鉄の死神
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薄く輪のかかった雲の下で街を包む外気は、零下に近かった。
しかしここはいつも通り、全く温度を感じない。
肩と同じ位置、同じ幅にさせた両手の間には、ごく細い
目の前でこすれあう金属の臭いがする。
手の中に握りしめた2本の棒は、イルーゾォが手の平をいっぱいに広げて伸ばし、手首の付け根からナカユビの先までを真っ直ぐに測ったのと同じ長さだった。
どこのマーケットでも雑貨屋でも市場でも手に入る、手元でショートパスタを伸ばすための短い麺棒。
何周も巻いたニッケル銅のピアノ線が肩幅と同じ長さの橋でそれを繋いでいる。
前にいちど、アルミニウムの缶で簡易的にこしらえたことがあった。
ひしゃげた缶の僅かな切り口につけ込んだ強烈な線は炭酸の放射を放ち、たちまち缶を真二つに引き裂いた。
その教訓をふまえ、おいそれと千切れないように『専用の道具』をこしらえた。
それぞれの手のナカユビと薬指の間から伸びたワイヤーの、切れるはずのない強度を確かめるように、イルーゾォは一度ビンと張った。
感情のない金属線は音で言えばE、「ウン…」と女のような声をあげる。
ワイヤーのあげた声の余韻が完全に消えてから、イルーゾォはゆっくりと腕を交差させ、体の前で湾曲した線のその先に焦点を合わせた。
どこかで見た顔だった。
どこにでもある顔だからかも知れない。
一連の動作で反転した体は戯曲を舞う芸人のしなやかさで無駄な力をいっさい抜きさり、最後には止んでしまった音に絶望するように深く頭を垂れた形になった。
しなやかな金属はイルーゾォの腕の長さと同じ半円を描き、手の軌跡をたどって男の首を一周半。
優雅とは無縁になった背と腕とが、四十五度の角度に男を担ぎ上げる。
金属線が顎関節の真下に喰らい込み、動脈も静脈も黄道や痛みの伝達をつかさどる神経の要を全て拘束した。
背中で生命がもがく。
『生きたい』と精一杯、人とは思えぬ力を振り絞って暴れる。
ももの裏側を固いかかとに蹴られ、肘が頭を殴った。
蝿の羽音と聞き違えるような振動と呻き声が、とても耳障りだった。
少しの痛みと人一人の重みを感じながら、イルーゾォは凶暴な優越感の中にあった。
引き締まった薄い唇に、恍惚から笑みさえもこぼれる。
さっきまでさまざまな事に征服されていた頭は
重みでヒクつく上腕の筋肉の痙攣すらも心地よい。
ひとつの生命への絶対的な支配、限られた者にのみ許されたぜいたくな高揚感が、異国の酒よりも深くイルーゾォを酔わせた。
五分もしないうちに血が上った顔は真っ赤にふくれあがり、動きは緩慢になっていった。
十分もしないうちにみるみる青ざめ、全ての動きが止まった。
力の抜けた頭が自分の後ろ頭へ転がってきた。
鏡の外に放り出した遺骸に、イルーゾォの感情の痕跡は残らなかった。
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