バックミラーシアター
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
この車のシートは彼女の背のカーブにしっくりくるので、彼女は最初に乗った時からとても気に入っていた。
リクライニング気味にさせ、十分なレッグスペースに脚を悠々と伸ばし、ドライバーが選曲した無難な音楽のなかに漂っている気分になる。
力強いエンジンに体をガタガタ揺すられるのも、とても気持ちがいい。
車だのエンジンだのといったメタルと油の集合体に興味をもつ女性自体、少ない。
彼女も例外でなく、「通りを行き交う車と比べれば、随分と高いのだろうな」程度のぼんやりした予想はつけていたものの、それを口に出して確かめることはしていないため、これがランボルギーニ・ディアブロという車種でとんでもない値段だということは、乗車2度めにしてまだ知らない。
それにしても、いっこうに進まない車の列のせいで、今日のクレメリーア(アイスクリーム店)はずいぶん遠くなってしまったようだ。
「何か、アイドル歌手のツアーコンテナが通るぞ」
車の停滞と共にとぎれていた会話の再開のきっかけは、ドライバーである男からだった。
「一台、二台…本人も乗っているかもな」
背を起こした彼女のために、ドライバーはマイクロミニの膝に顔を埋め、足下のレバーを引いてシートを起こしてやる。
…こんな時、普段行動を共にするメンバーなら、やれスカートが短いだのいやらしくて『とてもいい』だのといちいち喧しいのだが、気にならないこともないだろうに、この男は何も云わない。
あえて黙っていて貰えるのは、年頃の娘が父親の執拗な干渉を面倒だと思うのに似ているからだろうか、とても有り難く思える。
3台めのトレーラーが横切った。
実物の何倍にもなるサイズの歌手の写真と、装飾を施したゴシック体でツアータイトルが記されている。
壊れかけて時々音も出なくなるテレビの小さなブラウン管の中で、彼女がけなげに歌っているのを見たことがある。
トレーラーにブリントされた彼女は、想像していたよりずっと華やかで明るい金髪、ところどころに入れたメッシュはブラウンやレッドだと思いこんでいたのに、本当は奇抜なグリーンだった。
砂埃を巻いて過ぎ去る大型車に、しばらく見とれた。
「ああいうふうにしてみたら、案外似合うんじゃあないか?」
「そうですか?あんなトンチキな色の髪、今持っている服が全部着られなくなる覚悟じゃあなかったらとても出来ないわ」
「そうか?このあたりに、ビーズと羽根飾りの入った、インディアンが編んだようなのを」
伸ばされた手が耳の上あたりの髪を指先だけで一束とり、撫でた。
「金髪にグリーンより、もっと奇抜な発想ですね」
覗き込む仕草と近くなった男の胸元に少し緊張しながら、彼女はお返しにとドライバーの長い髪も撫でた。
「あたしがインディアンの羽根飾りをつけたら、『ソリッド』さんはエスキモーの耳あて付きの帽子をかぶってくださいね」
「寒くなる頃まで覚えていたらな」
前は随分と進行しているにもかかわらず、居眠りでもしているらしい前方の車が動いていなかった。
ドライバーは少し顔をしかめ、パァっと一度クラクションを鳴らした。
.