なんでもない3日間の出来事
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
三時五十分。
午後の営業にようやっと身が入ってきた店主のエスプレッソ・ドッピオは、テープルの上で勝手に冷めていく。
手持ちぶさたにポケットの中の鍵をいじくり回す以外、リゾットは表面上微動だにしていない。
手入れを怠っている髪が伸びていた。
目にかからない位置で切りそろえるかと面を上げた時だった。
真後ろの席に長身の男が掛けたのを、リゾットは気配で感じ取った。
男は足下に荷物を置き、ウエイトレスが携えてきたメニューを見る間もなく、オレンジキュラソ入りココア、生クリームを乗せてシナモンを一振りしたものに蜂蜜を添えてと、珍妙なものをオーダーする。
「リゾット・ネロ?」
ウェイトレスがカウンターに戻ったのを見計らって、背中合わせのまま、男が声をかけた。
比較的、若い。
「ネエロ、だ」
「フン、思ったとおり。名前通りの暗い奴だな」
「……用件は?」
己の身体的特徴の評価など望んでいないリゾットは、余計なお世話だと先を促す。
鼻につく含み笑いが、後ろの男から漏れる。
「任務は三つ。ひとつめ、輸送」
ジャリ、と、何かが地面に落ちる金属音がした。
男は地面に落としたそれを、靴のかかとで蹴ってリゾットの足下へと滑らせる。
拾い上げてみると、鍵が一本。 キーリングに繋がれている。
「ポタジーノ、3104号船舶倉庫。手段、経路は全て任せる」
リゾットが意味を飲み込む間を与えるように、男はしばし黙った。
「ふたつめ、奪取」
上腕を肘でつつかれ手を出すと、折り畳まれた……折り畳まれてポケットにでも突っ込まれていたのか、ホコリが隅に挟まってしわくちゃになっている方眼用紙を一束、後ろ手に受け渡してきた。
リゾットは人差し指とナカユビの先だけでそれを受け取る。
「書類を盗み出す。これは大した仕事じゃあない、警備もいないクサレた民間施設から、ファイルを一冊拝借するだけだ。期日は同じ」
「みっつめ、殺害」
ふたつめの司令の時と同じだけ間を開けて、今度はやや聞き取りづらいほどの声色だった。
まぶたにかかりかけた前髪ごしに、リゾットは遠くへ視線を投げかける。
その視線の先を、大きな脚立を担いだペンキ塗りと、赤いハート形のキャンディを舐める女の子が横切っていく。
「車を、乗員ごと消し飛ばしてもらう。お得意だろ?小型車、ナンバーは―――。ミネからローマへ抜ける橋で、だ」
鍵と紙をポケットに突っ込みながら、耳だけを後ろの男の声に集中させた。
「……おッと、もうココアが出来そうだな、任務については以上……だが、別件でひとつ」
ウェイトレスの動きを察した男は、静かな声で言い渡した。
「これはリゾット・ネロ、アンタにとってとても名誉なことだから喜ぶといい。
―――ボス直々の呼び出しだ」
時間は明日の正午。
ウエイトレスがカップを持ってくる直前に話を終えた男は「彼にやってくれ」とリゾットを顎で指し、金を渡した。
ウェイトレスは言われたとおり、オレンジキュラソとココアと生クリームとシナモンと蜂蜜が混じってゲロの匂いの湯気を立たせるココアをリゾットの前に置く。
受け取った紙が、ポケットの中で握りつぶされていた。
.