道化師A
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この暗がりの中、カーニバルの菓子を手にした小さな女の子は、幕が微かに揺れるのを目ざとく見ていた。
腰をコルセットで絞り上げた古めかしいドレスに身を包んだ母親の手を力いっぱい引いて引いて、近づいた。
「…ここでは何をしてらっしゃるんです?」
怪しげな男が発する胡散臭さにあからさまな嫌悪を隠しもせず、母親は聞いた。
白いフリルを揺らめかせ、男はまどろんだ視線を母親に向けた。
「世にも珍しい人食い犬のショウ、今なら最後の公演に間に合う」
「恐ろしいわ。いきましょう」
女の子は飴菓子を口に入れ、無言で母親を見上げた。
怪しげな雰囲気、教育上宜しからんと思ったが、手を引こうとした子供は頑としてそこを動かない。
「…おいくら?」
「お代は見てのお帰りだ」
釣りスカートの膝をついて女の子が幕をくぐる。
ついで母親も身をかがめ、ドレスに染みが付くような汚れが無いか幕をつまんでよく見、くぐった。
狭い入り口を抜けると、ふっと夜の風が止んだ。
狭い通路を抜け、先ほど大道芸人がひしめいていた広場にそっくりの円形広場に出た。
五十人ほどだろうか。
階段状の腰掛けに、まばらに人が座っていた。
若いカップル、親子連れ、酒に酔った男は開演まで待ちきれなかったのか、眠っていた。
先ほどの老夫婦も、菓子を口に運びながらささやき合っていた。
女の子が一番前に座ったので、母親はスカートの裾をたくしあげ、今日新調したばかりのディオールのヒールで慎重に段を降りた。
音が無かった。
約50の人間に見合った衣擦れや、ささやきや、いびきや呼吸の音しか、存在していないように不気味に静かだった。
パンパン、パンパン。
ひとりぶんのくもった拍手が、足音とともに舞台の奥からやってきた。
やがて、真っ赤な燕尾服に身を包み、顔の下半分だけを仮面で覆った金髪の男が、ステージの真ん中へと登場した。
真っ白な手袋の両手を空へ向けてひらき、やはり真っ赤な鍔広の帽子を取って胸にあて、客席に向かってうやうやしく一礼した。
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