『3104丁目、温泉』
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「
「いいッスねェ。黒糖のこっくり甘いこしあんが詰まった、蒸したての温泉まんじゅう。昼はボードとスキー、夜は雪山を見ながら露天風呂と旨いメシ……」
銭湯掃除の当番を終えたホルマジオとペッシは、コタツでカンテンドーSWITCHを突き合わせながらごちた。
画面の中は、今季最新作で大人気の『弾けろ!どうぶつの林』。
冬休み中のご近所のクソガキどもに伐採された森林を復活させようと躍起になっている真っ最中。
ひとり離れたギアッチョはiPhoneを握りしめ、アプリゲームのバイオジハードに四苦八苦していた。
「露天…」
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_________ね、ギアッチョ。折角だから、先にお風呂に入ってこようよ』
『そうだな。今日はオレ達の他に誰も泊まって無ェらしいから、露天の混浴も貸切だな』
『ッあん、お風呂に入るんじゃあ……』
『どうせなら、ひと汗かいてから入ろうぜ、なァ?』
『ァふ、ギアッチョのえっち……
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「ギアッチョ、今お前スケベなこと考えてただろ」
「考えてねェ!」※図星
男が九人(うち二人を除くとして)も住んでいる、むさ苦しいことこの上ない中で暮らす女。
温泉、露天、混浴のキーワードから、年頃の男の脳ミソが厭らしい検索結果を提示してくるのは仕方のないことだ。
そう、ここに暮らしている奇特な女はたったひとり。
あとはみんな、むさ苦しい男ばかりが九人。
ひとりはコンビニエンスの深夜アルバイトで、短気のくるくるパーマ。
ひとりはパチンコ狂いの、赤毛坊主。
ひとりは、裸のほうがなんぼかマシな格好の、金髪の露出狂。
ひとりは、青い顔した長髪で根暗の刺青師。
ひとりは頭の上だけ残した緑色の髪の毛をおっ立たせた、図体だけ一丁前の小心者。
ひとりは、出征した亭主によく似た、やくざな伊達男。
それを、黒い服ばっかり着ているダンマリの書道家がまとめていて、ファミコンだかパソコンだかをいじくってるオカマがふたァり。
毎週金曜日に花札を打ちにくる、似たような年頃の行かず
もともと、衿乃屋は
タスキをかけ、日の丸を振って戦地へと亭主を送り出したエリノアは、女手ひとつで寄宿を切り盛りしてきた。
初めて顔を合わせた男との結婚であった。子も成さぬうちに出征を見送らねばならない時代ではあったが、それでもエリノアは、たったの一日だけ夫であった男の帰りを待った。
父親が営んでいた『さぐり式鉱石ラヂオ工場』は、父と母と、跡継ぎの兄たちと共に焼けてしまった。
戦火を免れた実家の邸宅とガラクタの詰まった蔵と、エリノアだけが残された。
残された邸宅と土地は、そこそこ大きかった。
一家の長を失ったことを知って『買い取ってやろう』としつこく詰め寄る
蔵の中身とラヂオの利権を売り、蔵を潰した位置には大きな風呂を作った。
こうして寄宿を営んでいれば、あるいは……。
お嬢様育ちであったエリノアは、絹糸ほどの望みをそこに繋ごうとしたのだろう。
しかしついに、夫がエリノアの元に帰ることは無かった。
それからまもなく、日本は終戦を迎えた。
帰還兵は徐々に減っていく。
やがて衿乃屋は宿泊のない客にも大きな風呂を開放しはじめ、そのまま銭湯として営業を続けることとなった。
激動の昭和を
寄宿がそのままになっている母屋は、歳のいった女ひとりには部屋数が多すぎ、広すぎる。
それを誰よりも理解していたのは、他でもないエリノア自身だった。
エリノアは、元寄宿の大きな建物をまるごと借すには安すぎる家賃を提示した。
日々の銭湯の掃除と、時々は番台に座ることを条件にして。
若い男どもには造作のないことだろうが、エリノアは腰の痛むタイル磨きをしなくてよくなった。
機嫌のとりにくいボイラーに火を入れるのにはちょいと面倒なコツが必要だったので、それだけは任せる気にならなかったが。
かといって、赤の他人と一つ屋根の下に暮らす気にもなれない。
エリノアは、年寄りひとり暮らすには十分な、こぢんまりした離れにさっさと引っ込んだ。
こうして衿乃屋の大きな母屋は、いわば若者の共同生活の場として機能し始めたのだった。
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