道化師A
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「ペテン師どもがッ!調子に乗ってんじゃねェぞ!!」
頭に、顔に、真っ赤に血を上らせた不良男が客席を駆け下り、燕尾服男に掴みかかった。
帽子を取った燕尾服男がさっと身を翻した瞬間。
つんのめるでもなく、伸されるわけでもなく。
男は跡形もなく、消えた。
連れの女が悲鳴を上げた。
パニックになったように、バッグから財布を取り出し、札を千切るように引っ張り出して投げ捨てた。
ジッパーをあけた小銭入れをひっくり返して、床でまだコインが独楽のように弾み回っているうちに、片方のヒールがぬげた足で幕の向こうへ走っていく。
幕の前に座り込んだ老夫婦は、女が転がるように入っていった幕の隙間を、もう一度大きくはぐった。
女の姿はない。
もうそこには、先ほどの鏡がべったりと張り付いていた。
「本日のショウはお終いです。…さぁ、他の皆様はどうなさいますか?食われるでも、消えるでも、お帰りになるでも、ここに閉じこもるでも、どれを選んで頂いても、結構ですよ」
ショウ…いいや、問答の間ずっと眠っていた酔っ払いの胸ポケットから札を抜き取り、門番は幕の向こうへ押しやった。
十一、二歳の男の子たちが、祭りの小遣いを門番に渡して、ひとりずつ幕をくぐった。
まるまると太った三人目の男の子が、幕を通れずにいる。
門番がポケットに手を突っ込むと、金が出てきた。
まだ通れずにいる。
太った男の子は泣きそうになりながら靴をぬぎ、隠しておいた金を渡してようやく幕をくぐった。
女の子は、母親が青ざめ、わななく唇を噛みしめるのを見上げた。
コルセットを締め上げている最中と同じ顔だった。
口の中は油っこく甘い揚げ菓子の味でいっぱいだった。
油のついた手をポケットに突っ込むと、まだ少しだけ小遣いが残っていた。
おしっこがしたくなった女の子は母親の手をすり抜け、門番の所へかけていって小遣いの残りを渡し、幕をくぐって外へ出た。
広場へ出ると、大道芸人達が僅かな明かりの中で帰り支度をしていた。
すぐ後ろから母親がかけてきて、女の子を抱きしめた。
二人は路地を振り返ったが、街のどの美術館より教会の柱より素晴らしく不気味な彫刻を施された金茶の入り口はもう、無くなっていた。
やがて、暗い路地からちらちらと、青ざめた人たちが出てくる。
ペテンにかけられていることは解っていたが、疲れ果てた顔をしている。
男の子達が警察の手を引っ張ってきた。
男の子も警察官も引き返していこうとした観客の数人も、もう二度と、金茶の額縁やペテン師たちはおろか、円形広場にさえたどりつくことは出来なかった。
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