ノスタルジア
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世界には、あらかじめ成功する星の元に産まれつく、トンデモないラッキーな奴が存在する。
大富豪の娘になんて産まれた日にゃあ、両親がしこたま溜め込んだ財産で贅沢三昧、カネがカネを生む無限の英才教育を受けて、金持ちと結婚して、子供を作る。
その子供が、またカネの力で首尾良くカネを作り出す。
聞くところによると、俺の母親は娼婦だったそうだ。
ハッピーエンドの綺麗なおとぎ話みたいにことの顛末を語って聞かせたのは、これもまた、安く身体を売っていた娼婦だった。
その時は感傷に浸るでもなく、自分の生い立ちを、遠い国であったかなかったか定かではない物語みたいに聞いていた。
娼婦とアル中のハイブリットだ。
先はたかだか、知れている。
それは、はっきりと自覚が芽生えた訳ではないけれど、いつしかゆっくりと「ガムを踏んづけたらムカつく」くらい当たり前に認識していった。
クズの子供は所詮、クズ。
弛んだアゴと頬の肉をブルンブルン揺らして、真っ赤なツラして追いかけてくる店のジジィに、万引きしたコカ・コーラのビンを力一杯投げつける。
振り返ったまま走るオレの目に、血の巡りが良くなった真っ赤な顔にもっと濃い赤がダラリと滴るのが見えた。
早く来いよ、と急かされて駆けた。
…昨日の夜は、深夜営業の映画館で同じ映画を3回(多分3回)観ながら、こいつの隣で寝ていた。
もっと良く眠れるように、音を小さく、柔らかくて、横になれるシートにするべきだと言い合った。
身体中が固まって、映画館で眠っている間にゼペットじいさんが身体を木製人形にしちまったんじゃあないか?ってくらい、関節も筋肉も強張っていた。
腹を空かせたハイエナと同じように、オレたちは狩に出た。
ローカーのチョコウェハースも、コカ・コーラも、フィズキャンディもポケットの中に押し込んで走る。
追われたから逃げる、コカ・コーラを投げ捨てて。
投げ捨てたコカ・コーラが小さな惨劇を生んだのは、それは紛れもない不運な事故だ。
午前中の太陽。
まだ少しひんやりしている風も気持ちがいい。
ろくなものを食っていないのに、腹のあたりから力が湧いてきて、足が前に、前に、前に。
息は苦しくなってくるのに体は軽くて、どこまでも走れそうだった。
鉄の柵をよじ登り、ここいら辺で一番眺めのいい廃屋の屋根へ上がった。
一息ついて、盗みたての、オニオン味のしょっぱいグリッシーニをかじる。
かさかさのウェハースを咥えたら、乾いた唇に張り付いて薄い皮が剥げた。
さっき手榴弾替りにしてしまったコカ・コーラが、今更惜しい。
こいつのセブンアップで我慢してやるかと手を延ばす。
それよりも先に、ヤツの手はさっと缶を取り上げてしまう。
勿体ねぇことするからだ、と笑って一口飲んだあとで、缶を寄越した。
寝転がって食べる優雅で『お行儀の悪い!』朝食の上を、出来たての綿飴で作った幕みたいな薄くて白い雲が、ほどとんど形を変えずにゆっくりと流れている。
遠くで、もうずっと行っていない学校のベルが鳴る。
学校かぁ、と何の気なしに声に出せば、あんなのは育ちのいい家のやつらが行くもんさ、と返ってくる。
オレたちは野良犬とか野良猫に近いからな、と言ったアイツの顔は、どんなだったか。
「まともな金持ちの家に産まれて、ちゃんと学校行ってたら、今頃こんなことしてなかったかもな」
セブンアップを飲むオレの横で、ハリウッド映画の最新作が上映される時間を調べていたイルーゾォに、あの日とおなじようなことをオレは聞いた。
「大学まで行った秀才に云われたくねぇな」
イルーゾォはこちらを見もしない。
オレは野良犬とか野良猫に近いぜ、と茶々を入れたホルマジオが、オレの手からさっとセブンアップの缶を盗った。
真っ青な空の写真を大きく使ったパンフレットを覗き込む二つの横顔は、既視感を引き起こす。
あの時隣にいたアイツの顔は、もう二度と思い出せないんだろう。
今も、あのとき隣にいたアイツとそっくり似たような奴らが、オレの隣にいるから。
思い出せるはずがない。
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