫刻を専門とする彼が気紛れに木炭を持てカンバスに向かうとき、何度も描いたモチーフの一つだったが、このアンティックもそろそろ寿命を迎えるのか。
古物店に売り払えばいくらかにはなるだろうが、そこまでしてやるつもりも起こらない。
階下のバールが閉店時間を迎える。
林檎の香りの紅茶葉を後回しに、彼は足の軋む椅子を抱えて玄関を出た。
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