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彼は新しい世界を作りたいなどと、大それたことをしでかすつもりがあったんじゃあない。
ちょっと試してみたいささいなことがひとつ、あっただけだ。
19xx年 3月1日午後0時4分
ひとつの事件が起こった。
そこにいた活動団体員36名全員が死亡。
また、送りつけられた郵便物の爆発によって活動団体員の一人が手指を欠損、顔に大火傷を負った。
犯人は逃げも隠れもしなかった。
どこからどうやってそこに登ったのか、不定期に高圧電流が流れる電線と有刺鉄線をどのようにして切断したのか、その奇術めいた所業に説明をつけられたものは後までいなかったが───そこに彼はいたのだ。活動家たちがわめいていた、その刑務所の5メートル以上ある塀の上に。
先人が決めてきた、未だ曖昧なルールによって彼が裁かれるときがくる。
彼は鉄の輪によってひと括りにされた手首を体の前にだらりと垂らし、掻き分けられない前髪の奥でくちびるをニヤリのかたちに持ちあげていた。
本件に関して非常な薄給を強いられた国選弁護人が、精神薄弱等々一応の弁護をひと通り終える。
発言の権利を与えられ、ようやくそのニヤリのかたちのくちびるを開いた。
「わたくしは本事件が起こるべくして起こった事件だと思っております。何故ならば、この世のなかにある絶対と呼べるものは死以外にありえないのですから。神職に就くもの、警察官なんかが小さな嘘ひとつつくこともない全くの善人と、そうは言い切れませんでしょう?そら、それと同じことでございますよ。死人に口はございませんから。悔しかっただろうか。無念であったか本望であったか。痛かったのか苦しかったのか心地よかったのか眠たかったのか腹がへっていたのか、飼い犬が粗相をしていないかどうかの心配をしていたのか。そういった一切のことは、今となっては分かり得ないことなのでございます。えぇ、えぇ。そこにお座りのかしこい先生方にもお解りにならないことが、どうしてこの無学な朴念仁に解るでしょうか。さぞや悔しかったであろう。もっと生きたかったであろう。そのような全ては全て生きている者の勝手至極の妄想に他ならないのでございます。死人がどう思ったか、何を思っているかなど、死人が証言をできない今となっては、到底解り得ないことなのですから。ですから、無学なわたくしは、ひとつ確かめてやろうと思ったのでございます。彼らが生きている間じゅう一意専心囀り続けたことが、果たしてここで結実するのであろうか。あぁ、今はあの、てんでつまらないトリックの仕組みなどお聞きにならないでください、後生ですから……ですから、神の代行をなすっている才ある先生方が、どうぞよろしくわたくしの今後の身のふりを定めてやってください」
カルトじみた犯罪者を痛罵してやろうと待ち構えていた検察のなかのひとりが低く唸った。
この奇っ怪な事件のあらましと動機が、ここにきてようやっと明るみに出たのだ。
そう、この最後の時に。
まるで他人ごとの物語を終え、証言台から一歩退いた位置で、彼は先ほどと同じ姿勢……鉄の輪によってひと括りにされた手首を体の前にだらりと垂らし、掻き分けられない前髪の奥でくちびるをニヤリのかたちに持ちあげている。
「判決は、後にのべることに」
最高裁判長が口火を切った途端、傍聴席にテロリストの如く潜んでいた記者達が立ち上がった。
「聞いたか!お前らが死にもの狂いでやってきたことは全て無駄だった!!!」
突然の大声に法定内がざわつく。
静粛になどなるはずもない中で判決は続く。
警察官に取り押さえられながら、彼はなおも叫ぶ。
無駄な人生を送ったゴミのような人間たちよ、さようなら!俺が始末してやって本当に良かった。
お前たちの遺言など、何一つ叶うことはないのだから!!
こうして、『死刑反対派団体員殺害事件』は、犯人の死刑をもって幕を閉じる。
さまざまな方法や手段について、犯人の口から真実が語られることはなかった。
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