ベッラ・ドンナ
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座り心地の悪いビニールばりのスツールをひとつ陣取って、いつもどおりにアタシはこのバールにいた。
だらしない店主はシエスタにたっぷりと時間をとる。
午後いちばんに入れた香り高いコーヒーは自分用で、それをすっかり飲んでしまってから、ようやく店の外にかけられた吊り板が『open』にひっくり返される。
それを待ちかねて入り、入り浸るのがアタシの日課になっていた。
代わり映えしない、店内に流れる主人好みのダサい音楽にコーヒーとシガレットの匂い。遅い時間は酒とチーズと、酢漬けのオリーブのすっぱい匂い。
どれも大嫌いだったけれど、長くいても店主が厭な顔ひとつしないのがいい。
本当のことをいえば、アタシに気があるのだろう。時々厭らしい目で私を見たが、そんなものは無視してしまえば、いくらでも静かな時間が過ごせた。
店の隅におかれたmade in USAのピンボールの、カタンカタンと弾ける銀色の球に夢中になったこともあったけれど、今はもう飽きてしまった。
アタシがここに入り浸る理由は、ちょっぴり、ほんのチョッピリいい男を見つけたから。
「へぇ、かわいこちゃんがいるじゃあねぇか」
初めてこのバールに来たとき、彼は店の主人にそう言って、軟派なイタリア男らしくアタシの肩を抱いた。
失礼なやつ。
嫌な顔をして席を立つと、しつこく追うこともせずに「残念!嫌われちまったよ」といってさっさとビールを注文し、独りで飲み始めた。
アタシも相当『気まぐれなやつだ』と言われてきたけれど、彼はそのアタシよりずっと気まぐれに、ふらりとこのバールに現れる。
何度会っても、彼はアタシに「チャーオ、ベッラ(よォ、かわいこちゃん)」と声をかけ続けた。
いつの間にか肩を抱かれるのが嫌じゃあなくなって、彼にもたれてウトウトしてしまったこともあった。
我に返って彼を見上げたら、ニヤニヤ笑ってアタシの寝顔を見ていて。
あまりの恥ずかしさに飛び退いてしまった。
そうして、アタシと彼の距離はだんだんと縮まっていった。と、アタシは勝手に思っていた。
恋人というより、父親がいたらこんな感じなのかも知れないと。
彼に与えられるのはそんな優しさだった。
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