バックミラーシアター
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ラッシュアワー。
普段時間など気にせず、自分勝手で乱暴なドライビングをたしなむカーリーヘアの眼鏡がひとり、まんまと渋滞にはまった。
あちこちで鳴るクラクションのオーケストラに、彼自身も先ほどまで参加していた。
ただ、どんなに鳴らしても、たった車一台ぶん進行するのにかなりの時間を要しているのには変わりない。
無駄な雑音は自分の神経を逆撫でするだけだと、指先で不満を露わにするのすら面倒になって、止めた。
煙草ケース最後の一本は、さっき苛立ちに任せてヘシ折ってしまい、窓の外の対向車に踏みつぶされてバラバラ。
ダッシュボードを探ると、誰かの置き忘れが運良く見付かった。
ハッカの匂いが喉に冷たい。
随分細い煙を目の前にくゆらして、何気なくバックミラーを見上げた。
後ろに付けた奴もさぞや苛立っているだろうと踏んだのだが、どうやらアチラはそうでもなさそうだ。
横に細長い鏡に映る、後続車内の男と女。
髪の長い男がうやうやしく女の髪を撫で、口付けているようだ。
「三文映画だな」
小さなシアターに写るライブドラマを退屈しのぎに眺めながら、カーリーヘァの眼鏡は独り言を漏らした。
バックミラーの向こうで女が顔を上げ、正面を向く。
「…?……??」
自分がよく知る女に、雰囲気がよく似ている。
服装の趣味、ヘアスタイル、アクセサリー、似すぎるほど、似ている。
カーリーヘァは眼鏡の奥で目を剥いた。
絶妙な角度で差す日差しは高級車のフロントに反射し、、女の顔を隠した。
じわりじわりと頭に血が上ってきたが、前方車両が少し前に出たのでゆるくアクセルを踏む。
一瞬目を離したスキに、今度は女の方から長髪男の髪に指を絡めている。
心中、穏やかではいられない。
出来ることなら、チームリーダーによって「目立つ行動はするな」と刺された釘を今すぐ引っこ抜いて、強盗よろしく押し入って、(もし、もしも最悪、自分のよく知る女だったら…)懐に仕込んだ自慢のエモノを突きつけて(出来れば腹いせに一発ブッ放して)、女を引っ張り出してきたい。
が、いっこうに動かない車の列、目撃者が多すぎる。
そもそも、彼女かどうかの確信たる顔はどう首を動かしても見えず、万が一、カーリーヘアにとって最悪の状況だったとしても、彼女のプライベートに口出しする権利など、無い。
カーリーヘアは少し冷静になる。
なろうとつとめた。
各個がどんな任務についているかも曖昧なチームのこと、これが『任務の一環』であったなら、恐るべき妨害行為を犯すことになり、自分首を絞めかねない。
若さからくる浅慮、短絡的な行動に走り掛けた精神を、カーリーヘァの眼鏡は何とか鎮めた。
燃え方がゆっくり過ぎる細い煙草は、ジリジリと細い灰になりながら、鼻息で細い煙を散らされる。
バックミラーの中で目があった長髪男が、『覗き見とは趣味が悪いな』と警告するように、不快そうに顔を歪めた。
パァッ!と一度鳴らされたクラクションでカーリーヘァが前方に視線を戻すと、一人芝居を打っているうちに前方にいたバイクははるか向こうへと進んでいた。
相乗した怒りが、「もっと丁寧に扱え!」と忠告を受けたアクセルをまた、力一杯踏みつぶしてフィアットを急発進させた。
.