『3104丁目、落日』
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ギシ、ミシ、と廊下を歩いてくる足音がする。
「一時間くらいしたらワセリンは洗い流して。カサブタは無理に剥がさないでください。色抜けしますから」
イルーゾォが客の女を玄関で送り出し、律儀に頭を深く下げる。
興奮気味の女は、ツレの女とキャアキャアと喚きながらガラガラと戸を開けて出て行った。
「フー………」
「お疲れ様」
インクの付いた薄いゴム手袋をピシリと音を立てて外し生ゴミの袋に放り込むと、イルーゾォは念入りに手を洗い始める。
「今お茶入れるね」
「あー……いいから、ちょっと待て」
施術の時だけかけるフレームのない眼鏡を外して胸ポケットに一旦しまい、少し考えてまた取り出すと台所のテーブルに置き直した。
「疲れた」
ナナシの体にグッタリと体をもたれかけさせ、ぎゅうと抱きしめて深い息とともに吐き出す。
ナナシも手を回し、薄着の背中をナデナデしてやる。
「二組連チャンで5時間くらい?相変わらず凄い集中力ねー」
体を離したナナシがジャスミンティーを入れる間にイルーゾォは煙草に火をつける。
スパイシーで甘ったるいガラムの香りがムッと漂った。
その時、ガラガラと音を立てて玄関の引き戸が開き、髪やフードのファーに小さな水玉を付けたメローネが入ってくる。
ビュウと吹き入り込んだ風は冷たく、外は雪が降りはじめたようだ。
「たーだいまーっ!あ、イルーゾォ終わってた?これ新しいデザイン、ハイよろしく」
「よろしく、じゃあねぇ。自分の客は自分で彫れ」
イルーゾォは口に溜まった唾をシンクに吐き出し、懲りもせずに熱い湯飲みに口を付けて「あつっ!」と顔を離す。
「やっても良いンだけど、彫り終わる前に飽きちゃうんだよねェ。それにオマエのが丁寧だし上手いし評判良いしー」
メローネはアメリカンポップなデザインがプリントされた紙をバサバサやる。
「とっととスクアーロとティッツァーノ彫っちゃえよ。お前が描きたくないッつーから、マッハで仕上げて半年も前に渡しただろ?」
ナナシは感心してメローネを見た。
「へぇ!組長の側近とはいえ、予約入れてもいない客のデザイン仕上げるなんてめッずらしーい!」
片手を腰に当ててふんぞりかえるメローネは、人差し指をベロリと舐める仕草をしてみせる。
「そりゃあ、ちゃあんと味わえばインスピレーションも湧くってモンだぜ?視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚で……味わい尽くしたからな」
イルーゾォとナナシはブルリと震えて思わず抱き合った。
「デザインは出来ていないことにしろ。そして予約はいっぱいだ。永遠にな」
「それよりメローネ、ソルベとジェラートがご立腹だったわよ?新しいサイトデザイン今日までなのに連絡とれないって」
すーっと血の気の引いた顔で静かにブーツを履きはじめたメローネの首根っこを彼女がムンズと掴む。
「待ちなさいよ。これ私のなんだから脱いでって」
メローネはさらりと着こなしているがダウンのベストパーカーは丈が短く、よく見ればギャル服仕様だ。
「やだよ寒「ンメローネぇえぇ!!アンタそこにいるの!?」
「ンもぉ逃がさないわよッ!?早く仕上げて頂戴っ!!」
二階の襖がターン!と音を立てて開き、半狂乱のソルベとジェラートが悲鳴をあげた。
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