マンマ・ミーア!
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起こってしまったことは仕方がない───。
自身も濡れネズミと成り果てていたペッシだったが、靴の泥もそのままにアジトへと侵入していった。植木鉢を落とした犯人であろう、暴れるカーテンを抑えつけ、ひとまず大きく揺すられる窓を閉じる。
窓が閉じられる音と、玄関ドアが閉じた音が重なって聞こえなかったのは、未だ外に吹き荒れる嵐が収まりきっていないせいだ。
身体に張り付いたメローネのシャツの裾からひたひたと落ちる水が、アジトの床に水溜りをこしらえた。
「うん、古いオペラが似合いそうな悲劇だ」
水をかぶったメローネは、自分の格好にはまるで意に介さず、部屋の惨状をこう表現した。
『日常』が水をかぶった『非日常的』な光景に、サルバドール・ダリが描くのに近いシュルレアリスム的芸術感を見出したからこその言葉だった。残念ながら、メローネの言葉はペッシの心には冷えきった温度の嘲りとして届いたようだ。嘲弄的な笑いに見える普段通りの顔も、こんな場合にはいつもの倍、気に障る。
まずは水に浸った新聞や雑誌を袋に放り込み始めたペッシに、メローネは言った。
「なんだって、お前がこんな事しなくちゃあならないのさ?」
「頼まれていたからだよ、ギアッチョに。ちょうどアジトに向かうって言ったところで、出かけるから後は頼むって」
「ふうん。間の悪いやつだな、お前ってば」
足元に転がったグラスは粉砕を免れていたが、よく見れば稲妻に似たヒビを走らせていて、お役御免は確実だった。
イルーゾォがこのグラスの縁の口当たりをとても気に入っていたのに、と思ったが、今度は少しペッシの気持ちを慮り、口に出さないでおいた。外からの雨は渾身の力をこめ、ガラスを叩きつけ続けている。
「やっぱり、ホルマジオのほうが機転が効くんだな」
メローネが濡れてふにゃふにゃになったビスケットの箱を、足で蹴っ飛ばす。
「こんな時にホルマジオが何だってんだよ、メローネ」
ペッシは不機嫌だったが、一応聞き返した。
「まあ聞けよ、だいぶ前、一昨年くらいの話だけど。ホルマジオはさ──────……
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ホルマジオの目の前にあったのは、真っ黒に見えるほど熟成されたワインをぶちまけたシャツだった。
最悪だ、ワインのシミは落ちない。運の悪いことに、白いシャツだ。そして、今朝の十二星座占いの最下位の効力が、シャツを広げてみるといよいよ明らかになった。
立ち襟の、半袖の、合わせが片側に寄っている、これには見覚えがある。ギアッチョのものだ。
これがメローネのシャツだったら良かった。消毒だとか何とか、そういった屁理屈を、アイツはヤレヤレと聞き流して簡単に諦めるからだ。
これがペッシのシャツだったら良かった、謝って、新しいやつを買ってやればいい。
これがプロシュートのだったら良かった、いや良くはないが、革のつま先がどてッ腹に食い込むのを覚悟しなければならないが、それで済めば安い。怪我はタダだ。少々、いいや相当、痛むだろうが。
これがリーダーのだったら良かった、いやリーダーの白いシャツなんか、滅多に見ないから可能性は低い。
これがイルーゾォのだったら、まぁ、同じくらいに厄介かもしれない。が、今の問題はこのシャツがギアッチョのものだということだ。
あぁ、天使の羽根をへし折った時はまだ良かった。すこぶる肝を冷やしたが、あれは自分の勝手な勘違いだった。
ホルマジオは、ワインが乾き始めた手で頭を掻いた。こんな時、どうしたら?
「リーダーならどうするよ?」
想定外の逆境に最も場馴れしていそうなリゾットの顔をふと思い浮かべ、ホルマジオは何年も前のある出来事を思い出した───……
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