マンマ・ミーア!
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たった一本のバスを乗り過ごしただけだ、訳ないさ……。
薄暗い雲が張り出し始めた空の下、ペッシは自分に言い聞かせた。
地下水の染み出しで石レンガの浮いた部分の工事が目の前で始まって、かなりの迂回を余儀なくされた。路地では洗濯物のシーツが真上から降ってきて覆いかぶさり、上の住人が慌てて降りてくるのを待った。赤ん坊が乗ったままのベビーカーにじゃれる犬を追い払ってやり、どうしてもと譲らない母親にピスタッチオのジェラートをご馳走になっているうち、余裕をもっていたはずの時間は全て消費されてしまった。最終的にはこうして、ピスタッチオの匂いをさせる息を切らして走るはめになる。
こんな日に限って、時間通りにバスが来た。あぁ。
走っても追いつけないくらいに小さくなったバスを諦めて見送り、ペッシはバス停へと引き返す。
次のバスは四十分後。冷たいものを食べて全力疾走したせいで腹が痛かった。バス待ちの乗客目当てに店を構えたのだろうバールで、あたたかなカプチーノを一杯注文し、レストルームに入ったペッシは冒頭の言い訳をした。
バスが順路をめぐり、ペッシの目的地であるアジトから一番近くの停留所に近づく頃。頭上には文字通りの暗雲が立ち込めていた。真っ黒いキャンバスに稲妻がさっと白い閃光を描き、消える。冷たい湿度を含んだ風が強くなりはじめる。
ペッシに見送られたバスは、ペッシが目的にしていた停留所で止まる。降りたのは老女ひとりだった。古い時代に流行った形の花柄スカートが、風を含んで丸い風船の形に膨らみ、足をつんのめらせようとする。彼女は老人らしい速度で歩き、アジトのあるアパルトの正面のアーチをくぐると、一階のドア錠に鍵を差し込んだ。老女と一緒にアーチをくぐった風がドアを強い圧で押し、喧しい音を立てて閉じさせる。
老女がキッチンテーブルに荷物を置いたタイミングで、空が泣き始める。
ひとつ上の階では、窓が開け放たれていた。うっかり屋の住人の洗濯物は、今日も屋上に出されているのだろう。
可愛らしい花をつけた植木鉢がひとつ置いてあった。水をもらって日光浴をし、雨風が強くなる日には室内に非難させてもらえる、甘やかされた植物だ。帰ることになっていた住人が戻らないせいで、恐ろしく強い風雨に晒されようとしていた。外からは見えなかったが、窓枠の下には手入れされた銃火器がバラされて置いてある。その上には、植木鉢の表面に散らされた栄養剤がすでにいくつか落ちていた。
アジトの雑用を言い渡されたペッシがアパルトのドアを開けたのは、嵐がアジトの中を無遠慮に引っ掻き回している真っ最中だった。
今日の日付の新聞、レンタルされたビデオテープ、ビスケットの箱、全てが水浸しだった。中でも酷かったのが窓の下。彼女が苦心して咲かせた花の鉢は分解された銃の上に落ちて土をまき散らし、雨のせいで、ほとんど泥。
バスの排気と同じ色の黒雲は、強烈な雨でもって屋上の洗濯物を濡らすのに余念がない。
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