クラフト・ワーカー(ズ)
名前変換
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宙に浮いた足が地面の硬さを再び捉え、目の前を覆っていた黒が同時に捌けた。
真上から差し込む正午の太陽、目の前には酷く錆びたバイクに積み重なる脚の折れた椅子、穴のあいた酒樽、空瓶。
そんなものに行く手を遮られた、ここはどん詰まりの路地。
そして、祭りの劇を演じる役者なのか、赤黒い商人の服を着た仮面の男。
「やぁ、お嬢さん」
「あ、なたは」
膝ほどまでの黒いマントを翻し、男は派手な仮面を顔から外す。
名前。
彼女があそこにいた時は、毎日のように会っていたのに、彼の名前を知らないことにそこで初めて気が付いた。
そういえば、たしか、自分も名乗っていない。
「久しぶり」
「何でこんな所に?」
「祭り見物と参加」
ニィ、と笑って両手を広げて見せた。
相変わらずの、人なつこくて屈託のない笑顔に彼女はつられて笑ってしまう。
互いに名前を知らないのが不思議だった。
あの屋上で、空の下で。
この笑顔にどれだけ癒やされ、救われたか知れないのに。
「似合うだろ?故郷の仲間に自慢してやろうと思って、写真撮ったりして。歩いてたら、偶然見かけたからさ」
「拉致したんだ?」
「そう言うなって、少し二人で話したかったんだ」
重いマントに包まれるように、彼女は抱きしめられる。
「きゃ……」
「会いたかったァ!」
あの時と同じにおい。
安くて軽い、爽やかな香りのコロンとタバコの臭いが混じった、彼のにおい。
彼女の頬に触る髪がくすぐったくて、それもあの時と同じで。
「アンタ突然居なくなっちまうし、メール返ってこないし」
『忘れていた』とは言わない。
『日常』に戻ってしまった彼女が、一般人の彼から意識的に距離を置いたのだ。
それはもう二度と会わないつもりで。
「ゴメンね。ケータイ壊れちゃったのと、少し忙しくなって」
まさかそんな『日常』を吐露するわけにもいかず、彼女はごく普通の女性が答えそうな言葉を選び出す。
「心配した。また誰も居ないところで泣きそうな顔してんのか、とか。ずっと考えてた」
その後の心当たりがあるだけに、彼女には苦笑いしか出てこない。
こんな顔をしていたらまた心配されてしまうから、この体制が少しだけありがたく思える。
「元気にしてた?」
「うん」
「あれ、どっちが彼氏?」
「どっちも違う」
背中の腕に力がぐっと込められる。
レンガの壁同士の隙間に見える、向こうの広場に行き交う人が、こちらにたまに気付いた。
気が付くだけで、気にも止めずに通り過ぎていく。
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