ドミノ ージエンドオブエデンー
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「ビンゴォ、……ってか」
真夜中より黒いカマロの天井にまた、ロメオ・Y・ジュリエッタの煙が吐き出された。
最大限に倒したシートに背を沈めている男の容貌は、男性の美意識が高いここイタリアにおいても極めて稀な完成度を誇っている。
ささやかな街灯の差し込む仄暗い車内で煙に纏わりつかれた男は、丁寧にカービングを施したプラチナ製の彫刻のようであった。
しかしその表情からは力が抜け落ち、酷く胡乱だった。
完璧な球形に研がれたステンレスに似た目と、目標物の間にきざな匂いの霧がかかり、消える。
モヤの残る視界の先、細長いバックミラーに映るのは、固く閉ざされたままの真っ黒いニス塗りの扉。
───の真裏に位置する、白いペンキがささくれ立って剥げた、木製の扉。
ニス塗りの扉と同じ、かつて大金をつかみ損ねた地下カジノへと階段が落ちているはずだった。
壁との境目が生温い色の光で扉を四角く縁取り、外へと漏れ出させている。
四方を伺う、女の影。
体に張り付くつや消しのラテックスコスチューム。
防弾性に優れた特注だということは、同業なら解る。
黒猫に似た肢体がヌルリと壁伝いに動いたが、高いヒールは全く音を立てなかった。
男はショルダーホルスターに収まった鉄の重みを胸に感じながら、リクライニングバーを握り上げた。
跳ね上がったシートの位置が定まらないうちに、素早くイグニッションキーをひねり込む。
ヘッドライトが壁に女の影を縫い付けた。
サーチライトに追い詰められた脱走囚さながらに、腕で顔を覆った女がこちらを振り返る。
「遅ェよ」
気付くのが。
「逃げるか?」
逃げてみせろ。
相変わらず虚ろな表情のまま、男は苦い煙の味が残る唇で呟いた。
乱暴に引き下げた肘で一気に二段階ギアを上げ、磨かれた革靴の底がアクセルを潰した。
急激な回転を要求されたエンジンが古さに見合った轟音を立てる。
静かな駆け引きの幕を引くチェックメイトというつもりか、しかし透き通った目には獣欲に似た光が満ちていた。
いっぱいに切られたハンドルに方向付けされたタイヤが、鉤爪がガラスを引くのに似た音を立てる。
男の声は届いていないはずだったが、女はゴミの積み上がった路地へ体を踊り込ませた。
こちらに気が付いてどん詰まりに逃げるとは、とても正気の沙汰とは思えなかった。
この速度で路地に突っ込んでも、バンパーに掠り傷ひとつ付けずに寸止めすることなど容易い。
車体で逃げ場を塞がれる事くらいは想像の範疇であって欲しいと、内心で愚かな女を蔑んだ。
ヘッドライトの先で女はワインの木箱を掴み投げ、ヒールの脚がゴミ箱を蹴り倒している。
全て予め仕組んでおいた障害物の下から、毒々しいピンクのアプリリアを引っ張り出された。
跨るために振り上げた脚がクラッチを蹴る。
「へっ!準備万端じゃねぇか」
路地を形成する壁まで、わずか2メートル。
カマロと壁の隙を右へ滑り抜けざま、アプリリアの女が後ろ手に『筒』を投げ落とした。
見覚えがあった。
驚愕に見開いた眼差しの先。
「てめッ……!」
ドゥン!
ナフサと石鹸など簡単な材料で作ることができる真空の爆破装置だと気がついた瞬間。
避けることも適わずもろに踏みつけた右タイヤが、曇った爆発音を立てた。
車体に衝撃が伝わる。
下がった右前輪方向にハンドルを取られ、咄嗟のブレーキにロックされて後部が大きく振れる。
黒く大きな半円形のタイヤ跡を地面に描き付けたが、奇しくも方向転換を果たし、間を開けずに後を追った。
「ナメくさりやがって」
牽制を握られた状況に置かれ、表面では冷静を決め込んでいた男は無粋な憎悪を捲りあがらせた。
60、
65、
70……、
……80……!
ハンドルをやや左に固定したまま、振り切れる針を気にも止めない靴底がべったりとアクセルを踏みつけた。
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