なんでもない3日間の出来事
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眩しい光を背負った輪郭が、目の前で白くぼけた。
「……天使」
「誰が天使だ。……オイ、こっちも気が付いたぜ」
あきれ顔で、しかし安堵の表情でプロシュートが顔をあげた。
すぐにでも状況を把握したかったが、ホルマジオの体は全く動かない。
今まで忘れていた痛みが徐々に、心臓の鼓動とともに戻ってくる。
首の筋に何とか力を入れ、後頭部の丸みを利用してゴロリと頭を転がし、気配のある方を見た。
しゃがみ込んでいる黒い服。
イルーゾォだ。
細い尻と畳まれた膝に邪魔されて様子が伺いにくいが、ナナシも呼吸を取り戻しているらしいことが解った。
「早すぎる到着だなぁ、おい……」
酸素を得た途端に悪態をつくホルマジオに、プロシュートは立ち上がった。
ホルマジオも、辛うじてだが、自力で上半身を持ち上げた。
「なァ、何で、金庫の中だって解った?」
「あぁ、コレ」
足下に落ちているコウモリの死骸を、メローネが拾い上げる。
「……?」
「オレたちが到着したとき、ペッシが「ナッツの臭いがする」って言い出したんだよ。こんなフンの中で、だぜ?ま、毒ガスが充満してるかも知れない部屋にみすみす入るつもりは無かったからね…そこで捕まえたネコを放り込んでみたんだよ。生きてたからオレたちも入ってきたけど」
急激に酸素を取り込んでいるせいか頭が痛んで吐き気がする。
それでもホルマジオは、メローネの講釈を少しでも理解しようと滑らかに動く唇を目で追った。
「ビンが割れてる。メタンニトリル(シアン化水素。猛毒のガス)が発生したんだろうな。軽いからダクトから抜けただろうけど、何かあった時の保険にギアッチョとペッシは外に待たせてきた。ま、アンタらはマヌケに密閉されてたから吸い込まなくてラッキーだったと思いなよ」
『ラッキー』という表現に今ひとつ納得の出来ないホルマジオは、フロアを眺めた。
確かに、コウモリの死骸がそこかしこに落ちている。
ばあ!と目の前に、一羽のコウモリが迫っていた。
メローネが先ほど拾い上げた死骸の羽根を広げ、ホルマジオの顔面に突きつけたのだ。
鼻の出張った不細工な、不気味な顔のやつだ。
顎が下がり、鋭い牙の並んだ口を大きく開けてこちらを威嚇する表情のまま死んでいる。
「ほら!バット・ボックスで飼われてる、蚊を食うオオコウモリだぜ。亜種でもない限り、個体の色は黒一色のはずなのに、漂白剤かけたジーンズみたいにまだらになってる」
「それで?」
「オキシドールは毛皮の漂白に使われてたくらいだからな、金庫からシミ出したオキシドールで色が抜けたんだよ」
他に密閉してそうな所はないし、死体もないし……と、飄々と言ってのける。
「傷口にオキシドールぶっかけたのか。ふぅん、それで命拾いね」
コウモリを捨てて手をはたきながら、メローネはニコニコと笑った。
「帰んぞ。まだ任務が終わってねぇ」
肩にジャケットを引っかけた半裸のプロシュートが、左腕を差し出した。
途端に、イルーゾォのほうへぐらりと倒れこむ。
気丈にも体制を持ち直そうとするプロシュートの顔面は、眉間には深いシワが刻まれていた。
今更だがホルマジオは、プロシュートの利き手が裂けたシャツで縛られ、袖で首の後ろに吊っているのに気が付いた。
改めてホルマジオがメンバーを見渡せば、皆が砂埃と泥にまみれた野良猫のようにすすけている。
あのイルーゾォですら鼻の下に黒い汚れを拭ったあとが付着したままだ。
それは、ここまで来るのに、『少々』とは言えない悶着があったことを如実に物語っていた。
「……たくよォ……しょおがねぇ、なァ」
いつもの口癖には、きちんと口から出てこない感謝の気持ちが篭もっていた。
「お前ら、ここにくるまでに随分危ねェ橋渡って来たんだろ?」
「そりゃあもう!最悪最“凶”の『危ない橋』を渡ってきたさ」
三日月型に細められた眼をメローネに向けられたが、イルーゾォとプロシュートはふいと知らん顔を決め込んだ。
「折角だ。これも駄賃に貰って帰ろうぜ」
ビラビラ振り回す札束から抜け落ちた高額紙幣の数枚がコウモリの上に落ち、へへ、とホルマジオが笑った。
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