『3104丁目、黒井』
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狭い路地。
すり減ってもう役にはたたない古タイヤ、何が入っているか解らないビニール袋。
いつの住人が置いていったか解らない自転車に、脱水用のハンドルが付いた戦前の洗濯機。
飽きられて家の外に出された観葉植物は、発達した根で風化したプラスチックの鉢の一部を破壊し、未だ成長をやめない。
それら、何の利用価値もないガラクタが左右に雑多に積まれ『狭い路地』を『狭い狭い路地』にし、人1人歩くのにギリギリの幅にしてしまっている。
そこに面した長屋の一件に『黒井』と表札が掲げられていた。
玄関は、ガラガラっと音をたてる引き戸。
上に突き出した、バルコニーだベランダだなどと洒落た呼び名とは程遠い、朽ちかけた木の囲いがされた『物干し場』。
目の前には、差し迫った向かいの家の屋根。
整頓されて作られた訳ではないので、この路地に隣接する家と屋根は好き勝手な位置まで飛び出したり引っ込んだり。
雨の日には、外れかけたあまどいが上からボタボタ、大雨の日にはバタバタ雨水を漏らす。
コールタールで真っ黒に塗られた木の電信柱、そこからたわんで走る送電線。
見上げる空は差し迫った屋根同士のおかげで、青く晴れて白いちぎれ雲が漂っていても夕日に赤く染まっても、いつだってガタガタの細長い四角だった。
今日は一日よく晴れた日だった。
だれかが踏み抜いた板(申告がないので誰が犯人かは解らない)を避けて、ペッシと
ナナシは二人並んで座ってシャボン玉なんかしていた。
頭の上にはズラリ並んだ洗濯物。
足をぶーらぶら投げ出してピンク色のストローを吹けば、儚くて透明な虹色の球体がパラパラパラっと出て行って、あとはゆっくり、気ままに漂う。
住人以外は野良猫くらいしか歩かない路地をうまくかいくぐって通りに出たいくつかが、道行く人をちょっとほんわりした気分にして、小さな子供は嬉しそうに飛び上がり、パチンとタッチして壊してしまう。
「おーい、洗濯物につけんなよぉ。大家がウルセェからな~」
並んだ部屋の長さだけある物干し場の、ホルマジオの部屋の窓がガッ、ガラッと開いて声をかけられる。
「はぁーい」
手も膝も石鹸水でベショベショになってしまったペッシと
ナナシは、そろそろ引き上げようかと顔を見合わせて立ち上がった。
通りから豆腐屋のラッパの音が聞こえて、二人の足の下でガラガラっと引き戸が開く音がした。
モコモコした頭が出てきて、つっかけをシッタシッタいわせながらだらしなく歩いていく。
片手に、空の銅鍋ひとつ。
「ギアッチョー!がんも20個と、あぶらげ30枚もねー!」
ナナシの声に振り返ったギアッチョが、砂まみれの古い自転車のハンドルに服を引っ掛けた。
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