『3104丁目、黒井』
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ミミちゃあ~ん」
「ミミ~!」
すっかり日の暮れた静かな街並みには、あちこちから夕餉の匂いが漂っている。
あっちの家はカレー、こっちの家からは焼き魚、向こうは何か、甘辛い煮物…
それらをクンクンと嗅ぎ取りながら、メローネと##NAME1##は口の横に手を当てて声をあげた。
「あの猫、ミミちゃんて言うんですか?」
「知らない」
「は?」
メローネの返答に、ペッシは当然キョトンとした。
先を行っていた##NAME1##もメローネを振り返る。
「え?じゃあミミって?」
「知らないから今付けたんだよ。ローバー美々の、ミミ。いいだろ」
ホルマジオが聞いたら絶対に怒るだろうな、と思いつつ、以前ギアッチョが飼ったハムスターの悲劇を思い出した。
『南極二号』は、夜店のハムスター釣りでギアッチョに釣られたハムスターだった。
それが飼育用具一式とともに持ち帰られ、たこ焼きよりまだ小さい箱から出ないうちにメローネによって命名される。
ギアッチョが何だったか……リヴァイアサンだかオーディンだかと喚いていたが、全員の脳に瞬時に刷り込まれた名前、『南極二号』。
追いかけて遊ぶつもりだの、やれ取って食うつもりだのと言われながらも、ギアッチョは甲斐甲斐しく世話を焼いた。
元気が無いと連れて行かれた動物病院では、看護婦が「くっ……黒井ッ南極、二号ちゃッ!ブフォ!」と盛大に吹き出し、カルテに思い切りツバを飛ばした。
ある寒い朝。
皆が起き出したとき、誰に迷惑をかけることもなく南極二号は二年間の天寿を全うし、すでに冷たく固くなっていた。
ギアッチョは無言で印鑑の入ってきた白木の箱に脱脂綿を敷き、カロリーを気にして沢山はあげられなかったヒマワリの種を詰めた。
グスグスと泣き続けるソルベとジェラートは、真っ赤に腫らした目をレース縁のついたハンカチで拭い続ける。
午後。
小さな箱を握りしめてペット霊園へ向かうギアッチョの後に9人がぞろぞろと続き、神妙な面持ちで荼毘(だび)に付されるのを見守った。
───事件は、その後の合同葬儀で起こった。
冥福を祈る読経に、個々のペットの名が呼ばれる。
「ポォチ~ちゃあん~」
心の支えであったパートナーを失った老夫婦がハンカチを握りしめた。
「ジュエル~ちゃあん~」
どんな男にも向けなかった無償の愛をペットにそそいだキャバ嬢が、マスカラの混じった涙を流す。
「ロビン~ちゃあん~」
家族の一員が欠けた子どもが鼻をすすりながら父親にしがみついた。
「なんきょ……ッブフッ!ゴフン、失礼、な、南極二号ちゃあ、ングブッ!!」
肩を震わせる坊主が咳で誤魔化し、小さな声で読み上げた途端。
老夫婦とキャバ嬢と父親が一斉に吹き出した。
「ねぇ、お父さん。南極二号ってな〜に?」
坊主の震える声が続く中、涙の引っ込んだ子供が父親に聞いていた。
顔を真っ赤にして堪える父親が答えることはなかった。
……毛玉のようなタマタマがチマリと付いていたというのに、全く不名誉なハナシだ。
「ミミちゃ~ん」
南極二号を思えばまだ可愛いもの。
『我が輩は猫である。名前はミミ』と、ホルマジオの猫が認識しているわけはないが、このさい仕方がない。
「ミミ~」
すこうし傾いた煙突から白い煙が登る3104丁目の空に、豆腐屋のラッパと三人の声が響いた。
.