ベッラ・ドンナ
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アタシは、父親を知らない。
母は女手ひとつ、たくましくアタシと兄を育ててくれた。
アタシたち兄妹には母に与えられる温もりが全てだったし、決して楽な生活じゃあなかったけど幸せだったと思える。
それなのに、母は男を作って出て行ってしまった。
アタシたちを食べさせていくために、幾度となく危ない橋を渡っていたのも知っている。
母だって、自由になりたかったのだ。
それでも、突然に突き落とされた孤独を今も忘れることが出来ない。
その後、少しのあいだだけ優しい人の世話になった。
でも本当はアタシたちみたいなのが住んじゃあいけない所だったみたいで、そこに住まわせてくれた優しい人が居ない時につまみ出された。
それからゴミをあさって生きてきたような素性など、明かせようはずもない。
それでも彼の優しい手は、今日もアタシの頬をそうっと撫でてくれていた
───のに。
「まぁ、チャーミングなコねホルマジオ。妬けちゃうわ」
また来た。この邪魔な女。
「よッく言うぜ。オレなんかどうだっていいんだろうが」
ほんと、よく言うわよね。
大きな目、手入れの行き届いた爪、すらっとした手足。
どれもアタシほどじゃあなくっても、アンタそこそこ可愛いもの。
でも母が唯一残してくれた私の毛皮は、アンタのフェイクファーなんかよりずっと上等。
キャットウォークだって、アタシの方がずっと素敵にできるわ。
───彼は気付いていないかも知れないけど、いつもそんな気持ちでこの女を睨みつけた。
女の方はといえば、余裕綽々の勝ち誇ったような笑みをアタシに返してくる。
彼がずいぶん前に連れてきたこの女、したたか酔って彼に絡んでは静かな時間を台無しにする。
恋人なんて甘ったるい関係じゃあないのは解るけど、じゃれながら2人で店を出て行くのには本ッ当に腹が立つ。
…それから。
浮き足立ったナターレの後、2人の関係が少しだけ変わったのにも気が付いた。
───悔しい。悔しい。悔しいわ!
「ホルマジオ、今晩、泊めて」
「よせよ。何かしちまうだろォ?」
「……しちゃえば?」
際どいジョークは、彼女の一言でジョークじゃあなくなった。
にやけてんじゃないわよ、最ッ低。
そんなことアタシの前で話さないで!
アタシは苛立ちで、ついに彼の膝に爪を立てた。
「ッイテェ!…しょおがねぇな、寝ボケたかァ?」
大きな手が膝からアタシを抱き上げて椅子に下ろす。
爪の伸びた前足を舐めながら、腰をくっつけて出て行く2人を見ているしかないなんて。
…なんて、悔しいんだろう。
椅子にキリキリ爪を突き刺して尻尾の毛並みを整えていると、いつも厭らしい目でアタシを見る店主が温かいミルクを奢ってくれた。
『ほっといてよ』
そんな文句のひとつさえ「ニャア」としか聞こえないだなんて。
あぁ───なんて、悔しいんだろう。
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