なんでもない3日間の出来事
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「こんだけカネがあったって、何の意味も有りゃしねぇな」
上まで積み重なった巨大な札束の壁に、ホルマジオは右頬をもたせかけた。
ますます苦しくなる。
酸素を取り込もうと肺は必死に呼吸を繰り返すが、喉から出る音が大きく早くなるだけ。
自分と相手の呼吸音を探る。
握りしめた指の先に、脈を感じあう。
……生きている。
まだ、生きている。
しかし、一点の明かりも無い真の闇の中。
冷たい金属の壁に囲まれた密室のすぐそこに、死の気配が忍び寄っている。
「気ィ張ってろよ……」
「おしゃべり、は、……やめよう……ハァ、……は……」
「もう一つだけ……いいか?」
「『これで最後』、……みたいな言い方しない、で……よね……」
「ここから出たら、……オメェに、ネックレス……買ってやるよ」
届いたのか?
……届かなかったのか。
返事は返ってこない。
ホルマジオの肩にもたれたまま、ナナシは気を失った。
見えないロープが胸や首に食い込んでくるような苦しさが、絶え間なく襲う。
「……ちく、ショウ……」
自分が気を失うわけにはいかなかった。
ホルマジオの能力が解除されれば、二人とも元の大きさに戻る。
大きく見積もっても40センチ四方の金庫の中に、最低最悪の、人間コンビーフが出来上がるのだ。
窒息が先か。
コンビーフが先か。
何らかの奇跡が起こってここから脱出出来たとして、狂犬病に感染していたら?
ライターが消える直前にちらりと見えた「発症後の致死率、ほぼ百パーセント」の文字が、網膜に焼き付いて消えない。
『全部、ろくでもねェ』
濃淡の無い闇で、目の前にチカチカする幻の光のツブがマーブルに歪んだ。
ずぶろくになった夜の空に似ていたが、臭うのはジンでもウォッカでもない。
目にしみるような消毒用オキシドールの臭いと、束ねられた新札の臭い。
肺はやみくもな活動を続けていたが、大胸筋が疲労していくだけ。
四肢の末端は痺れきっている。
肩を抱き寄せようとした腕を上げることもままならない。
わずかの動きに使われる血液中の酸素が惜しいと、体が、細胞が訴えている。
『…これ以上は、無理か』
コンビーフか。
心臓に呼応するように痛む頭は 思考を強制的に停止させようとしていた。
閉じた目蓋の先が白み、 耳鳴りが遠のく。
ホルマジオはそのまま。
ナナシの体温の方へと倒れかかった。
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