…ディア "ヴォアーロ"
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いつも通り、日に晒れて白茶けた背表紙を目で追いながら店内をゆっくりと歩く。
ずらりと並ぶそれらのラインナップは代わり映えしなかったが、眺めていると、良く知るタイトルを目にして嬉しくなったり『何度も前を通ったはずなのに』探している本を見つける事があった。
そしてもう一つ。
各国の言語で書かれた本が並ぶ棚の前に『いつもどおり』その男は立っていた。
いつもキッチリとした服装ではあるが、とてもカタギの仕事をしているとは思えない長い髪と文字を追いながら時々見せる鋭い視線。
なんとなく、同じ匂いを感じていた。
「気になるか?」
パタンと閉じられ埃の匂いを巻き上げたのは、ここ最近彼がずっと開いていた薄い薄いパラフィンのようなページの聖書。
牛革をなめした黒い表紙にタイトルが焼き込まれている。
「あ、いえ、お邪魔でしたね」
「気にしていただろう?」
「すみません、そういうつもりじゃあ無かったんです」
「いや、いい」
そうは言われたが、やっぱりばつが悪い。下の棚から適当な一冊を取り出し、特に興味も無かったがページを開いてみる。どこの国の言語なのかさっぱり解らなかったが、さらりと読むフリをする。
少し何事か考えていた男は厚い手の平でざっと牛革の埃を撫で、目の前に聖書を差し出した。
「独占してすまなかったな。欲しかったんだろう?」
驚いて男の顔を見上げると、細められた目が私を見下ろしている。
こうして向き合ってみると、威容を誇る体つきに伴ってか、どこか威厳ありげな態度がひしと感じられた。
「え、あの、いいんです」
「遠慮しなくていい、こんなレアな本はそう無いからな。ヒンディで書かれた聖書、表紙は牛革」
どうやら『自分』ではなく『本』に感心が向いていると思ったらしい男は、差し出したままの本に視線を落として少しだけ笑ったように見えた。
渡された聖書はレアなどというレベルでは無かった。異質、よくこんなものが存在していると感心する。
実際手にしてみれば、少しばかりマニアの血が騒いだ。
「それは譲ってやる」
「いいんですか?」
「ただし、」
聖書を持った手を掴まれ、店外へと続く狭い本棚の隙間をぐんぐんと引っ張っていく。
「サント・スピリト教会の近くに出来たクレメリーア(※アイスクリーム店)に付き合ってくれないか?」
男の顔は見えなかったが髪の間から覗く耳が真っ赤だった。
恥ずかしいんだ!
大人の男が1人で新しく出来たクレメリーアはさすがにキツいんだ!
「か、会計!」
もつれる足を何とか前に出しながら、年老いた店主のいるレジを振り返る。
「ここは『俺の店』だ」
禿げ上がった頭の下の眼鏡ごしにショボショボの目を少しだけ開き、枯れ枝のような手が『出ていけ』というようにひらひらと振られた。
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