ノルマ
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「……ナルシチズムもそこまで来ると恐ェ」
湿った空気のバスルームには、石鹸とさまざまな洗剤の匂いとが混じり合っていた。
鏡の前、髪の毛の絡んだクシや整髪料の中に置かれた香水の瓶を取り上げて弄びながら、向こうから途切れ途切れに聞こていたイルーゾォの独白に、ギアッチョが簡潔な感想を述べた。
さっきまで鼻をすすっていたイルーゾォがクツクツと喉で笑う。
「やっぱりそう思うか?」
真っ赤に充血した目に、ムッと漂った煙がしみる。
肺いっぱいに吸い込んで息を止め、心地よい眩暈で頭がクラクラしはじめてからゆっくりと吐き出した。
誰への遠慮もいらない空間に、燃える草の嫌な臭いが充満する。
「テメェはいつもそうだな。とっとと鏡に逃げ込みやがるくせに、外の音は許可して」
鏡の外のギアッチョと同じ位置にもたれ掛かったまま、ハ、ハ、ハ、と笑う声で残りの煙を吐き出した。
「お前も同じだろ?いちいち、いちいち俺の所に来て…放っておいてくれよ」
ギアッチョの手の中で甘い匂いが揺れる。
キャップに鼻先を近付けてみると、確かにナナシのもののはずなのに、彼女が身に纏っていた時よりもきつく棘のある香りに感じられた。
体温とナナシ自身の匂いに混じったこれは、もっと穏やかに甘く香っていた。
持ち主の居なくなった厚い硝子瓶を叩き割ってしまいたかったが、この類は落としても簡単に割れるものでもない。
尻のポケットからジッポを取り出し、オイル綿に香水を染み込ませてケースを戻す。
「バールにでも行って寂しい顔してろよ。それらしい『お涙チョーダイ話』を並べ立てりゃ、股のユルい女が慰めてくれるぜ」
ギアッチョは石の減ったジッポをイライラと擦り、ジャリッと音を立てていたダイアルは6度めにして火を灯す。
暖かい色の炎から、オイルとススに混じった甘い匂いが立ち上った。
「お前こそ年増の売女でも買いに行けよ」
「うるせぇよクソ野郎」
向こうから聞こえた減らず口に舌打ちし、真横に振った手でバチンと蓋を閉じた。
胸ポケットに落としたジッポがまだ熱を持っている。
眼鏡を直した手から、香水ともナナシとも違う、苦いような甘い匂いがした。
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