egg
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最近は任務もなくアガリもそれに準ずるので、ブーツを新調することが出来ずにいる。
女々しくも『お気に入り』ばかりを履いていたのだが、購入から五年。最もはき慣れたドクターマーチンは、とうとうつま先と靴底が決別してしまった。
次のハローウィンにゾンビーの仮装をしたらリアリティがあって素晴らしいだろうが、このザマではハーレーのクラッチを踏めない。
蛇皮を両サイドにあしらったパンツにチッペワは似合わないと思い、酷い靴擦れを経験して以来履いていなかったブラックバレットを持ち出してみた。
たった二ブロック歩く間に、以前と同じ箇所が酷く痛みだした。
ダサい厚地の靴下も役には立たなかったんだろう、くるぶしの下あたりはきっと皮が剥けている。
チャイナタウンへの案内板を見て、イルーゾォのアパルトへと足を向けた。
ヤツの機嫌が普段以上だったら、妙な色と臭いの中国茶くらい出してくれるだろうと踏んで。
不機嫌なら、わざわざ訪ねてきた来訪者の頬に一発、スペシャルなビンタをくれるだろう。
そうしたら、この悲鳴。
ドイツあたりの豪傑に押し入られてケツ穴の処女でも奪われたのかと思ったら、キッチンの床にたまごの殻をぶちまけ、明らかにアレの足りなくなった目つきでのたうっていた。
普段なら触らなかった。
面倒だから。
こんな神経質なガリガリ男に触るのは嫌だし、コイツだってオレが触ると性感染症が伝染ると信じきっている。
ただし今日は足が痛かった。
一度しゃがみこんだら立つのがおっくうになってしまった。
初めのうちはのたうっているイルーゾォを眺めるだけだったけど、手持ちぶさたに背中を撫ぜてみた。
手の平から、昨日今日汗ばんでそうなったのではないシャツの湿り気が伝わってくる。
さらりと流れる髪などは面影もなく、今流した涎や鼻汁や涙とは別の油分で汚らしく束になっており、このまま郊外の橋の下にでも捨てておいたほうが実に絵になると思えるほどだった。
たまごがどうのとブツブツと、呪詛のようなものを唱えている。
料理ではなくて、黒魔術でもおっ始めたのか。
悪魔払いに効きそうな聖書の文言など知らないので、かろうじて頭の隅に引っかかっていたエピソードの一部を話して聞かせた。
世界の終わりの話を。
うん、うんと返事をし、かしこまった目つきで、顎が微かに頷く。
功を奏したようなので、ついに叶わなかった『ヴェジアリアンに喰われる人生の最後』の願望を、今のコイツならきっとすぐに忘れてくれるだろうと思って口に出してみた。
「そのとき腹がへっていたら、オレを跡形もなく喰ってしまってくれよ」
「ついにカニバリズムに目覚めたのか。…喰われる側ってのが、テメェらしいな」
「ハラワタはレア・ステーキで」
背中をさする必要が無くなった手をポケットに突っ込むと、クチュクチュに丸まった紙に指が触れた。
いつか噛んでいたガム?
道ばたに吐き出さずに取っておくなんて、前にこのパンツを履いた時のオレってば、どうかしてたのかしら。
左の脇腹を押さえる手を退けて、丸まった紙くずをパンツのポケットに入れた。
「いいか、これはお守り」
心を落ち着かせてやるような出任せは、自分で言ったくせに恐ろしくも不気味で、背中にも腕にもまんべんなく鳥肌がたった。
何がお守りだ。明日の太陽が約束されていると思いこんでいる発展途上国の暢気な一般人でもあるまいし。
癖になっているニヤニヤ笑いすら口元に登ってこられなかった。
おかげで、嘘ばかりついているオレの言葉には少しだけ信憑性というものが生まれた。
「少し、外の空気でも吸って来な。今なら便所の芳香剤みたいな臭いの黄色い花が公園に咲いてる」
「……キンモクセイ?」
「金星だか木星だかは知らないよ」
イルーゾォが立ち上がってしまったので、オレも腰を上げた。
臭い中国茶を飲みたかったわけではない、が、やっぱりまた歩くとなるとくるぶしが痛んでおっくう極まりなかった。
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