エリノア
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イタリアの隅っこ。
古い古い、独りには広すぎるアパルトの一室にオールドミス、エリノアは住んでいた。
若い頃にちょっと悪そうな男の愛人として住み始めたが、今や自慢の美貌も崩れ滑らかだった皮膚も弛んで深いシワを無数に刻み、気がつけばここ一番の古株になっていた。
楽しみといえば、毎週金曜日に訪ねてくる2人の友人とテーブルを囲みブリッジをすることくらい。
行き遅れの老婆と同じ年頃のミセスが3人集まれば、トランプの最中は噂話ばかりだ。
「エリノア、最近どうなの?チンピラの住んでる部屋に出入りしてる娘」
しわだらけの細い指でトランプを切りながら1人が言った。
「見たところ、口の悪い眼鏡の男に迫られてるね。ま、あの娘にゃソノ気は無いだろうけど」
「あら、どうして?いつだったか、朝早くに娘おぶって帰ってきたって言っていたじゃあない」
指に唾をつけ、端がめくれはじめた古い紙製のトランプを配る。
「あたしならゴメンだよ、あんなパッとしない男」
エリノアはプカリと煙草の煙を吐き出す。
「アンタの好みなんか聞いちゃいないよ。そういうのに限って、案外根っこは優しいもんだ」
「チンピラが優しくて何か得でもあるもんかい」
ゆっくりとトランプを配る手を2人が見つめる。
「あの、一番ガラの悪そうな赤毛のボーズ頭はどうしたんだい?」
「ありゃ、似ちゃあいないが兄貴か何かだろう?あいつが来ると娘と2人で大騒ぎさ。やかましくってかなわないよ」
エリノアは配られたトランプがテーブルから取れず、短い爪でイライラと端を引っかく。
「アンタ、早くしな。…あの、黄色い頭のオカマみたいなのは?」
ようやく剥がれたトランプを2本の指でつまみ上げる。
「それがね、」
エリノアがニヤリと笑った顔を円テーブルの中心によせて声を潜めると、2人も同じように身を乗り出した。
「…あの娘とまぐわってたのよ!!」
「「ンま〜〜!!いやらしい!!!」」
誰に聞こえるわけでもないのに、シー!!と人差し指を立てる。
「玄関先でしてるモンだから、男はずいーぶん盛り上がっちゃってさ!娘のほうはちーっとも声出さなかったけど」
「それで?娘はオカマとデキてんのかい!?」
トランプで口元を隠した1人が肘でエリノアを小突いた。
「そりゃあ無いね」
普通より大きな声で呆れたように言いながら、エリノアは椅子に背を戻す。
「オカマはオカマさ。あのパーマの眼鏡が好きでたまらないんだ」
2人が嫌ぁな顔をする。
「図体のデカいのがいたっけね。あれだよ、頭のてっぺんの毛ぇ逆立ててる」
エリノアの弛んだ目蓋の奥の小さな目がキラリと光る。
「あれはボーっとしてるけどね、見かけによらずいい子だよ」
キラリと光った目を今度は遠くへやり、エリノアは何かを思い出している。
「へぇ、あんなのが、ねぇ」
トランプを切った親が、ようやく積み上げられたカードの山から1枚のカードを引いた。
「…あんたが「昔付き合った男にそっくりだ」なんて言ってた伊達男、あれねぇ」
親は手札に目を滑らせ、捨てるカードを吟味する。
「娘の腰抱いて歩いてたよ」
「何だって!?」
エリノアが小さな目を精一杯見開いた。
「いい男といい女ってのは絵になるもんだねぇ。あたしゃ、あの男とデキてると見た」
飛び飛びに3本前歯のない口を開いて笑い、ようやく一枚を選んで捨てた。
「おお嫌だ!」
両手を広げて驚いたエリノアの手から、パラリと一枚カードが落ちた。
「あの娘はてっきり黒髪の男とデキてるんだと思ってたよ!よっこいしょ……あの、線の細い…」
腰を屈め、下に落ちた札をまたカリカリやりながらエリノアが絞り出す。
「長い毛の、チナーゼ(中国人)みたいなのかい?」
「あぁ、ひっついてるのが窓からよォく見えるもんねぇ」
テーブルに置かれたエリノアの手札を2人が盗み見る。
「あぁ、あの伊達男とだけはやめとくれよ!あたしの思い出の人なんだ…」
床板の合わせ目でようやく紙の端っこを引っ掛け、体を起こした。
2人はパッと椅子に背筋を戻し、エリノアの長くなりそうな思い出話をくい止めるように話題をふる。
「それにしても、あの娘は一体何モンなんだろうねぇ。ギャングの情婦っていうには妙にこざっぱりしてるし」
「ゲイだか何だかの2人組ともよく一緒にいるだろう?意外とただのスキモノなのかもねぇ」
2人は顔を見合わせ、ニシシ、と厭らしい笑い方をする。
───ガシャーン。
何かが派手に割れる音がして、窓の外にパラパラと何か細かいものが落ちてくる。
窓の外を見た3人は、何も見えるはずもないのだが、それでも思わず天井を見上げていた。
『ギアッチョ!脱いだ服また散らかして!あと眼鏡こんなとこ置いたら踏んじゃうでしょ!!』
『ホルマジオは寝ながらゲームしない!あーほらジュースこぼした!!』
『メローネはシャワー出しっぱなしだしパンツくらい片付け…キャー!!透けてるのやめて!そんなので出てこないで!!』
『プロシュートはいくら何でも煙草吸いすぎ!今日何箱目!?ペッシはホイホイ与えない!はいペッシ今日何箱プロシュートに渡したか正直に申告!!』
『あーもうイルーゾォ鏡に逃げ込まないで出てきて手伝ってったらー!!』
『ソルジェラ!あんたたちはとっと仕事!帰りにソイミルク買ってきてよ!あんたたちしか飲まないんだからね!!』
『もーいーからみんな出てけ!!!』
───ガシャーン。ガシャーン。ガシャーン。
ガタガタガタガタ。
───バタン。ガチャリ。
エリノアは、はぁ、とため息をつきながらテーブルに伏せた手札に拾ったカードを乗せた。
「…ありゃ情婦でも恋人でもスキモノでもないよ。マンマだ」
「「そうだねぇ」」
テーブルに視線を戻した3人の耳に、階段を下るやかましい足音が聞こえてきた。
「…さ、カードを切り直しとくれ」
フン、と鼻を鳴らしたエリノアを前に、2人はバツが悪そうに顔を見合わせる。
エリノアの部屋の前、8人の男がゾロゾロと歩いていくのが窓の外に見えた。
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