シュールマルーシェ
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「今日は他に用もないんだろう?」
『ソリッド』は"staff only"を掲げた店のいちばん奥のドアノブにポケットから出した鍵を突っ込んだ。
目の前すぐに現れた急勾配の階段からヒヤリとした空気が流れ出て、ナナシのストッキングのすねを撫ぜる。
値段のつけられていない、いや、つけようもないような汚い本が片側の一段一段に山と積まれ、ナナシはついそそられてしまう。
そんな気持ちを知らずかまたは無視してか、『ソリッド』は階段を登りきった正面のドアにもう一度、今度はまた別の鍵を突っ込んだ。
あちこちにガラクタが積まれて雑然としているが、部屋の奥では薪のストーブに赤々と火が燃えていて暖かい。
『ソリッド』は奥の椅子へとナナシを促し、冷蔵庫からザクザクと氷を入れたグラスと酒を用意する。
ニヒリックな笑顔を向ける『ソリッド』に、ナナシは肩をすくめた。
「やっぱりソレですか」
「早く体が暖まる」
それはその通りなのだが、それにしても『ソリッド』の用意したベルガモットは昼間から飲むようなものじゃあない。
「何か都合でも悪いか?」
「全く、悪くありませんわ」
有無をいわせない『ソリッド』の強引さもこんな時なら悪くないかと、ナナシは差し出されたグラスをありがたく受け取った。
「公式のルールは解らないから、先攻でも後攻でも好きな方を選んで良いぞ」
「なら後攻で」
中心に並べられたチップを黒い面で挟み、『ソリッド』がひとつ裏返す。
ナナシも間を空けずに一枚置き、裏返す。
「ちょうど、『オセロー』を読んでいたんです」
「コロコロと表情を変えるさまを悲喜劇に見立てて、これを考案したジャッポーネが『オセロ』と名付けたのだそうだ」
「へぇ」
白から黒、黒からまた白へ。
そのうち盤面はほとんど白で埋まり、一ゲームめを終える。
「単純なゲームほど難しいな」
「私もこれは久しぶりですけどね」
言い訳じみた台詞に嫌みを返してチップ回収し、中心にまた四枚置く。
「何か賭けるか?やる気が起こらん」
「手持ちが無いです」
『ソリッド』が二ゲームめのチップを裏返しながら言ったのに、ナナシは正直に答えた。
お互い瞬発力でパタパタと裏返していき、時間をかけずに盤面は白で埋まる。
「弱いですね」
「たまたまだ」
重ねるように回収したチップを半分ナナシに寄越して酒を注ぎ、『ソリッド』は面白くなさそうに吐き捨てた。
「そうだな。次にお前が買ったら5,000。俺が勝ったら、ひとつ身につけているものを外せ」
「ピアスやネックレスでもいいんでしょう?」
「もちろん」
ピンと弾いたプラスチックのチップが緑の上でクルクルと回る。
そのうち、スッスッと斜めに倒れた回転をくり返してパタリと落ち着いた。
「負けませんよ」
ヒトをコロスような日常から引き剥がされ、退屈を募らせられては魂が焦燥してくる。
限られた中での適度な危険は、ナナシの本性をチクチクとくすぐった。
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