『デパァト』
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キミエが振り返ると、線の細い可愛らしい娘が立っていた。
乱れてしまった髪を手で軽くすき、それが当然であるように男の向かいに腰掛ける。
「遅い」
「ごめんなさい。……あの、レモンスカッシュを」
一瞥くれた男にすまなそうにすると、娘は立ち尽くしていたキミエにオーダーする。
「すみません、こちらで食券を買っていただけますか?」
男の時と同じようにそう言うと娘は男の顔色をちらと伺い、立ち上がってキミエの後についてきた。
その場で千切った半券を持って、彼女は席に戻る。
大きな窓から差す日差しを浴びた二人は、映画俳優がスクリィンから抜け出してそこにいるようだった。
「キミエちゃん、」
ヨシオカに声をかけられ、キミエはトレイにレモンスカッシュを受け取り、席へと運ぶ。
「ちゃんと、最初から話し合おう?」
「ハッ!必要ねぇな。お前も他の奴らと同じなんだろう?」
グラスを席に置いたキミエが去り、かけられた娘の言葉に対する男の声は大きかった。そして容姿に似合わず随分と乱暴だった。
「私は違うわ!」
「どーだか」
とりつく島もないという雰囲気に、娘はそこで口をつぐんだ。ストローの紙をピリリと剥がし、レモンスカッシュのグラスに刺す。
沈んだ毒々しいチェリーがストローの先に当たって、揺れた。
気がつけば、二人のやりとりに端のテーブルのマダム達も注目している。
ヒソ、ヒソ。キミエは彼女らの話も気になった。
忌々しげに形よい眉を寄せ、男は内ポケットから煙草を取り出す。
長いフィリップモリスに、ジリッとリールを擦る形の安っぽいライターで火をつけた。
滑らかな一連の動作は、それだけで絵になる。
「……面倒くせぇ」
ひとくちめの煙と共に、男は吐き捨てた。
テーブルに置かれた灰皿を、娘はさり気なく男の手元へ滑らせる。
「せめて、もう一度だけ」
あぁ、なんて劇(ドラマ)!
一度でもこんな美しい男の腕に抱かれてしまったら、未練がましくてもみっともなくても、きっとすがりついてしまう。
少しくらい粗野で乱暴でも、優しいだけの男よりきっと魅力的で刺激的だ。
「面倒くせぇって言ってんだろ」
そう。
たとえそう言われても、自分なら美しい思い出だけで生きていけるのに。
こんなデパァトのファミリィレストランの席ですら、自分は彼の向かいに座ることなど出来やしない。
キミエは悔しかった。
娘に嫉妬した。
可愛らしい服の似合う瑞々しい肉体も、ときめきや悩みではちきれるような胸も、ヒールの高い靴が似合うしなやかな足もない。
自分には、それらが似合う青春もなかった。
ワイドショウやテレビドラマのようなラブロマンスもなかった。
キミエが深く吸った息を震える肺から吐き出したとき、視界を黒い影が横切った。
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