関節
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ビニルの袋がどこにあるかなんて知らないから、中年女がオレにくれた悪趣味なシャネルのスカーフでオレンジをくるんだ。
まだガソリンの臭いがまつわり付いているアプリリアに、まん丸くボールみたいにまとまった包みをくくりつけて、あの崩れかけのアパルトへ向かう。
四角いケーキを削り取ったような、鉄もゴムも石も剥き出しの、半分瓦礫で出来たあのアパルトへ。
真正面のソファに、まるで線対称のポーズを取ったソルベとジェラートが座っていた。
ソルベは右足を組んで左手を顎に、ジェラートは左足を組んで右手を顎に。
こちらに気を取られたジェラートが先に、残念そうな顔つきでポーズを崩した。
「…あぁ、やっぱりお前だったのか」
「そうなる運命だったんだよ、諦めな」
ソルベが立ち上がった。
ミネラルウォーターの栓をあけて寄越す。相変わらず、客のもてなし方なんて知らないみたいだ。
乾いてもいない喉に、水を含んだ。
午後2時すこし前だった時計の針が2時半にさしかかるまで、二人は黙ったままだった。
いつまでたっても進まない空気に耐えかねて、オレはあてもない話を始めた。
つい最近、ちいさなログハウスに住んでいた男を殺した話だ。
男には妻がいて、男の子供もひとり居た。
オレたちにしてみれば大昔…どこか別の組織で『それなりの』地位にあった男。
御身大事に隠居できたのを、何が気にくわなかったのかウチの上は「殺せ」と命じた。
リゾットから言い渡されたのが、2週間前。
仕事は簡単だった。
奥さんを喰ったBabyは滞りなく男をあの世へ送り、ひとり残される子供も可愛そうだと思ったから、殺して一緒に埋めてやった。
だからバカンスを提案したんだ。
酒をのんでウサギのシチューを食べて、トリュフの入ったブルスケッタだってあった。
プロシュートが自慢の喉を披露してホルマジオも、それからギアッチョも歌った。
死体の上で、さ。
ヒトゴロシのパーティー、素敵だろう?
な、いつも通り。
悔恨なんかないぜ。
「どうしたのさ、二人とも、葬式みたいな顔して。…あぁ、いつもだったな」
皮肉ったつもりだった。
滅多に笑わないジェラートの唇が、笑った。
「「頼みがある」」
「珍しい。高いよ?」
「報酬は俺たちの全財産」
「乗った」
安易な賭けになど、最初から乗らなければよかった。
この瞬間、オレは賭けてはならないほうへベットしてしまっていた。
「まだ稼ぐつもりかよ。守銭奴」
「そう言うなって、コロシだけで喰っていけないからデイトレやってんだろ。…ウンブリアの一週間目ェ離したら、ちょーっと金の動きがおかしいんだ」
「ギャングの賭けだ。ドロップはないぜ」
ひととおりの話を聞いた。
二人が追いつめた、組織の最上層部。
鍵がかかったままだった秘密の箱の中身に、こいつらは手が届く。
「そうだな。永遠にこんな生活が続くなんて、誰も思いたくない。…な、あんたらは永遠て知ってる?」
いつの間にか乾きすぎていた喉に、少し水を落とした。
喉のツンとした痛んみに目を閉じる。
「知ってるよ、目を閉じたときに見える、真っ暗だろ。」
「オレたちは神様だとか天国だとか、信じてないからな。」
信仰など持ち得ないリアリストたちの傍は心地よかった。
泣き出しそうになって、閉じたままの目を開けられない。
「あんたらが天国論なんて語り出したら、さぞや不気味なんだろうね。それこそが世界の終わりだ」
「はは、その通り」
馬鹿野郎ども。
なんでこんな日に来ちまったんだ。
───なんで?
「お前でも、くだらないヒューマニズムに取り憑かれることがあるんだな」
「───うるさいよ」
真っ赤になった鼻をすすり上げていると、ソルベが頭を撫でた。
ジェラートは相変わらず、ぼんやりと宙を眺めていた。
部屋につく頃、山にして持ってきたオレンジは一つ残らず無くなっていた。
身軽になりたかったアプリリアが全てのオレンジを手放してしまったのか。
それともシャネルのスカーフが上等の絹でとてもすべすべしていたからか。
とにかく途中でオレンジは無くなってしまった。
きつく縛らなかった、なんてオレのせいじゃあない。たぶん。
ちぎれて糸くずを解れさせたシャネルのスカーフは、さっきよりとても素敵に見えた。
願わくは、閉じた目の裏側に続く永遠を。
.